新型コロナウイルス対策を助言する厚生労働省の専門家組織「アドバイザリーボード」の会合が6日開かれ、新規感染者数が「昨年夏のピークよりも高い状況が続いている」として、今後の動向を注視する姿勢を示した。全国の感染状況について「全ての世代で増加傾向に転じており、リバウンドの可能性も懸念される」との見解をまとめた。 座長の脇田隆字・国立感染症研究所長は会合後の記者会見で、10〜20代の感染者が顕著に増えていると指摘。
マスク着用の日常と脳発達の関係
コロナ禍で育つ子どもたちの脳と心の発達に関して懸念していることがあります。それは、マスクを着用する他者との日常が彼らの脳と心に与える影響です。表情をみてのコミュニケーションが失われている幼児への影響は計り知れません。
脳が発達する過程では、環境の影響を特に受けやすいある特別の時期があります。これを脳発達の「感受性期」といいます。そのもっとも重要な時期の一つが、乳幼児期です。たとえば、大脳皮質にある視覚野や聴覚野は、比較的早期に成熟する脳部位です。これらの脳部位の仕組みや働きは、生後数カ月ごろから環境の影響を大きく受けて変容します。そして、就学を迎える頃までに成熟します。大きくなってから第二外国語を身につけるのが難しくなるのは、聴覚野の発達の感受性期を過ぎてしまったから(環境の影響を受けにくくなるから)です。
脳発達の感受性期の最中にある子どもたちは、ダイナミックに動く他者の表情全体を目にしながら、相手の顔を認識したり、その人の感情を理解したりする能力を発達させていきます。また、誰かが話している場面では、目だけでなく、声が発せられる口の動きにも注意を向けます。これらの情報を結び付け、さらに自分でもそれを真似してみることによって、言語を獲得していきます【図3】。ある実験では、生後6カ月の時点で、口の動きと音声が一致した発話を好む乳児ほど、言語獲得が良好であることも示されています (注4)。
マスクの着用が日常となった今、目の前の他者の表情は覆い隠され、子どもたちは表情を経験する機会を急激に減らしています。「マスクをしていても目でコミュニケーションできるから大丈夫」と主張する人がいますが、それは既に完成された脳を持っている大人目線での解釈にすぎません。対面でのコミュニケーションにより、これから多くの相手の感情を理解し、ことばを獲得していく必要がある子どもたちにとっては、目だけでコミュニケーションすることは極めて難しいのです。
特に乳幼児にとってテレビやPCのモニターや越しに表情を見せるだけでは学習の効果はあまり期待できません。実際の友達同士の表情を見る、先生の笑顔を見るという体験に、「楽しい・うれしい」という感覚が体を通して結びつかない限り、相手の感情を理解する、共感することにはつながらないからです。
コロナ禍が長期化するなか、私は、ヒトの脳と心の発達を研究している者として不安を覚えずにはいられませんでした。これまでとはまったく異なる環境で日々成長していく子どもたちの脳には、今後さまざまな変化が起きてくる可能性は否定できないと思っていた矢先、今年8月に驚くべき調査結果が報告されました。ブラウン大学の研究チームが米東部ロードアイランド州でおこなった調査によると、パンデミック以前に生まれた3カ月〜3歳の子どもたちの認知機能を100とすると、パンデミックの期間に生まれた子どもたちでは78程度に大きく低下しているというのです(注1)。この報告はさらに慎重に検証を重ねていく必要がありますが、子どもたちの人との接触の場面が急激に奪われてきたのは確かです。
新型コロナウイルスとの生活はさらに長期化しそうです。大人にとってだけではなく、「子どもたちにとって必要な」新たな生活様式とは何かを、次世代のために早急に考えるべき時期にきています。(2021年11月6日掲載)
明和 政子:京都大学大学院教育学研究科教授、文部科学省 科学技術・学術審議委員会委員、日本学術会議連携会員。ヒトとヒト以外の霊長類の心の働きを胎児期から比較し、ヒト特有の心の発達とその進化的基盤を明らかにする「比較認知発達科学」という分野を世界に先駆けて開拓した。著書に「ヒトの発達の謎を解く―胎児期から人類の未来まで(ちくま新書)」「まねが育むヒトの心(岩波ジュニア新書)」ほか多数。
◇ ◇ ◇
ヒトの脳の発達において、他者との身体接触がいかに不可欠なものであるかを説明します。これは、誰かとつながりたい、関係を持ちたいという欲求、動機づけへとつながっていくものです。
ヒトを含む生物は、物理的身体という生体システム(制約)を持っています。それは、同じ身体をもつ他者と相互作用する環境に適応してきた結果、獲得されたものです。身体には、何か急激な生理的変化、混乱が起こったとき、一定の範囲内に保とうとする性質があります。これを「ホメオスタシス」といいます。
そして、何かしらの大きな変化が起こりそうな時には、その変動状態を安定した基準値に戻そうとする予測的な制御システム「アロスタシス」が働きます。これが働くことで、たとえば、暑い日に脱水症状になる前に水分を補給する行動を選択します。
ヒトは、出生後しばらくは、アロスタシス制御を自らの力で行うことができません。生存するには、養育者の手でアロスタシスを調整される必要があります。養育者は、乳児を抱き、授乳し、保護する身体接触によって、乳児の身体内部に起こる変動(体温や血圧、覚醒、睡眠、血糖値など)を外側から制御します。不安や恐怖といった強い情動が喚起されれば(泣きやぐずり)、乳児は養育者からの身体接触によって、自分の身体内部の状態を一定の水準に回復させます。
抱き、授乳されることで、血液中のグルコース(ブドウ糖)が上昇し、オキシトシンなど気持ちを落ち着かせる内分泌ホルモンや神経伝達物質が放出される点も重要です。こうした生理的変動は、乳児の身体内部(内受容感覚)に「心地よさ」を生じさせます(注2)。
ヒトの心が育つ仕組み
養育者が乳児の身体生理状態を調整する役割を担っているのはヒトだけではなく、哺乳類や一部の鳥類すべてに当てはまります。重要なことは、ヒトの場合、養育者が乳児にもたらすものは、そり以上だということです。ヒトの場合は乳児を抱きながら、あるいは手をとりながら、「おいしいね」「気持ちいいね」と目を見つめ、微笑みなど表情を変化させ、声かけを行うのです。これほど積極的な働きかけは、他の生物では決して見られません。
ヒトは、生後直後から、視覚や聴覚、触覚、嗅覚(外受容感覚)といった多感覚の外部情報を養育者から圧倒的に多く提供される、とてもユニークな環境で育っていく生物です(注3)。
こうしたユニークな働きかけは、ヒトの心の発達に大きく影響します。先述のように、ヒトの乳児は、抱かれ、授乳され、なでられると、身体内部に生理・心理的な心地よさを湧き立たせますが、その時、自分の身体の外側から視覚や聴覚などの情報も「同時に」提供されます。こうした経験を日々積み重ねていくと、乳児の脳にはある記憶の結びつきが生じます。養育者の顔や声、匂い、肌ざわりといった多種の情報が、身体内部に生じる心地よさと関連づけられるのです。これを「連合学習」といいます。
さらに、その記憶が脳内に形成されると、乳児は、養育者の顔(視覚)や声(聴覚)、匂い(嗅覚)などのいずれかを経験するだけで、それらと結びついて記憶されている心地よさ、楽しさを身体内部に喚起させます。身体を介した相互作用によって得られた心地よい記憶が、人とつながりたいという欲求や、保育、指導者の視点を通して学びたいという社会的動機づけへと連続的につながっていくのです
参照:Jiji com(4/8)つづき