2020年04月30日
手作りマスクの効用
冒頭の女性に中国のマスク事情について聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「中国でも1月末から2月末くらいまでの間、マスクはかなり不足していました。上海の薬局でもマスクが買えなくて、殴り合いのトラブルになったという話も聞きました。手に入らないので、やむを得ず代用品を使う人もいた。例えば、オレンジやグレープフルーツなど果物の皮とか、ひょうたんの皮、頭から顔まですっぽり入るような大きなペットボトルとか、ブラジャーのカップ、生理用ナプキンなど。まるでジョークみたいな話ですが、本当なんです。幸い、私はそういうものは使わずに済みましたけど……」
この女性はPM2.5対策として、普段からマスクを買い置きしていたため大丈夫だったというが、まったく持ち合わせがなくて困った人もいた。また、武漢を含む湖北省や浙江省など感染者が多かった地域では、たとえ使い捨てのマスクがあっても心配でたまらず、N95マスクなどの高機能製品を求めたり、マスクの上からさらにビニール袋を頭からすっぽりかぶったり、目元にスキー用ゴーグルを着用するなど、二重三重にしっかりガードしていた人もいたという。
しかし、日本人が使っているような手作りマスクをしている人は、中国のSNSやニュースでも、全然見かけなかった。その理由はなぜなのか。日本に3年ほど住んだ経験のある中国人女性に聞いてみたところ、こう推測する。
■基本的な裁縫ができることに驚いた
「中国でも、特に内陸部に行けば、刺繍をしたり、編み物をしたり、子どもの服を作るなど、手芸をする女性はもちろんいます。手芸というよりも、昔は必要に迫られて作っていた家事の一つでした。でも、現在、都市部の比較的若い世代で裁縫ができる女性はあまり多くはありません。ネットで布を購入して、コスプレ用の派手な衣装を作ったりする若い女性はいるのですが、そもそもミシンがある家庭自体、少ないでしょう。それが理由の一つだと思います。
私が日本に住んでいたときにとても驚いたのは、多くの日本人女性は基本的には裁縫ができる、ということでした。面倒だからしないとか、上手じゃないから作らない、という人も当然いるでしょうが、日本ではほとんどの女性が学校で裁縫を習ったことがあるんですよね。確かに、日本の女性にとって、幼稚園に通う子どもの袋とか、夫のワイシャツのボタンつけとか、日常生活の中で縫い物をしなければならない場面はけっこう多い。
学校のバザーなどもあると聞きました。だから、マスクがないなら布を買ってきて、自分でマスクを作ろうと考える人が大勢いるんだ、ということにも納得します。これは日本人、特に日本女性のすばらしいところだと思います」
「日本人はもともと手先が器用で、小さなものをコツコツ作るのが得意です。実質的な効果がどれだけあるのか、ということよりも、周囲に迷惑をかけず、少しでもお互いが安心できるように、エチケットとして布マスクを作って、それをつけている人が多いのではないでしょうか。
それに、繊細でかわいいデザインにすれば、自分だけでなく、誰かの心を和ませる効果もある。そういう姿はとてもほほえましい。日本人は気づかないかもしれませんが、日本の生活の質の高さが感じられます」
■「世界で日本だけではないでしょうか」
この女性によると、もとはといえば、中国が発端で日本はマスク不足に陥ってしまった。そのため、日本のドラッグストアの前に並ぶ人の列をネットで見るたびに心苦しく思っていたという。だが、非常時になっても、日本では果物の皮とか、ペットボトルをかぶる人が1人もいないことに驚き、手作りマスクという発想にも感激しているという。
「日本人女性が作った手作りマスクを見ると、『日本人らしい匠の精神』が発揮されていると思います。欧米を見ても、東南アジアを見ても、手作りマスクの輪がこんなに広がっている国は一つもない。日本人にとってはごく自然に、そして、やむを得ず始めたことでしょうが、こういうことができるのは、世界で日本だけではないでしょうか」
苦肉の策でやっていることとはいえ、海外からはこのように見えているのだと聞き、逆にこちらのほうが驚かされ、うれしい。
出典:プレジデント・オンライン(4/29)つづき