国連が発表する幸福度ランキングは、1人当たり国内総生産(GDP)、社会保障制度などの社会的支援、健康寿命、人生の自由度、他者への寛容さ、国への信頼度という6つの項目を基にランキング化されている。国連が世界149か国・地域を対象に調査し、3月に発表した幸福度ランキングで56位だった日本。前年の62位からランクを上げたものの、なぜこんなに幸せを感じていないのか。日本人がもっと幸せを感じて生きるには、何をどうすればいいのか。4年連続1位になったフィンランドへ留学経験があり、「フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか」(ポプラ社)などの著書があるフィンランド大使館職員の堀内都喜子さんに聞いた。
「日本は健康寿命が断トツに高いのですが、人生の自由度と他者への寛容さが低いんです。フィンランド人の人生の自由度について考えてみると、たとえば高校から大学へ進学する場合、すぐに進学する人は少なく、一度、社会に出てから大学に進学したり、学校の先生などの専門職で40代前後まで働いたとしても、『ほかに天職があるかも』と考えて全然違う分野を学び直したりしています。こういう例は珍しくなく、個々人が自分の人生を考えて、柔軟に自由に選択しているんです。学校の授業料が基本的に無料なので、自由な選択をしやすくなっています」
日本では2018年、大学受験において浪人生や女子学生を不利に扱う医学部不正入試問題が発覚し大問題となったが、フィンランドではありえないことのようだ。
「フィンランドは個人の権利を大事にしていて、それがおかされてはならない、機会は誰にも平等・公平に与えられなければならない、という考えが強いんです。だから年齢、性別、生まれ育ち、貧富の差にかかわらず、能力があればチャンスは与えられなければならない、と。フィンランドではかつて、学校の先生に女性が圧倒的に多いことが問題視され、大学教育学部の選考にクオータ制を設けて男性が4割以上になるような政策が取られていたことがありました。でも、男女平等法の施行後の1989年にクオータ制は撤廃されました。男女の別ではなく、能力の高い人間がその職についたほうが、結局は国や組織にとって良い、と考えられたからです」
国が男女逆のクオータ制を採用するとは興味深いが、きちんと公表して行うことで国への信頼度が高まるだろう。国への信頼度は、国のとる新型コロナウイルス感染症対策に対する国民の態度・姿勢にも表れている。日本は批判が強いように見える。
「フィンランドのコロナ感染者や死者数はEUの中では少なく“優秀”といわれています。マスクの着用や行動制限などの政策は地域によって違うのですが、大きな混乱はありません。国民は国を信頼し協力していて、ワクチン接種も進んでいます。フィンランドの政治は汚職が少なく、透明度が高いといわれているので、もともと政治に対する信頼度が高いんです。国民のお互いへの信頼度も高いですね。根本に、国民みんなで良い国にしたい、そのためには協力して助け合うことが大事だ、という共通認識が強いと思います。マスク警察の存在も、聞いたことがありません。他者への寛容さの高さも関係しているのでしょうね」
コロナ対策を巡って争いが起こっているのは日本だけではないものの、日本人が他者にあまり寛容でないのは、島国であるという地理的なことが関係しているのかもしれない。
「他国に支配されたことがほとんどない、という歴史的なことも関係していると思います。フィンランドは大国ロシアとスウェーデンに挟まれ、支配されてきた歴史があり、他者を受け入れざるを得ませんでしたし、今はEUの一員です。フィンランドは人口約550万人の小さな国。ビジネスを考えても、国の中だけを見て他者を受け入れなかったら成り立たない、という現実的な事情もあります」
◆フィンランドでは子を持つことは女性だけの問題ではないという認識
世界経済フォーラムは3月に男女格差を指数化した「グローバル・ジェンダーギャップ・リポート」(21年度)を発表。日本は156か国中120位と、これまた残念な結果だった。さまざまな面で女性は厳しい状況に置かれている。とくに妊娠・出産、子育てを理由に不利な扱いを受けているが、2位のフィンランドではそれについてはどう考えられているのか。
「子どもができれば男女ともに育休をとるのが普通なので、子どもを持つことは女性だけの問題ではありません。また、産休・育休で一時的に勉強や仕事を休んだとしても、その人の価値が下がるわけではない、逆にバランスの取れている人としてプラスに考えられています。そのため、妊娠・出産や子育てをする女性や、育休をとった男性が不利で出世に響く、とはならないわけです。妊娠・出産、子育ては適齢期の男女にとって特別なことではなく、当たり前のことですから」
子育てのための社会保障制度も整っているフィンランドだが、実はフィンランドの出生率は日本より低く、ここ数年、危機感が増してきているという。
「コロナ禍の2020年の出生率は若干上がったのですが、出生率が下がってきた理由はフィンランドでもまだよく分かっていません。税金で成り立っている国なので、少子化は大きな問題です。考えられることとしては、雇用が不安定なので先行きが不安定、ということ。そして、価値観の変化。ワークライフバランスが良く、個人の人生が充実し選択肢が増えているため、かえって子どもを持つことが人生の重要な選択肢じゃない、と考える人が増えているのでしょう」
聞けば聞くほど日本とフィンランドは違う。両方の国をよく知る堀内さんは、日本人はもっとどうすれば幸福度が上がると考えているのだろうか。
「そもそもフィンランド人はほどほどで幸せを感じ、日本人は高みを求めすぎではないか、と思いますが(笑)、日本人はもっと異文化の国へ飛び出していき、多様な価値観に触れると良いのかな、と思いますね。私も留学して実感しましたが、いろんな人と知り合っていろんな価値観、生活様式に触れると、いかに自分が“こうでなければならない”という考え方に縛られていたかに気付かされます。それに気付くと考え方や生き方の自由度が増し、自分と周りを比べ過ぎず、違う考え方や生き方をしている人たちを受け入れる寛容さも出てくると思います」
コロナの今は、本やテレビなどで違う世界を知るだけでも良いのでは、という。ボランティアなどで社会活動に参加してみることも役立ちそうだ。
「地域の活動やPTA、NPO、NGOの活動に参加することで、自分はこの社会の一員なんだ、という意識が芽生え幸せにつながります。日本人は仕事で忙しく時間がなくて社会参加しにくいかと思いますが、フィンランド人は仕事以外の顔を持つこと――ワークライフバランスも大事にし、それが仕事に生きてくる、とも考えています。自分が参加している社会だからこそ、より良くしようという気持ちや責任感が生まれ、自分も参加して作っている社会だからこそ信頼感も生まれるのではないでしょうか」