三菱重工業にて30年余り原子力エンジニアとして勤務、原子力規制組織である独立行政法人原子力安全基盤機構の検査員の経験をもつ藤原節男さんが千葉県に住んでいる。しかし、組織の隠ぺい体質が事故を招くのではないかと、公益通報することがあったが陽の目を見ることはなかった。藤原氏は、もっと早く取り上げてもらえればと嘆く。例えば、今月5日に停止された北海道電力株糟エ発3号機の使用前検査に臨んだ際にも問題があった。原子炉安全性を確認するためのこの検査で、安全性を損なう「不合格」の検査結果が検出された。これを放置すれば、チェルノブイリ級の重大事故の発生につながるという検査結果だ。そこで「検査要領書」に示されたとおりに、新たな条件を設定し、再検査を行ったところ、再検査は「条件付き合格」となった。ところが、後日、検査報告書を見た上司から、とんでもない指示を受けた。その前に出た「不合格」の記録を削除しろという。つまりは「記録改ざん」「事実隠ぺい」と いう不正行為を強要されたのである。原子力安全を守るために存在する検査員が、原子力安全を損なう不正に手を染める。そんなことがあっていいはずがない。もちろん、藤原氏は上司の指示を拒んだ。 その後は検査業務から外され、閑職に追いやられ、翌年の定年退職後の通常では再雇用になるはずが、拒否された。前例のない処遇だった。つまり、組織としての、あからさまな報復措置だった。
退職後の2010年8月には、藤原さんは再雇用拒否の処分取り消しを求めて原子力基盤機構を提訴した。これと前後し、原子力安全委員会と原子力安全・保安院に「公益通報」 を行なったのだ。泊3号機使用前検査での記録改ざん命令のことだけではなく、それまで経験した“原子力村”の杜撰な実態をマスコミや政治家にも訴えるしかなかった。 そこで、2011年3月8日、は経産省記者クラブの記者たちに「このまま原子力安全が脅かされている状態が続けば、明日にでもチェルノブイリ級の大事故が生じる」 一通の警告メールを送った。その3日後、東日本大震災、そして福島第一原発事故が発生した。
原子力村の腐敗を追及する公益通報について最初に報道したのは「週刊現代」で、福島第一原発事故の3ヵ月後の2011年6月18日号(6月6日発売)に「スクー プ! 原発検査員が実名で告発 『私が命じられた北海道泊原発の検査記録改ざん』と題する記事で「現状の“原子力村”を解体しない限り、原子力安全は守れない!」という切実なものだ。その後、米国では「ウォール・ストリート・ジャーナル」、日本では「東京新聞」「週刊SPA!」、北海道のローカル誌「北方ジャーナル」と記事掲載が相次ぎ、毎日新聞では公益通報を情報源としたニュースが、第一面トップ記事として報道されていくようになった。
ようやく届くようになった声が鎮静化してしまうようなことがあれば、原子力村の住人たちは、何の反省もないまま、これまでと変わらないやり方で、原発の再稼働を図ろうと向かっていく。それでは、“第二の福島原発事故”を防ぐことはできない。 現状の原子力規制体制への批判を一過性のものに終わらせずに、継続して批判し続ける世論を形成しなければならな い。
「公益通報」という新たな呼び名が誕生した2006年に、公益通報者保護法が施行され。かつては組織の人間が、組織内部の不正や違法行為を監督機関やマスコミに通報することを、「内部告発」と呼んでいたが、公益のための通報という活動の目的をより鮮明にした新たな概念となる。
原子力村の組織犯罪は、以下のとおり、組織の犯罪であると同時に、組織構成員の犯罪だと藤原さんは言う。
(1)当事者個々人には罪がない、ということになってしまう。
哲学者ギュンター・アンダース(Günther Anders)は「アイヒマン問題は過去の問題ではない。我々は誰でも等しくアイヒマンの後裔である。我々は機構の中で無抵抗かつ無責任に歯車のように機能して しまい、道徳的な力がその機構に対抗できず、誰もがアイヒマンになりえる可能性があるのだ」という言葉を残している。
原子力村の組織犯罪は、組織の犯罪であると同時に、組織構成員の犯罪である。
(2) 品質保証、品質マネジメントシステムの世界では「不適合事象の関係者の名前は公表しない」という原則がある。
名前を公表すると「自分から名乗り出て、不適合管理、不適合是正処置、事故再発防止のために必要な真実を述べる」ことをしなくなるとの理由から、この原則ができ た。つまりは関係者に不利益が及ぶことを恐れて、当事者が事実を隠ぺいしてしまうことを考慮し、この原則ができた。
しかし、この「関係者の名前は公表しない」という原則を組織犯罪に適用してはならない。こうした原則を適用し「全責任は上司にある。私は命令に従っただけ」とい う言い分がまかり通るから、組織犯罪が無くならない。
2012年02月07日
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