2012年07月21日

Prime Minister NODA's BLOG

政府や国会の事故調査委員会の検証作業が完了していないが、その上に関西電力大飯原発では事故時に構内での指揮・作業拠点となる「免震事務棟」が完成していないなど、事故対策も途上にある。経済産業省原子力安全・保安院は東日本大震災直後の昨年3月末、地震、津波で全電源を失っても安定的に原子炉などを冷却できる「緊急安全対策」を指示。大飯原発では、建屋の浸水対策を実施、電源車を海抜33メートルの高台に配備した。国会事故調の黒川清委員長は「なぜ国会事故調の報告を待ってからやらないのか」と批判しているが、大飯原発を再稼働とは夏場の関西の電源を得るのに必要とは首相の意向である。

 小泉首相が誕生以来、官邸ブログが発信されるようになり、しかも英訳があるので、歴代首相の英文ブログを見ながら、ときおり英語の参考にしている。つまり、分かりやすく易しい英語に心がけているからで、米国大統領も同じことを心がけている。聞いてわかるようなスピーチにするには小学生でもわかるように平易で、というのが基本だからだ。自己責任を問う以上、必ずしも英語のネイティブではない米国民にも分かり易くする努力をしなくてはまずい。大統領として格調高く、しかし、平易な英語だ。

 日本は、江戸時代以降に識字率は世界有数となったのだったが、英語力の国際比較で韓国にも及ばないのは嘆かわしい事態です。英語は日々目にして、耳にして、慣れておくことが大事。月一回、我孫子で行われる英語ディスカッションにもおいでください。今月は、間もなくの

  7月は22日(日)10-12時@久寺家近隣センター

              見学もお気軽にどうぞ。(通常、参加費は4回3000円)

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A Cabinet reshuffle, and looking to the future
The Chiba born Prime Minster Noda's blog
on June 06(Wednesday)19:35


I believe that the appointment attracting the most interest in this lineup is my asking Prof. Satoshi Morimoto* to serve as Minister of Defense. Prof. Morimoto is one of Japan's leading authorities in the field of national security, and I firmly believe he will carry out the responsibilities of his office competently.

In fact, in 1952, Tokutaro Kimura, a civilian who had originally been a lawyer, was appointed to the Cabinet post of Director-General of the National Safety Agency, the predecessor to the Japan Defense Agency (now the Ministry of Defense).

National security is a job to be pursued as a responsibility of the Cabinet as a whole, with myself as Prime Minister as the commander in chief of the Self-Defense Forces. Although I participate in important decisions regarding the safety of the Japanese people as a matter of course, it is accomplishments that are most important of all. It is my understanding that a non-parliamentarian serves as the Minister of Defense in a number of countries. I consider the role I should play to be that of extending my utmost efforts to foster an environment in which all the members of the Cabinet, including Minister Morimoto, are able to perform their duties to the fullest extent.

I intend to push forward on numerous outstanding issues, a point I stated at the press conference I just held. The issues in which I must be engaged are by no means limited to only the comprehensive reform of social security and taxation systems.

Within the Council on National Strategy and Policy, reforms to the education system, the cultivation of human resources able to perform in a global environment, strategies to support people's daily lives, and strategies to foster youth employment are all matters that have been hammered out significantly.

The Reconstruction Promotion Committee has collected various views contributing to the reconstruction of the disaster-stricken areas and the rebirth of Fukushima.

At the General Assembly of the Nippon Keidanren (Japan Business Federation), I touched upon the fact that industrial circles have been moving forward in cooperating with the disposal of the rubble from the disaster areas and requested still greater cooperation.

And, at the General Meeting of the Japan Association of City Mayors, I advocated actions by the mayors in the area of disaster preparedness and requested their cooperation in the disposal of the rubble and in the comprehensive reform of social security and taxation systems.

Through this opportunity of the reshuffling of the Cabinet, consultations among the ruling and opposition parties have become more active. While this is a time of major decisions that set the basic course for Japan's future, the Noda Cabinet will address this host of issues one by one, all in parallel.

Yoshihiko Noda
Prime Minister of Japan
June 6, 2012

*MORIMOTO Satoshi
1992〜2001年 野村総合研究所主席研究員。1995年より慶應義塾大学・慶應義塾大学院にて非常勤講師を兼任する。1997年より中央大学・同大学院にて客員教授(2002年退任)。1999年より政策研究大学院大学(2003年退任)、聖心女子大学非常勤講師を兼任。2000年より拓殖大学国際学部教授、2005年(平成17年)より同大学海外事情研究所所長兼同大学院教授(現職)。2009年より東洋大学客員教授(2010年3月退任)。

東京都生れ、大阪で育つ。防衛大学校本科卒業後、1965年に航空自衛隊に入隊する。1977年に外務省アメリカ局(現在の北米局)安全保障課に出向する。1979年に航空自衛隊を除隊して、外務省に正式に入省する。1980年にタフツ大学のフレッチャー法律外交大学院の修士課程を修了する。在ナイジェリア日本国大使館の参事官、外務省情報調査局の企画課安全保障政策室長などを経て、外務大臣官房領事移住部領事移住政策課長を最後に1992年に退官。

2003年(平成15年)2月「イラク問題について米国の立場と行動を支持する声明」を新聞で発表、 親米保守とみなされる一方で、「自由と民主主義」を大義名分とし、それを武力によって導入しようとイラク戦争へ突き進んでいったブッシュ政権について「アメリカは気が狂れているのではないか。」との批判をおこなった。
イラク戦争を肯定的に評価する立場から産経新聞紙上で論を展開しこれにより2004年(平成16年)第20回正論大賞を受賞している(イラク日本人人質事件の際には自己責任論を説いた)。

実務経験を経た安全保障研究者として、政府審議会等に有識者として参加することもあった。小泉政権下で有事法制・国民保護法が制定された折には、有識者として、「国民保護計画」の取りまとめに大きな役割を果たした。また、他の産経新聞系保守派とは一線を画し、ポスト小泉に一番ふさわしい人物として、安倍晋三ではなく福田康夫を推すなどした。麻生内閣の要請により、同年8月1日付で、防衛大臣補佐官(初代)に就任したが、鳩山由紀夫内閣への交代を前に、9月11日付で退任した。

参議院で問責決議を受けた田中直紀の後任防衛大臣に指名され、正式に就任(元自衛官としては、高知県出身議員の中谷元が小泉内閣で防衛庁長官となり文民統制に関連して一部で議論を呼んだ。史上2人目。中谷は、日韓議員連盟常任幹事であり、靖国参拝には批判的であった)。なお、前身の警察予備隊、保安庁、防衛庁時代を通しても、防衛主任閣僚の民間人起用も初となる。

朝まで生テレビやたかじんのそこまで言って委員会などのテレビ番組に出演し、「集団的自衛権は合憲である」との立場に立って自衛隊や防衛政策について論評している。ただ、民主党政権下で防衛大臣に就任した際には、「野田政権の枠の中で対応する」「任期中、防衛相として集団的自衛権の考え方を変更する考えは毛頭ない」として、自身の主張を重ねて封じた。

2008年10月から、まぐまぐより自身のメールマガジン(有料)を発行。
2011年7月末に公式Facebookページを開設。


posted by Nina at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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