日本の今は、人の苦しみと煩わしさを減らす方ばかりが強調されている、何とも暗い世の中である。
人間は、安全なら幸せと思えるほど単純ではない。
堺屋太一『人を呼ぶ法則』幻冬舎新書
これからの全ての産業は、「人を喜ばせる」という視点が元になっていくだろう、ということが書かれていた。企画力であり、プロデュース力ということになる。
人を喜ばすことができれば、「人を呼ぶ」ことができる。魅力のあるところに、人は集まる。
そこで、世の経済的な営みには、3つの種類「物を造る」「価値を移す」「人を呼ぶ」があるとの主張をこの本は唱える。
つまり、これまでの日本は、ひたすら「物を造る」ことに努めてきた。それは、1980年代には大成功した。
規格大量生産を整えて「物造り大国」になった。
しかし、近代工業社会の考え方が崩れ、このため、欧米の先行地域では「物を造る」営みが衰えてきている。
「満足の大きいことこそ人間の幸せだ」という発想が広まって、それに代わって発展してきたのが、「価値を移す」営みだということだ。それは物販、運輸、金融、通信などで、近代経済学では別々に分類されているが、実はこれが古くから「商人の営み」とされた産業である。
しかし、それから四半世紀経った今は、物販は伸び悩み、運輸は格安航空券に傾き、金融は破綻が相次いでいる。発展が続く通信の分野でも、報道よりも楽しみを交わす類が広まっている。
世界は「人を呼ぶ」営みへと傾いているのだ。「人を呼ぶ」営みにも表裏二面がある。
人を楽しませ喜ばせる積極的な方向と、人の苦しみや煩わしさを減らす消極的な方向とだ。
後者の代表例が医療や介護、安全や治安、そして保険と防災。
前者の典型がイベントと観光、非日常的な楽しみと歓びを与える産業である。
人を楽しませる営みは、偶然にできることでも、他の真似で成功するものでもない。
覚悟を定めて取り組み、頭脳を絞って考え、言葉を極めて人を説いてこそ、できると大阪万博を成功させた著者・堺屋太一は唱えている。
時代が変わって、同じ方法で成功することは難しいが、そのまち、その文化をどのように他に価値として認めてもらえるか、その勝負を挑んで楽しむことができるかどうか、まちの人々の心意気かもしれない。
そう言う点で、我孫子市民フェスタと名称を変えて再スタートの1,2日のイベントも市民の愉しみ、街を愛する慈しみの表現の場であろう。
我孫子カルチャー&トークも参加して、我孫子にゆかりの柳兼子さんのドキュメンタリー映画を上映し、この町に住まうことの感動を共有します。
2012年12月01日
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