2019年05月31日

NHKの受信料問題(スマホ課金)、現国会での動き

NHK役員の高額報酬や1,000億円を超す巨額な繰越金など、また受信料を徴収しながら放漫経営をしているとの批判が多かった。そこに2004年に発覚したNHKプロデューサーによる巨額の制作費着服事件によって、多くの国民の怒りを買ったこの事件から、全国的に受信料の支払いを拒否する人が相次ぐ。事件前まで、78%前後を推移していた支払い率は、事件が発覚した翌年の’05年には、69%台まで落ち込んだ。NHKは’20年の東京五輪後から、総額1,700億円をかけて、新社屋の建設を開始する予定になっている。督促状などを強化して、受信料の支払い要請をしてきた。

東京地裁、5月15日の裁判で《自家用車のカーナビでも、NHK受信料の契約義務》が明らかになった。 これに対して元NHK職員でアゴラ研究所代表の池田信夫さんは、「NHKは、国民すべてから受信料を取る方向に大きく舵を切ったと言っても過言ではない」という。

さらに、5月29日に開いた現国会で、今までNHKが制限されていた、テレビ放送と同時のインターネット配信を可能にする放送法の改正案が成立した。これは、近い将来、スマホやパソコンで、ネットを通じたNHKのライブ視聴が可能になることを意味するのだが、「ネットに接続されているスマホやパソコンを持っていると、“NHKを受信できる”と見なされてしまうようになる。 NHKが受信料の支払いを求める根拠になってしまうでしょう」(池田さん)

ITジャーナリストの本田雅一さんは「イギリスには、NHKと同じような公共サービスを提供するBBCがあり、テレビを設置・使用する場合『テレビライセンス』という通信許可料(年額約2万2,000円)を支払います。視聴者がライセンス料を支払わなかったり不正な受信を続けたりした場合には刑事罰となり、最高2,000ポンド(約27万円)の罰金が科せられます。イギリスでは、この制度により93〜94%(’16年度)の高い徴収率を維持しています。公共放送を運営、維持していくためにもNHKでも同様のシステムを取り入れる時期が来ていると思います」と海外の事情を説明する。

“未払い”を放置すれば、真面目に受信料を支払っている人に、不公平感だけが残る。そこで池田さんは、「NHKの番組をすべてスクランブル化することです。『WOWOW』のように料金を支払った人だけしか視聴できないシステムにして、大規模災害のときだけスクランブルを解除すればいい。でも、NHKは視聴者離れを危惧して、このような改革はしないでしょう」(池田さん)

元TVディレクターで上智大学の水島宏明教授は、「NHKが公共メディアとして経営基盤をたしかなものにしていかなければいけないことは理解できます。しかし、受信料制度が法的な義務だという傾向が進んでいくなか、NHKの職員に国民の声をきちんと聞こうというスタンスがなくなった気がします。かつて不祥事があり受信料の支払い率が下がったときには、現場ディレクターや記者たちは、NHKの視聴者センターの電話に張り付いて、視聴者の声に耳を傾けていました。先月には、安倍政権に太いパイプを持つとされる板野裕爾氏が専務理事に返り咲いたのも不可解な人事です。政権への“忖度”の強いニュース報道も気になります。本来なら、そんな役員人事やニュース報道の判断基準などを公にして、透明性を確保していくべき。そうして、国民が納得して受信料を支払うシステムに近づいていくはずなのに、どんどん国民とかけ離れていっている気がします」

受信料を集めることに執心しているNHKは、国民との信頼関係の大切さを忘れないでほしい。



参照:https://jisin.jp/domestic/1741708/

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2019年05月30日

「三流」を極める

「一源三流」というと言葉が剣道や武士道において使われる。
「一源」は誠、誠実である。
この誠、誠実を源とにして、

一、汗を流す
二、涙を流す
三、血を流す

すなわち、こてをして「三流」という。

汗を流すとは勤勉、努力すること、一心不乱に打ち込むことである。
涙を流すとは降りかかる困難に耐えて人知れず涙を流す、あるいは達成の喜びに感動の涙を流すこと。
血を流すとは命を込める、命をかけることである。
「一源三流」は人をつくり、道をつくる万古不易の原理である。

投資の神様といわれた米国人ウォーレン・バフェットは「誠実さ」について次のように語る。
「私は人を雇う際、3つの条件で判断する。
   第一が人間としての誠実さ。
   第二が知性、
  そして第三が行動力だ。
  ただし第一の条件が欠けると、他の二つはその人を滅ぼす凶器と化す。」

汗を流すとは、勤勉であるということ。
もし、少しでもましな人間になろうと思うなら、凡人は、コツコツと日々努力する以外にはない。
また、涙を流すとは、人のために涙を流すことだ。
どんなに頭がよかろうが、「情」のない人間は人からは好かれない。
血を流すとは、身を削って、努力すること。 本気になることだ。
死に物狂いになって取り組めば、どんなに厳しい道であろうとそこに一筋の光を見ることはできるということだ。

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2019年05月29日

竹林@我孫子

住みよいまちづくり研究所の方に案内頂いて、斜面林、竹林をボランティアによる保全整備活動をされている成果を見せて頂いた。
自然を愛することは、自然のままにするだけでなく、人の手が必要ですが、このように人が散策にもいいように整備したので、広報してもらい、ウオーキング、散策、日本の美しい竹林の観光などにも利用してほしいとの事です。

<写真はクリックすると拡大します>

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2019年05月28日

バイオマス

議会質問に向けて、調査を続けている。
バイオマスタウン構想を掲げている市町村は決して多いわけではないが、近隣では白井市が先行している。
バイオマスとは、廃棄物を自然に還元していく、極力燃やさないで資源化する方法である。

下記は三豊市(香川県)のバイオマス化での紙おむつの経過、及び固形燃料となったもの。
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2019年05月27日

「チバニアン」、申請が暗礁に

 地質学上の時代名の一つを「チバニアン(千葉の時代)」と命名しようとしていた研究チームが国際学会への申請手続きが中断せざるを得なくなっている。地層は千葉県市原市の渓谷沿いにある。約77万年前、地球の磁気が最後に反転した痕跡が残り「千葉セクション」と呼ばれる。市原市も指定地域を含む民有地を買収するなど後押ししてきたが、昨年7月、申請に反対する楡井(にれい)久・茨城大名誉教授が、千葉セクションを囲む土地について、所有者から10年間の賃借権を取得、地層への立ち入りを拒める状況になった。楡井名誉教授は「申請の資料には捏造や改ざんがある」と主張。「不正を明らかにするために賃借権を設定した。申請の取り下げを求めていく」と話していることが26日、関係者への取材で分かった。

 国立極地研究所など日本の研究チームが2017年6月、地質時代の境界を代表する「国際標準模式地」として国際学会に申請。認められれば、マンモスやネアンデルタール人がいた約77万〜12万6千年前の地質時代が、ラテン語で「千葉時代」を意味する「チバニアン」と呼ばれる。2017年11月には、1次審査を通過して模式地の候補に残ったことが明らかに。すると「チバニアン」という言葉が注目され、地層にも見学者が殺到した。斜面を登る足場がぬかるむなどしたため、市は12月、安全面を理由に斜面への立ち入りを禁止。見学者は地層を間近に見ることができなくなった。

 地層の一帯は公共用地と民有地が混在。楡井名誉教授は、階段を整備したところは民有地で、所有者の協力は得られていると説明している。一方、市の担当者は「天然記念物の指定後に、見学者への環境整備をしたいと考えている。だが、先行されてしまった」と戸惑いを隠さない。
市は2018年1月末、地層を国の天然記念物に指定するよう求める意見具申書を県を通じて国に提出。指定により保存・保護と研究活用の両立を図りたい考えで、学識経験者らでつくる検討委員会でルールづくりを検討している。その矢先の「現状変更」に、別の担当者は「天然記念物の指定に向け、心証が悪くなるのではないか」と懸念する。市は国際学会が国際標準模式地として認めるかどうかを決定する前に国の天然記念物に指定されることを目指している。

 国際地質科学連合による審査を通過するには、研究者の立ち入りが可能なことなどが可能でなければならない。申請に反対する名誉教授ら研究者が、根拠となる地層周辺の土地に賃借権を設定したため、申請要件の「研究のための自由な立ち入りの保証」が困難になった。チーム代表の岡田誠・茨城大教授(古地磁気学)は「厳しい状況だが、現場への別ルートの確保など代替案を検討して申請を出したい」と話している。申請した研究チームの菅沼悠介・極地研准教授は「捏造という指摘は事実無根。審査を妨害されている」と主張。

渡部芳夫・日本地質学会長の話「研究チームの申請内容は、専門誌に投稿して専門家の査読を受けた論文に基づいており、科学として疑念はない」研究チームからの反論文書は、近々出される模様。

参照:朝日新聞(2018/2/12)読売新聞(2019/5/26)
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2019年05月26日

日本の国鳥は

千円札(裏面。1984年発行)に描かれて有名なのでタンチョウヅル、ラテン語の学名は「Grus japonensis」、英語名が「Japanese crane」、いずれも「日本鶴」の意。因みに、釧路市在住の写真家の作品をもとに山階(やましな)鳥類研究所のアドバイスを得てデザインした求愛のポーズだそうで、お札の左がオス、右がメスです。国鳥だと思いがちですが、キジが本来の国鳥です。

タンチョウヅルは特別天然記念物に指定、日本では1924年に釧路湿原で再発見されるまでは絶滅したと考えられていた時期もありました]。1964年(昭和39年)に北海道の道鳥に指定、北海道では地方自治体や自然保護団体による土地の買い上げ(ナショナルトラスト運動)や、冬季に穀物を給餌しています。初期にもセリの移植、ドジョウの放流やソバの散布、1940年には餌を奪う他の鳥類の駆除などの保護対策が行われ、冬季の食糧不足から生息数はほとんど効果が見られないままでした。その後、1952年に大雪に伴い人里に近づいた個体に対し、阿寒村や鶴居村で餌付けに成功。1960年代までは増加傾向にあったが、1960年代前半以降は主に電線との衝突による事故死(1964・1965・1972・1973年は生息数の約10 %が事故死し、以降は年あたり約10羽が事故死)により生息数がまたも減少した。幸い1970年代後半から再び生息数が増加、生息数が増加する一方で人間への依存度が高くなり、生息数増加に伴う繁殖地の不足が問題となっています。

北海道庁では1889年に狩猟が禁止され、1890年に千歳市周辺が禁猟区に指定、1892年に日本国内でのツル類の狩猟が禁止されました。1925年には再発見された地域が禁猟区に指定。1935年に繁殖地も含めて国の天然記念物、1921年に越冬地(本種が飛来することはまれ)の出水ツル渡来地が「鹿児島県のツルおよびその渡来地」として国の特別天然記念物に指定されている。1993年に種の保存法施行に伴い国内希少野生動植物種に指定。2010年の繁殖ペア数は345ペアが確認されている。生息数が順調に増加していることを受け、2016年7月、給餌などの保護増殖事業を行っている環境省が、これらの事業を将来的に終了する方針を示している。

なお、キジを 国鳥として選定したのは1947年(昭和22年)で、日本鳥学会によって選ばれ、その理由には、「メスは母性愛が強く、ヒナを連れて歩く様子が家族の和を象徴している」、「狩猟対象として最適であり、肉が美味」などがある。国鳥が狩猟対象となっているのは珍しいそうですが、日本古来の鶏肉料理として焼いたり煮たりする料理の食材とされており、四条流包丁書には「鳥といえば雉のこと也」と記されている。少なくとも平安時代頃から食されており、雉鍋、すき焼き、釜飯、雉そば、雉飯などが伝統的な調理法が残っているとのことです。

また、「頭隠して尻隠さず」ということわざは、草むらに隠れたつもりになったキジの様子に由来します。桃太郎の話でも果敢に情報収集に活躍したようすが伝えられた一途な様が、キジを防衛省情報本部のエンブレムの意匠としたとされている。旧1万円札(D号券。昭和59年〜平成19年発行)の裏面はキジが描かれていました。
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2019年05月25日

ハクトウワシ

ハクトウワシはアメリカ合衆国の国鳥として国章に描かれています。大空に羽を広げ自由の象徴するものだそうで、大統領府から、連邦捜査局や警備会社に至るまで多くの連邦政府や法執行機関の記章に取り入れられています。1984年のロサンゼルスオリンピックのマスコットキャラクターであったイーグルサム(Eagle Sam、Sam the Olympic Eagle)もその一例です。ハクトウワシのつがいは一生涯連れ添い、推定離婚率は5%以下ということで、昔はともかく離婚率が高い現代のアメリカ社会とハクトウワシの生態とは裏腹ですが、だから愛を継続する勇気の象徴として大切なのかもしれません。

一時は乱獲、森林伐採による営巣地の減少、餌となる魚の農薬による汚染やポリ塩化ビフェニル(PCB) による汚染などによって分布域が縮小。1940年のハクトウワシ保護法(The Bald Eagle Protection Act、現ハクトウワシ・イヌワシ保護法-Bald and Golden Eagle Protection Act)が施行されたが、1967年に絶滅危機(Endangered)に分類されました。その後、継続的な保護活動により現在では個体数が順調に回復、個体数の順調な回復と生息地の存続状況を受け、1994年には絶滅危惧(Threatened)に変更。そして、2007年6月29日には米国絶滅危機種リストから完全に除外されることになりました。

ハクトウワシの婚活は命がけ、雌雄2羽のハクトウワシが爪を握り合い、お互いの強さを測るための命知らずの螺旋落下テストするからです。ペアとなると決めるまでに、まず高空でかぎ爪を組み合わせ、地上に向かって車輪のように回りながら落下します。ペアは何度かお互いの相性と勇気を確認し、グリップを離すのは最後の瞬間です(時には死に至ることもある)。お互いを死のグリップで爪をつなぎ、自らの健康と真剣さを確認して、子育てに協力し、生涯を連れ添うというのです。勇気と自由と愛、アメリカ合衆国の象徴というのも成るほどです。

巣作りは主に水辺近くの樹上、岸壁、地面など。主に魚類を捕食するほか、水鳥や哺乳類、爬虫類を食べる。



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2019年05月24日

令和初の国賓・トランプ大統領、二度目の来日

政府は23日に、令和初の国賓としてに25日に来日するトランプ米大統領の滞在日程を発表した。トランプ氏は25日午後、メラニア夫人と大統領専用機で羽田空港に到着。26日午前に千葉県茂原市でゴルフを楽しみ、同日夕には両夫人と共に東京・両国国技館で大相撲夏場所千秋楽を升席で観戦する。夜は六本木の炉端焼き店で会食しながら、くつろいだ雰囲気で意見を交わすことになった。

27日午前には皇居で天皇、皇后両陛下と会見する。その後、東京・元赤坂の迎賓館で安倍晋三首相と会談。夜には皇居・宮殿での宮中晩さん会に出席する。日米首脳会談では、北朝鮮問題や貿易交渉といった懸案について協議。トランプ氏は会談後、日本人拉致被害者の家族と面会する。

両首脳は28日には海上自衛隊横須賀基地で、事実上の空母に改修する護衛艦「かが」に乗艦する。トランプ氏は隣接する米海軍横須賀基地で演説した後、帰国の途に就く。

トランプ氏の訪日は2017年11月以来2回目。6月に大阪で開かれる二十カ国・地域(G20)首脳会合にも出席する予定。
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2019年05月23日

あびこんは三周年

食券で買うという簡易システムです。リッチなカツ定食もおすすめです。
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創業祭の3周年イベントも盛りだくさんです。
6月1日、2日に覗いてみてください。

http://www.city.abiko.chiba.jp/event/event/matsuri/abikon_foundingfest.html
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2019年05月22日

議会前の懇談会@市長応接室

 昨日の全体会で、6月議会の議案及び補正予算について、説明があった。冒頭で、教育委員会での不祥事に対処して職員の懲戒免職についての敬意と正式な謝罪がされた。この件については、議員には教育委員会から即日に議員全員に各戸連絡がされて、公式HPにも掲載された。至極残念なことで、全体会でも数名から質問が浴びせられた。
 
 その日の午後と翌日にかけて、会派ごとの懇談会、つまり部長職がぐるりと脇に控える中、副市長、教育長、そして市長が前面に並んで、全体会で聞き洩らした点などをラフな聞き取りが行われる。無所属である海津にいなの場合は、各会派が終わった後なので、翌日になるけれど、かなり自由に幹部職員ともいっぺんにやり取りする場所になる。議会では、あくまでも正式に記録が残されるための質疑になるので、段取りを踏んで質問を準備するけれど、懇談会では縦横無尽にやり取りできる、かなり貴重な議会前のタイミングだ。

 この辺りから議会質問を書く際の聞き取り、調査が本格的になる。今回は、次の御製視察についても準備しているので、引っ越しする長女の家族の子育て支援も期待されて、なかなか忙しくなっている。筑波大大学院の紀要に掲載するようにとの話もあるので、英文論文が完成できるか悩ましい。しかし、日韓関係の改善の為には我孫子の歴史をまとめてみたいと思うので頑張り時だ。

 

 
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2019年05月21日

オリンピックの祖・嘉納治五郎

駐日フランス大使のジェラールから突然、嘉納治五郎が会見の申し込みを受けたのは、1909年春のことだった。その少し前に、我孫子に別荘を求めたということになる。

 古代オリンピックゆかりの地、アテネのパナシナイコ・スタジアムで第1回近代五輪が開催されたのは1896年。以後、4年ごとに開催されている五輪を運営する国際オリンピック委員会(IOC)への参加の依頼だった。当時IOC会長を務めていたクーベルタンからの依頼に基づき、東京高等師範学校長の嘉納に白羽の矢が立ったのだ。嘉納が選ばれたのはなぜか。ラフカディオ・ハーンにより欧米に柔道の創始者として知られていた。早くから青少年の体育・スポーツに関心を寄せ、98年からは東京高師で長距離走を奨励実施し、夏には水泳も取り入れていたこと、さらに豊かな語学力も魅力だった。嘉納としても「外国との交流促進」やスポーツを通して「国民体力の増強と健全な精神の育成」を図ろうとの考えは五輪の理念に矛盾はなかった。

 ジェラールからの知らせを受けたクーベルタンは、1909年5月、ベルリンで開催されたIOC総会に諮り、嘉納をアジア初のIOC委員として推薦。翌年、日本は第5回ストックホルム五輪への招待を受ける。このときクーベルタンからは次のような要望も伝えられた。五輪への参加を決意した嘉納は、精力的に動く。まずは国民体育の普及と五輪への日本代表選手派遣の2つを目指して11年7月、大日本体育協会を創設し、会長に就任。続いて選手の予選会を実施する。同年11月18、19日のことだった。東京・羽田運動場で行われた予選会には91人の選手が参加した。

 注目のマラソン(25マイル=約40キロ)には、19人が参加して2日目の午後0時30分にスタート。「日本体育協会 日本オリンピック委員会100年史」によると、トラックを3周後に競技場をあとにし、東神奈川を目指して東海道をひた走る。役員と万一の場合に備えた医師を乗せた自動車1台、自転車4台がそのあとに続いた。降りしきる雨に寒気も加わって完走者は6人という過酷なレースになったが、気象条件とは逆に好タイムに沸く。優勝した東京高師の金栗四三のタイムは2時間32分45秒で、3位までが世界記録という快挙だった。

 ドラマでは、一時マラソンが五輪競技から除外されそうになるが、それを思い留まらせたのは嘉納先生の進言をクーベルタン男爵が受け入れたことによると言うものだ。

 









 「オリンピック大会に参加する国は、それぞれスポーツの全国的統括団体をもっていて、これがそれぞれの国のオリンピック委員会(NOC)になっている。ついては日本も早急にこの種の団体を組織されたい」



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2019年05月20日

五本松運動広場

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緑に囲まれた運動広場では、サッカーの練習もできます。
幼稚園の運動会の会場になるほか、消防団の訓練が行われたりしているので、せっかくある我孫子の公共財産です、気軽に立ち寄ってみてください。
<駐車場完備>

下記は、操法大会に向けて訓練を続ける我孫子市消防団のみなさん。
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2019年05月19日

ペタンク大会@五本松運動広場

ペタンク(pétanque)は、フランス発祥の競技。我孫子でも大会が行われるようになりました。我孫子市ペタンククラブ連絡会(2007年設立)は、我孫子市で活動しているペタンククラブの協同体で、15以上のクラブが加盟しています。クラブの中には、加入者が100名を超える総合型地域スポーツクラブから、ペタンク専門のクラブ、ペタンクを地域活動の一環として取り入れているクラブなど、大小様々です。こうして春の「我孫子市ペタンク大会」が多くの参加者が集まるようになり、午前中だけで終るのはもったいない、我孫子市内でペタンク競技が広める目的も兼ねて競技として行なう大会もと言う声があがってき、春秋2回、本格的にペタンク大会を開催するようになりました。日本ペタンクブール連合千葉との協議を重ね、我孫子市において、予選リーグおよび決勝トーナメントを戦う本格的なオープンペタンク競技大会を開催(2010年より)することになりました。CIMG4452.JPG

ルールは冬季スポーツのカーリングとほぼ同じ、ビュット(目標球)に金属製のブール(ボール)を投げ合って、相手より近づけることで得点を競う。ブール(ボール)は直径7.05〜8cm、ステンレスや鋼鉄などの金属製で重さ650〜800g。3球すべて転がし相手より近くにある球の数が得点となり、13点先取で勝ち。ちょっとした空き地があれば、取り組めます。 ゲームにはトリプルス、ダブルス、シングルスの形式があり、我孫子市ペタンク大会ではトリプルス(triplette、トリプレット ):3人対3人で各自2球のボールを投げて行うルールのゲームを採用していました。4チーム1ブロックのリーグ戦3試合を行い、3戦全勝のチームのメンバーが一球ずつ投げて、ビュットに最も近い距離を測定(メジャーで)してチームの距離とします。その距離によって順位を決定するという、難しくルールの説明を聞くよりは、実際に教えてもらいながら楽しめる、誰でも楽しめるレクレーション性の高い競技です。

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我孫子市にはペタンククラブ連絡会があって、しかも市内各地域のクラブにはボール(ブール)の貸出がされるので、すぐに体験できます。手取り足取り(?)親切に教えてもらえ、仲間づくりにもなります。<上記は、19日に五本松運動広場で開催されたペタンク大会>

市外、全国大会、海外にも出向いて試合をする人たちも少なからずいます。秋には「我孫子市オープンペタンク選手権大会」の開催が「あびこ広報」で案内されるそうですので、ご家族で参加してみてはどうでしょう。<下記はペンタク市長杯の写真>

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2019年05月18日

体と脳の関係をトレーニング

私達の身体の動きは、言わずと知れた脳がコントロールしています。 筋肉の収縮、感情(気持ち)、モチベーションも、全て脳が支配しています。だからこそ、脳を私達がコントロール出来れば、今まで出来なかったことが 成功したり、プラス思考に物事を転化出来たりする可能性があるのです。

その脳は、実に巧妙に私達の精神を操っているのです。 その証拠に、精神的な限界点は肉体的な限界点より、先に現れて来ます・・・。 肉体よりも先に気持ちが折れてしまう・・・訳ですね。 これは脳が身体の破壊を予防するために、精神的な限界点を早めて保護を している・・・と言ったシステムによるもので、精神的な限界を超越して何かを行 う事を出来なくしている訳です。 しかし、この精神的限界を一歩超えた所に、身体の新しい世界が待っている としたら・・・、あなたは踏み込んでみたいと思いませんか? 火事場の馬鹿力・・・ 追い込まれたとき、命の危険が迫っているとき・・・人間は思いもよらないパワー を発揮すると言った話を聞いたことがあると思います。 限界を超越した瞬間です!

私達の脳は何千、何万と言った情報を、即座に掌握し必要な情報を選別したり、情報同士を組み上げたりしています。 運動やスポーツの場面では、そのスピードも格段に高くなり、実は脳がフル稼働しているのです。 初めてする運動は、どこか要点がつかめなくて、まごついたり上手く出来ない経験が、誰にでもあったと思います。 何回か繰り返し同じ運動をすと、スムーズに動かせたり、キツかったものが楽に感じたりしてきます。 実は、この『慣れる』と言う作業は脳のスーパーコンピューターたる由縁なんです! 私達の身体は、全ての機能を脳の指令により動かしているのです。 そこには緻密に張り巡らせた神経網があり、情報を正確に、スピーディーに伝達し続けているのです。 つまり、慣れると言う事は、神経網が動きをマスターし、正確な情報を脳にインプット出来る準備が整った状態だと言うことです。

ところが、人間の身体の左右は、利き腕、利き足があるように使い方が違っています。段々に左右のバランスが崩れた形で脳が指令を送り、それに慣れてしまいます。人生が五十年もあったら長生きだった時代から倍近く生きられる時代になってきて、今度は正しい位置に戻すことも脳に覚えなおさせる必要が出てきました。正しい動きや、力の配分を脳が覚えるまでの期間で、一般的には2週間程度の 時間がかかると言われています。 この2週間は、身体と脳を運動に慣らすための期間ですので、トレーニングに当てはめ ると『ベーストレーニング』に当たります。 全身くまなく、しっかり刺激して、土台となる運動パターンを身体を動かして正しい体の使い方を覚えさ込ませる、そのための筋トレ、スポーツなどが重要な要素だと見直されてきました。

ほんの少しだけ無理をする事が、運動することが筋肉を強く発達させます。 筋肉は車に例えるなら『エンジン』にあたります。身体のエンジンが強くなると気持ちまで強くなるのです。 人は2足歩行の動物で常に体軸のブレを感知して、正常位置に戻す訓練をしていくことも基本中の基本です。そこでバランス トレーニングを続けて行くと、軸を中心で取り続ける力がついて、軸ブレの修正力も飛躍的に活性します。 バランスボールなどの道具を使ったものがあります。一人で続けるよりは、仲間と続けられる環境であるほうが取り組みやすいでしょう。

我孫子市民体育館 毎週木曜日 11:00~11:45 参加費500円

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2019年05月17日

我孫子に産業誘致する調査

3月議会が終わってから、「産業拠点土地利用について」のまとめが議員の控室に置かれていて、改めて我孫子での企業誘致を考えてみた。

企業誘致では「雇用機会及び税収の確保」が期待されるが、しかし、我孫子では企業誘致活動における課題についの調査では、「企業誘致ノウハウが不十分」(40.7%)、「土地利用規制(農地転用など)が厳しく、受け皿整備が難しい」(39.8%)、「交通アクセスの向上」(33.0%)、「必要な誘致スタッフの確保」(29.3%)などが、今後の課題に挙げられた。

そして5月に入ると、6号沿いのつくし野住宅公園が閉鎖された。市内中心市街地にあたるシンボルゾーンにあるので、市民は跡地がどうなるか関心が高まっている。つくし野地区では、最近、住宅地に「売却物件」との表示が目につくようになっている、その反面、空き地だったところが造成されて、建売住宅、アパートが建てられたりもしている。

 また、かつての東急ストアは、経営者が代わりながら、一旦は駐車場までも閉鎖の憂き目にあったが、建物オーナーの努力で埼玉のスーパーが入り、その駐車場もタイムズの運営となったが、車が渋滞するくらいなので、品と価格で人気は上々となっている。新旧入れ替わりの観である。

 そこで、これまでに出された産業拠点の4地区の候補地のような面積ではないにしても、約1.7haの土地は整地もされており、農地転用に向けるなどの煩雑さもなく、しかも国道に面した土地なので、今後に企業誘致する場所としては今迄にない良い条件にある。この土地も対象にするべきではと、考えるのは当然だろう。

 これまで、我孫子市は住工混在解消を重点におきながらも、工業振興、商業振興をと考えて土地を探しもとめてきた。3回にわたりアドバイザリー経費をかけて調査、報告書をつくることに年月を費やしてきて、「我孫子市産業拠点計画」の見直しが始まった。これまで、柴崎など4地区について調査をしてきた。しかし、どこも幹線道路から離れていたり、軟弱地盤の整備に巨費を投じる必要がある難点が多い。6号交差点にあった住宅公園が終了して、持ち主は都内にいるとの情報で相続の発生で分筆するような情報を得ているが、場所の良し悪しでは、またとない所だ。周辺住民は我孫子の活性に繋がるよう期待している。我孫子の発展のチャンスを生かしてもらう機会にしていきたい。

 不利な地域であっても、広域連携して取り組むと、刺激をうけるし、情報入手も幅広くなる。そこで、「地域産業活性化基本計画」を進める隣町・利根町は果敢に新たな取り組みをしている。過疎地指定となったことで県や国の指導も入ったこともあるようで、取手市・つくばみらい市と連携で近隣地域が一体となって企業誘致をはかっている。利根町は、龍ヶ崎市との合併を断られたのではあるが、過疎地域自立促進特別措置法の元で、地場産業を生かした農工連携の推進暮らしや食品の安全・安心を重視した付加価値型「生活関連産業」を呼び寄せようと動き出している、そのため企業誘致のワンストップサービスを整備する。一地域ではなく、高度化するものづくり産業(各種機械産業)を支え合い、物流関連産業付加価値額増加目標額は364 億円、新規雇用人数:1,000 人目標だとする。

 利根町は、企業誘致に固定資産税及び都市計画税に相当する額を交付して企業立地推進策を打ち出している。利根町には国際ウエルネス大学が移転してきて、現代社会に対応する健康やスポーツ医療など新たな知見も得られる。我孫子は取手の屋内プールやスポーツ施設の共同利用をしているように、利根川を越えて利根町と地域連携し、産官学連携するのは有益かもしれない。
利根町は人口減少で、まちの中心部にある小中学校を閉鎖した。印西市であっても地区によって小中閉校している。むしろ、大学が誘致された点に注目すべきで、外国人留学生が転入してくるなどは、十分あると考えられる。ウエルネス産業の分野は医療、歯科治療にも通ずるところがあるので、工業だけでない産業の流入も期待できそうだ。

 東葛地区で最も高齢化率が高い我孫子は、今、震災後の人口減少が部止まったかに見えても、以前に組み入れていなかった外国人を震災後には人口に組み入れるようになったことで現在2,000人の外国人登録がされる。日本語学校が2校開設されてその住民登録が増えたのと、9年ぶりという大型マンションの建設が功を奏していると思える。印西、流山、柏のように我孫子の人口ピーク時にリカバリーする、それ以上になるとは見込めない。他市にない強みを打ち出せなくては、企業誘致はおぼつかないのではないか。
我孫子市もホームページで企業への税制上の特例措置や日本政策金融公庫による超低利融資は紹介している。これは、松戸市、野田市、柏市、流山市、鎌ケ谷市などにも同様であるが、それらの都市も同じ条件で融資する中で、我孫子に着目しえもらえるのか、特例措置など利用した企業は何社あるか?

 実際に企業側が期待する支援策を大別すると、「インフラ整備」「規制緩和」そして「優遇(支援)制度(企業及び自治体)」だとされる。土地の固定資産税5年分と住民税分を交付するという取り組みをしているところもある、我孫子にインフラ整備のされたいわゆる工業団地という場所がない現状で、企業誘致できる優遇策は土地の整備が出来ていない分をさらに優遇することも考えるべきではないか?

 事業所数は10 年間で321 事業所(△17.8%)減少しているが、そのうち最も多く減少しているのがパルプ・紙の65 事業所で、全体の20.2%を占めている。続いて、電気機械と金属製品の43 事業所(全体に占める割合13.4%)、一般機械の39 事業所(同12.1%)、輸送用機械の34 事業所(同10.6%)となっている。「雇用機会の確保」(866件)、「税収の確保」(770件)を挙げている。

 *ウエルネス産業 <美容・健康、医療、食などに関わるヘルスケア市場を包含し、2015年時点で372兆円規模の市場が見込まれる>
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2019年05月16日

プラチナ思考で取り組んでみる

常任委員会の視察から戻り、環境や地域問題を改めて見直さなければと思っていたところ、プラチナ思考で考えると、難問が解決していくように思えてきました。

工業社会のもたらした豊かさは、また問題も産みました。日本を含むポスト工業化社会では、次のような課題があり、新たな社会モデルを必要としています。

第一に、地球規模の環境問題です。特に温暖化の問題は地球の存続の重大な問題です。
第二にに高齢化です。経済的豊かになると寿命が伸びます。教育機会が男女業同に与えられますが、出生率が下がります。結果として高齢化が進みます。これは日本だけの問題ではなく、やがて新興国も含めそうした状況を迎えます。
第三は需要不足です。生活に必要なモノが一通り揃っている先進国では、新興国からの安価な輸入品の増大などで、つねにモノ余りが起きて慢性的な需要不足状態になります。技術革新による生産性の向上も需要不足の原因になり、これは雇用問題を引き起こしたり、金余りの結果、バブル経済とその崩壊を繰り返す原因となったりするのです。

振り返ると日本は周辺から技術革新の術を得てきました。古代は稲作栽培で農業集約化を中国から、工業化社会では欧米から学び、今日の繁栄を築いてきました。それでも明治維新後は、工業化を達成し帝国主義の末尾にも加担して、20世紀の終盤までに工業化が進んでいたなら先進国と呼ばれるようになり、その余剰もアジアの一国ながら享受しました、それは人口では10億人足らずに留まっていました。しかし、1990年のベルリンの壁の崩壊後、世界中で市場経済が発展、工業国化の進展がありました。それは、世界中が豊かになると同時に、新たな問題を生むこととなりました。

21世紀の今日、世界は3つの難題の解決を迫られています。日本のこれからの10年間は、本当に重要な時間となります。プラチナ社会という高齢化社会モデルを国内で実証し、それを産業化できれば、世界中に輸出することができます。80年代の大量生産型の製造業に勝る強い産業が誕生することになるのです。

世界最高齢者を抱える高齢化大国として日本は世界で最初にこの問題を取り組まねばならない国となったのです。
敗戦から22年後、日本はGDPで世界2位となり、経済力では、トップ・ランナーの仲間入りをしました。
POST工業化社会のフロントランナーに立ったということです。

他国に先んじて高齢化=衰退すると考えると、悲観が蔓延します。
もともとあれば、消費意欲も停滞します。現在の日本はこうした状態にあると言えます。
逆に、難題解決の機会を世界で最初に取り組むともいう事ができます。
世界で最初に難問を解決できれば、世界で尊敬される国になります。
産業でも優位に立て、それこそが、真の先進国だと見直されるのです。
フロントランナーは、キャッチアップの時代とは大きな違いがあります。キャッチアップであれば、行き先も道も見えています。予測や評価が可能です。しかし、フロントランナーは、行き先(目指す社会)も道(手段)も自ら造らなければなりません。
精度の高い予測や評価はもとより不可能なわけですが、ち密に戸籍をつくり、データ化してきた実績とお上、公、水戸黄門や大岡裁きに対して、災害復旧に向かってくれるからと信頼をすることで、やはり地域はまとまってきていた。
できる、できない、損か、得かの議論を延々としているだけでは、フロントランナーとは言えません。
必要なのは「やる」という意志です。これまでも、幾多の災害、戦禍、被ばくという経験を乗り越えて立ち上がってきた日本は正直に前に進むしかない国なのです。

かつては、人間の力は弱いものでしたが、今や、自然にさえ影響を与えることができるほどの強大な力を手にしています。意志さえあれば、ほとんどの問題は化学的に立証するまでもなく解決可能なのです。

プラチナ社会の実現を通じて新たな産業を創ることが必要です。プラチナ社会を実現するということは、快適な社会を創るということです。
そのためには、環境、医療・健康、教育、インフラ整備・維持管理等の分野で解決すべき課題が膨大にあります。こうした分野は産業ではなく、社会コストとしてとらえられてきました。しかし、より快適な社会を創るために使うお金は、コストではなく、投資して利益も生むと考えるべきです。
そして、その投資が持続するには産業として、成立するようにすることが必要です。

それには、民の活力を活用することはもちろんですが、規制緩和、制度や技術基準の見直し、リクス資金の調達や公的助成、既得権益者との調整等、官の役割も重要です。もっともこれは、大きな政府を支持するものではありません。必要なのは、市民が支え看ている民主的賢い政府です。

18世紀以降、農業社会から工業社会へ転換することで、多くの産業が生まれ今日の産業社会を創りました。
そこでフロントランナーを努めた欧米諸国は、多大な先行者利益を享受しました。
これからの数十年で、世界は次のステージに移行しようとしています。これをプラス思考の上をいくよう、プラチナ思考で考える、日本が世界に先駆けて牽引するよう実現するようにしていけば出来そうです。21世紀の社会的課題を解決するために、それを公共事業で内向きに終わるのではなく、地域に循環する産業化することで新しい産業と雇用を創出するのではないかと考えを転換するのです。SDGsを率先する事で持続可能な社会システムを確立する。これが課題解決先進国、フロントランナー日本再生への道筋はプラチナ思考にするのが、いいです。


参照:三菱総研HP
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2019年05月15日

筑波大学で金栗四三展

 久しぶりに母校・筑波大学(大学院博士課程単位満期終了)に足を延した。今、筑波キャンパスへ向かう道沿いには「金栗四三展」の案内が掲げられいる。NHK大河ドラマ「いだてん」の主人公・金栗四三の師が嘉納治五郎先生です。

嘉納先生は東京高師校長の時に、日本国民みんなができる体育(国民体育)を作らなくてはならないとして、「長距離走と水泳」を掲げました。彼が考えた国民体育とは端的にいえば、「誰でもできる」運動です。お金がなくても、不器用でも、年齢や性別に関係なく、生涯を通じてできるものです。特に長距離走は、目標を持って取り組むことで自分自身の心も鍛えられるし、名所や旧跡を巡れば地理や歴史の勉強にもなる、ということで嘉納先生が最も推奨しました。嘉納先生の思いを継いだ金栗は、選手引退後も長距離走の普及に取り組み、市民ランナーとして市民マラソンを全国に広めました。

「いだてん」で、猛勉強して東京高等師範に入学したのは教師になるためであって、マラソンに出場するためではなかったのは当然で、卒業後は社会科の先生として教鞭をとり、部活動は陸上部を面倒見ています。オリンピックの際にヨーロッパに行っていますから、地理の教員として非常にリアルに教えたようです。金栗先生の授業は非常に面白いと生徒たちが書いたものが残っています。実際に行って見てきたヨーロッパの地理を話せる教師は当時はごくごく稀なわけですから、彼が教えるヨーロッパや世界の地理はすごく評判が良かったのも納得です。


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2019年05月14日

焼却炉の大敵、紙オムツ

環境省は今年度より、自治体に対し、使用済み紙おむつのリサイクルを促すガイドラインを策定する方針だ。これまで紙おむつの環境配慮やリサイクルはほとんど行われてこなかった。紙おむつには、石油起源の材料で作られているフィルム・不織布・高吸水性ポリマー(Super Absorb- ent Polymer、以下SAP)等が使用されていて、多 量の水を吸収してゲル化し、そ の吸収した水を保持する機能を 有した高分子材料である。

使⽤済み紙おむつは、焼却炉の⼤敵。⽔分を⼤量に含んでいるので最初は燃えにくく、助燃材を投入して燃やすことが必要となる。ところが炉内の温度低下を防ぐために補助燃料を使用すれば、焼却炉を傷める要因となる。ポリマーには⽯油化学物質を含んでおり、 ⼀旦燃えだすと⾼温になり、炉を傷めてしまうことがある。紙おむつの排出量が増加した場合、それでも助燃材による焼却コストの増加が懸念され、炉の寿命をはやめる。

リサイクルへの取り組みは、一部の企業を除いて 実施されていないかった。そこで、北九州市立大学の松本亨教授は、日本LCA学会誌に紙おむつの「水溶化処理」の方法を発表、焼却するより水溶処理は40%のCO2削減効果がありと説いている。福岡女子大の吉村利夫教授は、平成29年度福岡県リサイクル総合研究事業化センター研究会(分担)「紙おむつの再生吸水ポリマーを利用した吸水性土のうの開発」 などを発表している。

紙オムツのリサイクルのシステムは、ビニール袋に入れられて回収されるので、分離槽に入れ、水と薬品を使って、おむつを袋ごと破袋(すべてが細かくなっている状態)。分離槽に残ったビニール袋は、その後、脱水し、圧縮梱包機にかけて、RPF(固形燃料)に生まれ変わる。ポリマー(吸収材)に含まれたし尿は薬品を投入し、浸透圧を利用し、除く。残ったパルプは脱水して、洗浄、再生紙になる。

なお、保冷剤も高吸水性ポリマーが使用されているケースが多い。このような保冷剤は「流しやトイレなどの排水口に流さない」ことです。トイレや排水口に保冷剤の中身を流してしまうと保冷剤の成分が水を吸収して固まってしまう事もあるので、管の詰まりの原因になってしまいます。特に集合住宅の場合は、修復に大掛かりな工事が必要になってしまうことがありますので、絶対にトイレや流しなどの排水口に流さないで、ゴミと一緒に捨てるのが正解です。保冷剤やアイスノン等を途上国で寄付・再利用に回す活動:ワールドギフト(国際社会支援推進会)もあるので、自治体もこれに取り組んではどうだろうか。



経済産業省
www.meti.go.jp/policy/recycle/main/.../fukuokao.pdf
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2019年05月13日

ごみの対策

●国内に資源ごみが滞留

 中国は2017年7月に「海外ごみの輸入禁止と固形廃棄物輸入管理制度改革の実施計画」を発表し、同年末に廃プラスチックや繊維系廃棄物、未選別古紙など24品目の輸入を停止。中国はこれまで、高い経済成長を背景に不足する原材料を補うため海外から資源ごみを輸入し、リサイクルをして使っていたが、再生の過程で水や空気が汚染されてしまうことが問題となり、政策変更に踏み切った。

 16年の日本の貿易統計では、廃プラスチック輸出の約5割、古紙輸出は約7割が中国向けとなっており、昨年末から“中国ショック”の影響が顕在化。日本貿易振興機構(ジェトロ)が作成した資料をみると、17年8月に約8万6000トンあった日本の対中廃プラスチック輸出量は18年1月にはわずか2000トンに、対中古紙輸出量も約20万トンから約10万トンに急減している。

 その受け皿となっているのが東南アジアで、マレーシアの日本からの廃プラスチック輸入は1〜4月累計の金額ベースで1073万7000ドル(前年同期比3.8倍)に拡大。タイやベトナムでも輸入が急増している。ただ、これら地域でも輸入を制限する動きが出始めており、今後行き場を失った資源ごみが国内に滞留する恐れがある。

 プラスチック循環利用協会(東京都中央区)によると、16年の日本の廃プラスチック排出量は899万トンで、そのうち再生利用されたのは約23%にとどまっている。中国をはじめとした資源ごみの輸入規制に対応するためには国内リサイクル能力の向上が欠かせず、関連企業の活躍場面は今後さらに広がりそうだ。

 
●タクマなど焼却炉メーカーにも商機

 また、ごみ焼却プラントメーカーのビジネス拡大も期待される。現時点では中国に輸出していた資源ごみのすべてをリサイクルすることは能力的に難しく、一定量は焼却に回さざるをえない。平成初頭以前に稼働を開始した焼却施設が、老朽化による更新時期を迎えつつあることとあわせ、プラント新設やメンテナンスの需要増加が見込まれる。

 タクマ は廃プラスチック類から汚泥まで多くの固形廃棄物に対応できる階段式ストーカ炉をはじめ、さまざまな方式の焼却炉を提供。直近では7月に、老朽化が進んでいた茨城県の常陸太田市清掃センターごみ焼却施設の基幹的設備改良工事を受注した。

 これ以外では、JFEホールディングスは 傘下のJFEエンジニアリングが7月に鳥取県東部広域行政管理組合から新ごみ処理施設を受注したほか、川崎重工業 は同月に石川県小松市向けにごみ処理施設を納入し運転管理業務(20年間)を開始。荏原製作所 は 傘下の荏原環境プラントは埼玉県の所沢市西部クリーンセンターの長期包括運営業務(14年間)を4月から始めている。

参照HP(2018):
https://kabutan.jp/news/marketnews/?b=n201808250108
posted by Nina at 18:22| 千葉 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月12日

上勝町:ゴミを出さない努力

上勝町は、徳島県の山間に位置する街で、ごみを出さないようにするゼロウエイスとの町として知られる。なので、女性議員仲間とレンタカーを貸切で視察にいったことがある。

1995年、上勝町は全国に先駆けて家庭用生ごみ処理機の購入補助を開始した。ごみの組成と排出量を調べると、最も多いのは重量比で3割に当たる「生ごみ」だったからだ。生ごみは水分量が多いため、焼却するには補助燃料として化石燃料も必要になる。そこで、生ごみを減らすように堆肥化する方法を考えたのだった。生ごみ処理機の購入が補助されるので自己負担金はわずか1万円。処理機の普及率は97%に達し、町内の生ごみの全量を発生源である各家庭で処理することに成功した。

1997年には、「容器包装リサイクル法」の制定を受けて、対象品の分別収集をスタート。
「町役場の人たちが、資源再生の流れをたどって、引取先の業者を探し、再生資源を原料として製品をつくるリサイクル業者を見つけ、最初は9品目の分別回収から始まりました。その後も、引取先の業者が見つかるたびに分別品目をリストに加え、45分別にまでなっている。例えば、金属は5種類、プラスチックは6種類、紙類は9種類にも分別する。資源の分別は丁寧に行えば行うほど、有価物としての価値も高くなる。紙や金属など、「お金になるごみ」は年間250〜300万円の収入となり、上勝町のごみ処理費用の削減に貢献している。

では、ここまでしても焼却処理に頼らなくてはならないのは何かというと、塩化ビニルやゴムなどの素材の物や、紙おむつ・生理用品などごく一部だという。現在、国内で年間約 300 万トン以上の使用済み紙おむつが排出されている。その内訳で は、約 70%が家庭から出される、残り約 30%が病院や老健施設等の事業者からのものだ。そこで、上勝町では2017年から町内の1歳未満の乳児がいる家庭に「布おむつスターターキット」を贈る事業を始めた。町は2014年度に9トンあった紙おむつ(大人用含む)を20年度には5トンに減らす目標を掲げており、今回の事業もその一環。

「子ども1人あたりの紙おむつの使用量は約2トンになると言われています。乳幼児用の紙おむつを1日5枚使うと想定した場合、1年間で20リットルの可燃ごみが約70袋削減に取り組むことができます。」(千葉市環境局資源循環部廃棄物対策課)という。

紙おむつを1日約10枚使用すれば月6千円程度かかり、焼却処理が必要な紙おむつと違い、相当に節約できる。おむつ交換で健康チェックもマメになるため、体に優しいと見直されているが、オムツカバーや布おむつの準備に初期費用が掛かる。こうした布おむつの準備ができたなら、洗濯すれば繰り返し使用できて、安い。
上勝町では使い方や注意事項の説明会を個別に開催する。また、使用中も相談を受け付け、布おむつを継続できるようサポートする。
申請前のご相談も受け付けておりますので、布おむつに関する疑問や不安があれば、その点も相談に乗る。
対象:1 歳未満の子どもがいる家庭
申請期間:母子手帳交付後から、子どもが1 歳になる前日まで

紙オムツのリサイクルを実施することによって、針葉樹パルプの使用量削減(=森林資源の 保護)・焼却ごみの低減(=焼却施設の延命とごみ処理費用の低減)・リサイクル処理による CO2 の排出抑制=温暖化防止などが計られる。 福岡県では水溶化処理システムを確立することが出来た。この処理システムの導入により、パルプとポリマーの分離技術によって、使用済紙おむつからパルプ・プラスチック及び汚泥を取り出し、精製した再生パルプを建築資材へ、プラスチック及び吸水性ポリ マーを RPF(紙・プラスチック由来燃料)へ、汚泥(微生物を利用した排水浄化施設から発生 する微生物残渣)を土壌改良剤へと、リサイクルシステムを確立することに成功した。

平成 17 年にトータルケア・システム社が大牟田 エコタウン内に大牟田プラントを設置しリサイクルシステムの実施、世界で初となる紙おむつのマテリアルリサイク ル事業(水溶化処理システム)が始まった。この世界初となる紙おむつのマテリアルリサイク ルでは、「水溶化処理システム」と呼ばれる方法を用いてリサイクルを行っている。 手順としては、一般家庭、病院・福祉施設等から回収してきた使用済み紙おむつを、リサ イクルプラントに運ぶことが第 1 工程となっている。次に使用済み紙おむつを水と分離剤 の入った分離槽へ投入し、破砕して攪拌する。それによりそれぞれの比重を利用 して、パルプ・プラスチック・汚泥に分離して回収される。その後洗浄工程を経て回収された不純物がない上質なパルプはその後成形され主に建築資材の原料として建材メーカーに 販売される。不純物の混じった低質パルプは土壌改良材等、プラスチックはRPE(固形燃料)、 汚泥は堆肥の原料として再利用されている。

豊島区の場合、紙オムツの処理を保育施設から業者へ委託する103施設の処理予算は1293万円でした(2018年4月2日 東京新聞)。
1施設あたりの予算は約12万5000円、ざっと1施設あたり月額1万円です。1人あたりの月額処理費用は250円です。1日あたり10-12円!

介護保険 各種申請様式(市民向け)ではオムツは医療控除の対象になる。
北見市、2017年11月1日から老人福祉法、介護福祉法等上で居宅と定められている入所者の居室から排出されるゴミに関しては「家庭系ごみ」とした。


参照:緒方俊「紙おむつのリサイクル が進まない要因とその 解決策の考察」(2017)
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2019年05月11日

日本のフードビジネスに学ぶハーバード大生

サンフランシスコ近郊のパロアルト。スタンフォード大学のすぐ近くのショッピングセンターでは、日本のラーメン店が話題になっています。そんな中でレストランをオープンさせるにあたって、「うどん」店を開店したハーバード大学の卒業生もいた。2015年飲食事業に投資するファンドを立ち上げ、在学中にもレストランやバーを次々に開店したリリー・ペン氏(29歳)だ。そこで、取材をすることに・・・・。

「テクノロジーの進化で、多くのビジネスが衰退していますが、飲食業は絶対になくなりません。
これだけデリバリーサービスが普及しても、なぜ私たちは家族や友人とともにレストランに行くのでしょうか。
食事をしながら人と交流するのが楽しいからです。
飲食業とは人と人とを結びつける場を提供するビジネスでもあります。
食べる喜び、人とコミュニケーションする喜びがある限り、このビジネスは持続可能なのです」

「それから、飲食業は仕事の結果がすぐ目に見えてわかる、という点も気に入っています。
IT企業では世の中にインパクトを与えるような大きな仕事に関わっていても、『自分がやったことはどれだけ人の役にたっているのだろうか』と思うことがしばしばでした。結果的にすごいことをやっていても実感がないのです。
ところがレストランでは、新しいメニューを開発したら、お客さんが食べてくれて、おいしいと言ってくれて、それに対してお金を払ってくれる。これはとてもやりがいがあります」

「ハーバードビジネススクールのクラスメートも『私の夢はいつか自分のレストランをオープンさせること』とか『自分好みのバーをオープンさせてみたい』と口々にいいます。ハーバードでは起業を志す人がたくさんいますが、レストランやバーの経営は『小さく始めたい』という人にはうってつけなのです」

「まず、私は日本食の大ファンなので、日本食レストランを経営してみたかった。
次にうどんの奥深さにひかれたことです。
どんな具材を組み合わせても、おいしい。何て多くの可能性のある食べ物なんだろう、と。
本格派のうどんをアメリカ人にも知ってほしい、と思ったので、製めん機や調理器具も全部日本から輸入して、めん作りの過程もお客さんから見えるようにしています」

「今年1月にオープンしたばかりなのですが、パロアルトには『ラーメンは知っていてもうどんは初めて』というお客さんは多いのです。
先日、家族連れが来たのですが、小さい女の子たちが店に入るなり『ラーメンを食べたい!』と言い出して大変でした。
ところがうどんを出してみると、『おいしい』と。こんな感じで少しずつうどんの人気が高まっていくといいなと思っています」

「ハーバードの授業も役に立ってはいますが、どちらかといえば、日本食レストランから直接学んだことが多いです。
日本のレストランには多くの知恵がつまっているなと思います。
日本企業の事例からは、現場で働いている人たち一人ひとりを、一人の人間として大切にすることを学びました。
今、私の最も重要な仕事は働いている人材のマネジメントです。キッチン、ホール、皿洗いなど様々な仕事がありますが、中にはすぐに辞めてしまう人もいます。『家から遠すぎる』とか『もっと時給の高い仕事が見つかった』とか、その理由は様々です。レストランの仕事は肉体的にハードですから、業界平均よりも多めに賃金を支払っていても、『これでは足りない』という人は必ず出てきます。
私自身も人が足りないときは、給仕をすることもあります。そんなに簡単にできる仕事ではないので給料を上げたいですが、経営者としてはやみくもに上げつづけるわけにもいきません。さらに店を増やしていきたいところですが、優秀な人材がなかなか見つからなくて苦労しています。すでに1号店の戦力になっている人たちには、できる限り長く働いてもらいたい。そこで、お金以外のところで、どうやりがいをもって、楽しく働き続けてもらえるかを経営者として日々考えています。今後も定期的に日本を訪れて、日本食レストランから学んでいきたいです」


出典:Nikkei Style 2019/05/03 11:00





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2019年05月10日

長生きをする功罪

 瀬戸内寂聴さんは大正生まれ、1922年の5月15日生まれで満九十七歳になる朝日新聞の取材記事(5/10)が目についた。長生きしたおかげで、私はさまざまなこの世の習わしを見たり、経験したりしたことで、得をしたように思う。よく食べるし、よく眠るし、今でも仕事をしているのだから、まだ死にそうにもないという。

 そして、一方で長生きが何より望ましい人間の幸福だったような時代は、とうの昔になくなったともいう。今ではなかなか死ねない人生が、人間の老後の不幸を招いているように考えられているようだと仰る。

 財務省は10日、国債や借入金などを合計した「国の借金」が、2018年度末時点で1103兆3543億円になったと発表した。
17年度末に比べて15兆5414億円増え、3年連続で過去最大額を更新した。13年度末から6年続けて1千兆円を上回っている。
 社会保障費などの財源を赤字国債で賄ってきたため、満期10年以上の長期国債が増えた。総務省推計の4月1日時点の総人口(1億2623万人)で割ると、国民1人当たり約874万円の借金を抱えている計算だ。
 借金の内訳は、国債が976兆8035億円で、17兆6622億円増えた。金融機関などからの借入金は53兆2018億円。

 
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2019年05月09日

競争社会で争うより、見方をつくる

成功する人は敵の少ない人ではない、味方の多い人となったのだ。

お釈迦様も玄奘も空海も坂本龍馬も、一度会ったら好きにならずにいられないほどの魅力のある人物だった。
そして、その魅力によって出会う人が話を聞きみな味方につけていった。
4人とも、人と競ったり、争ったり、無理に説得したりということはいっさいしない。

例えば空海が密教の後継者になって中国から帰ってくると、空海の父親は自分の子どもである空海に帰依し、
自分の家屋敷と土地をすべて寄進したという。
当時は、親は子どもに対して絶対的な権威の存在であり、親に対しては絶対服従があたり前の時代だった。
だから、どんなに子どものほうがすぐれていようと、親が自分の息子に土地や家を寄進するなど考えられないことだった。
これは、お釈迦さまも同じで、しかもお釈迦様の親は王様であった。
いかに子どもがすぐれていようと、親が子どもの弟子になるということは尋常ではない。
しかも、絶対的な上下関係がある当時の親が、だ。
どれだけ、空海やお釈迦様に魅力があったかを示しており
玄奘や坂本龍馬にも同じようなエピソードがある。

私たちが学ぶべき人間像が、そこから導き出されます。
人生とは、人と比べたり、競ったりして、目標を達成したりすることではなく、
出会う人をどう味方につけていくその積み重ねである。
このことがわかると、「人間関係」というものがすべてわかってきます。
これまで、仕事で競ったり比べたりしていたかもしれません。
家庭内でも争ったり教え込んだり、いばったりしていたかもしれない。
しかし、それでは人生はむなしいだけ。

私たちは喜ばれるために、この世に生まれてきた。
それは、人間だけでなく、鉱物から動物、植物にいたるまで、世の中の形あるものすべてにあてはまることです。
すべての人は敵でもライバルでもなく、みな友人であり、仲間である。
そのように味方を増やしていくことこそが人生なのだと、心を切り替えてみる。
そして、出会った人をみな味方につけていく。

そういう生き方をしはじめたら、人生の大転換が起こります。
そして、何かを成そう、事をなしとげようなどと思わなくても、自分がするべき何かに導かれていきます。
そして、日常生活がとてつもなくおもしろくなってくる。
すばらしく豊かな人生が広がっていくのです。


『人生は4つの「おつきあい」』サンマーク






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2019年05月08日

5月の庭

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華.jpg 花.jpg

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2019年05月07日

我孫子市周辺のごみ事情:ごみが有料、有料指定ごみ袋

全国都市家庭ごみ有料化実施状況(2018 年 4 月現在) 有料化都市数 469 市(単純従量制 444 市+超過従量制 25 市)
全国 814 市区(町村を除く)に占める比率 57.6%

@ 手数料の料金体系 手数料の料金体系には様々な方法が考えられるが、大別すると「排出量単純比例型」と「一定量無料型」に分類できる。
料金体系の設定にあたっては、ごみ減量効果、市民の分かりやすさ、制度 運用面等を考慮する必要がある。

A 他市の状況 有料化を実施している 457 市のうち、430 市(94.1%)が排出量単純比例型を採用している。
(東洋大学 山谷修作教授ホームページ「全国都市家庭ごみ有料化実施状況の県別一覧」(2015 年 4 月現在)による)

千葉県内においては有料化を実施している 20 市中 18 市が排出量単純比例型を採用しており、野田市と君津市が一定量無料型を採用している。
有料化.PNG

◆徴収方法
@ 標準的な手数料の徴収方法
手数料の徴収方法としては、手数料を含んだ指定袋の販売による方式と、ごみ袋等に貼り付けるシールの販売による方式の2つがある。

A 他市の状況
千葉県内では、有料化を実施している全ての市町村において「指定袋」方式を採用している。


・指定袋の個数(枚数)や大きさ(容量)によって、排出量を把握することが容易であること
・収集時において手数料が支払われた適正な排出かどうか確認しやすいこと

柏vs我孫子.PNG

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2019年05月06日

令和の式典を見つめる世界

皇室は世界最古の世襲王朝だと日本では言われている。皇室は神話にまで遡ると、天照大神の末裔だとされる。
第2次世界大戦が終わるまで、天皇は「現人神」だと見なされていた。

天皇の譲位と新天皇の即位、改元という歴史的な変化を目前にした4月末、小規模の集団が東京のはずれに集まった。
「天皇の戦争責任を忘れるな」と繰り返しながら、集まった人たちは公園に向かってデモ行進した。
抗議行動に参加した人のほとんどは白髪で、 人数は少ないものの、日本の天皇制反対派は、
天皇制はもう廃止すべきだという主張を声高に続けている。

反天皇制運動連絡会(反天連)は30年前から、天皇制廃止を求めて活動してきた。
天皇の名の下に日本が1930年代から1940年代にかけて戦った戦争を償うには、天皇制を廃止するしかないという主張だ。

反天連メンバーの「ノムラ」さんはBBCに対して、「戦争はきちんと終わらなかった」と話した。
「ノムラ」さんは右翼団体の攻撃を警戒し、記事ではフルネームを使わないという条件で取材に応じた。
都心にある「反天連」の小さい事務所でノムラさんは、第2次世界大戦中に人道に対する罪を犯した昭和天皇は戦犯だと述べた。

「昭和天皇は軍部に強い関心を抱いていた。米英との戦争では、日本の軍隊が劣っていると知っていたから避けようとしたが、アジアで戦争することにためらいはなかった」とノムラさんは話した。

日本は敗戦後にアメリカが起草した日本国憲法の下、天皇を日本国と日本国民統合の「象徴」と位置づけ、立憲君主制国家となった。1926年から1989年まで在位した昭和天皇は、神格を否定し人間宣言を発した。天皇の政治行為は禁止されている。

戦後に占領軍の下で天皇制を維持したため、昭和天皇は結局、戦争で果たした役割について責任をとることがないままだったと、ノムラさんは言う。

平和の象徴となった昭和天皇の晩年にかけて、天皇制に反対する日本の世論は今より強かった。
天皇にゆかりのある場所が左翼過激派の小規模な攻撃を受けることも、たまにあった。

しかし、昭和天皇の長男として次代を担った平成天皇は、1989年の即位から、4月30日に高齢や健康問題を理由に退位するまでの30年間で、皇室を平和の象徴と位置づけることに成功した。

退位によって明仁上皇陛下となった、父の昭和天皇が「終戦の詔書」をラジオで発表したとき(ほとんどの日本人はこの「玉音放送」で初めて天皇の声を聞いた)、11歳だった。

米オレゴン州にあるポートランド州立大学のケン・ルオフ教授(日本研究所所長)は、先代天皇にとって「一番の課題は戦時から残る傷を癒すことで戦後に区切りをつけることだった」と指摘する。

「日本によって被害を受けた各国との関係改善のために、できる限りのことをした」

1975年に皇太子だった時期に美智子妃と共に、皇族として戦後初の沖縄訪問を果たした。
沖縄は日本国内でも特に悲惨な戦場のひとつとなり、一般住民10万人以上が犠牲になった場所だ。

昭和天皇として、ほかに、中国やインドネシアなど、甚大な戦禍に遭った国々を訪れた。
さらに、政治的発言は禁止されている立場ながら、戦争がいかに悲惨なものか忘れないよう繰り返し国民に呼びかけた。
第2次世界大戦中の日本軍の残虐行為による被害が特に大きかった国の中には、日本はいまだに十分に謝罪していないし、十分に償ってもいないという主張が残る。この時期の評価は今も、深く割れている。しかし、平成の時代の日本国内において、皇室の人気は大いに高まった。
ルオフ教授によると様々な世論調査で、国民の7割から8割が天皇制の維持を支持しているという。

都内の事務所で取材に応じた「反天連」のノムラさんは、支持者の数は年々減りつつあると認めた。
1980年には抗議集会を開けば3000人は集まったものの、今では新しいメンバーがなかなか見つからないという。
4月29日のデモ行進に参加したのは約80人。行進を取り囲む警官数百人の方が多かった。
デモに注目する通行人はほとんどいなかった。
「経済停滞の続く日本は今、国としてアイデンティティーの危機に直面している」とノムラさんは言う。
さらに、安倍晋三首相率いる政府と右派は「天皇を通じて自分たちの権威付けをしようとしている」とも言う。

ノムラさんは、過去の轍を踏まぬよう天皇制がどういう問題になり得るか、国民に知らせていくことが大事だと言う。
ノムラさんは健康の許す限り、あと10年は活動を続けるつもりだというが、前途は多難だと考える。
日本の皇室の系譜は2000年以上前にさかのぼると言われ、天皇の役割は日本社会に様々な形で密接に結びついている。

国民に敬愛される天皇が自ら譲位し、新しい天皇が即位した。
多くの国民が質素な代替わりにも感動し、天皇家に対する親愛の気持ちはいっそう高まった。
だから、天皇制廃止の議論はここへきてトーンダウンしたはずだ。少なくとも次の代替わりの時期までは。


参照HP:BBC・Thai Emperor Naruhito and Japan's lonely republicans
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2019年05月05日

粋な計らい、コウノトリのカップルへ

 兵庫県豊岡市生まれのコウノトリのペア(4歳の雄と6歳の雌)が営巣していると話題になっている。昨年は、卵はカラスに持ち去られ、近くの畑で割れた状態で見つかって失敗だった。ペアは今年2月下旬に福井健坂井市内で行動をともにする様子が確認されるようになった。その後、テクノポートの鉄塔(同市)や福井市波寄町の電柱など、さまざまな場所に営巣し始めたが天然記念物のコウノトリが「感電やけが、または住宅での停電の恐れがある」として北陸電力はそのたびに撤去してきた。

 すると地域住民らの「地元に定着してくれたら」との声を受け、北電は「安全な形で巣を作ってほしい」と、電柱の頂上に枠を組むなど安全対策を実施。しかし、ペアは対策を講じた場所から移動して別の場所で営巣。こうした「いたちごっこ」を40回以上繰り返し、4月19日ごろになってようやく“安住の地”を定めた。ペアは高さ14メートルの電柱の頂上に枝などを集め、3日間ほどで十分な大きさの巣を作り上げた。

 北電は「巣を残してほしい」という集落の声を受け、同23日、集落一帯を一時停電にして変圧器を別の電柱に新たに設置するなど、電気系統を変更する作業にあたった。巣の近くに住む女性(67)は「一時的な停電は大変だったけれど、電気工事までしてくれてうれしい。ひな誕生まで温かく見守りたい」。集落の区長(69)は「子どもが減る中、勇気をもらっている。毎朝顔を見られて本当にうれしい。無事に子育てに成功してくれたら」と願った。

 住民によると、この集落周辺の水田は化学肥料や農薬の使用の減らす環境配慮型の農業を行っている。田んぼでは餌となるカエルなど生き物の鳴き声が響いており、2羽は近くの畑や田んぼで餌を食べているもよう。交尾する姿も度々見られ、最近では巣に伏せる様子も見られるという。
 
 県自然環境課はペアを刺激しないように、150メートル以上離れた場所から観察することや、巣を見上げないよう呼び掛けている。住民たちは「事故が起こることのないように、静かに見守ってほしい」としている。

 5月5日は「こどもの日」だが、保育園児の声がうるさいから開園反対だとか、小学生の登下校の声がうるさい、学童が校庭で遊ぶ声がうるさいなどと、ご近所が冷ややかな声を子供にも向けるようになってきている現代社会がある。今年も15歳未満の人口は、前の年より18万人減り、1,533万人で過去最少を更新した。総務省の推計によると、国内の子どもの数は、男の子が785万人、女の子が748万人と40万人近く女子が少ない。減少は、38年連続となる。

それだから、ひなの育つのを喜び見守る温かい地方があるのは嬉しい話です。
 


参照:福井新聞社 2019/05/05
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2019年05月04日

皇位継承、憲法の天皇制

 女性天皇については前々からいろいろな考え方があり、2005年の小泉内閣の時代に皇室典範にい関する有識者会議というのができまして、そこで『女性天皇を認めます』『女系天皇も認めます』と明確に回答を出しているんですね。男女にかかわりなく、最初に生まれた第一子が皇位第一順位だというのが決まっていたのです。

 ところがその後に悠仁さまがお生まれになって、急速にその空気はしぼんでしまう。そこにまた安倍総理大臣が誕生する。男系男子の天皇制に対する強い気持ちをもっている安倍さんが就任する。・・・ということで、14年間、店ざらしにいなっている状況が続いているわけです。

  私は2013年にイギリスの王室典範が改正されて、男女にかかわりなく、第一子が王位継承第1位だということになった。そのことを踏まえて、安倍総理にそれを直接、聞いたことはあるんです。『日本はどうされるんですか?』と。そしたら非常に強い口調で否定されました。

 安倍総理は男系男子(の制度)を守るというお考えを示しているんですが、ところが『ではどうやって守りますか?』という具体的なお話はこれまで一度もされたことがないわけです。ですから今回の特例法ができて、付帯決議ができている。

 で、大島衆議院議長も『早く議論してくださいよ』と、この4月にも督促をしているんですね。

 天皇陛下の側からこれについてとやかく言うことは憲法上できないわけですから。
政治の責任というのは非常に大きくて、時間を、スピードを上げていかなければいけない。


「確かに過去にも女性天皇はいましたし、推古天皇や持統天皇が有名ですけど、そういった女性天皇や女系天皇をどうするかといった議論はずっと進んできてはいるんですね。進んできてはいるけど、河西さん、そういった議論が止まってしまっているような感覚を覚えてしまうんですねど・・・。

(ゲストの河西秀哉・名古屋大学大学院准教授=歴史学者 象徴天皇制を研究)

「そうですね。反対する人たちがいるということですね。それはつまり、男系・・・天皇の血を男性から継いでいるという男系が伝統であって、海外にはないものであって日本の根幹であると考えている人たちがいる。」

「なおかつ、女性天皇を認めるとけっきょく女系天皇につながってしまう。つまり今言ったような伝統的な男系でずっとつないでいるのだから、女性天皇を1回、認めてしまえば、女系にけっきょくなってしまうのではないかと心配する人がいる。」


「もし愛子さまが天皇に即位されたら、女性天皇ということになるわけですね?」

(河西准教授) 

「男系女子ですね」


「(愛子さまに)お子さまができた時には「女系」ということに?」

象徴天皇と政治との向き合い方、憲法第1条とのかねあい、前の天皇陛下の心情など、様々なことを想定して考える時期がきている。


参照:https://news.yahoo.co.jp/byline/mizushimahiroaki/20190504-00124694/
つづき
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2019年05月03日

ゴミがポイントに還元される@

各地のスーパーの店先で使用後のの箱が置かれて、プラスチック容器、缶の回収をして、容器包装のリサイクルに取り組んでいます。

seven.jpg

イトーヨーカ堂では
資源として値段急騰のあおりなのか、段ボール、古紙、ペットボトルは、回収では特別扱い、
ナナコカードを持参して、所定の方法ですてると、ポイント還元することになったのです。
seven 3.JPG  seven 2.JPG

つぎつぎに並んでリサイクルの列ができている。まず、ポイントカードをタッチ、段ボール、古紙の場合は、投げ入れたあとに再度、カードをタチして終わり。ペットボトルは一つ一つ投函し、最後に緑のボタンを押す。大袋を携えてくる人がいるので時間がかかるし、暑い時期に待つ身は大変です。いろいろな、リサイクルの取り組みがあるので、トライしてみてください。

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2019年05月02日

タイ、新国王の戴冠式

タイのワチラロンコン国王(ラーマ10世)は16年10月のプミポン前国王の死去を受けて即位。4日に戴冠式が予定されており、それを前に王妃を正式に決めた様ですが、不敬罪が厳格に(特に、現在の軍事政権にあっては体制維持の政治手段としてこれまでになく厳しく)適用されており、国王に関する話題を口にすることや、ネットなどで表明することは厳しく制約されています。

プミポン国王に対する国民の敬愛は、ひとつにはそうした社会で醸し出されたものではありますが、それだけではなく、国王自身の資質や、精力的に地方視察を繰り返し「開かれた王室」を実践したきたこと、また、政治的危機を乗り切る調停役をはたしてきたことなど、長年国民とともに生きてこられた年月が培ってきたものでもあるでしょう。

プラユット暫定首相が2016年の前国王死去を受けて、テレビ演説で皇太子が即位すると明らかにした。2014年のクーデター後に制定された暫定憲法によると、内閣の通知を受けた暫定議会議長が議会を招集し、皇太子に即位を要請。その後、国民に公示する手順になった。この間、現軍政は、皇太子への王位継承をにらんだとみられる動きを進めてきた。
 
ただ、プラユット氏は皇太子に拝謁後、記者団に皇太子が「国民と共に哀悼する時間を持ちたい」と、即位を遅らせるよう求めたと述べた。チュラロンコン大のチャイワット・カムチュー教授は「悲しみに暮れる国民感情があるので、王位継承を急がず、時間を置くのはよい判断だ」と話す。しかし、王位継承をめぐっては国民に人気の高い次女のシリントン王女(61)を推す声もあったとされる。軍、政府内部は一枚岩とは言えず、別の政治学者は「『シリントン派』を警戒する皇太子周辺にとって王位継承まで空白期間が生じるのは得策ではないはずで、意図が読めない」と言われた。
 
ワチラロンコン皇太子は1952年にバンコクで生まれた。英国の高校、豪州の陸軍大学を卒業し、75年に陸軍情報局の軍人として公職に就いた。90年11月に天皇陛下の即位の礼が行われた際に来日したこともある。ただ、海外に滞在することが多く、王室関係の行事ではシリントン王女の方が存在感を示してきた。皇太子は女性スキャンダルが伝えられ3度離婚した。

皇太子の常軌を逸した行動の数々に、不安を感じている。2001年、皇太子妃(当時、3人目スリラスミ)は、王族のメンバーを集めて30歳の誕生日を祝うパーティーを開催した。スリラスミの隣に鎮座するのは、誕生ケーキと「空軍大将フーフー」という名の白いミニチュアプードル。なぜ犬がタイ空軍から大将の称号を得たかは謎だ。この奇妙でハレンチなヌードパーティーは、2007年にビデオ動画が流出して暴露された。皇太子の将来の王位継承を阻もうとする抵抗勢力が動画をリークした。ウィキリークスが公開した外交公電によると、駐タイのアメリカ大使ラルフ・ボイスは、パーティーのビデオが流出した数カ月後、大使公邸で開催したパーティーに皇太子夫妻を招待したが、その時も2人はフーフーを連れてきた。 「フーフーは、イブニング用のフォーマルウェアを着て、4本の足にソックスを履いてパーティーに参加した」と、ボイスは書いている。「バンドが2曲目を演奏している間、フーフーはテーブルの上座に飛び乗り、ゲストに出したグラスの水をペロペロとなめ始めた。私のグラスもなめた」とも報じられてきた。フーフーは昨年2月に17歳で亡くなり、伝統的な仏教式の葬儀の後に火葬された。しかしこの時には、スリラスミは王室から消えていた。

皇太子は14年にスリラスミと離婚し、王室は彼女の所持品を持ち出し禁止にした。スリラスミの親族には汚職の容疑がかかっていた。そして皇太子は、既にタイ航空の客室乗務員を4人目の皇太子妃に迎えるつもりでいた。タイの英字紙ネーションによると、スティダー妃は40歳。タイ航空の客室乗務員を経て、国王が皇太子だった2014年に皇太子の護衛部隊の責任者となり、16年12月から国王の護衛部隊の幹部を務めてきたという。いまとなってはフーフーの流出動画も3度の離婚も、皇太子の数々のスキャンダルの一握りでしかない。5人目の女性と関係をもっていた。ともあれ、タイ政府は戴冠式を前にした5月1日、ワチラロンコン国王(66)が軍に所属するスティダーさんを王妃に迎えたことを明らかにした。

プミポン前国王は、国民からの尊敬されて18歳の即位から88歳で亡くなるまで国王の座にあったいた。プミポンは1946年に兄王が銃殺されたことを受けて即位。以降は静かな芸術家肌の人柄と、社会改革を志向してタイ都市部の発展と中間層の形成を促した功績で知られている。また必要以上に政治に介入しない方針も貫いた。タイ国民の多くは、皇太子の妹のシリントーン王女の即位を望んでいた。遊び人の皇太子と違って王女は未婚を通し、プミポン国王の様々な事業を支援しながら、王女もまた政治とは距離を置いた。

国民が恐れているのは、皇太子がプミポン国王の遺産、特に政治に介入しなかった方針を継承する気がなさそうなことだ。タイでは14年の軍事クーデター以降、軍政が続いている。皇太子が常軌を逸した行動で、軍政ともめ事を起こすのではないかと懸念されている。

例えば2001年、皇太子は当時のタクシン首相から豪華なスポーツカーを贈られた。今年7月には、ドイツ・ミュンヘンの空港に、ヘソ出しシャツにタイトジーンズを穿いて、上半身にはタトゥー風のペインティングを施して飛行機から降り立った、その余りに異様な姿で周囲を唖然とさせた。なお、“ヘソ出しタトゥー”写真は、ドイツ大衆紙ビルトに掲載された、元ロイター通信記者でタイ王室に批判的な著作で知られる英国人アンドルー・マクレガー・マーシャル氏によるものですが、首都バンコクの実家にいたタイ人妻を連行しました。タイ警察は、写真が「改ざんされていた」と主張、その後、妻は無関係と判断し数時間後に釈放。それでもタイの映画館では、上映前に、全員が起立するという国王への敬礼と国歌斉唱がなければ映画は始まらない。更に、街中でも毎朝8時と夕方6時に賛歌が流れ、何をしていても立ち止まって国王に敬意を表すという、日本とは全く異なる社会環境にあります。タイ国内で王室に関する話を公言すると不敬罪で逮捕されます。
したがって、軍事政権が「次はワチラロンコン皇太子が」と決めたなら、そうなるのであって、プミポン国王時代のような王室と国民の関係が維持されるのかどうかは、不透明です。

なお、これもタイ国内では公言できない話ですが、プミポン国王が即位することになった、1946年の兄・ラーマ8世の死については、“深い謎”があるとされていたのが、今はウィキペディアなどで分かります。 過去を振り返って、タイ王室の継承は必ずしも順調ではなかったのです。

つづき
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2019年05月01日

割り箸という文化論争

これまで割り箸の消費量は、外食・中食産業の台頭やチェーン店の成長に伴って増え続けてきた。増える需要に応えてきたのが中国産割り箸であり、中国産割り箸がこれほどに伸びてきたのは、私たち消費者の側にも一因があると言ってよいだろう。割り箸は単に経済のグローバル化を象徴しているだけでなく、私たちのライフスタイルに密接に関わる問題なのである。幸い、割り箸使用の是非に関して注目が多いだけに、割り箸を通じた取り組みも多く見られる。割り箸は多くの人にとって身近であるため、割り箸を通して何か人に訴えかけるには十分な可能性を持っている。

資源保護の観点からは「良い」割り箸と「悪い」割り箸があるという形で認識されるようになってきたようである。「割り箸は端材を使って作られるから森林を破壊していない」と信じている人は今でも多いのではないだろうか。環境問題という切り口から割り箸を眺めることで、中国の森林を日本が食いつぶしているという現状を認識することにつながってくる。中国産の割り箸は1990 年代に、国産箸や他国からの輸入箸を市場から駆逐していった。中国製の割り箸が急速にシェアを伸ばした。安価であったから、日本国内での需要拡大に対応して生産量を増やせたからである。しかし現在は、中国でも環境破壊が顕在化する中で森林資源の回復政策へと方向転換をしており、緑化事業や植林事業が熱心に行われている。輸入量における両者の比率は正確にはわかっていないが、竹箸が全体の15〜30%くらいだと推定されている。木製の割り箸は主に中国の北方で作られ、竹製の割り箸は中国の南方で作られている。竹割り箸はかつて九州の南部において生産されていたが、中国での技術向上にともない、国産の竹割り箸の製造業者は中国産に押され、ほぼ廃業したといわれている。

文化的観点からみると、日本国内における商業的に本格的な割り箸生産は、江戸時代から明治時代初期の間に奈良県下市町で始まったといわれている。1970 年代に輸入が始まるまでは全て国内で生産されていた割り箸は、1980 年代には輸入割り箸に押されて生産量を激減させ、1990 年代にはほとんどが輸入割り箸に取って代わられるようになったのである。

文化との関係については、1984 年の論争では割り箸は文化的に重要であると主張されていた。これに対して逆に使い捨て文化との関連から批判がなされるようになる。例え森林破壊にならなくとも使い捨てというライフスタイルは問題でありそれを見直すためにも割り箸を止めるべきではないか、何十年もかけて育った木からできたものをたった数十分の使用で捨てて良いのかといった主張がなされるようになってきた。伝統工法による家内工業生産が割り箸生産の中心だった歴史や固有性という点から擁護されたのに対し、使い捨て文化への批判という点から非難されたのである。

経緯を追ってみると、1999 年11 月から、輪島市は市内のごみの減量と地場産業である輪島塗の振興を目的として「ノー割りばし運動」を開始した。具体的には、市職員の割り箸使用を自粛し、塗り箸を持参するなどの取り組みを行っていた。運動は市役所内にとどまらず、国や県の出先機関にも広がった。

すると、2000 年1 月に、吉野製箸工業協同組合がこの取り組みを知り、業界の危機として受け止め反対運動を行った。具体的には、2000 年1 月25 日に輪島市の市長に対して、吉野割り箸の伝統的な製法を承知しているかといった点や運動の経緯について質問状を送付した。

最終的には、2005 年1 月27 日に組合の理事長や吉野町の助役らが輪島市を訪問し、意見交換を行い、伝統の「はし文化」の共存共栄に向けて話し合いを続けていくことで一致した。
また、「ノー割りばし運動」の名称の変更も行われた。さらに、吉野産の割り箸に漆を塗った漆塗りの割り箸を輪島市が製作するなどして論争の決着と連携強化が図られた。

「はし文化」の名の下に割り箸論争がおき、両地域の共存共栄を図っていくとなったため、ごみ減量というポイントは後退していった。しかし、改めて割り箸生産の課程を知り、それが一回の使用で廃棄されるゴミとなるなら、資源として回収、再利用することは望ましい。自治体は、最終処分場を持たないケースが多いので、割り箸の回収を検討すべき時期だろう。

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