2011年03月20日

市内巡回で感じたこと

昨日は、温かい一日でした。被災された若松地区周辺や知り合いの方など数件をお訪ねしました。すると、「私たちは戦中派、モノのない時代に育ったから大丈夫、出来たら東北地方で寒い思いをしている方たちに何か役に立つものを送って差し上げたい。それで、地震の後片づけをしながら、不要になった衣類を整理して段ボールに梱包し我孫子市に支援物資を送りたいと申し出たら、そんなことの受付はしていないとけんもほろろだった、がっかりした」と訴えられました。

特に被災地における必要な品は、下着、靴下、毛布、暖かい衣類、食品では、米、パン、缶詰、カップラーメン、飲み物などだそうです。
まだまだ行方不明の方がたくさんいらっしゃるし、原発の事故の影響に震えている幼児を抱えている家族、特に妊婦さんは心配でたまらないことでしょう。「被災した親戚が宮城から出て来ているのだけれど、地元行政で支援をしてもらえなのか」という方もおられます。もし、空家住宅や空社宅で避難者の受け入れを行える方がいたら、提供を受けてマッチングしてはどうでしょうか。県に掛け合って、今年度で閉鎖が決まった湖北高校を東北の被災者の臨時避難所に提供が出来ないでしょうか。国家的な危機にあったのですから、県教も規制緩和で被災者特区として廃校になった校舎を非難所に当ててもいいのではないですか?

また、ある方は「ホームステイを受け入れた事があるので、数人なら災害避難者の受入れを行いたい」、と言われておられました。「今回の災害のことで、ボランティアするから登録したい」「各自治会の了解を得て、街灯、公園ライトの節電をしてはどうか」との申し出もありました。市内から、もっと大変な東北の人たちがいるのだからと思うのかもしれません。

何かしてあげたい気持ちが一杯なのに・・・・。


いつも我孫子市民から「市には、お金がないのでしょう」と言われます。そして、「私たちは行政に多くは望まないから、良いことの為なら何か協力してあげたい」との声が多く出ると感じます。そうやって、これまで何度か行政は助けられてきたところもありました。だから「市民には頭が下がる」と言う職員もいます。

最近、他市の議員の話では、どこのスーパーの棚も空になる、ガソリン渋滞で2時間以上並ぶとかばかりです。ところが、我孫子ではいつもより、買い物カートの中身がいつもより控え目だったのを見たりしたとかの話があるのです。市長が市民に、節電の申し入れを宣伝カーだ回っていましたが、きっとそうした事をきちんと受け止めて、自重しているのだろうと私は感心しました。ジェントルマンが多いし、オシャレで聡明な女性が多いと街の中を歩いて思います。全般的に我孫子市には(中にはもちろん、おっかない市民も危ない市民もいますが)賢明なる市民が多い街だと、大地震の体験をして、益々、私は確信するようになってきました。

そして、今こそ、やってもらう市民ではなくて、やってあげられる事を“やろうとする市民”が必要です。液状化して被災もしていた個所の多い若松地区を巡回して、やっぱり我孫子市民は優れている!この街で市議の経験が出来て良かった、こういう市民の為に活動できた事を誇りに思いました。

このところの市内巡回によって、色々な人たちにお会いして、事務所に戻りながら、柳宗悦の一節を思い出しました。柳が手賀沼のほとりを見ながら、ここは地上で最も美しい場所の一つだと言っていた事を。

また、今日もまた頑張ろう!!!


posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
FAxありません。
家電製品はどうでしょうか。
Posted by 我孫子市民3 at 2011年03月20日 21:24
我孫子の計画停電は、22・火曜まで中止らしいですが、
その後の情報知りたいです。
Posted by 我孫子市民 at 2011年03月21日 21:43
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