坂本 貴志著「ほんとうの日本経済」について、日本全体が貧困化している…のか? というネット記事(2024.10.26)が出ていた。
興味深い内容だったので、概略してみる;
日本ではこれまで周縁労働者と考えられてきた女性や高齢者の労働参加が急速に進んでいる。このような急速な労働参加の拡大は、日本人の賃金の動向にも大きな影響を及ぼしてきたと考えられる。
国税庁「民間給与実態統計調査」から、1年以上継続勤務者の賃金分布の変化を確認すると、この四半世紀ほどで日本人の賃金構造はかなり変化していることがわかる。まず、低・中所得者が大幅に増加している。年間200万円以下の給与を得ている人は2000年の825万人から2021年には1126万人に、200万円から400万円の層も1464万人から1696万人に増えた。年収水準が低い労働者の増加はどのように解釈できるだろうか。低所得者が増えているのだから日本全体が貧困化しているのだと主張する人もいるかもしれない。
しかし、さまざまなデータを分析していくと、日本において貧困問題が深刻化している様子や格差が急拡大している姿は見えてこない。ストリートチルドレンやブルーシートの浮浪者も目にしない。マクロの平均時給は足元では伸びてきており、むしろ非正規雇用者をはじめとする低所得者の待遇改善の方が先行して進んでいるのである。
さまざまなデータを組み合わせて考えてみると、年収水準が低い労働者が増えている理由の多くは、実は、労働時間が短くなっている女性や高齢者が労働市場に急速に参入してきたことや、あるいはこれまでであれば自営業者として働いていたような人が雇用されて働くように変わってきていることなどによって、現状の変化をかなりの部分が説明できると考えられる。
実際に、年収400万〜600万円の人数は1143万人から1341万人へと中間所得者層のボリュームも大幅に増えている。
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から性・年齢別の年収水準をみると、女性や高齢者の賃金は全体平均よりかなり低い。こうした人たちが急速に増えることが労働市場全体における、統計上の平均賃金をも押し下げきた側面があると考えられる。
■近年の日本で就業率が急速に上昇してきたのはなぜか。
女性や高齢者であっても働くことで、世間体を気にすることなく、健全な当たり前のことだとする人々の意識の変化がうまれたことではないだおるか。
女性にとって育児、介護の受け皿との考え方から、「三つ子の魂百までも」などと言ういい方で、母親が家に子供を見る事の是とすることで、働きに行く妻を持つことが男の恥であるような言われ方もなく名なった昨今、夫も保育所に子供を預けにいくし、育児休暇の拡充といった各種制度が取れるように雇用者に要請することも少しずつ公然化してきた。また、高齢者にとって継続雇用制度の義務化の精度など、こうした政府の政策による影響は大きいだろう。あるいは高齢者にとって年金の給付水準の抑制といった財政的な事情も大きな影響を与えているとみられる。
こうしたなか、労働市場のメカニズムから考えれば、本来は賃金水準も労働者の就労の意思決定と関係しているはずである。
労働者側の視点からすれば、賃金水準の上昇は労働参加を拡大させる効果を持つ。定年後の人が新たな仕事を探すとき、たとえば時給800円の仕事しか見つからないのであれば、多くの人が働かずに引退しようと考える。しかし、時給1200円の仕事が見つかるのであれば、それより多くの人が引退せずにしばらくは働き続けようと考えるはずである。
このように賃金水準と労働参加の動向は相互に関係している。そして、近年の日本の労働市場においては、わずかな賃金上昇であっても労働参加が急拡大するという意味で労働供給量は賃金に対してかなり弾力的な状況にあったのではないかと推察される。
しかしその一方で、ここまでの現象はあくまで過去の日本の労働市場において起きたことである。つまり、これまでの賃金や就業率の水準においては、労働供給が賃金に対して弾力的であったということであり、これ以降もそうであるという保証はない。今後の労働市場を考えたときに焦点になるのは、日本人の就業率の上昇余地があとどれくらいあるのかということになる。
就業率の推移をみていると、特に高齢者については労働参加の余地がまだ十分に残っているが、70歳を超えても80歳を超えても現役世代と同じように働き続けられる高齢者はそう多くはない。将来、労働参加が限界まで拡大し、就業率が天井を迎えたときには、いよいよ賃金が上がっても労働供給量が増えない局面が訪れることになるはずだ。
生産年齢人口が急速に減少する一方で医療・介護需要が増え続ける未来において、日本経済は労働供給が賃金に対して弾力性を失う局面をおそらく経験することになる。そうなれば、賃金上昇率はこれまでよりも加速することになるだろう。それがいつになるかまではわからない。2そうした兆候は少しずつ顕在化してきている。失業者数も低い水準を維持している。こうしたデータをみると、潜在的な労働力のプールが枯渇に向かっていることは確かだろう。