米ニューヨークのレティシア・ジェームズ氏は市政監督官(市長に次ぐナンバー2)を経て、2018年の選挙で投票票の62%を獲得して司法長官に当選。ブルックリン生まれのアフリカ系米国人。2021年には、州知事選立候補を表明したが、その後、司法長官に専念することを決めた。
そのジェームズ氏が、9月21日、ドナルド・トランプ前大統領の一族が運営する不動産・カジノ・ホテル経営企業「トランプ・オーガニゼーション」の不正融資摘発に動いた。トランプ氏と会社最高幹部の長男ドナルド・ジュニア氏、次男エリック氏、長女イバンカ氏の3人を州地裁に提訴した。その理由は、「ニューヨークの恥であるトランプ一族に鉄槌を下すため」(司法長官側近筋)と言われている。
「同州検察局、州最高裁は民主党の牙城だけに、司法長官が提訴すれば起訴されるのは必至。民事裁では有罪になる公算大だ」(地元メディア司法担当記者)
ジェームズ氏は2019年から民事事件として調査を続けており、立件のため周到な捜査を続け、期は熟したと見たようだ。まもなくの中間選挙を睨んでのタイミングだ。トランプ氏も、連邦裁とは別に州裁だけでも選りすぐりの十数人からなる弁護団に委託してきた。提訴が現実のものとなって、よほど頭にきたのか、トランプ氏はインターネット交流サイト(SNS)で「新たな魔女狩りだ」と猛反発。言うに事欠いて「レティシア・ピカブー・ジェイムズ」と罵った。
「ピカブー」(Peekaboo)は英語での幼児言葉で「いない、いない、ばあっ!」という意味だ。しかし、2020年ジョージア州でジョギング中の黒人青年、アーモー・アーベリさんが白人数人に射殺された直後から白人至上主義者らがSNSでアーベリさんを蔑視する表現として使い出した。今では白人の人種差別主義者の間では黒人蔑視の「ニガー」の同義語として定着。RedditやiPhoneでは人種差別用語として「削除対象」にしている。
米世論は公の場での人種差別や女性蔑視発言には厳しい。ニューヨーク州のリベラルな色彩の濃い大陪審ではトランプ氏に厳しい目が向けられそうだ。
(https://www.truthorfiction.com/trump-peekaboo-truth-social-post/)
(https://www.businessinsider.com/trump-calls-letitia-james-peekaboo-claims-racist-witchhunt-fraud-lawsuit-2022-9)
トランプ氏の暴言や失言は今に始まったことではないが、連邦レベルでは司法省からは機密文書秘匿容疑で訴追を視野に入れた追及を受け、州レベルではニューヨーク司法省が満を持して動いた。(中央政府は州政府の決定事項には一切介入できないのはアメリカ合衆国の建国以来の鉄則である)
今後はメディアやSNSを通じたレトリックの応酬ではなく、連邦、州各法廷が争いの場に移る。親トランプ系のサイトのコラムニストは、「法廷はスーパーマンだったトランプ氏にとっては(スーパーマンの弱点である)クリプトナイトになりつつある」と嘆いている。
(https://thetriad.thebulwark.com/p/court-is-trumps-kryptonite)
■銀行から10年間で2億5000万ドル不正融資
220ページに及ぶ訴状によると、トランプ氏らは少なくとも2011年から2021年、不動産価値を高く偽って評価、銀行から有利な条件で融資を受けるなど、2億5000万ドル(約360億円)を不正に取得したとされる。そこで、ジェームズ氏はそれと同額を州に返済するよう求める一方、トランプ氏親子が州内でビジネスを行うことや、不動産の購入を5年間禁じることを訴えている。ニューヨークを本拠地とする「トランプ・オーガニゼーション」が5年間営業活動を禁止されるということは死刑宣告を受けるようなものである。
どこまでも強気というべきか、常軌を失したというべきか、9月22日にトランプ氏は、かつては「影の知恵袋」と言われたフォックス・ニュースのショーン・ハニティ氏とのインタビューで、こう言ってのけた。
「大統領は、国家機密文書を機密解除できる。(持ち出した機密文書は)私が解除すると言えば機密ではなくなる」
(https://video.foxnews.com/v/6312698126112#sp=show-clips)
そうした矢先、メラニア夫人の「離婚話」が飛び出した。ピューリッツアー賞を受けたアンディ・ボロウィッツ氏が取り上げた。なにぶん、サタイアー・ジャーナリズム(風刺記事)の第一人者だ。ニューヨーカーの9月23日付のコラムでこう書いた。
「メラニア・トランプさんがインタビューで、『私、可能なら今すぐにでも離婚できればいいのにと思っています』と正直に告白した。この発言は間違いなく、新聞が大見出しで報じること、請け合いだ」
「彼女は離婚する具体的な計画は今のところないと強調しつつも、離婚を決めたら多くの手続きが必要になる・・・と話している。『実際の離婚には弁護士も必要だし、法廷もあるだろうし、結婚の解消は頭の中で考えるほど簡単ではないもの・・・』、そこで彼女は最後に結論としてこう述べた。『ドナルドと結婚して私は幸せです。綺麗な邸宅に住めるし、核兵器を扱うすべての暗号だって手にできたんですもの』」
(https://www.newyorker.com/humor/borowitz-report/melania-wishes-she-could-get-divorced-just-by-thinking-about-it)
むろん、メラニアさんが実際に発言したわけではない。だが、ホワイトハウスを去って以来、ほとんど公の場に姿を見せなかったメラニアさんの心情を垣間見たような記事である。(今年7月のトランプ氏の前妻、イバナ・トランプさんの葬儀には出席していた)
事実、米メディアは、メラニアさんに近い複数の人間から聞いたという情報を基にトランプ氏が大統領を辞める時にも「離婚は秒読み」といった憶測記事を書いていたことがある。
その時も結論は、「共産国家・スロバニア出身のメラニアさんは、売れないモデルの時にトランプ氏に見初められ、結婚し、子供を産み、大統領夫人にまでなった奇跡の人生を手離したくはないはず。家庭内離婚であろうと、何であろうとも今の生活は失いたくない。だから(法的な)離婚はしない」だった。
(https://www.news.com.au/lifestyle/real-life/news-life/why-melania-trump-wont-get-a-divorce-donald-trump/news-story/27ffd81723af8c2e35895adfa748061b)
ましてや、夫がいくつもの疑惑と法廷闘争を抱え込んでいる今、離婚話なども言い出せないはずだ。米連邦捜査局(FBI)は彼女のタンスの引き出しやクローゼットまで探索したともいわれる。ファーストレディにまで登りつめたメラニアさんにとっては、屈辱以外の何物でもないはず。それでも耐えている。メラニアさんの「頭の中で考える離婚願望」を風刺記者が推測するのも分からないわけではない。
この記事を読んだ読者の多くが、ボロウィッツ記者に共鳴したとコメントしている。熱狂的なトランプ支持者はともかくとして、様々な理由からトランプ氏に票を入れてきた無党派層のトランプ支持率が激減し始めた。国内政治記事では全米地方紙の紙面を飾ってきたAP通信は、9月22日付の配信記事でこう言い切った。
「トランプ氏はホワイトハウスの保護を失い、法的災いの山が増える一方だ」
2024年の大統領選再出馬はおろか、中間選挙で共和党の足を引っ張る要因にすらなってきた。