内閣府が3月31日、ひきこもり調査の結果を公表した。15〜64歳でひきこもり状態にある人は全国で推計146万人いることがわかった。15〜64歳のうち約50人に1人がひきこもり状態に該当することになる。子どもから中高年までの全世代の推計が明らかになるのは初めて。
調査は2022年11月、全国で無作為に抽出した15〜64歳の計約1万1300人が回答した。146万人という推計値は、ただ、約5人に1人は理由の一つに「新型コロナウイルスの感染を抑えて外出をひかえている」をあげており、コロナ禍の影響も色濃く反映され外出を控えている人も含まれている可能性があると内閣府は説明する。
146万人のうち男性が約6割強を占め、女性は約4割弱だった。ひきこもりとなった主な理由(複数回答)では、若年層の15〜39歳で最も多かったのは「退職」の21・5%。次いで「新型コロナの流行」が18・1%だった。40〜69歳では「退職」が44・5%、次いで「新型コロナの流行」が20・6%だった。
ひきこもり期間は、15〜39歳では6カ月〜1年未満が21・5%、3〜5年未満が17・4%だった。40〜69歳では、2〜3年未満が21・9%、次いで3〜5年未満が16・1%だった。30年以上の人は1・9%いた。
「ひきこもり」という言葉が使われ始めたのは、平成が始まって間もない1990年代初頭のこと。学校や仕事に行かず、家にこもって過ごす人を指して98年に精神科医の斎藤環さんの著書「社会的ひきこもり 終わらない思春期」がベストセラーとなり、一般的に知られるようになった。
不登校、若者特有の問題ととらえ始めていたことが、年月を重ね、ひきこもり状態から脱することができない人の中高年化へと進んだ。
「このままでは、親の死後に残された子どもが困窮して孤独死したり、老衰した親が一家心中を図ったりと、最悪の事態が相次ぎかねない」
平成の終わりには、「8050問題」と呼ばれるひきこもりの中高年化が叫ばれるようになった。つまり、80代の親がひきこもりの50代の子を養う状況も増えた。内閣府が2019年3月末、初めて40〜64歳を対象にしたひきこもりに関する調査結果を公表。ひきこもり状態にある中高年の人が全国で61万3千人いると推計した。一方で、専門家は「実際には、200万人を超えている可能性がある」−。
ひきこもりが続き、中高年となると、職探しも困難になる。「働いていなかった人が50代から急に職に就いても、続けるのは難しい」と村上さん。ひきこもり期間が長期化するほど、社会に出る恐怖心は強くなる。社会復帰には、ひきこもった歳月の倍以上の期間をかけ、ボランティア活動から仕事経験へと段階的に支援していくことが不可欠という。
サポートする親も高齢化する。最近は、継続的に相談に訪れていた親自身が介護の必要な体調になり、解決しないまま退会したケースもある。ひきこもり当事者の社会復帰支援を続けるNPO法人「青少年サポートセンターひまわりの会」(福岡市博多区)の村上友利代表は「このままでは、親の死後に残された子どもが困窮して孤独死したり、老衰した親が一家心中を図ったりと、最悪の事態が相次ぎかねない」と心配している。村上さんは「いずれ、90歳の親が60歳の子を養う『9060』も現実になる」と話す。
ある女性は自宅で、50歳近くになった息子と暮らしている。息子は定職に就いておらず、生活の頼りは両親の年金だ。息子は幼少時から引っ込み思案で、人付き合いが苦手だった。学校で孤立し、いじめられることもあった。高校で不登校になり、受験に失敗してからは家族との会話も減った。浪人して私立大に進学した後も、サークル活動やアルバイトはせず、キャンパスと自宅を往復するばかりだった。卒業当時は、平成初期のバブル崩壊を機に始まった就職氷河期の真っただ中。息子は気後れして、企業の説明会に行くこともできなかった。それは弟が先に就職した春だった、家族が喜んでいると、家中に「ガー」とうめき声が響いた。2階の部屋で布団にうずくまり、震える息子が叫んでいた。父や他の兄弟は有名国立大出身で、プレッシャーや負い目があったのかもしれない。「気持ちを分かってあげられず、ごめんね」。女性は息子に寄り添い、涙ながらに謝った。
それから20年ほどの間、息子は仕事に就かず「ひきこもり」となった。知人のつてで携わった事務の仕事は、人間関係をこじらせて1年余りで辞めた。近所に買い物で外出しても、家族以外との交流はほとんどない。
「兄弟には迷惑をかけられない。息子が1人で生きられるようにするのが、親の最後の責任です」。女性は支援団体に通い、相談を続けている。
福岡県立大の四戸智昭准教授(嗜癖(しへき)行動学)は、「昭和から引きずる価値観を問い直す時期に来ている」との指摘する。「学歴や年収を重視する世間のレールに乗れず、企業の就労に合わない人がひきこもりになる。現実には終身雇用は既に崩れ、働き方、生き方も多様化しつつある。強引に社会に引き戻すのではなく、地域貢献活動など、ひきこもりの人の居場所を見つける必要があるのでは」と話した。世間体を気にし、ひきこもりの子を隠そうとする親もおり、実態は見えない。精神科医の斎藤環さんは「自治体の調査を踏まえると、実際には200万人を超えている可能性もある」と指摘し、行政の支援充実を訴えている。
政府は2009年度以降、「ひきこもり地域支援センター」を都道府県や政令市ごとに整備した。全国75カ所(昨年4月現在)に上り、相談員として精神保健福祉士などを配置する。既存の精神保健福祉センターに窓口を置き、そのスタッフが業務を兼任するケースも多い。厚生労働省の集計によると、センターの継続的な利用者は約7500人(昨年3月時点)。支援を受ける期間をみると、約4千人は「1年未満」、約2千人が「1〜3年未満」にとどまる。継続的な支援ができているとは言い難い。
KHJ全国ひきこもり家族会連合会の伊藤正俊共同代表(66)は「現状の限られた人員で、どこまで丁寧に対応できるだろうか」と首をかしげる。KHJが実施した家族調査では、ひきこもり当事者の平均年齢は02年度に26・6歳だったが、18年度には35・2歳と高年齢化。ひきこもりの平均期間も7・5年(02年度)から12・2年(18年度)に伸びている。
バブル崩壊を経て「失われた20年」と呼ばれる経済低迷が続いた平成の時代。経済成長を追い求める陰で、ひきこもりという日本社会の現実問題は令和へと持ち越されている。
出典
朝日新聞 2023/3/31
西日本新聞2019/4/26
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