2019年03月03日

えひめ丸事件の後に

桜田義孝前五輪大臣の失言は外務大臣政務官となっていた「えひめ丸」事件で注目されたことに始まっている。

2001年2月のハワイ沖で米潜水艦が浮上して、愛媛県の水産高校の実習船「えひめ丸」が沈没、乗務員の35人のうち、えひめ丸に取り残された教員5人と生徒4人が死亡した。事件当時の森政権下で外務政務官の役にあった。高校生を含む乗組員のご家族がなんとしても全員無事に帰還するようにと祈るの初報の時期に、不安な思いを逆なでするような発言をして、日本全国から非難が殺到した。政務官として初動に失言はあったものの、その後、現場に派遣されており、アメリカ海軍が早々に捜索を打ち切ろうとした際に「捜索を打ち切ると言われたから断ると言ってやった」と報道陣に啖呵を切って話題になった。

衝突当時周辺の海はかなり荒れており(波高3-6フィート)、潜水艦での救助活動は難しいと放置されるなどで、行方不明者家族らの家族の焦燥感がテレビを通じて共有された。英語圏の報道ではえひめ丸について「漁船」 (fish boat)と紹介され、高校生が乗っていた実習船であることを報道した記事は少なかった。米国は海での水難事故は水葬とするとの考えが浸透していたものの、日本の葬儀の風習、少年たち家族の心情などに理解を示し、ブッシュ大統領の陳謝この引き上げ・曳航作業の資金として、アメリカは6,000万ドルを投入した。
日本政府は代替案として船体の浅瀬への曳航を提示、行方不明者家族側もこれを了承した。2001年8月に愛媛県からの要請により潜水艦救難艦ちはやを災害派遣し、遺体捜索作業のもと、船体を浅海底に移送した。米国NY同時多発テロが起きたが、その二か月後の11月7日までに行方不明者9名の内8人の遺体を収容した。

桜田氏は、宇宙基本法、職人基本法を始め議員立法にもかかわったきた。政治家は、発する言葉が「政治家としての能力」を問われるし、ましてメディアに狙い撃ちにされる。千葉県柏市出身。地元の小中学校を経て、東葛高校に進んで、働いて学費を稼ぎながら明治大学商学部(夜間)を卒業した苦学生であったことから皆を幸せにする政治の世界を目指す。家業の建設業に従事して柏市の青年会議所の役を得て、柏市議会議員を2期、補欠選挙で県議となり、1期務めて1996年に国政で初当選。2000年の選挙では、選挙区で落選しながらも、比例南関東ブロックでギリギリ復活当選というのは、小選挙区のなせる技なのかもしれない。

えひめ丸事件の当時に森嘉朗総理は、休暇でゴルフ場にいた。 午前10時50分に第一報を受けたあと午後0時20分の第三報まで3ホールほどを回った事が国会でも賭けゴルフ疑惑となって、追求され、報道は加熱した。小渕恵三首相が脳梗塞で倒れ緊急入院したの後を継ぐ形で、三日後の2000年4月5日に内閣総理大臣に就任して一年たたない時期であった。桜田議員の心ない発言に始まって森政権に批難が集中、総理辞任に至った。森嘉朗自身からはマスコミの報道の仕方に批判も上がって、後に朝日の取材報道の仕方も従軍慰安婦の事実認識の時点で大きな問題があったことわかったように、針小棒大に記事にすることも、読者の側は読み解かねばならないと、読者は大新聞、TVがどのような取材態勢で報道するからと、鵜呑みにするだけでなく、背後の見えぬ部分も考える必要があると認識したのはこの頃の事だ。

森総理辞任後の桜田衆議は、小泉政権で「内閣府副大臣」に就任。政治的な“空気を読む判断力”が発揮され、小泉政権が始まった2001年には、小泉改革応援団を自負する「小泉内閣の聖域なき構造改革の断行を支援する若手議員の会」の世話人代表を務めていた。その後、小泉人気が高まる中で、若手代表として執行部を支えた。ここまでの実績も自民党では早くも遅くもない普通の昇進スピードだとされる。なぜなら、2009年の選挙では落選しており、地盤が強い政治家でもない。それでも2012年の選挙で国政に復帰すると、第2次安倍内閣で文部科学副大臣に就任した(当選5回目)。安倍政権下で抜き差しならない額賀派(旧橋本派)を2014年に抜けると、その後、二階派に参加し、自民党勢力図のすごろくによって入閣につながった。当選回数により「昭和的なポスト割り当て」に乗っての事だとみなされるのだ。

当選7回目に政治家としての資質が「PCにUSBを挿入できるか、キーボードで入力できるかどうか」で決まるわけではない。「五輪・サイバーセキュリティー担当」とは、期数順に派閥との勢力パワーバランスで選ばれた。勢力図を風見鶏よろしく渡り歩く“判断力”を発揮して、パソコンでエクセルで表入力や、ワード文書をつくるためにパソコン教室に通うより、手元のスマホで情報収集は素早くできる。政策づくりの員数あわせのため、人脈づくりに軸足を置くのは実利に敵っていたわけだ。桜田大臣が答弁した通り、「いろんな能力を総結集して、ジャッジしてやるのが私の仕事」であった。人間的資質は政治家として重要だが、言葉が命の政治家の資質が問われるツイートの時代に、ついて行っていなかった。海外でも桜田失言は報道され、「パソコンを使えないサイバーセキュリティ大臣」はいかなるハッカーも桜田大臣から情報を盗むことは不可能(仏・AFP)だとか、System error(英・ガーディアン)だと揶揄されてしまった。安倍政権も更迭を余儀なくした。

振り返れば、文部科学副大臣時代の2013年には、放射性物質に汚染されたゴミの焼却灰についての判断は、地元の柏・我孫子の有権者への意識を濃厚に反映していた。しかし、「原発事故で出た焼却灰は福島に戻してほしい」と発言(記録された発言では「福島には住めなくなったところがある。そういうところに置かせてもらったらいい」と。)したことは、柏のゴミが高濃度放射能汚染によって地域間の大問題になっている点で発言したのだと思われるが、菅義偉・官房長官から重々注意は国としての対処としての一言だった。用意周到に言葉を選ぶ政治家の筆頭が菅氏であるとするば、その真逆が桜田氏であると言えそうだ。

桜田氏自ら言うように「判断力は抜群」でも、いつまでも懲りることなく失言でマスコミの餌食にされてしまう方である。柏・我孫子の千葉8区で大臣までになった政治家はこれまでにいないけれど、度重なる失言、発言撤回は、もはや擁護しようがない。我孫子の地勢として国政に候補者を送れない以上、ともかく非情に不幸なことである。

桜田氏は、男女共同参画のジェンダーフリーを理解せず、選択的夫婦別姓の導入に反対の立場である。
日本社会が女系天皇を受け入れなかった歴史があるが、江戸時代にも女帝があり、皇祖アマテラスオオミカミが女神であることまで、政治家には改めて知っていただきたい3月3日である。











posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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