2020年04月22日

志賀直哉 『流行感冒』

大正8年の志賀直哉の作品『流行感冒』は、当時に恐れられたスペイン風邪といわれた、インフルエンザウイルスによる感染症のことです。ちょうど100年前に全世界的に流行し、世界人口の約3分の1にあたる5億人が感染。そのうち2,000万から4,500万人の命を奪ったと記録が残る。公衆衛生と医学が発達し、寿命が倍近く伸びた現在、パンデミックによって「働き盛り」がバタバタと倒れていく大正時代の光景の再来は「あまり」考えづらいと言える。とはいえ当時のスペイン風邪によるパンデミックの刃は、全年齢層にくまなく襲い掛かったのもまた事実であった。

この流行感冒が流行っていた当時に、志賀は結婚してすぐに我孫子に転居して子供が生まれていた。その状況を「私」におきかえて綴っている。

『流行感冒』の主人公の「私」は、最初の子を亡くしたばかりで、この幼い子供が感染しないよう、妻にも女中にも相当の注意をするよう言いつけるのです。厚着させるわ、運動会にもいかせないわ、と大事をとっていた。そこで、毎年家族で見に行くはずの芝居にも、主人公は人々が大勢集まるところは、それだけ感染のリスクが高くなると考え、芝居見物を中止する。ところが、女中のイシは一人でこっそりと見に行ってしまったのです。
それを聞き咎めた主人公に対して、イシは芝居は見に行っていないとウソを言い張るのですが、その嘘もだんだん露見して暇を出されそうになります。

そんな時、意外にも植木屋に一家が感冒をうつる、それはひょいひょいとうつっていった感じに書かれていたが、今読むとなるほどとリアルだ。むしろ、そうなって女中の石がよく働きが際立っていく。主人公がインフルエンザにかかり、子供、妻、もう一人の女中も感染したので、暇を出すどころでなくなるのです。そんな時に一人元気に、献身的な働きをして主人に見直されるというのが話です。そして、これまで大正時代のド田舎の我孫子だから、当時のインフルエンザ・ウイルスは人々のそうとうな恐怖心をあおったのだと、思い込むだけでしょうが、今も数こそインターネットで把握できても、しっかりした治療薬も検査方法も確立できていないとなると、怖れそのものがよく伝わってくる。新型コロナの今、改めて読むと、当時に我孫子という田舎での話なので子供が亡くなったのだから、これほど子供の病に恐怖心を持つとは、今から思えば少し過保護と思って終わったでしょうが、当時のスペイン風邪も国内だけで死者32万人の感染病だったというので、改めて、志賀が世情を良く映していたのだとわかります。

『流行感冒』のあとがきに、作者は事実をありのままに書いたと記していました。この小説の主人公は暴君であるが、手一杯にわがままを振り回しながらなお常に反省しているところがあり、だいたいにおいて女中を許そうという意志があり、そしてそれを作品のテーマに据えて描いていた。この小説の左枝子という娘の前後で志賀自身は二児を病気で亡くすので、子供のために異常に病気を恐れていたのだと解釈しそうだったが、今になって、却ってなるほどと思える。
つづき
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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