内閣府によると、半年以上、家族以外とほとんど交流せず、趣味の用事やコンビニなどにだけ外出する人は「広義のひきこもり」とされる。厚生労働省の担当者は、男性の生活状況について「広義のひきこもりにあたる可能性がある」と言う。引きこもりとなるきっかけは不登校や受験での失敗、病気、就職難、人間関係のトラブルなど、さまざま。一人きりで支援を求めることができず、困窮したり、自暴自棄になったりすることもある。
両親がいなくなった後、男性は次第に「自分ではい上がるしかない」と思うようになった。思い切って市役所に相談に行き、生活保護の受給手続きをした。向精神薬の服用を断ち、仕事探しも始めた。現在は生活保護を受けず、派遣社員として働きながら、洋服や食料品の輸入販売にも携わっている。
結果的に、両親と離れたことが自立のきっかけになったが、両親の真意は分からないままだった。ある日、自宅を掃除していると、ノートに挟まったメモ紙が出てきた。そこには複雑な親心が記されていた。
≪行動を起こしてほしいと思っても、言えば暴れて手のつけようがなくなる。一番つらいのは本人かもしれませんが、家族はもっとストレスがいっぱいです≫
《40歳、50歳代の人は親も亡くなり、1人になってしまいます。兄弟も自分の生活でいっぱいですし、家族全員の心は、いつもひっかかっています》
《当人も家族も限界に来ている人が多い。だから本人も自暴自棄になり、事件を起こしたりする人も多いのではないでしょうか》
老いや病気に直面し、息子を養う将来への不安。そんな事態を受け止めてくれない政治行政への不満−。相談窓口に寄せる文書の下書きだろうか、チラシ3枚の裏面にびっしり殴り書きしていた。複数の関係者によると、両親は行方不明になる前、市役所に相談に行っていた形跡がある。
男性は自らを残して去った両親に対し、恨めしさとともに「もう迷惑をかけなくてもいい」と、ほっとした気持ちもあった。メモの内容を踏まえ、今では「両親は自分を突き放し、自立させようとした」と考えるようにもなったという。
両親の行き先は知らないままだが、自宅には数カ月に1度、差出人不明の封筒が届く。中には数千円の現金と便箋が入っている。
《1人になって1年になりますね。だいぶん細くなっているでしょうね。1年間、1人で暮らせたら大丈夫ですね》
手紙は既に10通以上。しっかりした筆跡から、男性は「きっと、どこかで元気で暮らしている」と推し量る。覚悟して家を出た両親を捜す気はない。いつか戻ってくれば、今度は自分が両親を支えるつもりだ。
親と本人を一定程度、物理的に引き離す−。こうした手法は、一部の支援団体が試みている。NPO法人・ニュースタート(千葉県)の場合、1人暮らしや寮生活を体験させることを自立への第一歩としているという。
「親子が同居したままだと、親は子を手放さず、子は親の目を気にして主体的に動けなくなる。共依存の関係が引きこもりの長期化を招く」と、支援に当たるスタッフは話す。
もちろん、大分の男性のように、親が離れることによって必ず良い方向に向かうとは限らない。
専門家や支援者の指摘に共通するのは、頭ごなしに怒ることの危険性だ。
精神科医の斎藤環・筑波大教授によると、元農林水産事務次官が息子を殺害した疑いが持たれている事件などを受け、心配した家族が引きこもりの子を怒ってしまうと、子も不安になり、反発するという。斎藤教授は「インターネット上では、元次官について『よくやった』といった心ない言葉が飛び交う。それを引きこもりの人が見れば、非常に痛い言葉だと感じる。感情が暴発すれば、親子間の新たな事件につながりかねない」と警鐘を鳴らす。
引きこもり当事者の家族でつくる「福岡楠の会」事務局の吉村文恵さん(79)は、「働け」と強く迫ると家庭内暴力につながると懸念する。「本人も働かないといけないのは分かっているが、力がなく、動きだせない状態に陥っている。第三者が介入すれば、本人の攻撃性も緩む。まずは相談機関を訪ねてほしい」
それぞれのケースに応じ、手探りで支援を考えるしかない。大分の男性は言う。「かつて周囲の人々は腫れものに触るように私と接していた。偏見の目で見るのではなく、しっかり話を聞いてほしい、きちんと耳を傾けてほしい。そう思っている人は少なくないのではないか」
出典 西日本新聞(2019/6/13)