人の生き方にとって、もっとも大事なことは、その方向性だ。どちらを目指して進んで行くかによって、人は全く違った道を歩んでしまう。 己の欲のために生きるのか、人の喜びのために生きるのか。「クリスマス・キャロル」は、ディケンズが1843年に書いた最初の小説だ。このクリスマス・キャロルは発売され、大ベストセラーとなった。
『クリスマス・キャロル』の主人公、エベニーザ・スクルージは人々に幸せをもたらすあらゆるものを嫌悪する、無慈悲で、しみったれで、どん欲で、守銭奴の代名詞のようにいわれる男だった。あるクリスマスイヴのこと、スクルージのもとにかつての共同経営者ジェイコヴ・マーレイの亡霊が現れる。
マーレイは嘆き悲しんで言う。
「私が今夜ここに来たのは君に警告するためだ。 君にはまだ私のような運命をまぬがれるチャンスも希望もある。いずれ3人の精霊が君のもとに現れるだろう」
そのとおりに精霊たちがやってきて、スクルージの過去、現在、未来を見せる。それはぞっとするような経験で、翌朝目覚めても、彼の動揺はおさまらなかった。めまいを感じながらも、彼はまだ運命を変えるだけの時間があることに気づく。
通りに飛び出すと最初に出会った少年に頼んで、市場で一番大きな七面鳥を買ってこさせ、彼のたった一人の使用人ボブ・クラチットの家に名前を伏せて届けてもらった。また、以前貧しい人のための施しを懇願されてはねつけた紳士に会うと、すぐに許しを乞い、多額の寄付を約束する。 最後に甥の家に行き、長いあいだ自分が愚か者だったことを詫び、祝祭の晩餐の招待を受け入れる。 甥と妻と客たちは、彼が心から喜んでいる様子にひどく驚く。
翌朝、クラチットが遅刻して出勤してくると、スクルージが待ちかまえていて、いつものように怒鳴る。
「こんな時間に来るなんてどういうつもりだ?もう我慢ならない!」しかしスクルージの次の一言を聞いて、クラチットは耳を疑う。 「だから、君の給料を上げようと思う!」その後もずっと、スクルージはクラチット一家の力になる。クラチットの末息子で病弱なティムのために医者を見つけ、ティムの第二の父ともいえる存在になる。 彼は残りの人生を他人につくすことに時間とお金を費やしながら生きていく。
マーレイの亡霊が現れたあとスクルージはどうなったか? 彼の目的は変わり、それが最優先事項を変え、その結果、生産力を向ける対象が変わった。マーレイのおかげで、スクルージは新たな目的の力、変化を引き起こす力を身をもって知ったのだ。
この物語が終わるころには、スクルージの目的はもはやお金ではなく、人間になっている。 人との交わりに幸せを感じ、なんとか救いの手を伸ばそうとする。お金をため込むことより人を助けることに価値を見出し、お金は人のために役立ててこそのものだと考える。
当時の英国は、産業革命の始まりで、失業者の増加や、スラム街の発生、長時間労働や児童労働、食糧暴動や、機械打ちこわし暴動等々、様々な都市問題が毎日のように起こっていた時代だ。そして、その後、このスクルージのように、改心する人間が続出したという。