2010年11月01日

どうしたこうした(*_*)

匿名の手紙が議会事務局へ届いたと連絡を受けた。「他の議員にも来ているの、どんな封筒?」と聞いてみたが私にだけ届いたそうだ。小ぶりの小さめの白い封筒だという。前回の議会での討論について問い合わせだろうかなどと思いを巡らしてみた。視察の準備のために議会事務局に出向いた際に封筒を受け取った。差出人が無くてなんだか気味が悪いと思ったから、そのままゴミ箱に入れるかどうしようか迷ったが、エイッとばかりに封を開けてみた。がく〜(落胆した顔)
そこには、なんと賞賛の言葉が並べられていた。というより、誉め殺しと言うところだろうか。わーい(嬉しい顔)
「・・・・今回のお便りの目的はただひとつ早く市長選に出馬なさって下さい。我孫子をより良い街に出来るのは貴女しかいません。地球サイズの見識と行動力でどうかこの我孫子市を素晴らしい街にしてください。・・・・・我孫子を生まれ変わらせることができる女神のような女性だと信じています。応援しています。私の周囲の友達もそう口々に言っています。 」と丁寧な字で驚くような言葉が書いてあった。exclamation&question
家族に見せたところ、今のところ立候補している二陣営のどっちかから出されたもので何らか票に影響を与えるようにとの作為だろうか、これは女性の字のようで比較的若い人の字ではないか、いやいや“女神”などというのは崇める見る感じであって女性の表現ではないだろうなどと週末の話題になったものの、そのうち「龍馬伝」がはじまり、そのあとには知人から見るようにと言われた「NHKスペシャル・認知症をなおせ」を見ているうちに眠たくなってしまってあまりまじめに受け止めるつもりも無くなった。眠い(睡眠)
匿名の手紙を受け取るというのは、どんな内容であれ真に受けるところまでいかない。封筒に名前を書き忘れたのだろうか?しかし、便せんの文書の始まりと終わりに「海津にいな様」と記しているのだから、自分の名前を書くつもりはなかったのだろう。きちんと名前を名乗って、きちんと応援を表明して頂けないと責任を持って受ける止めるつもりにもなれない。それに選挙とは、どんなレベルであれ軽々しい考えでは出来ない社会的行為です。選挙をたった2回でも経験してみて、選挙を支えてもらうのが生易しいことではないのと、応援する人も自分の家族でさえもウンザリする思いになっていくのを経験してきたからです。当選した場合でもいいことばかりではない。勝ち負けがその時で終わる運動会とは違うからだ。多少とも地域の利害が絡んでくるので応援する人も表向きに姿を見せる、名前を名乗るのを避けたい。「陰ながら応援します。海津さんなら大丈夫!」とよく言われる。それも有り難いが、それでは他の人にも伝えて応援しますとというのではない。二期目もようやくの当選だったのだから・・・。ふらふら
自分の力以上になれる時は、それは多くの方の“真剣な力”に支えられた時です。グッド(上向き矢印)
駅頭活動でお会いしている方なら、どこかの駅でお会いした時にぜひ名前だけでも名乗って“応援”して頂きたいものです。耳

posted by Nina at 23:54| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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