戸田智弘 『座右の寓話』(ディスカヴァー出版)
昔、江州(現在の滋賀県)の商人と他国の商人が、二人で一緒に碓氷の峠道を登っていた。 焼けつくような暑さの中、重い荷物を山ほど背負って険しい坂を登っていくのは、本当に苦しいことだった。 途中、木陰に荷物を下ろして休んでいると、他国の商人が汗を拭きながら嘆いた。
「本当にこの山がもう少し低いといいんですがね。 世渡り家業に楽なことはございません。
だけど、こうも険しい坂を登るんでは、いっそ行商をやめて、帰ってしまいたくなりますよ」
これを聞いた江州の商人はにっこり笑って、こう言った。
「同じ坂を、同じぐらいの荷物を背負って登るんです。あなたがつらいのも、私がつらいのも同じことです。
このとおり、息もはずめば、汗も流れます。
だけど、私はこの碓氷の山が、もっともっと、いや十倍も高くなってくれれば有難いと思います。
そうすれば、たいていの商人はみな、中途で帰るでしょう。そのときこそ私は一人で山の彼方へ行って、思うさま商売をしてみたいと思います。 碓氷の山がまだまだ高くないのが、私には残念ですよ」
自分が携わっている仕事や、役職を、面倒だと思ったり、つらいと思ったりするときがある。
しかし、その仕事が面倒であればあるほど、つらければつらいほど、他からの参入障壁は高くなる。
これは、役職も同じ。 誰にでもできる役職だったら、とっくの昔に誰かと交代させられる。
「面倒なことの中に宝が埋まっている」
目の前の難事から逃げずに、コツコツと取り組む人に運の女神は微笑む。