2020年08月06日

75年目の光復節に向けて

今日は、75年目の広島原爆記念日だ。海津にいなは、修学旅行で訪れたのを加えて、広島平和記念公園などを3度訪れ、その折々に原爆資料館も訪れた。

平和公園の一角には、朝鮮人慰霊碑も建立されていたが、その今理由秘話を伺うと、当時には日本人(強制的に日本名を名乗る時代であったため)とされながら、戦後は外国人との扱いになるなどの事情で、慰霊されるまでに紆余曲折があったことを理解した。日韓、日朝の関係は35年の植民地支配があり、そのため8月15日を光復節として記念している。いわゆる独立記念日という、国家としての最大の記念日なのであるが、日本人としてはそのことを意識している人は少ない。

日本は敗戦があり、朝鮮戦争、冷戦という過酷な時代を経て、このあたりの海域では漁師の拿捕も続いていた。ソ連が鉄のカーテンを張りめぐらし、東西ドイツがある脅威の時代に、朝鮮半島とは国交断絶の時期であり、福岡からは目と鼻の先という地理条件にありながら、戦後最悪の日韓関係に陥って、現在に至っている。そんな中で、気になる記事があったので転載紹介し、日本海を挟む関係を改善できるよう政治のチカラに期待したい。

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韓国国内では輸出の伸び悩み、若者の失業率の高止まり、天井知らずの不動産価格など、韓国政府の経済政策には国民の不満がたまっており、日本への強気の姿勢は格好の「ガス抜き」に必須なため演説材料としているところがある。韓国与党では4月の総選挙に大勝して以降、差し押さえした日本企業の現金化をどうするのか、日本と関係改善するにはどうすれば良いかという視点ではなく、「現金化後の日本からの報復に耐えられるのか」という議論が進んでいる。もはや問題解決の意志はないかのようだ。話し合おうにも、お首にも韓国政府にはその気がない、それが現在の「日韓関係崩壊」の現実だ。日本も徴用工の問題の解決が暗礁に乗り上げて、そうした相手国とビジネスを続けるのは難しい。だから取引しないという動きが出てくる。

韓国の文在寅大統領は7月9日、韓国中部の利川(イチョン)市にある大手半導体企業SKハイニックスの工場を視察した際に演説し、「私たちは日本とは違う道を進んでいきます」と宣言した。2019年7月、フッ化水素など3品目について日本政府が韓国向け輸出管理を強化して以降、韓国では官民挙げて「NO JAPAN 」「脱日本」が叫ばれ、日本への敵対心・対抗意識が高まったままだ。その間、日本製品の不買運動が巻き起こり、日本から輸入していた素材・部品の国産化や調達先の多様化が進められてきた。

このような韓国政府の姿勢は、「日本企業は関係を切らない」とのこれまでの楽観論から「国内向け」対策で反日路線を強調するのも、事情通の日本には内情は理解するものだが、今やすべての日韓関係を反故にする法の判断をしている文大統領の下で、日本政府としてもこれ以上は限界であるのが分かっていないようだ。

韓国の経済専門家らに話を聞いてみると、日本による輸出管理の強化後もきちんと申請すれば輸出許可は出ている事から、「実際にはそれほど経済に影響は無い」ということは、早い段階から韓国側は理解していたようだ。それでも強く反発したのは、日本製品不買運動を繰り広げ、いわゆる徴用工を巡る問題で有効な解決策を示さない韓国側の対応について、「日本企業が韓国から手を引いたら大変な事になるが、そういう危機感はあるのか?」と専門家らに聞いてみたのだが、大半はこれまでの付き合いで考えて、楽観的な見方をしてるようだ。彼らが自信の根拠にしているのは、日本企業との数十年にわたる協業関係と、人と人とのつながりを重視する文化の相似性だ。そう簡単に日本企業は長年付き合った韓国企業を切るような事はしないとの予測がある。

しかし、韓国の経済紙「韓国経済」は7月15日「トヨタ、ホンダ、日産など日本自動車企業傘下の部品企業はずっと韓国企業の顧客であったが、最近これらの日本企業が取引先を台湾やベトナムなどに変更した」と報じた。メッキなど金属の表面加工業を営む経営者は「数十年間受け継いできた取引を突然打ち切った事からすると、単純に新型コロナウイルスの影響だけではなく、韓国最高裁の徴用賠償判決にともなう両国間貿易紛争のためだと思う」と話しているという。

金型や溶接、メッキなどの部品加工関連産業は韓国では「根幹産業」と呼ばれている。国家根幹産業振興センターによると、こうした根幹産業の年間売り上げは165兆ウォン、日本円で約15兆円(2018年実績)にのぼり、韓国の製造業の約10%を占めている。新型コロナによる需要減少や日本企業との取引停止により厳しい状況に追い込まれていて、前出の「韓国経済」は「政府が対策をたてなければ、年末までに根幹企業の30%が廃業する」と危機感をあらわにしている。

規制強化からちょうど1年となる2020年7月、韓国政府やメディアからは「日本の輸出規制に打ち勝った」「こんなにも国産化が進んだ」「苦しんでいるのは日本だ」との声が相次いだ。「日本とは違う道を行く」という韓国だが、両国民の将来を正しく測って判断しているのかは疑問が残る。8月15日は韓国の光復節(独立記念日)だから、一段と勢いづくのであろうか。




参照: FNNプライムオンライン 2020/07/21 09:37


下記の「つづく」に追記したのは、日韓併合される前の朝鮮半島の歴史をWikipediaにより概要した。朝鮮半島には主に主要な3つの諸国があり、朝鮮としての独立国の基礎を置けるようになった時代があったのか、実のところ、海津にいなとしても良く分からないのである。

朝鮮半島の地形は、陸続きの中国(それもどの王朝が中国民族を代表するのか、疑問である)の藩国扱いであったということで、当時の漢字文化圏の周辺国同様に中国との関係を重視してきた。日本などは、当時にあって柵封制度にすら属さない、儒教の教えも届かぬ蛮族の島としていた半島からも見えていたのではなかろうか。(20世紀後半、インドと日本は柵方に属していなかった)そんな程度の島国に、韓国が35年も植民地政策を敷かれていたとなると強い屈辱感=恨なのであろうか。戦後の日韓関係を振り返ってみておこう。
つづき
posted by Nina at 00:00| 千葉 🌁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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