日本電産会長、永守重信『成しとげる力』(サンマーク出版)
困難や逆境のなかにいるときこそが、飛躍のチャンスだ。だから、けっしてそこから逃げてはならない。
どんなに強い逆風であろうと、敢然と向き合い、それを乗り越えていくことだ。
私自身もまた、かつて経験したことのない困難に見舞われたときは人一倍悩み、苦しみ、考え抜く。世間では、ずいぶんと威勢のいい人間だと思われているようだが、実のところは、はたから見えるより、はるかに臆病な性格である。夜眠れないこともあれば、燃え尽きて倒れてしまうのではないかと恐怖におののくことすらある。創業経営者であれば、みな同様の経験をしていることだろう。経営という仕事はそれだけの重責を担うものであるし、むしろ臆病さをもたなければ、やっていけない仕事でもある。
2008年、リーマン・ブラザーズの破綻に端を発する大恐慌が全世界を襲った。いわゆる「リーマン・ショック」である。
それまで業績が順調に推移していた日本電産グループだが、状況は一変した。顧客からのキャンセルの電話が鳴りやまず、売上は急降下した。
「会社がつぶれる」という恐怖が頭をよぎった私は、すぐに図書館に向かった。「百 年に一度の危機」だと評論家は論じていた。
ならば歴史に残る、1929年のアメリ カに端を発する世界恐慌について調べてみようと思ったのだ。かつて経験したことがない危機に直面して、何が何でも解決の糸口を見つけたかった。日本語の本のみならず、辞書を片手に英語の本も片っ端から読み込んだ。危機を乗り切った会社が必ずあるはずだ。そのケースを詳細に分析すれば、生き残り策がきっと見つかるに違いない。
思ったとおり、大恐慌をたくましく生き残った企業がいくつか見つかった。もちろん、百年近くも前の事例がそのまま現在に通用するわけではない。そこで考えたのは、成功の要因を分解し、再構成し、いまの時代にも通用する法則を探すことだった。必死に考えるなかで、ついに独自の解決策を見出すことができた。すぐにグループ全社に原価の徹底的な見直しを指示し、ムダな経費をしらみつぶしにカットした。同時に仕事の進め方や発想も従来のしがらみにとらわれることなく、原点からの改革を求めた。
上から指示するだけではない。世界中の社員からもアイデアを募り、全員で知恵を共有した。そして、国内グループ社員の賃金カットをどこよりも早く決断することができた。これが功を奏した。多くの企業が軒並み赤字を計上するなか、当初の予想だった莫大な赤字を抑え、黒字を達成することができたのだ。業績が回復してから、社員の賃金カットぶんは賞与で利子をつけて返すこともできた。
「困難は必ず解決策を連れてやってくる」という信念を私はもっている。困難がやってきたということは、解決策も一緒にやってくるということだ。だから、逃げずにその困難にしっかりと向き合い、解決策をつかみとることだ。「誰でも困難に真正面から対峙するのは怖い。目の前に立ちはだかる屈強な敵に丸腰で立ち向かうようなものだ。しかし、「困難さん」は必ずポケットの中に、解決策を忍ばせてやってくるものだ。
だから真正面から対峙し、がっぷり四つに組んで、ポケ ットに手を突っ込んで、解決策を奪取する必要があるのだ。厚い壁にぶち当たったとき、その壁を打ち破るか、乗り越えるかしなければ、前に進むことはできない。しかし、一度経験した困難は確実に血肉となり糧となって、それ以降の成長を支えてくれるものだ。