MVPが決まった大谷翔平選手は、オールスター出場も決まって、在米日本大使館からも祝電が届けられたという。
打っては本塁打王争いを演じ、投手としても、盗塁で魅せる大活躍の大谷について、“元祖二刀流”ベーブ・ルース博物館の館長は、ルースの娘がかつて話したことを述懐。大谷がエンゼルスに入団した2018年当時、娘は「父は嬉しく思っているでしょう」「父は誰かが追いかけてくることを好んでいました。記録は破られるためにあると感じていたようです」とも語ってた事などを語ったという。
地元紙「LAタイムズ」は「二刀流の驚異ショウヘイ・オオタニはさらに大きな何かに向かってスーパースターの地位を飛び越えた」として詳報。レッドソックス時代の1915年から1919年にかけて投打の二刀流として活躍したベーブ・ルースについて、1920年にヤンキース移籍後は徐々に打者に専念し、投手として94勝&打者として通算714本塁打を記録した事に触れた。
記事によると、ルースは大谷とは異なり最初から二刀流だったわけではなく、レッドソックスでの最初の4年間(1914〜1917年)は主に投手で、他のポジションでプレーするようになったのは1918年からだった。1918年に11本塁打で初の本塁打王に輝き、投手としては19登板で防御率2.22を記録。1919年の前半までは二刀流を続け、同年7月以降の登板は3度だった。1920年にヤンキース移籍後は完全に外野手に転向。以降の先発登板は4度だった。
大谷がルースの記録をどこまで追うことができるだろうか。米メリーランド州ボルティモアにあるベーブ・ルース博物館の館長ショーン・ハーン氏は「彼は野手に転向したがっていました。(ルースの)娘さんによると、晩年にはピッチングに関する記録を最も誇りに思っていたとのことです。ルースはヤンキースでも時々投げていましたが、頻繁ではありませんでした」と振り返り、大谷がエンゼルスに入団した2018年当時について言及している。
出典HP:https://full-count.jp/2021/05/27/post1090715/?cx_testId=5&cx_testVariant=cx_1&cx_artPos=0#cxrecs_s
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