2020年02月02日

海空の自衛隊に女性幹部登用

 安倍首相は2日、情報収集に当たる海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」の出国行事で「情報収集任務は、国民の生活に直結する極めて大きな意義を有するものだ」と訓示。護衛艦が活動するオマーン湾などの海域について「日本で消費する原油の約9割が通過する。日本国民の生活を支える大動脈、命綱と言える海域だ」と述べた。この日、中東海域での日本関係船舶の安全確保に向け、海自横須賀基地(神奈川県)を出港した。司令部要員を含め約200人が搭乗。今月下旬に現地に到着する予定で、1月から任務に就いたP3C哨戒機とともに本格的な活動が始まる。

 先月26日には、市民団体の呼び掛けで抗議集会が横須賀市内で行われ、ヴェルニー公園では、市民や市議らが次々とマイクを握り「自衛官の命が心配」「憲法違反の派遣を許してはいけない」などと抗議の声をあげた。海自横須賀地方総監部前や米海軍横須賀基地ゲート前、地元商店街をデモ行進。「中東へ行かないで!」「むりやり行かすな自衛隊」などと書かれた横断幕やプラカードを掲げ、反対を訴えた。「たかなみ」の停泊地までボートなどで近づき、派遣反対をアピールした市民団体も「国会や国民の意見を一切聞かずに閣議決定したことは問題。調査や研究のための派遣なら、なぜ武器を持っていく必要があるのか」と訴え、「自衛官にも自分の命の問題なので声を上げてほしい」と話した。


 ところで、自衛隊には女性戦闘機パイロットも誕生した(2018年)。新富町・新田原基地飛行教育航空隊に所属する2等空尉、松島美紗さん(当時26歳)がその人。人の役に立てる仕事をしたいと思っていたので自衛隊に入る道を選び防衛大に入校。横須賀生まれ育ちの松島さんは『トップガン』の影響もあって「小さい頃からの憧れだった。早く一人前になれるように努力したい」と抱負を語った。当初は松島は輸送機・救難機操縦過程に進むことを志していた。しかし、戦闘機パイロットの門戸が開かれたことから、松島は戦闘機操縦課程を志し、その女性第1期生に選ばれた。F15戦闘機の操縦課程を修了した。同基地の第5航空団に配属され、対領空侵犯措置などに向けてさらに訓練を積み、実務に就いた。

 日本社会の少子高齢化の進展による将来的な戦闘機パイロットの不足に対応する観点から、2015年(平成27年)11月に航空自衛隊が戦闘機パイロットへの女性の配置制限を撤廃。それまで航空自衛隊では1993年(平成5年)に輸送機や救難機のパイロットの女性の配置制限を撤廃していたが、戦闘機パイロットについては肉体的負担から40代前半で引退するのが常であり、妊娠と出産で任務から離れることが多い女性については配置制限を残置させていた。

 これまでに、女性でも護衛艦艦長、護衛隊司令、連隊長が誕生していた。大谷三穂さんは龍谷大学文学部2年生のとき、大学の下宿先で湾岸戦争のニュースを見て「愛国心を覚え」、防衛大学校への進学を決意する。家族の反対を押し切り、1992年(平成4年)4月、女子1期生として入学した。 最初はパイロットを希望していたが、海上自衛隊に配属され、最初の勤務は練習艦「なつぐも」。その後、防衛大学校の指導教官や海上幕僚監部などの勤務した。2008年(平成20年)に護衛艦への女性の配置制限が撤廃された後、2012年(平成24年)3月に「あさぎり」が護衛艦籍に復帰したことに伴い、女性初の護衛艦副長となる。 2013年(平成25年)3月には練習艦「しまゆき」艦長に就任し、東良子と同時に海上自衛隊女性初の練習艦艦長となった。2016年(平成28年)2月には「やまぎり」艦長に就任し、女性初の護衛艦艦長となった。2019年(令和元年)12月2日に「みょうこう」艦長に着任し、女性初のイージス艦艦長となった。


                           参照:神奈川新聞社(2020/1/27)、宮崎日日新聞(2018/8/24)
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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