2020年05月05日

SMAPが欲せられる時代

2020年4月9日、ツイッターの日本のトレンドのトップに「#SMAP完全版」とあった。
トレンドのトップになった経緯は、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』(以下、『プロフェッショナル』と表記)から「過去の傑作を再放送するなら?」という旨の呼びかけがあった。すると、2011年にSMAPが出演した回への「是非SMAP完全版お願い致します!!!」「今、日本に元気をくれるのはSMAPです SMAPに会いたいのです」といったリクエストが殺到し、ハッシュタグ「#SMAP完全版」がトレンドランキングを急上昇したのである。 大多数の希望が2011年12月24日にBSで放送した「−SMAPスペシャル完全版」の再放送をリクエストしていたのだ。

 現在、新型コロナウイルスによる、テレビ業界ではロケやスタジオ収録ができない現状で、頼みの綱の再放送。NHKも例外ではなく、人気番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』から再放送のリクエストを視聴者から募った。すると、2011年12月24日にBSで放送された『プロフェッショナル 仕事の流儀 SMAPスペシャル完全版』に対するリクエストが、ダントツ1位だった。

 番組は、デビュー20周年を迎えていたSMAPの初の海外公演へ向き合う姿が一つの見所だ。それに加えてもう一つ、私たちに大きな印象を残すのが、SMAPの5人が東北地方に足を運び、ファンミーティングで地元の人たちと親しく交流する姿。3月11日に東日本大震災が発生していた年だ。震災直後の2011年3月21日の『SMAP×SMAP』は、緊急生放送で、SMAPの5人は、「いま僕たちに何ができるだろう」という切実な思いを互いに語り合い、そして「世界に一つだけの花」を歌っていた。彼らはファンだけでなく、世の人びとにとってどんな存在となっていった。 『プロフェッショナル』では、彼らが番組の中で“エンターテインメントにかける思い”を伝えたのに加えて、“私たちの社会とともにあること”を大事にしてきたことを語っていた。この2点こそは、SMAPを語るうえで欠かせないものだろう。

 さらに同番組の公式ツイッターは、4月9日に、「2006年1月の放送開始まで遡って、過去の傑作を再放送すべく準備を進めています。リクエストありましたら、是非お聞かせください」と発信した。そして同ツイッターは4月29日、「たくさんの再放送リクエスト、ありがとうございます。特に#SMAPスペシャル! こんな時だからこそもう一度見たい…という気持ちは私たちも同じです。可能性、探り続けていきます。」とコメントを残した。

 もっとも、現在では再放送の許可を取るためには、木村拓哉が残っている『ジャニーズ事務所』、中居正広が立ち上げた『のんびりな会』、稲垣吾郎・草なぎ剛・香取慎吾が所属する『新しい地図』の3か所が、首を縦に振らないといけない。NHKはツイッターで、3カ所と交渉することにした。ビートルズの再結成が何度もニュースになったし、それぞれに活動はしてヒット曲もだしたけれど、グループが再結成することはなかったように、SMAPもご本人らは兎も角、ショウビズ界は同じ状況なのだろう。そこで、そうした掟を越えて、テレビ番組の再放送であれば、所属事務所が反対しなければ可能だ。NHKが交渉を表明したものの、もし、3事務所のどこかが反対なら、再放送は叶わなくなる。コロナ禍下にある、SMAPファンばかりでなく、彼らのエンターテイメント性は日本を元気づけるのは証明済みなのだから、再放送されることを心待ちにしたいところだ。

 考えてみれば、SMAPは平成のテレビで大活躍の時代だった。音楽番組では、当時にして5人がダンスも巧みに歌も歌うというジャニーズの先駆者であったSMAP、アルファベットを並べたグループ名からして、不思議なデビュー戦略だった。十代でのデビューから40代になっていく彼らは、歌番組以外でもスマートに変化し、各個性を成長させた。バラエティやドラマ、さらには料理やスポーツ、ニュースなど多彩なジャンルで彼らの気さくな、それでいて何事にも彼らの熱い情熱を発揮した。音楽の面でもヒットを飛ばして大活躍し、いつも自然体で真面目に面白かった。まで隣のにいちゃんのような気さくさで、まっすぐだった。人気が衰えず活躍し続けたグループとしては、ストーンズは今なお世界コンサートを行えるほど人気の古参バンド、そして元祖ビジュアル系グループというべきKISS*もあるので、年代は違うが、ずーっと自然体でショウビズの世界で存在を示し続けたアジアでも人気のグループだった。もちろん、 見えない努力をしてきたから、飽きられずに続けてこられたのは間違いない。解散してしまったが、振り返れば、なんとか乗り越えてきた日々をSMAPで楽しかった「平成」のあの時を取り戻したいと思う気分が広がってきたのではないか。

 SMAPは、震災の多かった平成の困難な時代に真摯に向き合い、彼らの好感度をして、明るい発信を続けたことは、時代を励ましたと記憶されている。1995年に阪神・淡路大震災が発生したときにも、その直後の生放送の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)で自らの言葉で被災者にメッセージを伝え、「がんばりましょう」を歌った。また、『SMAP×SMAP』では、通常放送回の終わりでも東日本大震災などへの支援を欠かさず呼びかけた。そして東日本大震災後の2011年『NHK紅白歌合戦』の大トリで歌った「オリジナル スマイル」は、被災者か否かを問わず、私たち全員の再出発しようとする背中を後押ししてくれるようなものだった。“私たち社会とともにある”そうした、新たなアイドル像を作り上げた。そして平成は終わり、元号は令和へと変わった。だが、令和のコロナ禍は平成の日本社会が抱え込んだ「見えない不安」を究極とも言えるかたちで顕在化させているようにも思える。

 当時、まだまだ「テレビ」は世代や性別に関係なく、誰もが楽しめるエンターテインメントを提供するメディアだった。それは言い換えれば、テレビは「安心」を提供するメディアがもたらす共通項だったのである。互いに立場が違っていても、同じものを見て聞いて楽しんでいるという一体感からくる「安心」。SMAPのテレビでの活躍はまさにその象徴であった。そしてこのコロナ禍のなかで、テレビの与える安心感、そしてSMAPが与えてくれた安心感が、今、改めて思い起こされているのではないだろうか。

 さらにその後に、音楽番組『CDTV ライブ!ライブ!』(TBSテレビ系)の2020年4月13日放送回では、リクエストスペシャルをした。そこでリクエスト1位の「世界に一つだけの花」がフルバージョンで流れたのでSNSなどで大きな話題になった。解散以降SMAPの歌は曲の一部だけが流れることが、フルバージョンというのはないようだ。YouTubeで見られるものの、TV画面に向かって一緒に見ているというのが、近年失われていたある種の「安心感」になったのではないか。

 1991年にデビューしたSMAPは、結成は1988年にされていたので、まさに「平成」という時代とともに歩んだグループだった。
その平成の日本社会は、2度の大きな震災があっただけでなく、バブル崩壊後の長い経済の停滞や格差の拡大に苦しんだ。コンビニは全国に17000店舗程に広がり、かつて家族や地域、学校など私たちの暮らしを支えたが、少子高齢化のコミュニティに綻びが目立つ部分をカバーするようになった。現在、コンビニは約56,000店舗(主要7社、2018年統計)となり、更に一人ひとりの便利を補ってくれるが、突然に襲う感染症を生き抜くかの未体験な不安を抱える時代になった 。 

 ウイルスという存在は、自分の周囲にも自分のなかにも潜んでいるかもしれない。平成にはどこかまだ他人事であったかもしれない「見えない不安」は、令和に起きた未曽有の不安は、すべてのひとにとって無関係なものではなくなった。では、このコロナ禍のなかで、より深い意味でひととひとがつながるにはどうすればよいのか?平成という時代に、エンターテインメントの世界の持つ力を信じ、人々を結びつけるその力で社会に寄り添い続けたSMAPという存在は、皆が知っている顔として時代の絆に成り得、そのひとつの安心だったのだ。どんな形であれ、今、平成のアイドルグループを、もう一度自分の目で、彼らが仲良かった時期へと映像を巻き戻し、一つにまとまって発するSMAPのキラキラ感をもう一度、皆で一緒に見てみることを望んでいるのではないだろうか。


*2018年、来年度からのワールドツアーをもっての活動休止を発表、2021年7月の地元ニューヨーク公演が最後になると伝える。 2019年、ファイナルツアー「END OF THE ROAD WORLD TOUR」を開始、同年末のNHK紅白歌合戦の客演が日本で最後の公演。

【Yahoo!ニュース個人編集部と共同で企画し、太田省一が執筆した記事。著書に『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『中居正広という生き方』『木村拓哉という生き方』(いずれも青弓社)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩書房)などがある。】

出典HP:Yahoo News (5/1)、他


posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ
日記(3502)
ニオュ(0)
歴史(0)
chiba(60)