2019年07月15日

国民的許容度

許祐盛(ホ・ウソン)慶煕大学哲学科名誉教授・非暴力研究所長が、「朝鮮日報」(7/7)に次のような事を書いていて興味深い。

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 中国による1950年のチベット侵略以降これまで続いている占領と弾圧であるから、チベットの現代史は悲劇的だ。チベット仏教の指導者ダライ・ラマ14世(1935〜)は、侵略後に中国政府が実施した政策の結果として、100万人以上のチベット人が殺されたと語った。彼は、1957年に中国人民解放軍がチベットの自由の闘士に加えた残虐行為について、自叙伝でこのように記している。「十字架刑、生体解剖、犠牲者のはらわたを引きずり出したり指を切ったりといったことは普通だった。ひどいときは頭を割ったり、焼き殺したり、死ぬまで殴ったり、生き埋めにしたりすることもあった」。出家した僧侶に対する醜悪な性的拷問も記録されている。

 だが、中国によって追放されたチベットの高層・ダライ・ラマの自叙伝には、こうした事態への悲しみはあっても怒りは見られない。「ガンジーに対する賛辞」と題したノーベル平和賞受諾演説(1989年)でも、彼は中国の圧政は批判しつつ、次のような祈りで演説を締めくくっている。「私は抑圧者と友人を含むわれわれ全てのために、人間的な理解と愛を通してもう少し良き世界を建設することに、われわれが共に成功できるよう祈ります」。通常、民族主義者であれば、大抵はこうした非人間的行為に対して怒りと敵対心を燃やし、中国共産党指導部を「かたき」と規定しがちだ。そして中国の圧政に抵抗して逮捕され、処刑された抵抗軍を「義士」として追悼し、圧政に抗議して焼身自殺した100人以上の僧侶や青年たちの魂をたたえるのだろうが、ダライ・ラマは、敵対感や怒りなしに、チベットの惨状を世界に、そして中国の善良な人民に知らせるため自叙伝を書いたと語った。彼にとって記録は未来のためのものであって、過去史に対する憤怒や清算、復讐心ゆえではない。

 彼は、驚くべきことに、時には中国の官僚をも瞑想の対象とし、「彼らの憤怒、疑念、否定的な感情を受け入れ、そこに私の愛、私の慈悲、私の許しを与えた」と語った。彼にとって許しは、加害者が反省した後に与えるものではなく、まず与えるものだ。こうした愛と慈悲の技術法は、仏教に由来する。彼は、民族の生存よりチベットの霊的伝統、すなわち仏教文化の方を重視している。重視する理由は、特に、その文化を抹殺しようとする中国人のためだという。ダライ・ラマは、こうして、仏教をあらためて世間に知らしめた。

 そこでと、 次のような質問がダライ・ラマに向けられた。現代韓国人が今の日本を指して「われわれ」に含めることができるだろうかと問うた。ダライ・ラマ、破顔大笑しつつ「日本との対立は主に過去史に関するものであって、侵略も抑圧もない今、共に未来を描いてみることほどたやすいことがどこにあろうか」と問い返されそうだ。

 民族主義という文化の遺伝子が強固な理由は、生存欲求ゆえだろう。だが平素、隣人と和平を維持することも生存に利する。韓国政府がビザを与えないせいで来ることができないダライ・ラマのことを思い、韓国人の心が少し広くなるとしたら、それは釈迦生誕日を祝う良き方法ではないだろうか。




出典:朝鮮日報(7/7)つづき
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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