2020年02月23日

平成の大合併の試練を乗り越え、市前も改正:丹波篠山市

「平成の大合併」で、市町村の数は3200ほどから1700ほどに減少した。その分だけ、職員や議員が減ったのは行財政改革につながった側面もある。ただ、旧篠山市などを見ても、功罪を改めて検証しないまま、「圏域」議論を具体化するのは危険だと思う。こうした中、「令和の大合併」と警戒されている新たな動きが出ている。複数の自治体が連携する「圏域」だ。

安倍総理の諮問機関、地方制度調査会が「圏域」の論議を本格化させている。少子高齢化が進み、市町村単位で行政サービスの水準を維持するのは難しいとみて2020年夏にも最終答申を出す見通しだ。


 合併債を当てにして「サービスは高く、負担は低く」と人口減少の丹波篠山市は合併に大きな夢を抱いた。結局、特例債で7割国が面倒を見ると言っても、3割を合併志賀負担するので、あれもこれもと老朽化施設を建て替えたため、借入総額は1136億円となった。 追い打ちをかけたのは、政府が地方交付税をカットしたことだ。気が付けば財政は一気に悪化し、旧篠山市は破たん寸前にまで追い込まれた。「第2の夕張」が現実味を増してきた。

 しかし、その後、2007年に就任した酒井隆明市長は、最大の課題を財政再建として指揮をとった。市民参加の「篠山再生市民会議」を立ち上げた。市民会議は、財政悪化の要因について「甘い将来見通しと合併特例債を活用して身の丈以上の公共事業をした」「マネジメント感覚の欠如」と指摘した。その上で、大幅な歳出削減を求めた。

 こうした市民会議の提言などを踏まえて、市は大胆な歳出削減を打ち出した。市職員に関しては、670人から450人にした。給与は市長が20%、市職員は10%、それぞれカットに踏み切った。さらに、各種補助金も引き下げた。小学校19校を14校にした。また、地域の公民館16館を閉鎖した。市民センターの図書コーナーは、職員の代わりに市民のボランティアが運営した。おかげで市の借金はピーク時の半分の642億円まで減った。酒井市長のリーダーシップで、旧篠山市は、財政破たんを逃れた。さらに、篠山市住民投票条例に定める成立要件である投票率50パーセントを超える69.79パーセントで成立したうえで、賛成13,646票、反対10,518票と、賛成多数となり、平成30年11月27日に臨時議会を招集し、市名を変更する条例案を提出し、賛成多数により可決したので、条例施行日である令和元年5月1日をもって、市の名称を篠山市から「丹波篠山市」に変更した。

 丹波篠山市と夕張市の財政破綻との大きな違いは、中田元市長が町外れの最北の炭鉱跡に歴史村を開設という非日常施設のために投入したり、利便性を度外視、市役所も病院もスキー場もホテルも最北に配置して、中央部(清水沢地区)や南部(紅葉山地区)の施設や店の配置はバラバラで、隣町に行った方が何でも便利なので、市民が転出していった。その後に知事になる鈴木氏を市長に据えてコンパクトシティ計画で夕張市は少しずつ改善していく。

 夕張破綻のショックから、政府は財政見直しを各自治体に義務化し、特例債というニンジンをぶら下げて、合併を示唆した。過疎化が涼む市町村は老朽化施設の更新を一挙に進められると合併をしたが、そのハコモノの3割負担の借金で財政危機を招いた自治体もあるということ。旧篠山市もその一例で、私たちの街のブランドを未来に渡って繋いでいきたい、という思いからです。」丹波篠山の農産物は黒豆、栗、お茶、お米などがありますが、それらのほとんどはここ篠山市で作られたものです。ただ全国的には丹波篠山というイメージが強く、近隣に新しく丹波市(旧氷上郡)が誕生したこともあり、全国的にはわかりにくく混乱をきたしているという点や、篠山という漢字も単独では読みにくいということもあり、以前よりなじみのある「丹波篠山」を市名にしたいと思いました。


https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191216-00010001-jindepth-bus_all&p=2

posted by Nina at 00:09| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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