韓国で今年から国家記念日となった「慰安婦の日」(8月14日)は、想像以上に騒ぎにならなかった。日本政府やメディアの間には事前に警戒感があり、日本の反応を肌で知る在京韓国大使館にも心配する声が強かったのだが、韓国国民の反応はクールだったと言えるだろう。韓国側の言動には日本側が過剰反応する恐れはあるだろうと考えていた。だが、そうした心配も今年は当たらなかったようだ。韓国内では、朝鮮戦争後に、韓国兵はベトナム戦争にも派遣されて、そこでベトナム女性をレイプ、虐待したという事実があって、ベトナム人が抗議の記念碑を設置してこれに対する運動をおこしているというのが知られるようになってきたこともある。聖人と野獣というのではなく、哀しいかな、戦争という状況は兵士を野獣に変貌させていくのが世界で起きていた、そういうことが知られてこなかったのだという事実にも気が付き始めた。
ただし、日韓関係に大きな影響を与える問題について韓国側が軽く考え、日本側が過剰反応する構図がなくなったわけではない。その典型が慰安婦問題である。慰安婦問題に対する関心は今や、韓国より日本の方が高い。日本のことを知らない韓国の政府当局者やメディア関係者にそう言うと必死に否定するけれど、そうした反論は「被害者である韓国の方が強い思いを持っていて当然だ」という思い込みから出ているものにすぎない。日韓の状況をきちんと比較して反論してくる人には会ったことがない。
韓国世論に絶大な影響力を持っていると言われることの多い「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯(正義連、旧韓国挺身隊問題対策協議会=挺対協)」にしても、実態以上に評価されている面がある。この団体は今年初め、青瓦台(大統領府)サイトのシステムを使って電子署名集めをしたのだが、結果は30日間で20万人という目標を大きく下回った。団体幹部は「平昌冬季五輪の期間中だったから大々的な署名集めをしなかった」と釈明したが、集まったのは、1919人だったのである(署名集めの経緯については毎日新聞サイト「政治プレミア」のコラム「挺対協は過大評価されていないか」https://mainichi.jp/premier/politics/articles/20180727/pol/00m/010/004000d で詳しく紹介した)。
その結果もあるのだろうか「慰安婦の日」の式典では文在寅大統領が演説で、2015年の日韓合意に直接は言及せずに「この問題が韓日間の外交紛争につながることを望まない」と語った。むしろ、「慰安婦問題は韓日間の歴史問題にとどまらず、人類の普遍的な女性の人権の問題だ」「私たち自身と、日本を含む全世界が反省し、二度と繰り返さないという教訓にすることで、初めて解決できる」と訴えた。不可逆的に、未来に向けてとの合意を、文大統領が結果的に踏襲していた事になった。国民の感情を煽ることも、国際社会の認識が韓国政府寄りになることもないとの状況になりつつある。また、これまで韓国国民が過去の事実としての慰安婦問題を知ったうえで、且つ日本政府が、韓国に国家賠償をまったくしていこなかったという、軍政政権の朴政権時代からの刷り込みも単に鵜呑みをするのでもなくなったということだろうか。
日韓合意ですべて解決したとは言えないものの、この夏にあっては、北朝鮮との国交問題が浮上して、新たな歴史認識が始まっている最中に、日本に対して辛辣に再交渉を求めるようなことはしない、従来の姿勢を改めた形で強烈に触れないという事を示した。この問題を荒げる形で深く立ち入る考えを持っていないことの再確認だとも言える。
日本の新聞の中には「国内の求心力維持に『歴史カード』を使い続ける姿勢を改めて鮮明にした」と評価するものがあったけれど、これは的外れである。むしろ、韓国社会における日本への憎悪感が低下、それを国民の感情を揺さぶるのに政権をまとめる求心力として利用する程の効果を対日外交に期待するのは難しくなっているからだ。
そうしたことから、今年に初めて国家記念日「慰安婦の日」であったが、韓国メディアも文大統領の演説を報じたものの、ほとんどの新聞は5面や6面で取り上げた程度だった。慰安婦問題に熱心な進歩系紙「ハンギョレ新聞」でさえも、社説で取り上げた主要紙はゼロだったのであった。
参照:WEDGE Infinity(8月17日)
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