黒崎伸子さんは、2001年から、国境なき医師団(MSF)の外科医として紛争地域などで、国際的な医療活動に貢献されてきました。MSF会長でいる間は、自分のような、まったく違う価値観を持つ人たちが、「弱い立場の人に寄り添いながら自分を変えていく」体験を持つ人が増えることで、偏見や差別がなくなり、もっと心地良く暮らせる世の中になるのではないかと考えています。そういう人をどんどん海外に派遣したい。 少しでも参加したいと思っている方には、しかるべき準備をして、自分を試すつもりで挑戦していただきたいです。現地には、行ってみなければわからないことがたくさんあります。日本にとどまっていては出会えなかった社会や人々、考え方にふれることで、自分を見つめなおしたり、日本の良さを改めて実感したりする過程で、自分自身の生き方が見えてくることも多いと思います。マラリアもエボラも、昔なら日本で流行するとは誰も想像しなかったでしょう。しかし、グローバル化した社会では、これらの感染症はいとも簡単に日本に上陸する可能性を秘めています。そこで、途上国支援のために研究や臨床経験を重ねてきた医師がいて、日本での流行時にも迅速に対応ができることには意義があります。グローバル化している社会においては、医師自身も多様性をもって活躍していくことが、日本社会にとっても大事なのではないでしょうか。
黒崎さんは、長崎県の小さな町で生まれ、家の医院を手伝うのが好きで、外へはあまり遊びに行かない子どもだったそう。日曜日の午後だけが休診で、たまの外食が楽しみでしたが、患者さんが来て取りやめになることもしょっちゅうだったという。数少ない家族との思い出は、クラシック好きな父が3年に一度くらい福岡へ音楽会に行くというとき、みんなで福岡まで出かけた電車の中です。着いてしまえば子どもたちはどこかに預けられ、両親だけが音楽会に行くのですが、その行き帰りが家族旅行みたいで楽しかったのを覚えています。そこは日本と明確に異なると思います。現在は、働く女性の地位向上や環境改善を目指す活動もやっていますし、子どものころと違うのは家にいると罪悪感があること、常に何かやらなきゃと思う自分がいます。
宗教的、歴史的な背景も大きいのでしょうが、欧米では、「ノブレス・オブリージュ」(直訳:「高貴なものに伴う義務」。社会的に強者に位置するものが弱者に施しを行う精神)という考えが根付いていて、「途上国医療に携わることはよいことである」という認識が社会に浸透している。