2012年07月09日

さよなら原発の集会(7/16)

---------- 転送メッセージ ----------
日付: 2012年7月8日 12:38
件名: さよなら原発10万人集会

日時:7月16日(MAN 海の日)

会場:代々木公園イベント広場・けやき並木・サッカー場
   メインステージ   12:15〜     オープニングコンサート 
              13:00〜     メイン集会(14:00まで)
              13;30〜     パレード出発(解散地点:明治公園・他)
   サブステージ     11:〜16時頃まで
*11:00頃から脱原発・エネルギー関係のブースがでます。

呼びかけ人:さよなら原発1000万人市民の会
      内橋克人、大江健三郎、落合恵子、鎌田慧、坂本龍一、
      澤地久枝、瀬戸内寂聴、辻井喬、鶴見俊輔

ご一緒にいらっしゃいませんか。 

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 パリ.jpg

「原発を止める力と人間の威厳ー大江健三郎さんと鎌田さんがパリで語ったこと」
(今年、パリのブックフェア3/16-19にて)

原発事故が起きて、大江さんは「歴史」だと思っていた広島が終わっていなかったことを痛感した。かつてインタヴューした肥田舜太郎医師から、広島を歴史のように書いたのは間違いだったと指摘された大江さんは、低線量の被曝について自分は『ヒロシマ・ノート』に書くべきだったと語る。「あのとき私たちが告発していれば、今、福島の子どもたちが受けている被曝に対する警戒の声がもっと大きく発せられただろうに。私は根本的なモラル(倫理)において、あのとき間違っていた」。

 「根本的なモラル(倫理)」とは、すべての討論会で大江さんが引用したミラン・クンデラの言葉である。チェコ出身の作家クンデラは晩年のエッセイ『カーテンーー7部構成の小説論』の中で、作家は一生をかけて「根本的なモラル」を作品として提出して死ねと書いている(作家にかぎらず、すべての人間にそれはあてはまる、と大江さんは言う)。その根本的な倫理とは、次の世代の人間が人間らしく行きていける条件を妨げないこと。そして、妨げようとするものと闘うことだ、と86歳のクンデラは言っている。この倫理を引き受けようではないか、と大江さんは訴える。

 彼はさらに、原発再稼働を狙う日本の政府には、この根本的な倫理が欠けていると批判した。日本は今や、1994年のノーベル賞受賞記念講演のタイトルにした「あいまいな日本」ではなく、アジアと世界中に厖大な量の放射性物質をふりまいても原発政策を改めず、日本全体を覆うカタストロフィーについてまじめに考えない「醜い日本」である、と。広島・長崎で示された核の暴力による悲惨を、その後の日本はなかったことにして、原発によって核を生産する力を引き受けようとした、と彼は語る。その否認が福島の原発事故を引き起こし、事故後も同じ否認がつづいている。

 一方で大江さんは、去る3月11日に自分も参加した郡山の県民集会で発言した農民や漁民の妻の屈服しない姿について語り、カタストロフィーを積極的に受け入れようとする彼らの威厳に対する尊敬の念を表明した。日本全体を大きな病気が覆っているという表現を使い、日本人がひとりひとり、自分自身で直していかなくてはならないと大江さんは考える。それは、何の責任もとらない電力会社や政府、自治体などが市民におしつけようとしている「自己責任」とは正反対の、倫理的なアプローチを意味していると思う。東京の人間が自分が病気であることを告白し、福島や沖縄の人の運動につながっていく……。

大江さんと鎌田さんふたりを迎えたブックフェアでの討論会で、フランス人の司会は、両者のアンガージュマン(知識人や芸術家の社会運動への参加)をふまえて、文学の力や作家の役割について質問した。大江さんははっきり、今、日本の作家にできる唯一のことは、再稼働をやめさせる力になることだと答えた。鎌田さんは、原発推進勢力が厖大な資金によってマスメディアを独占的に支配し、作家や評論家、芸術家が他に表現できる場をもっていないために、アンガージュマンが難しい状況を語った(ちなみに原子力については、アンガージュマンという言葉を生んだフランスも同じ状況にあり、津波・地震の被害者へのチャリティーに熱心なアーティストは大勢いるが、反・脱原発を唱える有名人はほとんどいない)。

 「文化が原子力によって汚染されてきた」状況は、しかし、今ようやく崩れてきたと鎌田さんは言う。原発にかぎらず、水俣病をはじめとする公害や環境破壊など、20世紀の巨大な技術と産業がもたらした人間と社会の破壊を凝視しつづけてきた彼は、21世紀は小さな技術を組み合わせて、平和に生きる時代にしなければならないと主張する。5月の初めにすべての原子炉が停止する予定の日本は今、もっと人間的な新しい時代を踏み出せるかどうか、あるいはさらに大きなカタストロフィーをよんでしまうかの境目にある。

 なぜなら、今の状況は広島のあと長崎を待っているのに等しいのだから、と鎌田さんは指摘する。国体護持に固執して、広島に原爆を受けても降伏しなかったように、今日の日本政府は福島で原発事故が起きても、原子力体制を守ることしか考えていない。それを変えさせる方法は唯一、もっともっと大勢の市民が声を上げること、大衆の力だ、と鎌田さんは結んだ。まだ力が足りないが、なんとかしてやっていこうと。

*ブックフェアの写真は、中島実穂さん撮影
出典:http://www.labornetjp.org/news/2012/1332477237183staff01
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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