生きていると、いろいろな問題が出てきます。
そして、問題が出てくると、たいてい、人は悩んだり、苦しんだりしますが、問題というものは、自分の魂を成長させるためのものです。 人間は、自分に起きた問題を利用して魂のステージ、いわゆる「霊格」をあげていきます。ただ、ほとんどの人は、自分の魂をどうやって成長させるかを知らない。
目の前に起きた問題が自分の魂を一つ上にあげる階段だということを知らない人が多いんです。
問題が起きたとき“魂を成長させる方法”というのがあるそうです。
魂を成長させると同時に、その問題を解決してしまう方法があるということを。
その方法はたった一つです。それは、感謝です。
なにか一つ問題が起きたとき、多くの人は「なぜ、こんな問題が起きたんだろう」と考えます。
だから、上司が自分にいやがらせをするのだとしたら、いやがらせをしない同僚やなんかに感謝が足りなかったのです。 感謝の反対は「当たり前」。
同僚たちがいやがらせをしないのは当たり前だと思っていた。
ということは、感謝を知らないのです。
だから、病気になったのだとしたら、からだに感謝することを知らなかったんです。
それに気づき、他の具合が悪くないところ一つひとつに感謝すればいいのです。
そうやって、問題のないところに感謝して、感謝して、最後に問題そのものにまで感謝できたとき、その問題は消滅するようになっています。これはお約束ごとです。
この世は、そういう仕組みになっています。
ということは、問題が起きたとき、
「これは自分が感謝を知らなくて起きたんだ」
でも、最初から問題そのものに感謝するという流れには行かないものなのです。
だから、最初は問題を起こしていない周りに感謝から始めるのです。
そして、魂が上にあがります。
斎藤一人 『運命は変えられる』(KKロングセラーズ)より
感謝の言葉は、「有り難う」と書く。
有(あ)る事が難(むずか)しいくらい稀(まれ)なこと、奇跡のようなこと、という意味。
だから、感謝の反対は「当たり前」。
「夜寝て、翌朝起きる」、という「当たり前」のことが本当は奇跡のようなこと。
なぜなら、我々が寝ている間も、心臓が、一瞬も休むことなく仕事をし、血液を送ってくれるからこそ、次の日起きることができる。 心臓も一緒に休んだら、永遠に起きることはできない。
毎日、心臓も、内臓も、目も、口も、耳も、鼻も、あるいは手や足など、すべての臓器や器官が動いてくれているからこそ、我々は生きていける。この当たり前だと思っていることが、いかに素晴らしいことか、奇跡のような「ありがたいこと」かを普段忘れている。
そして、病気になったとき初めて、この「ありがたさ」に気づく。確かに問題が起きたときは、感謝を忘れていたとき。お彼岸をすごし、 感謝で、自分の魂を成長させたい。
「准後期高齢者です」と自虐ネタにして全国をコンサートする沢田研二は、来年は古希を迎えるそうだ。下記画像は還暦の年のドーム公演の演奏。絶頂期、1976年9月に発表した「コバルトの季節の中で」は自らが作曲、作詞は久世光彦(ペンネーム小谷夏)を歌っている。沢田は自らが立ち上げたJULIEレーベルで毎年新曲を発表、独立事務所Co-coloで活動する。実は、GS時代には太ることを恐れて美形を保っていたそうで、今はビジュアルを意識せず太目の体型、時に芝居の為に頭を剃った後の舞台に登場、またしても時代に衝撃を与えている。その歌声は、年齢を重ねて深みと艶をまし、相変わらずに跳ね回っておられ、往年の女性ファンのほかに、シニア男性、20代〜団塊ジュニアまでも新たなファンが増加中だとか。歌を通して、学び、獲得してきたジュリーの美学、必見!?です。
そして、下記は、一覧しておくと、今の時代の対処になるような、気がします!!
沢田研二の曲に「危険な二人」という歌がありましたが、危険な一人が北にいる以上、何か心づもりになりそうで、ご参考まで。