2011年09月13日

「So much for 論争」

 杉村楚人冠は、夏目漱石、柳田國男らと東京朝日新聞社の同僚だったことがあった。楚人冠の方が瀬石より5歳年下だが、朝日入社は楚人冠が1903年(明治36)、漱石が07年(明治40)で、楚人冠の方が先輩だった。

楚人冠は、明治39年1月の朝日新聞の記事で「近刊の「ホトトギス」を読む。夏目漱石の「我輩は猫である」愈出でて愈拙し。此篇初めの程こそ着想行文共に天下の逸品たるを得たれ、近頃は次第に調子に乗り過ぎて下らぬことを長々とだらしなく書き延ばすの外格別の能なきを見る、惜しむべし・・・」と酷いことを書いた。漱石が朝日新聞社に入社することになろうとは後楚人冠は思いもせずだったが、英国に赴任している間に漱石が入社した。英国から戻って、楚人冠は漱石と社内顔を会わせたが、その時の気持ちを楚人冠は漱石の「猫」を批判したことを思い出し、“内心頗る安からぬ思い”だと後に述べている。

しかし、それはそれで、社内の中では英国での経験など共通するところが多く、こうした出会いではあっても、互いの家族を思いやり、親しく付き合った。漱石の入社以来、二人は月2,3回の編集会議の後、昼食をしながら歓談していた。

互いに、関心を持ち、心おきなく議論もしあったが、傍目には反目していると誤解されていたようだ。実は気心が知れているから自由に意見を交わせると信頼し、互いの意見を紙上で論じてあった。ある時、『英語青年』という専門雑誌で二人の英語論争も話題になったが、互いに気心の知れた漱石と楚人冠だったので、それぞれの論拠を示しながら、結果的には楚人冠の英語力に軍配が上がったなどということもあったということだ。楚人冠と柳田国男の鳥にまつわる応酬についても、後日にご紹介したいと思う。


ご参考までに、論争の経過とその結果については、曾根博義氏の論文に詳しいので下記に転記します。
「・・・・ 明治44年6月15日発行の第25巻第6号に楚人冠は「再びSo much forに就て」なる一文を寄せ、「前号には一応夏目君に負けて置いたが其後となつて大分僕の解釈に有利な用例やら議論やらに接した、だから此処に約の如く捲土重来と出かける」と前置きして、自訳が正しいという証拠を四つあげた。第一に「So much for his educationしつけが悪いからです)」というような用法が会話のなかにはしばしば使われていること、第二は某英人はロイド教授のあげた『ヘンリー八世』の用例はごく日常的に使われた「So much for Sugimura」の出所典拠としては不適切であること、第三に同じ英人はルース嬢の解を正しいとしたこと、第四にイーストレーキ博士の令嬢マリーもルース嬢とほとんど同じ解釈をしたこと、以上の四つである。
 どうやらこれで漱石・楚人冠の「So much for」論争の決着はほぼついたように見える。『英語青年』のこのあとの号を見ると、専門の英語学者たちがこの論争を問題にして二、三の文章を寄稿している。明治44年8月15日発行の第25巻第10号掲載の花園兼定「Vanity Fairに於ける”So much for”」は同書第二章から漱石訳の用例を挙げている。しかし論争に止めを刺したのは、半年後の翌45年1月1日発行の第26巻第7号に発表された市河三喜「So much for の意義に就て」であった。前置詞forについて千枚に垂んとする卒業論文を書いたといわれる英文法学者の市河にとってさえ、楚人冠訳のような用法は「当時、浅学なる余には全く新しい用法であつた、そこで早速書を送つてLawrence教授に糺した」というほどだから、楚人冠の英語力は大変なもので、漱石が知らなかったのも無理はないということになる。Lawrence教授の返事によって楚人冠訳のような用法が確かにあることを知った市河は、Thomas HardyのTessのなかに漱石訳と楚人冠訳の二例があることを確認した上で、「So much forには次の二つの異なった意義があることを認めなければならない、という結論に達した。
1=that is all that need be done or said about.
 2= that is all.....is worth;......has come to this.
 いうまでもなく、漱石は1
、楚人冠は2の解釈を選んだわけだが、当該のイ―ストレーキの書簡の訳としては楚人冠の方が正しかったということになる。ちなみに当時は漱石も市河三喜のような英文法学者も2の用法があることは知らなかったようだが、今日ではどんな英和辞典にも二つの用法が明記されている。
・・・・・」
 
http://www.chs.nihon-u.ac.jp/institute/human/kiyou/66/H-066-002.pdf

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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