中国の新興企業ディープシークが、既存のAI(人工知能)をはるかにしのぐ低コスト化を実現したとして、テクノロジー業界や株式市場に激震が走っている。同社の技術が本物であれば、巨額の資金と大量のコンピューター・リソースを投じなければ実現不可能とされていたAIの常識が百八十度変わる。同社には不正疑惑なども指摘されており真相は不明だが、仮に今回の技術が本物ではなかったとしても、今後、同じような事態が発生する可能性が高いことだけは間違いない。
ソフトウエアの世界は常にそうだが、天才的な技術者が全く新しいアルゴリズムを発明すれば、あっという間に既存体系は崩壊する。1990年代に普及したパソコンのソフトウエアはまさにその典型であり、それまで何十億円の費用と、巨大な設備がないと動かなかったコンピューターが机の上に載り、スマホという形で手のひらに収まるようになったのは革新的なソフトウエア技術のおかげである。
ソフトウエアというのは、技術者の頭の中で数学的に創造されるものなので物理的制約を受けない。ある日、突然、生まれた新しいアルゴリズムによって、一気に産業構造が変化するというのは、テクノロジー業界ではごく日常的なことである。
歴史を知る人なら驚くべきことではない
現在、AIの開発には高速処理できる半導体が必須とされ、その開発には莫大なリソースが投入されている。また巨大なデータセンターを建設しなければならず、それらを運用するため大電力も必要とされる。
アメリカをはじめとする各国は、AI開発競争に勝つため巨額の先行投資を行っている状況だが、ディープシークの技術が本物だった場合、これらの投資がすべてムダになってしまう可能性がある。今回の騒ぎでAI用半導体を製造する米エヌビディアの株価が暴落し、一瞬で90兆円が失われたのはこれが理由である。
しかしながら、テクノロジー業界の歴史を知っている人からすれば、一連の出来事はそれほど驚くべきことではない。ソフトウエアにおける画期的な技術というのは、常に突然現れるものであり、たいていの場合、その技術は非連続的である。
現在、世界のAIは米オープンAIがリードしており、各種AIを動作させる半導体はエヌビディアが独占的な地位を占めている。だが、ひとたびブレークスルーが発生した場合、この図式が一瞬で消滅する可能性があることは、業界の人間であれば誰でも自覚しているはずだ。
現在のAIモデルが続く可能性は低い
ディープシークはAIモデルの開発に当たり、オープンソースとして公開されている既存のモデルを活用し、それを基に学習を行ったとしている。それ自体は問題ないが、同社には、オープンソースのAIモデルだけでなく非公開のモデルを学習に用いた疑惑が指摘されている。仮にそれが事実であれば、同社の技術は不正に開発されたものということになる。
だが技術の大きな流れとして捉えた場合、それはさまつな問題にすぎない。現在のAIモデルが半永久的に市場を独占する可能性は低く、今後、第2第3のディープシークが出てくる可能性のほうが圧倒的に高い。
問題は、次に市場を席巻する革新的技術がアメリカから出てくるのか、それとも中国から出てくるのかである。どちらになるのかで世界は大きく変わるだろう。
出典 Newsweek