反日感情が抜けない韓国でも、大谷選手に対しては「すごかったなあ〜。オオタニ。腹が痛いっていうより、ただただ、すごかったな」との声が上がる。
腹が痛いは悔しい、妬ましいという意味の韓国語だ。大谷、という言葉に思わず耳をそばだてた。そうっと振り返ると、30代と思しき、スーツ姿の男性ふたり。WBC決勝戦から1週間ほど過ぎた昼下がり、金融街のど真ん中にある公園でのことだった。
WBCの余韻は韓国にもまだ漂う。といってもそれは韓国野球の余韻ではなく、大谷翔平の余韻だ。
「もう、どう表現すればいいかわからないくらいすばらしい」
準決勝のメキシコ戦9回裏で二塁打を放ち、セカンドベースからベンチに向かって吠えた姿。決勝の米国戦9回表に登板し、米国の最高打者、トラウトとの一騎打ち、最後のスライダーで三振を勝ち取った後の叫び。
プレイだけではない。チェコ代表へ表した敬意。高1の時に作ったといわれるマンダラチャート。なかでも韓国で注目を引いたのはゴミを拾うことは他人の運を拾うという項目だ。
漫画の主人公のようだと「マンチッナム(漫画から破り出てきた男の略)」と呼ばれ、ブログやYouTubeがこぞって取り上げ、今もMLBでの活躍が報じられる。「韓国で日本の選手がこれほどの関心と好意を受けたことがあるだろうか」(文化日報、3月28日)と書いていた記者がいたが、韓国に十数年在住した中でもこれほど絶賛、賞賛される選手は初めてだ。大谷にまつわるエピソードは次から次へと報じられ、語られ、感嘆が漏れている。
日韓戦の後、韓国野球の情けなさをぶちまけながら、「大谷はかわいい」とぽつりと漏らした野球好きの知り合いも大絶賛だ。
「ともかく見ているだけで野球が好きというのが伝わってくる。投げれば豪速、打てば遥かへ球が飛んでいく。そんな実力をもっているのに謙遜までしちゃうし、おまけにあの体格なのに童顔でかわいいし、敗れた韓国や台湾にもねぎらいの言葉をかけてくれるし。
完璧すぎてつまらないと言う人もいるけど、そんな次元はもう超えている。もう、どう表現すればいいかわからないくらいすばらしい」
韓国読者に響いた大谷の質素な暮らしぶり
野球には関心がなかったが、マンダラチャートで大谷を知ったという40代の会社員は、「野球がこんなに面白いなんて知りませんでした」と話す。
「米国戦で大谷選手が最後の1球で優勝を決めた時、鳥肌が立ちました。いやあ、すごい、すごいと聞いていたけど、実物は本当にすばらしかった。選手たちの喜ぶ姿を見て、あんなにすごい試合に勝って一緒に喜べる日本がうらやましかったです」
決勝戦の後、韓国のオンライン掲示板では5年前の『FLASH』(2018年5月1日)の記事が話題になった。大谷が当時、通勤に現代自動車の「ソナタ」を使っていたという記事で、韓国ブランドの車に乗っていたことも十分に関心を引いたが、韓国読者に響いたのはその質素な暮らしぶりだ。
年々年俸がうなぎ登りの韓国の野球選手らは、コロナ禍でのパーティなど、地に足のついていない印象を与えるスキャンダルが報じられたことは一度や二度ではない。今大会の惨敗で過去のスキャンダルは再び大きくクローズアップされ、非難の的になった。
記事には大谷が後部座席に座らない理由が「礼儀に欠くから」としていた話も添えられており、ネット市民からは「いったい短所はあるのか」、「虚栄心がないところがいい」、「韓国の選手も見習うべき」などの声が並んでいた。
50年来野球に親しんできたというコラムニストは、こんな選手は初めて見たと大谷がWBCでボールボーイやバットボーイへ気配りする姿を伝えた。「自分の手袋と保護帯をひとつひとつ外しながら渡し、笑みを浮かべながら(ボールボーイの)背中をぽんと軽く押してあげた。ありがとうと言っているようだった」と描写し、2021年8月15日、シーズン39号を打った大谷がベンチに戻るシーンを回想。
「まずハイファイブをしたのは、選手でもコーチでもない、LAエンゼルスのボールボーイだった。ボールボーイとハイファイブをし、バットボーイの肩を優しくポンポンとたたくなどして、彼は野球場であまり注目を受けない人たちまでもすっかり虜にしてしまう」(週刊朝鮮、3月26日)と絶賛していた。
「アジアの宝 韓国人も魅了した日本のオオタニシンドローム」(アジア経済、3月27日)では、大谷のMLBでの軌跡をたどりながら、「MLBでは大谷がアジア人の代理満足」になっていると書いた。
記事には、「大谷はただひとりの人として尊敬させる」、「韓国にもこんな選手がいたら」、「大谷と同じ時代を生き、彼のすばらしい姿を見られて本当に嬉しいし、わくわくする」などのコメントが書き込まれていた。
出典 文春オンライン(菅野 朋子 4/6 )つづき