石川県が地震に見舞われ被害からの復旧について報道されて間もなく、今朝がたは千葉県でも震度5強の地震が発生した。まさに日本は地震の起きる地盤の上にあるのだなあと思うばかりだ。一方、世界では、こうした地震などを含めた安全運航対策を考えて高速運転の列車を通す日本の技術は世界でも一目置かれている。
日本の新幹線方式を海外に輸出した初の事例は、2007年に開業した台湾高速鉄道である。そもそもの開発構想は、90年代においては、仏独を中心とした欧州方式が念頭に置かれて進んでいた。しかし99年に発生した大地震の影響で安全運行への関心が高まり、コスト面でも有利な新幹線方式に舵を切った。こうして、台北郊外の南港駅から台湾南部の高雄市までを最短1時間半で結ぶ路線は完成した。4時間近くかかっていた従来の特急列車と比べて大幅な時間短縮を実現した。車両には700系をカスタマイズした700T型を採用しており、最高速度は時速300キロに達する。
米テキサスでも日本の新幹線方式の導入が決定している。アメリカ合衆国運輸省の連邦鉄道局(FRA)が、テキサス州で進めている高速鉄道計画に関する安全基準案を2020年3月10日に公表している。新幹線方式を前提に計画が進んでいる。新幹線は専用線を走る、ATC(自動列車制御装置)を使って運行する、厳格な軌道管理を行っているといったことから、衝突事故や脱線事故は起きないという前提で車両を設計している。米国での衝突や脱線に対する考え方が根本から異なるため、テキサス連邦議会の採決が待たれたのだ。
FRAは約3年かけて新幹線の安全性や日本の状況を調査。問題ないと判断され、2019年8月に特定のプロジェクトにのみ適用される安全基準である連邦規則案(Rule of Particular Applicability)の制定に向けた手続きを開始した。それから半年後、連邦規則案がようやく完成し、3月10日に公表されたというわけだ。それまでは、アメリカの安全基準を満たさない日本の新幹線が本当にアメリカ国内を走れるのか、といった懸念もくすぶっていたが、走行には問題ないと当局が認める意義は大きい。さらにこの連邦規則案では、テキサス高速鉄道のコアシステムは東海道新幹線のシステムを複製し、東海道新幹線が1964年の開業以来約60億人が利用し、乗車中の乗客が死亡に至る列車事故が起きていないことが、信頼性を示すものとして触れられている。アメリカの当局が新幹線をきちんと評価していることが読み取れる。
テキサス高速鉄道はアメリカでこれまで走っていた鉄道とはまったく違うシステムである。長大な貨物列車が悠然と走るアメリカの鉄道にそのまま高速列車を走らせると、前を走る列車に衝突してしまうリスクがある。また踏切で立ち往生した大型トラックなどの自動車に衝突するリスクもある。そこで、テキサス高速鉄道は新幹線のような専用線方式でATC(自動列車制御装置)を採用、踏切もゼロにすることで、衝突リスクを徹底的に排除した。
営業運転は時速約320キロで行われ、ヒューストンとダラスを90分間で結ぶ新線を建設する予定だ。自動車での移動と比較して70分の時間短縮となる。さらに飛行機との比較でも、50分の優位性を確保する。また、新幹線車両は省エネ、環境性能、線路のメンテナンスなどの観点から車両を軽量化している。その結果、アメリカの安全基準が求める車両の軸重と新幹線の軸重は、条件によっては3倍もの差が生じることもある。
運行パートナーとしてスペインの政府系鉄道会社「レンフェ(renfe)」が参加し、土木工事や関連施設の建設を担う建設会社とも契約が結ばれるなど、プレーヤーもそろってきた。N700Sをベースとした車両のイメージも発表された。客室のシートは通路をはさんで横に2席ずつ。2席と3席の組み合わせが主流の日本の新幹線よりもゆったりとしている。TCは「航空機よりも座席は広く、前後の座席との間隔も長く、窓も大きく、シートベルトを締める必要もない」として、航空機に対する優位性を強調する。日本人にとっては当たり前の情報だが、高速鉄道での移動になじみがないアメリカ人に対しては伝えるべき情報なのだろう。
連邦政府の官報には’20年3月18日時点で8件のパブリックコメントが寄せられ、コメントの中には「日本人がテキサスの土地を所有する」といった誤解も見られた。土地買収では訴訟問題などによって2021年に予定されていた着工が延期されたが、’22年6月にテキサス州最高裁判所がテキサス新幹線計画の土地収容権を認める裁定がされ、2026年の運行予定に向けている。
現地鉄道会社の地域担当副社長は「世界最高のテクノロジーを導入するのに、ここは最適な場所だ」と胸を張る。日本生まれの技術は、さらに輝ける場所を海外の土地に見つけたようだ。
こうした事から、マレーシアのクアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道の建設を日本が受注する可能性も高まってきた。クアラルンプールの高速鉄道駅は、再開発プロジェクト「バンダー・マレーシア」で整備される地区に作られる予定で、2026年開業を目指し、各国の受注競争が激しくなっている。
高速鉄道受注は、近年マレーシアに多額の投資をしている中国企業が有利と見られてきたが、「バンダー・マレーシア」は、軍の空港跡地を高級住宅街とオフィス街として開発する計画で、もともと国営投資会社「1MDB」が手掛けていた。「1MDB」は、ナジブ首相がマレーシア経済の発展を目的に創設したが、大規模な腐敗の温床だったと見られており、汚職疑惑は首相自身にも及んでいる。ウォール・ストリート・ジャーナル紙(WSJ)によると、国内での調査は打ち切られて不正はなかったと結論づけられたが、アメリカ、スイス、シンガポールなど海外ではまだ調査が継続中だ。
2015年12月に、「1MDB」は「バンダー・マレーシア」の株式の60%を中国中鉄と地元企業の企業連合(ICSB)に74億リンギット(約1920億円)で売却すると発表した。WSJによれば、当時「1MDB」には130億ドル(約1.5兆円)以上の負債があり、借金返済のための政府による資産売却だった。中国側としては、再開発事業に投資することで高速鉄道の受注を有利にする狙いがあったと、フィナンシャル・タイムズ紙(FT)は伝えている。ところが今年5月3日に、「バンダー・マレーシア」を手掛ける財務省の子会社、TRXシティは、ICSBが「支払い義務を果たさなかった」ため、取引が失効したと発表した(FT)。フリー・マレーシア・トゥデイによれば、日本、中国以外にも韓国、フランスも高速鉄道受注を目指しているという。
参照HP https://denshadex.com/2022/08/04/us-hsr-projects/
東洋経済(2020/3/23、2021/4/12)