2012年09月11日

本当に維新になるか、選挙で問われる

 大阪維新の会は「10月初旬解散・11月総選挙」を想定しているという話しだったが、自民党の総裁選直前に、谷垣総裁の立候補断念のからみから変転している。

 マスコミは、新規なニュースに飛びつく。300小選挙区の大半と比例単独で、維新は次期衆院選に350人規模で擁立し、過半数獲得が目標。新党に合流する予定の現職国会議員など一部を除き、候補者は「維新政治塾」の塾生を中心に原則公募、その際に選挙資金の1000万円を用意できるかどうかが前提だとの話しだということも言われ始めた。また、橋下市長、松井知事ともども、都構想が実現する前に他所に移るのは無責任なので出馬はせず、合わせて(維新の)府議や市議らは原則として国政には出馬しない。一方で、公募委には、大阪府議、市議ら従来の維新の会幹部10人程度であたるという。

 「維新の会」は2010年の結成後、公認や推薦候補を出した吹田市長選(11年4月)、守口市長選(同8月)、茨木市長選(今年4月)と連戦連勝。大阪府羽曳野市長選では、維新の会羽曳野支部が擁立した元市職員の新人、麻野佳秀候補(62)が現職候補に敗れた。茨木市長選と同じ「支部推薦」だったため、党の規約上、橋下市長らは応援に入らなかった。結果は、現職1万8796票に対し1万3373票と、5000票以上の大差での惨敗は「維新」の看板が絶対ではないことも分かってきた。維新にとっては、首長選“初黒星”だった。

 報道されるところによると、維新の会は公募と並行して選考も進める方針で、応募書類や面接などを通じて候補者を選考する。選挙に向けて、早期に候補者を確定させる必要があるため、応募がそろうまで待つことなく、書類が届いた順に審査を行い、有力な候補者は早々に擁立を決める考えだと発表した。公開討論会を経て相当な突貫工事になる。塾生のほか、首長や地方議員、公務員経験者を対象に公募を実施し、今月28日まで公認候補を選抜する。

 分権の流れを加速させて国の形を変えるようとの、みんなの党と同じ道州制を目指しているとされる維新の会。大阪府議と大阪・堺両市議計約100人が所属しているが、これまでは国会議員はおらず、地域政党を名乗るものの法的には政党でなく政治団体と位置づけられてきた。政党要件を満たさず衆院選に臨むと選挙活動に制約が多くデメリットが大きいと判断し、離党組の国会議員7名を加わえ政党要件を整えることになった。現職の市議、府議からは衆議候補者には出さないとしてきたので、当座は政治経験者は他党から離党した国会議員だけだ。

 一方、みんなの党は 8月8日で、結党3年を迎えた。みんなの党と他の多くの党との違いは、永田町の中で党を作ったのではなく、全国での草の根の活動を経て、党が結成されたということだ。振り返ってみれば、2008年年末、行政改革を後退させていく麻生政権に対し、前政権で行革大臣であった渡辺喜美がたった一人で立ち上がった。年明けて、2009年年始、公務員制度改革に関する公開質問状を政権に突き付けますが跳ね返され、自民党を離党。同年、8月8日に無所属の衆議院議員江田憲司、民間人の堺屋太一氏、江口克彦氏、屋山太郎氏らと共に、「脱官僚」「地域主権」などの政策を掲げて、「国民運動体 日本の夜明け」を設立。なぜか、この時、マスコミは「のりピーの覚せい剤騒動」を連日繰り返しており、みんなの党の結党へむけての経過は今の維新の会のようなマスコミの取り上げられる程にはなかった。

 しかし、その後、渡辺喜美、江田憲司のコンビで全国をまわり、国民の常識で、永田町の非常識を改めようと伝えるとどこに行っても街頭演説は、新しい政治に期待する聴衆でごった返すようになった。

 当時の背景は、麻生政権は混迷を極め、衆議院の任期満了の直前、2009年7月21日に衆議院を解散。
その時の衆議院選挙直前、2009年8月8日、「みんなの党」結成が発表された。すぐに現職の国会議員を5名集めることにはこだわらず、国会議員は、まずは、渡辺喜美、江田憲司だけで、全国をまわって、賛同者を集めた。この辺りの着実な路線をすすめるのは、維新の会とはだいぶ違っていた。2大政党の時代、どちらとも政策が一致していないので、その解体を促し、政策を軸に政界を再編することを狙う触媒政党を旗印にした。この時の総選挙は民主党が圧勝した。

 自民、社民、民主のこれまでの歴史などをかんがみて、混沌とする政治の状況下、諦めずにつくり直すことを選択して欲しいと願っています。

■選挙制度を見直し、国民が国会解散の決定を下すもの!
 日本の衆議院議員総選挙は、1996年以降行われている選挙制度できている。
ロシア・タイなどの国は、並立制を大政党が結束力を高める手段として採用した。もし民主主義の範囲内で強大な政党を築きたい場合、この制度は大政党には使いやすい形だ。その指導部が安定議席を確保するために、政党がその名簿の最上位で候補を選ぶことが確実になるからだ。同順位とした場合、実際の順位は小選挙区における惜敗率によって決定される。重複立候補した議員が小選挙区で当選した場合、比例代表名簿から除外されるが、小選挙区で落選した場合、比例代表での名簿順位とにより復活当選の可能性がある。しかし、小選挙区で有効投票総数の10分の1の得票を得られないと復活当選の資格は失う。

 ・政党は比例代表候補者には順位を付けることができる
 ・小選挙区での候補者を比例代表の名簿にも登載できる。
 ・重複立候補者については同順位とすることもできる。

 このため、比例代表制では各地に候補者を立て、政党への投票を促すが、小選挙区の惜敗率で復活する重複候補は依然として個人的な集票行動に走る傾向が強い。衆議院は重複立候補制度によって双方の制度が一部連動している。

 なお1983年より参議院議員通常選挙でも比例代表制と選挙区制が並立的に用いられている。2000年 公職選挙法改正。衆議院定数480、比例代表選出議員を200から180に削減。小選挙区から300、惜敗率で比例復活する。
しかし、こちらは衆議院議員総選挙とは異なり、重複立候補制度のような相互の関連性が全く存在しない。

 戦後ずーっと、日本の政治を独占支配してきた歴代の自民党政権と霞が関官僚達、歴代自民党政権に買収されてきた日本の野党政治家や裁判所や大手マスコミや憲法学者や評論家達。自分たちに都合の良いように[衆議院の解散権は首相が持つ]と勝手に解釈して今日まで[既成事実]として続け、この[神話]に国民が疑問を呈させることを決してせず、国民へこの[神話]の刷り込みに全面協力してきた。高度成長の産業界、農協、組合などの社会体制は不動の仕掛けであったからだ。

 日本国憲法第41条には、[国会は国権の最高機関であり唯一の立法機関である]と規定されている。

 つまり国会、内閣、司法の3つの権力の中で国 会が内閣と司法の上部に位置し[最高の国権機関]であることを明確に規定している。日本国憲法第41条は内閣や司法が暴走したり無作為で問題を先送りし事態を悪化させた場合は、最高の国権機関である国会と国会を構成する国会議員 が内閣と司法による権力の暴走を阻止し無作為を正して問題解決に当たらせる義務と権利があることを示している。

 この観点から[国会の解散権は誰が持つか?]という問題を考えれば、[国会]の下部に位置する[内閣]の長である首相 が上部に位置する国会(衆議院)の解散権を持つという解釈は成り立たないということだ。
日本国憲法第41条の[国会は国権の最高機関]の規定に従えば[国会]の解散権は国権の最高機関である[国会]自体が持つことが正しい解釈となる。

 つまり、衆議院の解散権は自民党の歴代首相が握ってきて、民主首相も踏襲しているが、本来は[衆議院にある事]なので、それを国会と国民に強く訴えて、はじめて首相が[国会解散権]を取り上げて内閣総辞職させ、国会(衆議院)自らが解散を決議して総選挙に持っていくという筋道になるはずだ。
 
 国民あっての国会、解散であるべき。日本国憲法の主権者は国民であり、憲法は日本国民の命、財産を守るように総理大臣、国会議員をして、国民のための統治させるもので、国民が憲法の主人、総理、国会議員はその従僕です。今までは、この構図がうっかりすると逆転して総理大臣が全てを握っているかに思いこまされてきたが、国民はまともな政治を望んでいるので、総選挙の繰り返しで国会がストップするのは望んでいない。 
 あきらめずに、お任せではなく、国民が賢明な日本の主権者たる選択をしなくてはならない。
posted by Nina at 00:00| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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