高松市議会が、昨年12月、市議会の全会派が賛成を表明した。同市議会で市民の陳情が採択されたのは14年ぶりだ。
「選択的夫婦別姓制度」の実現に向けて議論の活性化を求める市民団体の陳情を採択した。1人の市民によって婚姻時に夫婦が同姓か別姓かを選べるようにしていきたいとの地道な活動が、対話を生み、議会を動かした。
「本当は名前を変えたくない、変えたくなかったとつぶやく人たちがいます」と、高松市民の会(通称・ぼそぼその会)の山下紀子代表(49)は2021年12月16日、「選択的夫婦別姓制度の議論の活性化を求める意見書」の国会提出を求めて市議会委員会で意見を述べた。職場で旧姓使用が認められずつらい思いをした人。家の事情で名字を変えられなかったため夫に改姓させた人。どちらが姓を変えるか話し合いがなく、つらかった人。望まない改姓で精神的苦痛や社会的不利益を経験した当事者の声を代弁した。
山下さんは「“ジェンダー平等の1丁目1番地”に一歩近づいた」と明るい表情で語る。これまで制度の実現を求めて長い道のりを歩んできた。国の法制審議会が制度導入に向けて民法改正案を答申した翌年の1997年にパートナーと相談し、実現を期待して事実婚で生来の氏を使い続けた。だが、国の議論は一向に進まなかった。
15年に最高裁が夫婦別姓を認めない現行法を「合憲」と判断したため、法律婚に踏み切り夫の名字にやむなく改姓した。自分が自分でなくなったような苦痛を感じた。転機は20年秋に訪れた。全国の地方議会から制度導入を求める意見書の国会提出が相次いでいることを知った。「次世代のために自分にも何かできるかもしれない」と、全国的な市民団体「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」に連絡。高松市議会にも意見書の提出を働きかけることにした。
これまで政治活動とは無縁。人前で話すのも苦手な性格だ。市議の名簿を見ながら恐る恐る電話を掛けるところから活動はスタートした。その後、19年に女性市議らが同様の意見書案を提出したものの、反対多数で否決された事実を知り、ぼそぼその会のメンバーとともに、最大会派の自民党を中心に当事者の困りごとを地道に伝えていくことにした。当初は電話に出てもらえないこともあったが、制度に賛成する公明党の市議の仲立ちもあり、最終的に約1年間で20人以上と面会や電話でやりとりを重ねた。
その中で多かったのは「夫婦別姓が認められず困っている人に初めて会った」と驚く声だ。改姓するのは96%が女性だが、面会した市議の多くは高齢の男性。「改姓を自分事として想像しづらかったのではないか」と感じた。具体的な事例を伝えると、話を丁寧に聞いてくれる議員が多かった。一方、「姓を変えたくない人は、自分の周りには一人もいない」と対話を拒絶したり、「夫婦別姓しか選択できなくなる制度だ」と勘違いしている議員もいて、説得や説明に骨が折れた。「子どもがかわいそうなので活動をやめたら」と知人から言われた時は、涙が止まらなかった。
それでも1年間、地道に活動を続けた結果、議員の理解は徐々に広がっていった。反対の議員もいたため、陳情の趣旨は「導入を求める」のではなく「議論の活性化」を求める内容にした。ぼそぼその会のメンバーで住職の鎌田拓子さん(48)は議会の採択に立ち会い、「リーダーが粘り強く市議と話す姿を見てきたので、胸が熱くなった。やっとスタートに立った」と目を潤ませた。
香川県内のほかの議会でも動きがあった。
三豊市議会が、20年末には県内で初めて制度の導入を求める意見書を可決。
県議会が、21年10月には議論の活性化を求める意見書を提出し、丸亀市議会も12月に同様の請願を採択した。
毎日新聞が21年秋の衆院選の全候補に実施したアンケートでは、制度導入に賛成の割合が58%に上り、反対は21%にとどまった。県議会などで陳情や請願書を出した佐藤倫子弁護士=三豊市在住=は、「多様性重視の価値観が広がり、賛成の世論が増えるにつれ議員も反対と言いづらくなり、『議論することには賛成』という姿勢に変わってきている」と分析する。
ぼそぼその会が市議会への陳情活動と並行して取り組んできたのが、およそ月1回の座談会だ。望まない改姓を体験した人や、制度に関心のある人などが自由に参加して意見を交わしている。普段は困りごとを文字通り「ぼそぼそ」と静かに語り合っているが、議論が熱を帯びることもある。10月に初参加した飲食業の東利彦さん(58)は「夫婦別姓では親子で戸籍がバラバラになり、先祖がたどれなくなるのでは」と疑問をぶつけた。山下さんは「それは誤解で、選択的夫婦別姓制度では同姓でも別姓でも、家族はみんな同じ戸籍に入る。むしろ、現行法で夫婦ともに改姓できない事情がある家族は戸籍がバラバラ。むしろ、家族単位の戸籍を守る制度になる」と説明した。
東さんは制度を巡る報道を見て疑問を抱き、「賛成するのはどういう人たちなのか」と座談会に足を運んだという。「ネットで当事者に中傷するのはよくないし、『昔からこうだから我慢しろ』と押しつけるのはおかしい。僕はまだ反対の立場だが、議論は進めるべきだ」と語る。
法改正の議論がこれまで進まなかったのは、一部の与党議員が「日本の家族の伝統が壊れる」などの理由で国会論戦を拒んできた経緯がある。岸田文雄首相は就任以降、選択的夫婦別姓について「お母さんたちから『きょうだいで氏はバラバラになるのか』『氏はいつ誰が決めるのか』との疑問を聞いた」として、慎重な姿勢を示している。
高松市議会でも陳情採択の際、市議の1人は「制度が導入されたら子どもに心のストレスがかかるのではないか」と危惧した。取材に対し「本来は仲の良い家庭でも、『父と母のどちらの氏を選ぶか』という争いが起きて子どもが巻き込まれないかが心配だ」と語った。
だが、96年の法制審議会答申では、「子どもの姓については結婚時にあらかじめ決めておき、きょうだいで異なる姓を名乗ることがないようにする」としている。公明党も「子の姓は生まれたときに夫婦で話し合って決める」という案を出しており、いずれも子が成長して姓にアイデンティティーや社会的な意味が生じる前に決めておく点は現行法と変わりない。
山下さんの高校生の息子(17)はこうした市議らの反対意見に対し「母との親子の絆や関係性が薄いと感じたことはないし、姓が違うことで家族の絆が壊れることはない。親と姓が違うことを勝手に『かわいそう』と認定しないでほしい」と話す。
クリスマスの21年12月25日。年内最後の座談会には20〜70代の8人が集まって市議会の陳情採択を祝った。ぼそぼその会の発足から1年が過ぎ、実体験に根ざした対話の輪が少しずつ広がっている。山下さんは「高松で選択的夫婦別姓について初めて知った人、一緒に考えた人が増えたことが何よりもうれしい。『本当は姓を変えたくなかった』『結婚しても今までの名前でいたい』とつぶやく小さな声を聞いてくれる人が、少しでも増えてほしい」と願っている。
不満を抱えたまま改姓した「サイレントマジョリティー」の女性が、不便さやアイデンティティーの喪失を感じていることが分かった。市内の子育て支援団体「ぬくぬくママSUN’S」のメンバー19人が協力したアンケート(21年3月)では、「夫が改姓を拒否し、『妻側が苗字を変えるのが当たり前』という理由にモヤモヤした」「手続きがとても面倒! なぜ女性だけなのかと言う疑問はあった」「日々違和感を感じるが、夫に言ったら傷つくだろうなと思い言わずにいます」といった回答が印象に残った。一方で、「夫婦同姓を選んだ人が責められないような世の中であってほしい」という声もあり、偏見や同調圧力が社会に根強いことの裏返しであるのにも気づかないのが現状だ。
個人の選択や多様な価値観を認め合う社会に進化できるかどうか――。地方議会の動きや市民の草の根の対話の中に、まずは今困っている当事者の声に耳を傾けて法制度を整え、平等や自由を保障するのが政治の役目ではないだろうか。次に子どもに不利益が及ばないようにさまざまなケースを想定して議論を深めたらよいと思う。
*「選択的夫婦別姓」
民法750条は「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」と夫婦同姓を定めている。法制審議会は1996年、民法改正案要綱で結婚する前の姓も選択できるようにする制度の導入を答申したが、与党内の反発により実現していない。現状では夫婦の96%は女性側が改姓しており、日本は国連の女性差別撤廃委員会から夫婦同姓の規定改正を勧告されている。
出典:毎日新聞(1/2)