2017年11月30日

齋藤大臣が語る:「おにぎり」とオランダの農業

斎藤健・農政大臣の対談(11/29)を見て、齋藤健農水大臣の人柄、日本の農業をどう転換させて再生させるか、熱き思いが伝わる、見てはどうでしょうとメールがきました。ネット社会の妙で、政治家の動向はたちどころに公開されて、知ろうと思えば検索すれば、かなり知ることができる(表向きに公表する部分だけ)。



東葛地区(流山)に、農水大臣が誕生したことが、我孫子にも輝く出すチャンスにしなくては!と、思えた。
例えば、若い日本人二人が、香港でおにぎりを売り出して、大ブレークした例を取り上げておられた。中国では、冷たいご飯を食べることがなかったのに、「おにぎり」を食べてみて新たな食習慣が人気になって、新店舗展開と同時に工場では日本米を取り寄せて精米して、日本の農産品の輸出にも貢献してきていると評価。オランダ農業が世界第二位の輸出高になっているのは、危機感をもって、EC,EUという黒船に幕末の開化を志した人々のように対処していった過程あったなどと、狭い国土の国がどのように生き残るか、農業で勝つか、危機感をもって対処して活路を見出す先見の明があったと語る・・・。だったら、我孫子でも出来ることがある、探さなくちゃいけない。なぜなら、農業する人があって、緑の田園を守るノウハウを保持してこられたからだ。で、どうやって付加価値の高い農産物、農業経営に転化できるか、外国から学ぶ必要があるとも思えた。

国内人口が急減 20数万人から80数万人、毎年、減っていく、つまり国内市場だけでは今までどおりには売れなくなっていく。この日本の面している危機に、意識が足りない、国家的に内向きになっている、そんな状況を命がけで変えていくという国会議員がいてくれた。しかも千葉県の近隣市に。

なぜ、環境省に行こうとしたが、経産省からハーバード大學へ派遣留学、その際に「金のことは日本人に任せろ」をキャッチコピーで学生自治会の財政委員会に委員となるという経験した。論争になる、説明するという感覚をつかんだと言う。グローバルな感覚を爽やかな自然体の人、考えているだけでない実行の人だ。

斎藤氏は落選して、どん底を体験したことが、実は大きな糧になっているとも語っていた。紳士的で真っ直ぐな人柄、逸材であっても選挙という場で、こんな負け方をするのかと、民主主義ってなんだと思ったのを思い出す。

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2017年11月29日

「大善は非情に似たり」

稲盛和夫『心と生き方』(PHP)

リーダーの条件を 部下からの申し出、意見をただ、「いいわ、いいわ」と認めていたのでは会社は決してうまくいきません。優しい情愛に満ちた人であると同時に、すさまじい厳しさを兼ね備えた人でなかったら、社長なんて器は務まりはしません。どんな小さい組織でもそうです。

つまり、同一人物が両極端の考え方をあわせもち、そしてそれが同時に正常に機能できる能力を持った人でなければ経営者は務まらないと思います。ただ優しいばかりの社長では、経営になりませんし、厳しい一方の人では誰もついてきやしません。その両方が綾織りのように出てくる人でなければ、経営者なんてできやしません。

私は、いつも善の大切さを説いています。だからみなさんもそれに引かれて話を聞きに来られる。
人間らしい優しい、いい生き方をしなきゃいけませんよと、いつも私が説く考え方に、みなさんは賛同しておられ、それを自ら実践されているはずです。そのような優しい、すばらしい経営者の方が、この不況で会社が赤字に転落をしそうなとき、「経費を減らせ」と言って、もう鬼みたいになってやり出すことがあります。

そうすると周りは、「いつもあの優しかった社長とは違うやないか。二重人格みたいなものやないか」と言い出す。でも、会社が厳しい状況になったら、鬼みたいな形相で、厳しいことを一直線になさねばならないのです。逆に問題なのは、嫌われるのがいやで耐えられないから、お茶を濁し、妥協し出すことです。

仏教の教えである、「小善は大悪に似たり」「大善は非情に似たり」ということから説明ができます。
不況になって、会社をつぶしてしまうことがあるのが会社です。
確かに従業員に対して人がいいという小善、小さな善はしたかもしれないが、そういう小善はしない。
「ええわ、ええわ」というわけにはいかんのやと。
「ええわ、ええわ」とという小善はに脆弱な体質をつくってしまいます。

次に大善。大きな善というのは、非常に似て厳しいのです。
だからつい、そういう意味があると知らなければ、自信がぐらつくわけです。
「私が今やっているこの厳しさは、大善をなす行為だ」と自信を持つようにする。

「それは非情に見えるかもしれないが、これは大きな善なのだ」と思えば、ひるまないわけです。
そして改革は、ズバッと本音でものが言える状態をつくらなければ、前に進まないのです。

根底にはみんなから信頼をされ、慕われる社長でなければならないけれども、つまり人に嫌われることをしたくないものですから、改革が進んでいかないのです。 たまには、厳しくて嫌われるようなことも言う。
あえて嫌われることも必要です。 私はみなさんを救うために、あえて厳しいことを言います。
それこそが大善というものです。

この「小善は大悪に似たり」「大善は非情に似たり」ということは、何も会社経営だけに通じる考えではない。そのためには、ときには厳しいことを言ったり、叱責することも必要だ。

大事なことは人に対する、「愛」や「思いやり」や「情」、と同時に「厳しさ」や「非情さ」も併せ持つこと。そして、その相反することを何の躊躇もなく、同時に行うことができる人を名経営者といい、偉大な教育者という。

 前議会の時期に続き、市役所の事務処理ミスが12月議会にむけて報告(21日)されたのに到って、やはりリーダーである、市長、副市長は「大善は非情に似たり」を考えてみるべきだと思えた。こうした、事務処理ミスがおきないように、マニュアルが作成されたので、気を引き締めて頂きたい。

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2017年11月28日

By the people

投票率および政治への関心が、アウトプットとして低すぎる、ということが課題だと思います。

夫婦喧嘩と一緒で、お互いにどちらが悪いと言い合っているだけでは、溝が深まる一方です。しかし、政治家と国民の双方が「選挙に行かないのが悪い」「面白い政治をしないのが悪い」と言い合っている。それでは、いつまで経っても平行線をたどるだけです。

明確なゴールイメージは難しくとも、「世の中を良くしたい」「暮らしやすくしたい」など、理念は共有できるはずです。それを自分の言葉で説明し、人を巻き込み、ともに未来を実現していく。そういう人が政治に参加してもらいたいと思います。

ポジティブな議論をしないと先へ進めません。まずはお互いが我慢して、一歩ずつ近づくところからはじめなければならないと思います。

また、政治の世界が2チャンネルのような世界になっているような気がします。悪口ばかり言い合い、悪口を言うことが正しいことのように思われている。しかし実際には、選挙のためでしかありません。

やはり、政治の側としては、おもしろい事をたくさんやっていくしかないと思います。まずは行政側から動く。それでみんなが振り向いてくれれば一歩前進です。まずは、そこからだと思います。
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2017年11月27日

他をみて我が身を。我孫子の議会

市川の市長選は、2期務める現職が8月に不出馬を表明し、新人5人が立候補して激戦となっていました。元衆院議員2人、元県議2人、元市議という地域に地盤看板があるであろう候補者がまたぞろであったはずが、26日投開票で最多得票の元衆院議員でも、法定得票数に1661票足りず、50日後に再選挙となりました。最近では、今年1月29日に行われた西之表市長選(鹿児島県)が同様のケースで再選挙となっています。

市川の場合、投票率は前回(2013年)を9.05ポイント上回ったものの、市民生活に直結した市長を決める選挙であるにもかかわらず、投票率30.76%でした。因みに、市長選と同時に市議補欠選挙も行われたので、2議席に対して6名の候補者も選挙カーで呼びかけたことになります。

伝えることの難しさを感じますが、海津にいな自身、2年前を振り返って、我孫子市長選挙が低投票率だったものの、震災復興、水害などの不安材料が立て続いた時期、正月明けの告示からスタートした1週間に、現職市長VS女性候補という二人による対決選挙でしたが、今回の市川の市長選に5人の新人男性候補での関心度よりは、投票率からすると高かったのを考えてみて、我孫子市民のお気持ちに応えて、市政に尽くす頑張りようがある! まちづくりの可能性を多角的に探っていかなくてはと再度、思ったところです。

ところで、過去の市長選での最低投票率の記録は、1979(昭和54)年の現職3選を目指した京都の市長選挙において、現職市長に日本社会党・公明党・民社党が推薦、自由民主党・日本共産党も支持するという立場をとったため、有力な対抗馬がなく、投票率は16.1%となった選挙がありました。そうした状況に「市民の首長選択権を奪うな」との声が出始め、現職市長の病気辞職後の選挙戦から30%台に近づく選挙に回復していきました。一方で、革新市政であった京都であっても無所属議員がほとんどなくなり、党推薦による候補者であることが当選への一歩となっていきました。予算審議と場面では、それまで必ず修正案がだされての予算可決であったのが、全会一致で可決に至っており、ともすると議会可否を予測することが非常に容易になったと言える状況だとの調査報告があるのです。

すんなり決まる議会を目指すのであれば、実のところ議員などはいらず、市長と職員とで研鑽していけばいいとの極論になります。ですから、議会において議論するとは「市民」目線で襟を正して、市民生活に過不足なく正当に機能するようにしていくため、知恵をこらすということです。現在、我孫子市議会の議員定数について議論が続いており、今月には市民アンケートも新聞折り込みにて全戸配布、無作為抽出での送付がされて、今月末が締め切りです。

下記の我孫子市議会ホームページからも、アンケートに答えることが可能です。
我孫子のまちがより住みよくなるためにも、市政への関心がけして少なくないと願ってやみません。

https://www.city.abiko.chiba.jp/shisei/shigikai/kaigi_unei/sigikaityousa.html











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2017年11月26日

朗読ボランティア@我孫子市白樺文学館

朗読ボランティアに登録して、研修会に参加してきて、いよいよ海津にいなの朗読の当日がやってきた。

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ご来場いただきました皆さま、誠にありがとうございました。
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2017年11月25日

手賀沼もみじ、ウナどら

12月2日(土)は日立総合経営研修所の庭園が一般公開されます。
紅葉と手賀沼の眺めをお楽しみいただけるイベントです。

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そして、おついでに水の館に寄ってみてはどうでしょう。米舞亭でお食事、アビコン(農産物直販所)で、“うな吉どら焼き”をお土産にどうぞ!

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我孫子市マスコットキャラクター「うな吉さん」の絵柄がかわいい〜。 昔ながらの手焼きの生地につぶつぶの粒あんをサンドした、しっかり甘みのある口どけの良いどら焼です。箱入りもあります ウナ。


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2017年11月24日

週変わりの朗読イベント@白樺文学館 

白樺文学館のご案内 
<朗読のひととき>と作品解説のイベントが行われています。

11月の企画展最終日は、原田京平を扱い、海津にいなも 朗読ボランティアとして参加します。
志賀直哉との交流から直哉が去った後に京平は、志賀邸に住んだ画家、歌人です。
今回は画家としての京平の魅力を朗読と学芸員の解説でお楽しみいただきます。

日時 11月26日(日)14時〜15時
場所 地階音楽室
参加費 無料(入館料 200円)
定員 20名程度(予約不要)

※11月28日、29日は展示替えのため臨時休館いたします。

特別展「我孫子築窯100年記念 バーナード・リーチ展」が始まります!
会期11月30日(木)〜平成29年2月4日(日)

アクセスMAP
https://loco.yahoo.co.jp/place/g-bBmqZBeGD3o/?utm_source=dd_spot&sc_e=sydd_spot_ttl

〒270-1153 千葉県我孫子市緑2丁目11-8
我孫子駅南口出口から徒歩約13分(道案内)
04-7169-8468
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2017年11月23日

勤労感謝の日、紅葉狩り

都内の紅葉が見どころだとのニュースで、「後楽園」のもみじが紹介された。天気予報では午後から雨もやむらしいと、出かけてみた所、日が差してきて麗らかな快晴の中を外国人観光客らと、回遊式公園の水と木々の間に差す木漏れ日から色づいた葉の美しさに歓声を上げてしまった。ちなみに、入園料は300円(65歳以上は半額)。小学生以下と都内在住中学生は無料。

歩いていくと園内アナウンスで、里神楽が始まるとのことだったので、中央の広場に行ってみる。毛氈を敷いたような30pほどの畳状の6枚の台座が舞台になっており、その脇に特設の葦簀を立て掛けた楽屋が置かれていた。御囃子が聞こえて、お神楽の装束をつけた役者が次々に舞いながら、お話を展開していく、演題は「紅葉狩り」だった。 

これなら、我孫子の手賀沼公園辺りで水辺を背景に舞台をしつらえても生えるのではないかしらなどと考えながら魅入ってしまった。勤労感謝の一日、目の保養と多少とも伝統文化を楽しめたので、皆さまにも、取り立て写真でお福分けです。

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2017年11月22日

過酷な北朝鮮軍勤務、女性にも最低7年の兵役

世界4番目の規模の軍隊となっている北朝鮮では、2年前女性の兵役が義務化された。その兵役実態を調査した記者がいた。

・政府発表によると国家予算の15%が軍事費だが、シンクタンクの推計では最大40%に上る
・北朝鮮の女性は、最低7年間の兵役が科せられている。男性は10年が必須。これは世界で最も長い兵役義務だ
・18〜25歳の女性の推定40%が兵役に就いているが、さらに軍で働く女性の割合は増える見通し
・特殊技能を持つ学生、例えばスポーツや音楽などに優れた者は兵役を免除される場合がある

脱北者の約70%は女性。女性の失業率が男性よりも高いことと関係するのではないかという指摘もある。半数以上は20代から30代。若者の方が川を泳いで渡りやすく、過酷な脱北ルートに耐えられるためでもある。リー氏は志願して入隊したが、2015年に女性全員が18歳から7年間の兵役に就くよう義務付けられた。このため、北朝鮮政府は異例の措置を取り、「デドン」と呼ばれる高級生理用品ブランドをほとんどの女性部隊に配布すると発表した。


北朝鮮において、女性兵の生活は過酷で、大半の女性は生理が止まってしまう。そして、多くの女性兵にとっては、繰り返される強姦が日常の一部だ。元女性兵はこのように語る。

リー・ソ・ヨン氏は10年近く、20人以上の女性と同室で、2段ベッドの下で寝ていた。軍服を入れておくための小さな引き出しが、1人ずつ与えられていた。全員が引き出しの上にの写真を2枚置いていた。一つは北朝鮮の建国者、金日成国家主席の写真。もう一つは、その後継者の金正日総書記のものだ。

リー氏が軍を離れたのは10年前だが、今でもコンクリート兵舎の臭いをはっきりと覚えているという。

「みんなすごく汗をかいていたので」

「私たちが寝るマットレスは、もみ殻でできている。だから、体臭が全部マットレスにしみこむ。綿ではなく、もみ殻なので、汗やほかの臭いが全部浸み込む。気持ち良いものじゃない」

体を洗う設備の問題が、臭いの一因だった。

「女性として何が大変かといって、シャワーがちゃんと浴びられないのは大変だった」とリーさんは語る。
「お湯がないので、山の川にホースをつなげて、そこから直接、水を取っていた」「ホースからカエルやヘビが出てくることもあった」

大学教授の娘で現在41歳のリー氏は、北朝鮮北部で育った。男性親族の多くは兵士で、1990年代に壊滅的な飢饉が起きたとき、リー氏は毎日必ず食事にありつけるだろうと、軍隊に志願した。

「飢饉の結果、北朝鮮の女性たちは特に弱い立場に置かれた」。著書「North Korea's Hidden Revolution(北朝鮮の隠れた革命)」の筆者、ジェウン・ぺク氏は指摘する。「女性の労働力が前より必要となり、特に嫌がらせや性的暴力などの不当な扱いを受ける女性が増えた」。

当時17歳だったリー氏は当初、愛国心と集団意識に駆り立てられて、軍隊での生活を満喫した。配給されたヘアドライヤーに感動もした。電力供給が不安定で、ほとんど使えなかったが。

兵士の日課は男女でほとんど同じだった。身体訓練の時間は男性よりも女性の方がやや短いが、男性が免除されている掃除や料理などの日常業務は女性の仕事だった。

「北朝鮮は伝統的な男性中心社会で、伝統的な性別による役割分担が残っている」。フランス語による「北朝鮮に関する100の疑問」を書いた筆者、ジュリエット・モリロー氏はこう言う。

「女性たちはいまだに『鍋のふたを動かす人』を意味する『ツコン・ウンジェオンス』と呼ばれる。『女の場所は台所、女は台所にいろ』という意味だ」。

ぺク氏とモリロー氏は、リー氏の証言はほかの人たちの証言と一致すると指摘する。しかしその一方で、脱北者は注意して扱わなければならないと警告する。

ぺク氏は「北朝鮮に関する情報はあまりに引く手あまたなので、メディアに大げさな話をした方が得だと思われかねない。特にそれで高額の報酬がもらえるならなおさらだ。メディアに話をしたくない多くの脱北者たちは、『プロ脱北者』に非常に批判的だ。これを念頭におく必要がある」と指摘する。

一方で、北朝鮮からの公式情報はただのプロパガンダの可能性が高い。BBCとのインタビューで、リー氏に金銭の支払いはなかった。

訓練は厳しく、食料配給は減り続け、リー氏やほかの入隊者たちの体に影響が出始めた。
「兵役が半年から1年たつと、栄養不足とストレスの大きい環境のせいで、生理が来なくなった」とリーさん。
「女性兵はお互いに、生理が来なくなって良かったと話していた。あまりにひどい状況で、これで生理になったら、もっとひどいことになっていたから」

リー氏が軍にいた間、軍は生理用品を支給していなかった。このため、女性兵はしばしば生理用ナプキンを再利用するしかなかったとリー氏は振り返る。モリロー氏は、「北朝鮮の女性は、今でも昔ながらの白い綿のナプキンを使っている。男性が見ていない時に毎晩洗わなくてはいけないので、女性たちは早起きして洗っている」と話す。モリロー氏は、複数の女性兵士から、生理がなくなることがよくあると聞かされたという。

「過去の劣悪な状況の埋め合わせが目的だったかもしれない」とペク氏は話す。「女性を取り巻く環境が劣悪だったのは周知のことなので、過剰対応して修正しようという発表だったかもしれない。あるいは士気を高め、多くの女性に『ああ、私たちのことを考えてくれている』と思わせるのが狙いだったかもしれない」

2016年に最高指導者・金正恩氏がランコム、シャネル、クリスチャン・ディオールなどの世界的ブランドと競争できる北朝鮮製化粧品の開発を呼びかけたことを受け、高級化粧品ブランド「ピョンヤン・プロダクツ」が最近になっていくつかの女性航空部隊に配布された。

それでもなお、地方に駐留する女性兵は必ずしも個室のトイレが使えない状況だという。モリロー氏によると、一部の女性兵士は男性の目前で用を足さなければならず、不安にかられる状態だという。性的な嫌がらせは、日常的に横行しているとペク氏もモリロー氏も口を揃える。

モリロー氏が現役の女性兵に、軍内での強姦について切り出したところ、ほとんどの女性兵が、「そういう目に遭った人はいると答えた」。自分が直接経験したと話した人はいなかったという。リー氏もまた、自分が軍にいた1992〜2001年の間、自分は強姦されていないが、同僚の多くは被害に遭っていたと話す。「部隊の指揮官が職務時間後に執務室に残り、部下の女性兵を強姦していた。これは果てしなく、何度も何度も繰り返された」

北朝鮮軍は、自分たちは性的暴行を深刻な問題と捉えていると主張する。強姦罪で有罪判決を受けた男性に対する最高刑は、禁錮7年だという。「しかしほとんどの場合、進んで証言する人がいない。だから男性は処罰を免れてしまう」とモリロー氏は言う。モリロー氏はさらに、軍における性的暴行が黙認されるのは、「父権的な北朝鮮社会の態度」に根付いたものだと付け加える。だからこそ、女性兵にほとんどの雑用をさせているのだ。

貧しい女性が建築部隊に配属されたり、小さい仮設兵舎や簡易兵舎で寝泊まりする場合は、特に危険だという。
「家庭内暴力もいまだに広く認められており、報告されない。軍も状況は同じ。しかし韓国軍でも同様の(嫌がらせ)文化が存在するという事実は、強調しておきたい」

韓国との軍事境界線付近で通信部隊の軍曹として軍務についていたリーさんは、28歳でようやく軍を離れた。家族と過ごせる時間が増えたと安堵していたが、軍以外で生活する方法を習得していなかったため、経済的に苦しんだ。

韓国亡命を決めたのは2008年のことだった。最初の決行は失敗した。中国との国境で捕まり、強制収容所に1年間送られた。収容所を出て間もなく、2度目の脱北を試みた。豆満江を泳いで渡り、中国にたどり着いた。そして、国境でリーさんの韓国入国を手配していた仲介業者と落ち合った。

(英語記事 Rape and no periods in North Korea's army)
(c) BBC News
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2017年11月21日

目指せ無戸籍者ゼロ 取得支援に向け協議会設置へ 法務省

 親が出生届を出さないなどで「無戸籍」になっている人をなくそうと、法務省は21日、無戸籍者の情報収集の徹底を市区町村に要請するとともに、戸籍取得を支援する地方協議会を設置することを決めた。協議会は各地方法務局が主体となって、関係機関に協力を呼びかける。

 親が出生届を出さない理由はさまざまだが、「離婚後300日以内に生まれた子供は前の夫の子供と推定する」と定めた、民法の「嫡出推定」の規定の影響も指摘されている。例えば、離婚成立前に夫以外の男性と交際し、離婚成立後300日以内にこの男性との間の子供が生まれた場合、出生届を出すと戸籍上は前夫の子供になってしまうため、親が躊躇(ちゅうちょ)するケースもあるという。

 法務省は無戸籍者が問題になった平成26年以降、実態調査を実施。それによると、今年10月時点で同省が把握した全国の無戸籍者は計1495人に上った。このうち780人は既に戸籍を取得したが、715人は未取得になっている。法務省によると、715人の未取得者のうち、約75%は嫡出推定がネックになって取得手続きに踏み切れないという。

 既に戸籍を取得している人がいるように、離婚後300日以内に生まれても、裁判手続きで前夫との子供でないことを確定させることはできる。ただ、未取得者の親が「前夫と顔を合わせるのは嫌だ」「弁護士費用がない」などの理由で二の足を踏んでしまうことも多いようだ。

 そこで各地方法務局が、経済的問題を抱える人の弁護士費用立て替え事業などを行っている法テラスや弁護士会、各家庭裁判所に呼びかけて協議会を設置し、問題解決を図る。また、無戸籍者は今後も生まれることが考えられることから、市区町村に無戸籍者情報の収集を求める。

 戸籍がないと原則パスポート取得ができないなどの不利益がある。


出典: 産経新聞11/21

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2017年11月20日

フォーラムのご案内:世代を超えた「人のつながり」がまちを豊かにしていく

11月25-26日(土)の「市民のチカラ」で、下記のフォーラムの案内がありました。
 
 日時:11/25 13:30〜15:30
 場所:ケヤキぷらざ9F 多目的ホール
 参加費:無料(地域の活動に関心のある方ならどなたでも歓迎)
 チラシ(画像をクリックすると拡大)
  我孫子公開フォーラム201711.png 

◆キースピーチ「学校から育った人のつながりがまちを豊かにしていった」
    講演者:宮崎稔(学校と地域の融合研究会会長、元秋津小学校校長)
 概要
 団地建設によって作られた、いわゆる新興住宅地にある秋津小は、平成2年の市の研究指定校以来、文部科学省の「新しいタイプの学校運営の在り方に関する実践研究」校の歴史をもちます。学校を地域に全面開放して、空き教室を授業中でも休日でもコミュニティの文化活動に自由に使えるようにし、30ほどのサークルが生まれて、父親のアイデアで「ごろごろ図書室」やお年寄りが琴だか三味線だかの稽古をしていると、休み時間に子供らが下りてきて「その楽器、さわらせて!」というような状況が生まれて、そのことが学校と地域を活気づけました。学校を場にしたコミュニティづくりが進んだ秋津小です。学びの成果を生かす学習支援の活動を加速させ、母親だけでなく、父親パワーも発揮して生き生きと参加しています。

 上記のお話を聞いて、さらに宮崎氏と我孫子の地域活動をする人々とのパネルディスカッションもあります。まちを元気に豊かにしていくのは、そこに住む住民であり、すでにそうした活動が当市でも展開されています。このフォーラムをきっかけに、分野を超えた横のつながりを育て、活動を深め、我孫子のまちづくりを充実させていきます。このフォーラムをキッカケにゆるやかなネットワークづくりが期待されます。

◆パネルディスカッション
 パネリスト:子ども食堂・石井亜矢氏、NPO法人「みんなの風」施設長・栗原裕子氏、あびこ市民活動ネットワーク幹事 
 コーディネーター:コムケアセンター事務局長・佐藤修
 お問合せ:まちづくり会議準備委員会 原田/080-9293-5269

  地域の仲間つながりをもつと 2倍にも3倍にも楽しさが広がります!
  ご参加をお待ちします!





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2017年11月19日

前向きでいるから、運が向いてくる

誰がなんと言おうと、明らかに世の中はよくなっています。
たとえば今より少し前、江戸時代のことをちょっと考えてみましょう。
江戸時代は将軍様の家にだって、扇風機なんかありませんでした。
冷蔵庫もなかった。

その時代から少しずつよくなってきて、今はどの家にも冷蔵庫があります。
扇風機どころかクーラーだってあります。
いつの間にか、私たちは将軍様よりいい暮らしが送れるようになっているんです。

この世の中にはどんなにいいことを並べられても、不安に思ってしまう不安症がいる。
つまり、「世の中はどんどんダメになっていく」と考えるタイプの人間です。
そういう人はつねに不安に思うから、足がすくんで動けなくなってしまう。
動けないと行動ができないから、運が回ってこない。

行動しないということ自体が、自分の未来を閉ざしてしまう。
だからもし、自分が不安症の人間だと思ったら、 「自分が考えている悪いことは、本当は50分の1くらいしか起きないんだ」と思うようにしたらいいのです。

世の中は生成発展するようにできているんです。その流れに素直に乗っていればいい。
今の世の中は江戸時代には戻りません。
100年前はもっとひどかった。200年前はそれよりもっとひどかった。
時代は戻りません。 世の中はよくなるようにできているんです。
「よくなる」と思い込んでいれば、別の何の問題も起きません。
「よくなる」と思っているから、よくなるように生きるし、よくなる道も見えてきます。

でも「よくならない」と思っている人は、「よくならなかったらどうしよう」と思うので、足がすくんで行動できません。 行動できないから、変われない。 変われないから、運勢が悪くなる。

「よくなる」前提で生きるのか、「よくならない」前提で動くのか。多きな違いです。
もちろんこれからだって、地震はくるし、台風も襲います。
だけど、昔は地震がきても放っておかれた。 今は仮設住宅をつくってくれます。

年金が安いと言ったって、昔は年金なんてなかった。
「このまま行くと、ダメになっちゃう」じゃなくて、「もっとよくなる」なんです。
それを信じるか信じないかだけ。

斎藤一人著『人生の哲学』PHP研究所

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2017年11月18日

ベイ・東葛エリア ボランティアガイド交流会

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東葛地区のボランティアガイドが総勢96名集まった(関係団体による)。
松戸、船橋、流山の参加者からの発言など次々に提言、問題点などが上がった。
関係団体によって、毎年、持ち回りで連絡会をもち、昨年は船橋、今年は我孫子、そして来年は流山で開催しようとの決議がなされて、たいへんながら2020年へさらにガンバルきゃない!!と、互いにエールの交換だった。

雨模様が気にされたため、お昼を挟んで午後の市内観光は、杉村楚人冠記念館、鳥博、白樺文学館ということになった。
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2017年11月17日

つくし野住宅街でも大根豊作

大根の頂き物をしました。あまりに見事なので 記念撮影してみました。議会会期に向けて、あったかい鍋物で鋭気を養う、励みになります。
感謝!

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2017年11月16日

今は、「ルネサンス」と教える

レオナルド・ダ・ヴィンチについて、調べていたことがある。そこで、最近には新たにレオナルドの絵画であると確認された貴重な作品がいよいよ、オークションにかけられて史上最高値で落札されたことで、改めて天才の時代:ルネサンスを思い返した。かつて、教科書でヘボン式ローマ字読みでルネッサンスと教えたが、今はイタリア語の言語に近い「ルネサンス」とする。

イタリアは古代ローマ帝国の文化が栄えた土地で、古代の遺物も多く、彫刻家、建築家らはこれらから多くを学ぶことができた。音楽の分野での「ルネサンス音楽」という用語は、ルネサンス期に作られた音楽という意味合いが強い。イタリアでルネサンス文化が開花したのは、フィレンツェ、ミラノ、ローマ、ヴェネツィア、ナポリ、フェッラーラなどの都市である(すべての都市ではない)。学芸を愛好し、芸術家たちを育てたパトロンとして、フィレンツェのメディチ家、ミラノのスフォルツァ家、フェッラーラのエステ家などが知られている。

15世紀末にはサヴォナローラの改革によりフィレンツェの芸術は衰退し、フランスとの抗争でミラノのスフォルツァ家も追放された(1515年)が、このころには教皇の中にもルネサンス教皇と呼ばれる文芸保護に力を尽くした教皇が出現し、ローマではサン・ピエトロ大聖堂などの建設が行われ、多くの芸術家を集めることになった。

ローマ略奪(1527年)によりローマは一時荒廃したが、ヴェネツィア共和国やトスカーナ大公国(フィレンツェ)で美術の隆盛が見られた。中世の職人とは異なる、高い教養と科学的知識を持つ建築家の誕生である。「人間はあらゆるものになる可能性を持っている」と説いた人文主義者アルベルティは建築論と実作、絵画論など多くの分野で業績を挙げており、ルネサンスの理想である「万能の天才」の一典型とされる。また、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロはそれぞれ絵画、建築、彫刻など多方面での才能を発揮した。なかでも、高名なダ・ヴィンチについては、白樺派では「リオナルド」などと書いていたので、?と思ったが、博識の彼らはダ・ヴィンチが幼少期に暮らした村のことも知っていたようだ。柳の木が多い村なので、ヴィンチ(柳)村という訳だ。ダ・ヴィンチの絵画作品が実は20作もないというのだから、今回の500億も高い買い物ではないと思った人がいたのだろう!?

今回、オークションにかけられた作品はキリストを描いた油絵で、唯一の個人 所有で、公にになっていたため「幻の作品」として注目を集めていた。それが15日午後( 日本時間16日午前)、米ニューヨークで競売に掛けられ、手数料と合わせ約4億5000 万ドル(約508億円)で落札された。主催した競売大手クリスティーズによると、美術品 としては史上最高の落札額だった。


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2017年11月15日

笑いの巧妙@C.C.C(クロス・カルチャー・コミュニケーション)

「脳は、先に口にした言葉に対して、不条理・不合理を認めず、合理的な事実に当てはめて解釈しようとする働きがあります。 先に「ありがとう」と言ってしまうと、その瞬間から、脳は「ありがとう」を探しはじめるようにできているそうです」とは、 小林正観さんの言葉だ。

これは、「笑い」も同じ。 笑えば、笑う材料を脳は探し始める。
すると、もっと笑いたくなるような状況がやってくる。


中村天風師 『君に成功を贈る』(日本経営合理化協会)は次のように記している。

《悲しいことや辛いことがあったら、いつにもまして、笑ってごらん。悲しいこと、辛いことのほうから逃げていくから》

いいですか、常に積極的な心をもって応じ、歓喜の念をもって接するようにすれば、心はいたぶられないものなのです。といっても、なかなかできない人も多いでしょうから、いちばん簡単な方法を、いまからお教えします。

なにか悲しいこと、辛いこと、そのほか消極的な出来事があったら、努めて「笑う」。多く言うまでもなく、笑えば心もちは、何となくのびのびと朗らかになります。すなわち鬱な気が開けるんです。

ためしに、口角を上げてみるだけでも、なんだか心が微笑んでくるから不思議。


悲しいときや辛いときにも、おかしな話に引きこまれると、なんだか笑っているうちに悲しいのや辛いのを忘れはしなくても、やわらいだっていう経験があるでしょう。
笑うにつれ腹がたってくるとか、悲しくなってくるとか、辛くなってくるってことは、絶対にないんです。

この簡単な事実を、案外にも多くの人は見のがしていないでしょうか。
この笑いの効用を応用すれば、すこぶるいい結果を人生に招くことができます。
このことに気づいている人が少ないです。

考えてみればすぐおわかりになられることなのですが、そもそもこの笑いというものは、生きとし生けるすべての生物の中で、われわれ人間だけに与えられている特殊の作用なんです。
ほかの生物の世界には、人間のように笑うという表情をもって、心の喜びをさかんに表現する特別の作用はありません。こうした事実を厳粛に考えますと、笑いというのは人間のみ与えられた特権だってことがわかるでしょう。

昔から言うでしょう、「笑う角には福きたる」って。


「楽しいから笑うのではない。 笑うから楽しいのだ」
ウィリアム・ジェームズ (アメリカの心理学者・哲学者)の有名な言葉だ。

多く笑えば、人生はもっと楽しくなる。
月に一度、並木近隣センターで英語による異文化コミュニケーション(C.C.C.)を続けて20年を超えているが、続けられる理由の一つは、必ず、笑いが起きることだ。語り合う、異論、珍論、敬愛すべき他者との意見交換、世界の妙、そんな中に私たちは生かされて活きている。

笑いあって、他者にも喜びを反射できるほど、そんな気分になっておわる !(^^)!
どうぞ、皆さまも 月一回の集まりを覗いてみてください。見学歓迎です。
今月は19日(日)10-12時、並木近隣センター 調理室
来月は17日(日)10-12時、並木近隣センター 第一会議室

来年も3月まで会場を押えましたので、第三日曜日の同じ時間帯に同じセンターです。









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2017年11月14日

からくり儀右衛門

田中久重という、エジソンと同じくらい天才的な発明家が 江戸時代後期に生まれていた。万年自鳴鐘を開発し、和時計と洋時計の機能を同時に持ち、太陽と月の1年の動きも刻みつつ、曜日や干支も刻み、二十四節気(カレンダーのようなもの。原品は国の重要文化財に指定)も刻む万能時計を開発した。

愛・地球博の時に、このレプリカ(復刻版)を展示しようとアイデアの下に100人以上の技術者と最新機材を投入したが、細工が細かすぎたうえにぜんまいバネの真鍮が作れず、ステンレスで代用するが、開催初日には間に合わなかった。よってたかって100人の現代的な知識をもってした技術者が舌を巻いたのだ。

田中久重は、これらを独学で勉強、さらに蒸気機関の勉強もして、蒸気機関車や蒸気船の動く小型模型の製造にも成功していた。 佐賀藩に招かれ、国産初の蒸気船を製造。佐賀藩内に反射炉を設備し国産大砲を大量生産。幕末維新の際佐賀藩はこういった技術や人材の流出を防ぐため、国内鎖国をし国境を閉ざしていたが、鳥羽伏見の戦いの時も静観していたので薩摩などは佐賀討伐を考えたが、藩主が上京し新政府に加わると、田中が作った最新鋭の兵器で旧幕軍を粉砕(上野戦争など)したという。

なんと、幕末の際に肥前佐賀藩が明治の藩閥政治の代表格、薩長土肥になれたのはこの田中のおかげだった。 大隈重信は少年時代の時に見た田中久重が作った蒸気機関車の模型で、蒸気機関車の重要性を理解していて日本初の鉄道に着手したのだと言われる。

明治になって、田中久重は東京に移って田中製作所を設立した。息子の二代目久重が引継ぎ芝浦に移転。後に東京電気株式会社を合併。東京芝浦電気株式会社と社名を改め、今の東芝となったのだった。
「からくり儀右衛門」といわれた田中久重のように、現・東芝には窮地を打開して欲しい。



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2017年11月13日

ヴォルップスヴェーデの風景画論

種村季弘著・『ヴォルプスヴェーデふたたび』(筑摩書房)は1980年に刊行された、ヴォルプスヴェーデ派の画家たちを論じた風景画論だ。フォーゲラーがヴォルプスヴェーデに住んでいて、白樺派とも書簡のやり取りをしたというのは、研究者の間では知られている。種村は半年ほどドイツにいた間に行ってみると、詩人リルケが訪れた1900年頃に画学生の集まる芸術家コロニーとなっていた村のようすが維持されているとの感想をもったようだ。歴史、伝統文化を護ろうとの意思の人が多くいるのに違いなく、北ドイツの村の大湿地には貴重な自然の動植物が生息するため官民協力して国、県、市町村も相当に拠出して管理維持することに徹している、という。
http://tenbou.nies.go.jp/news/fnews/detail.php?i=4122

「悪魔の湿原(Teufelsmoor)」とは、下記URLにある地図をクリックすると右手上方に という文字がみえる。どうも、手賀沼、利根川ばかりでなく「かじ池」や「古戸根沼」などのように沼が点在する我孫子のようなところだと分かる。

https://en.wikipedia.org/wiki/Hamme_(river)

The Hamme is a 48 km long river in Germany, Lower Saxony, north-east of Bremen.
Its source is north of Osterholz-Scharmbeck. It flows through the moors north-east
of Bremen called Teufelsmoor (German for dead moor)

そこで、海津にいなも現地に行って、見ることにした! 
そして、今になって考えると、なんだか我孫子市の頑張ってきたことも、凄いなと思えてきた。
国が、県がと当てにできないない部分を市民が護って、頑張っている部分がある。
そういうボランティア精神が旺盛なのは、土地柄によるのかもしれない。
土地に教えられる、自然と教えられるのかもしれない・・・・。
洋の東西の天才たちがそうであったように、自然は師なのであろう。

来週には、12月市議会へ上程の議案の説明会が来週に予定される。
我孫子が、町から市となって2020年には50周年となるのだが、最初に立ち返って、自然に学んだ我孫子町の人々、新しく土地を買って家を建てて住民になった人々の環境への行動に思い馳せて、新しい時代へ向かっていきたいと考えるのだ。




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2017年11月12日

この時代に生き残るって、何か

生きていると、いろいろな問題が出てきます。
そして、問題が出てくると、たいてい、人は悩んだり、苦しんだりしますが、問題というものは、自分の魂を成長させるためのものです。 人間は、自分に起きた問題を利用して魂のステージ、いわゆる「霊格」をあげていきます。ただ、ほとんどの人は、自分の魂をどうやって成長させるかを知らない。
目の前に起きた問題が自分の魂を一つ上にあげる階段だということを知らない人が多いんです。

問題が起きたとき“魂を成長させる方法”というのがあるそうです。
魂を成長させると同時に、その問題を解決してしまう方法があるということを。
その方法はたった一つです。それは、感謝です。

なにか一つ問題が起きたとき、多くの人は「なぜ、こんな問題が起きたんだろう」と考えます。
だから、上司が自分にいやがらせをするのだとしたら、いやがらせをしない同僚やなんかに感謝が足りなかったのです。 感謝の反対は「当たり前」。
同僚たちがいやがらせをしないのは当たり前だと思っていた。
ということは、感謝を知らないのです。

だから、病気になったのだとしたら、からだに感謝することを知らなかったんです。
それに気づき、他の具合が悪くないところ一つひとつに感謝すればいいのです。
そうやって、問題のないところに感謝して、感謝して、最後に問題そのものにまで感謝できたとき、その問題は消滅するようになっています。これはお約束ごとです。
この世は、そういう仕組みになっています。

ということは、問題が起きたとき、
「これは自分が感謝を知らなくて起きたんだ」
でも、最初から問題そのものに感謝するという流れには行かないものなのです。
だから、最初は問題を起こしていない周りに感謝から始めるのです。
そして、魂が上にあがります。

         斎藤一人 『運命は変えられる』(KKロングセラーズ)より

感謝の言葉は、「有り難う」と書く。
有(あ)る事が難(むずか)しいくらい稀(まれ)なこと、奇跡のようなこと、という意味。
だから、感謝の反対は「当たり前」。

「夜寝て、翌朝起きる」、という「当たり前」のことが本当は奇跡のようなこと。
なぜなら、我々が寝ている間も、心臓が、一瞬も休むことなく仕事をし、血液を送ってくれるからこそ、次の日起きることができる。 心臓も一緒に休んだら、永遠に起きることはできない。

毎日、心臓も、内臓も、目も、口も、耳も、鼻も、あるいは手や足など、すべての臓器や器官が動いてくれているからこそ、我々は生きていける。この当たり前だと思っていることが、いかに素晴らしいことか、奇跡のような「ありがたいこと」かを普段忘れている。

そして、病気になったとき初めて、この「ありがたさ」に気づく。確かに問題が起きたときは、感謝を忘れていたとき。お彼岸をすごし、 感謝で、自分の魂を成長させたい。

「准後期高齢者です」と自虐ネタにして全国をコンサートする沢田研二は、来年は古希を迎えるそうだ。下記画像は還暦の年のドーム公演の演奏。絶頂期、1976年9月に発表した「コバルトの季節の中で」は自らが作曲、作詞は久世光彦(ペンネーム小谷夏)を歌っている。沢田は自らが立ち上げたJULIEレーベルで毎年新曲を発表、独立事務所Co-coloで活動する。実は、GS時代には太ることを恐れて美形を保っていたそうで、今はビジュアルを意識せず太目の体型、時に芝居の為に頭を剃った後の舞台に登場、またしても時代に衝撃を与えている。その歌声は、年齢を重ねて深みと艶をまし、相変わらずに跳ね回っておられ、往年の女性ファンのほかに、シニア男性、20代〜団塊ジュニアまでも新たなファンが増加中だとか。歌を通して、学び、獲得してきたジュリーの美学、必見!?です。



そして、下記は、一覧しておくと、今の時代の対処になるような、気がします!! 
沢田研二の曲に「危険な二人」という歌がありましたが、危険な一人が北にいる以上、何か心づもりになりそうで、ご参考まで。

posted by Nina at 10:54| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

宿場町・我孫子、落語の演題に

我孫子宿のこと調べて検索しておりましたら 三代目三遊亭圓歌 - 我孫子宿 の落語がYOUtubeの動画
になっていました。



 笑いは健康の元になるそうで、何かのお役にもなるのではと掲載してみることに致しました。
 週末、ご笑覧くださいませ  
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

涙まみれ FIRE FIGHTER

南相馬のことに触れて、沢田研二(ジュリー)が歌うのを聴いてみたら・・・。
「涙まみれ FIRE FIGHTER」と言う楽曲は消防団(Fire Fighter)の想いを声にしていたのだろうかと分かってきた。更に、「Pray 神の与え賜いし」という曲が続く。2015年に発表されたアルバムの中にあり、Youtube上に公開されていた。

明日は、月命日となるので、週末に聞いてみてください。



そう、来年に古希を迎える、SAWADA KENJIはアーティストととして、進化し続けていたし、もうおじいちゃんなのだけれど、考えれば、酉年に海津にいな もGran'maになれた。お蔭様、お互い様です。
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2017年11月09日

自分にワッショイ

明治大学教授、堀田秀吾
『科学的に元気になる方法集めました』文響社

急なトラブル対応や無理やり押しつけられた仕事など、気乗りしない仕事をするとき、みなさんはどうしているでしょうか。そんな場合に有効な方法は、「声を出しながら、目の前のことにあたる」ことです。

リヨン大学のラバヒらが行った実験で、被験者に「ジャンプ!」と言わせて垂直跳びをさせたところ、平均で5%高くなった、という結果が出ました。 声に出すことで自然とやる気が引き出され、本来持っている力を発揮しやすくなるのです。

たとえば空手や総合格闘技の選手がパンチやキックを出すときに「シュッ」と声を出しながらやっているのを見かけることもあると思います。これもやはり、動作のイメージに合う擬音を声に出すことで技にキレが出て、早く強い技が出せるからです。

私自身もアメリカに留学していた頃から、大津道場と言う道場でフルコンタクト(寸止めではないタイプの)空手をやっているのですが、この「かけ声」の大事さを実感しています。声に出すと、本当に早く強く打てるのです。

日常でいえば、開かないふたを開けるときなど、力をグッと入れる必要があるとき、声を出してみるのはどうでしょうか。 不思議なほど力が出てくると思います。

ただ、まわりに人がいる環境…たとえばオフィスの中で声を出すわけにもいきませんね。
そんなときにはどうすればいいのでしょうか?

実は、声を実際に出す必要はないのです。 先ほど紹介した実験では、声を出すだけではなく、「ジャンプ!」と心で念じたり、「ジャンプ!」と言っている音声を聞いたリ、また、「ジャンプ!」という単語を見せるだけでも効果があったそうです。

実際に声を出さずとも、心の中で「今日は調子が良いな…サクサク進む…サクサク進む…」などと念じながら行うだけでも効果があります。ある種の暗示ともいえるこの方法ですが、効果はお墨付き。
ぜひ試してみてください。

武道での、かけ声と、気合は違うという。
気合とは、技が決まる瞬間に思わず出てくる、あたりを切り裂くような鋭い声のこと。
かけ声は、自らの気持ちを奮い立たせたり、相手を威嚇するようなときに使う。

たとえば、お祭りでは、神輿をかついたり、山車を引いたリするときに、「わっしょい、わっしょい」、「セイヤ!ソイヤ!」、「どっこい、どっこい」などと言う。

また、日常において、自らを鼓舞するかけ声には「さあ、行こう!」「やったるで!」「それ!気分は最高!」「今日は最高!!」「できる!できる!できる!」等々がある。
どれも元気が出るかけ声だ。

元気になりたいときは…自分にかけ声をかけてみたい。
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2017年11月08日

日韓協定も虚しい慰安婦問題

チャイナタウンの端にある公園に、カリフォルニア、韓国、中国、フィリピンの共同体が集まり、設置する際のリーダーであった、元・サンフランシスコ裁判官、リリアン・シングは、数十人の元慰安婦が生存していると述べた。

カリフォルニア州サンフランシスコ市の中華街にある、セント・メリーズ公園の展示スペースで、先月23日慰安婦像の除幕式が行われた。展示スペースは市に寄贈されることが決定しており、アメリカの公有地での設置は3例目、大都市では初になる。

この像は中国系アメリカ人団体と韓国系団体によって設置されており、除幕式には、中国総領事や韓国から訪米した元慰安婦を名乗る女性、慰安婦問題で日本非難決議を主導したマイク・ホンダ氏などが参加した。22日はサンフランシスコ市議会が設置を促す決議を採択してから丸2年目で、22日を「慰安婦の日」とする決議案が全会一致で採択されている。

日本は、二国間の外交関係を正常化させた1965年の協定で、戦争に関するすべての和解と賠償が確定したと主張している。また、NBCの記事などには、慰安婦問題とは無関係の米国に像が設置される事に、アメリカ人の方々から疑問と怒りの声が多く寄せられている。

記念碑をどこに設置するか、その碑に書かれた文言、記録の正しさは碑を建立する側の意図で大きく意味合いが違ってくる。碑の記載内容によっては、後世に思わぬ遺恨を残すことがないように十分に配慮がされるべきであり、公共の場に設置される時には市民感情も考慮して、議員らの見識も高めて偏見、誤謬のないものに頂きたいものだ。

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2017年11月07日

まず、行動ありき

田中真澄 『小に徹して勝つ』(ぱるす出版)に、人を評価する場合、まずその人の日常の習慣を見て判断されるものだとあり、その通りだと思います。単なる口先だけの人を信用しないのです。

「行いは言葉よりも雄弁」ということわざがありますが、それは行動が本当の人柄を示すことを示唆しています。 残念ながら、人は早々は良き行動を続けている人を積極的に支援しようとはしません。そして傍観者が多いのです。ですから私たちは、新たな行動を起こすときは、実際に行動を起こすことを指示する20%の人たちを味方にできるように、普段からその人たちとの交流を深めておく必要があります。

その人たちと連携できるとしたら年中無休・24時間対応の行動をとることです。 何か頼まれたら迅速に対応する、問い合わせにはすぐ答えるといった習慣を身につけて、上位20%の人たちとの交流を深めておく必要があります。3マメの実践がそれです。

口マメ・手マメ・足マメのことです。
口マメとは電話を掛けることです。今の日本人は携帯電話のおかげで得意になりました。
手マメとは筆まめのことで、まめに礼状・祝い状・慰労状などのお便りを出すことです。これは今の人の多くが苦手ににしています。だからこそ、筆まめに徹した人は物事を有利に展開していけます。
足マメは訪問のことです。 何かあれば飛んでいく習慣のことで、これまた有力な対人関係の武器になります。

とにかくマメに動くことが大切だということで、これは特に市議の必須です。


脳力開発の創始者、城野宏氏は、「行動」について、次のようにいっています。「『行動のつながりで、具体的に考える習慣をつくろう』 手と口と足をフルに使った、行動のつながりで考える習慣を つくろう。 概念のつながりだけで抽象的に考える習慣をやめよう。 概念は重要ではあるがただの名札であり、具体的行動を主軸にして考えないと成果はでない。 抽象理論だけで”わかったつもり”にならないようにしよう」

本当に見なければならないのはその人の実際行動。 行動と行動のつながりを見ていれば、その人の本質が見えてくる。 行動とは、手と口と足を使うこと。そして、大事なのは、その行動を長く続けているかどうか。

どんな仕事にもつながる、基本であり
そうだ!、と思う。


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2017年11月06日

ツイテル人になるには

 ブルーマンデーなどという言葉があるけれど、あーあ、休みが終わって、一週間働かなくちゃ・・・と、鬱な気分になることをいう。

 それでも、なぜ一部の人はいつも、ウキウキしている幸運に恵まれる人もおり、つまらない事ばかり立て続くのかという人もいる。そういう「運」を呼び込む人と、運に見放されたような人と違いがあるのか、研究した人がいた。イギリスの著名な心理学者リチャード・ワイズマン博士は、次のような結論に達した。

「運というものに科学的な根拠はない。唯一の違いは、自分は幸運だと思うか不運だと思うかである。言い換えれば、自分にいいことが起こると予想するか、悪いことが起こると予想するかである」

これは非常に含蓄のある言葉であり、肝に銘じる価値がある。ワイズマン博士はどうやってこんな結論に達したのだろうか?ある研究で、被験者たちに新聞を通読し、掲載されている写真の数を数えるように指示した。

自分は不運だと思っていた人たちは答えを出すのに平均2分かかったが、自分は幸運だと思っていた人たちはほんの数秒で答えを出した。なぜなら、その新聞の2頁目に大きな字で「この新聞には43枚の写真が掲載されている」と書かれていたからだ。その答えはあまりにも明白だったが、自分は不運だと思っていた人たちはそのメッセージを見落とし、自分は幸運だと思っていた人たちはそれを見た。

さらに、博士は新聞の中ほどに「実験者に『これを見た』と言えば250ドルが当たる」という別のメッセージを書いておいた。やはり、自分は不運だと思っていた人たちはチャンスを見落とし、自分は幸運だと思っていた人たちはチャンスをつかんだ。このように、幸運か不運かは、いいことが自分の身に起こることを予想しているかどうかという問題にすぎない。

つまり、ネガティブな物の見方をしているかぎり、脳はチャンスに気づかないのだ。 物の見方がポジティブなら、脳はチャンスを見つけてつかむことができる。そして私たちの予想が現実をつくり出すのである。

よい結果を予想するなら、脳はそれにいち早く気づくことができる。

上記は、マーク・レクラウ 『習慣を変えれば人生が変わる』(ディスカヴァー)からの紹介です。

小林正観 『神さまに好かれる話』(三笠書房)では、人との「出会い」や「つき合い」を大切にしていくかどうかで、自分の将来が決まっていく、ということに気がつかなければいけないといいます。一人ひとりを大切にしている人(社会的な地位や身分というものには関係なく、人間一人ひとりを本当に大切にしている人)は、「幸運」がやってくるという。これは、金銭的経済的にプラスになるということではなく、目に見えない「運の良さ」につながっているということです。

 また、茶道に「一期一会」という言葉がある。
一生にもう二度と会う機会はないのだ、と言う気持ちで、その場その場の出会いを大切にする、ということを意味しているそうだ。

 そして、心理学者のタル・ベン・シャッハーは、「幸運な人は幸運が訪れるのを待つのではなく、創意工夫して自分で幸運を創り出す」と言っている。

 また、松下幸之助翁の『啼かなくていいホトトギス (中経の文庫)』には、
「商品を運んでいる少年時代に、路面電車のレールに自転車のタイヤが滑ってしまい、転んでしまったそうです。 路面電車はすぐに気がつき急停車し、体の前で止まってくれました。電車も止まってくれたし、まわりの人も商品を拾って集めてくれて、わしは運が強い」と言い続けたそうです。さらに、大阪湾内で、夏の日に海に落ちたこともありました。この時も船が気がついて、松下少年は事なきを得たのですが、このときも「わしは運が強い」と言い続けました。「もし冬の日だったら、病弱な自分は助からなかっただろう。落ちたのが夏でよかった。わしは運が強い。運が強かった」と言い続けたそうです。 本当に運があれば、自転車で転ばなかっただろうし、海に落ちたりはしない。しかし、その起こったできごとをどう捉えるかで運命は変わる。

 坂村真民さんに「二度とない人生だから」という詩があるが、その中にこんな一節がある。

  二度とない人生だから
  一ぺんでも多く便りをしよう
  返事は必ず書くことにしよう


*この、ブログを見つけた貴方は、ツイテル人ですね!!! これからも、ぜひ、海津にいなブログにお立ち寄りください。


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2017年11月05日

酉年のJBF

お天気は快晴・・・・
CIMG2955.JPG

「なのに、テント周辺がぬかるんで歩きにくかったです」と、埼玉からJBFをのぞいた客人がコメント。車を止めてある付近はアスファルト舗装なのに、人が行きかうテントブースになっている辺りはどうもいただけない状況でした。今年から駐車場部分を広げてテントブースは砂利舗装のあたりに据えられていたため、このような、立つ鳥跡を汚さずとはいかない事情になって、来場者の足元を汚してしまったのはチト残念だった。来年は、改善されるようコメントを生かしてほしい <`ヘ´>

CIMG2956.JPG

今年は、トリガールの放映もあったが、何と言っても、我が家に嬉しいのは酉年生まれの孫ちゃんが遊びに来てくれた事でした (#^.^#)
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2017年11月04日

住みたい街といわれる、アイデアを出して具体化する

稲村徹也・著 『お金を稼ぐ人は何を学んでいるのか?』(きずな出版)で、学びをお金に換えていくときにイノベーションは不可欠だが、それを現実化してくれるものが「アイデア」だとありました。マーケティングの権威であるフィリップ・コトラーの根本思想にも、「人のアイデアを盗まず、自らアイデアを生む」とあります。

とはいえイチから独自のアイデアを生み出すというのも、また難しいことです。そこでフィリップは重要な示唆を私たちに与えてくれています。

今の自分に解決すべき課題があるとき、その解決策を自力で生み出そうとする行動が、新たな「アイデア」を生み出してくれるかもしれないということです。

「無理かもしれないな」と思うような課題に直面したとき「いや、これを解決できたらスゴイことになるんじゃないか?」と思い直し、ひたすら解決のためのプロセスを、あれこれ考え続けます。すると、ふとした一瞬にアイデアが舞い降りてくるケースが多いのは不思議なことです。

「成功のカギは“なぜ”という動機が20パーセント、“どうやって”という方法が80パーセント」、この「なぜ」の部分は「問題提起」です。 問題提起をするには、「問題意識」が働いていなければなりません。そして「どうやって」の部分は、すでに説明したように「アイデアを生む」ということです。

台湾出身でありながら大陸中国に渡り、大陸の中国人富裕層でもなし得ないビジネスやイベントをヒットさせ、そして巨万の富を築き上げた超一流の大成功者がロッキー・リャン氏。 彼が新規ビジネスに参入するうえで何を基準にしているのか。

ハードルが高ければ高いほど入り込むのには困難を伴いますが、 『門前払いをしてくれる業界ほどライバルが少なく競争が少ない』ということで、入り込むことさえできれば、あとは簡単だという。

「アイデアが重要なのではない。 一つのアイデアをどうやって、 具体的にしていくかが重要だ」
とは、ソニーの創業者、 井深大氏の言葉。

どんなに素晴らしいアイデアが浮かんだとしても、それを「どうやって」という具体的な方法が見つからなければ、絵に描いた餅になってしまう。

今の我孫子市だって、課題は同じで、どうやって流山や印西、柏のように人口を増やすか、近隣の守谷市のように「住みたい街ナンバーワン」とランキングされるか、そうした評価に結び付けるか、アイデアを出して、それを具体化して行かなくちゃならない!

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2017年11月03日

心構えのある人

文化の日ですから、明治大学教授、齋藤孝 『葉隠』(ウェッジ出版)の言葉を取り出してみます。

大学で学生を教えるときには言下に答える力を要求し、質問には三秒以内に答えるようにと言っています。採用面接のときでも「これからの仕事の中で大事なこと三つあるとすれば何か」と聞かれて、三つパッパッパッと答えられる人は、普段から仕事について自分自身の答えを持っている人です。

作詞家の阿久悠さんがテレビのインタビューで、「歌詞を作る上で大切なことは何ですか」と聞かれたとき、間髪をいれずに「時代です!」と強く答えられたのが、印象に残っています。

何かを考えて準備をし、経験して、これだと思うところに行きつくこと。それは、自分がつかんだものでいいのです。

どんなことでも「自分なりに定義してみる」というのは面白いことです。

「葉隠には何が書かれてあるか」ということだって、いくつも定義できるでしょう。
ただし、言下に答えられなければ、本当にわかっているとは言えません。
油断があるということなのです。
「武道の大本をなんと心得る」と聞いても、即座に答えらえる武士が少ないことを、山本常朝は「油断している」と語りました。とりたてて言うほどのことではないが、答えられないのは武道の心がけができていない。
つまり、油断千万だというわけです。

聞かれたときには言下に答えることが重要で、「ええと、なんだっけ?」などと言う人は、普段から考え抜いていないのです。たとえばあなたが「仕事とはどういうものか」と上司に聞かれたとします。

「もちろんいろいろあるだろうが、もっとも君が重要だと思うことは何だ?」と言われたら、何と答えますか。自分のやっていることに対して確信があるなら、パッと思い浮かぶでしょう。 普段から考えていれば、躊躇しないで答えられるでしょう。

答えは変わってもいいし、一つでなくてもいい。
「今はこれを心がけています」というのでもいいから、とにかく答える。
それが「言下に答える力」です。

安岡正篤氏は「挨拶」についてこう語る(“安岡正篤一日一言”より)。

「挨拶とはどういう意味かと申しますと、挨も拶も、直接の意味はぴったりとぶつかる、すれ合うということで、従って物を言うのに、相手の痛いところ、痒いところへぴったりと当たる、これが挨拶であります」

挨拶とは、何か気の利いたことをズバッと言うこと。
それが、相手の痛いところ、痒いところへぴったりと当たるということ。
「言下に答える力」と同じで、いつも自分のやっていることに対して、深く考え抜いていないと挨拶も言葉も瞬間にでてこない。

自分が関わる重要なことについて何か急に聞かれたとき、即座に答えられないなら、そこには油断がある。
油断があるとは、ぼんやりしているということになります。そう、今すぐ、「言下に答えられる」ように気構えましょう。

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2017年11月02日

成功させるに必要なもの、お金ではなく熱意!!

成功というものには、いろいろな要素があるが、そのなかでとくに大事なもの、それは熱意だと思う」とデール・カーネギーはいっている。カーネギーは世界のベストセラー『人を動かす』の著者である。1955年、67歳で亡くなるまで、カーネギーは、全米一の社会教育家として、その名は広く知られていた。
カーネギーの文献や講座の本質は“熱意”だといわれている。

その彼が存命中、よく講演をともにした人がフランク・ベドガーである。ベドガーは、生命保険業界の人たちの愛読書『私はどうして販売外交に成功したか』の著者である。このベドガーは、1888年にフィラデルフィアに生まれた。 貧乏な家庭に育ち、ほとんど小学校さえも満足に卒業しないで、苦労した人である。うだつのあがらない保険セールスマンだった彼が、デール・カーネギーの演説講習会にたまたま出席したのが転機になった。カーネギーによって熱意の精神を植え込まれた彼は、それ以来、人が変わったように熱意の人になった。
そして、ついに全米一の保険セールスマンになっていったのである。

彼はいっている。 「世の中で熱意以上に大切な要素はないと思う。そしてこれが重要視されるのは、おそらくこういう素質をもつ者が少ないからであろう。どうすれば熱意がもてるのか。

それは唯一つ、『熱意の人になるには、熱意をこめた活動をせよ』というのがそれである。

松下幸之助翁は、「熱意」について多くの言葉を残している。
「なまじ知識があると、しゃにむに突進する気迫が、のうなります。
しかし“断じてやる”と決めて、やってみれば、案外できるものです。
鉄をも溶かす熱意があれば、何とか知恵がわくもんです」

吉田松陰は「狂愚まことに愛すべし、才良まことにおそるべし」と言った。
狂愚とは、常軌を逸して愚かなことの意だが、熱情に突き動かされて行動したり、情で動いたリ、感極まって動くような人のこと。 才良とは、行動もしないで、ただ理屈や理論を振りかざす、頭でっかちの人のこと。
狂愚の人からは熱意がほとばしり出ている。

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2017年11月01日

インターネットの次にくるもの

ケビン・ケリー「インターネットの次に来るもの」(NHK出版)、副題として「未来を決める12の法則」とあります。ともかく前向きですから、ご紹介です。

表紙をめくったカバーに「人間の歴史の中で何かを始めるのに今ほど最高の時はない。今こそが、未来の人々が振り返って『あの頃に生きて戻れれば 』という時なのだ、まだ遅くない。 」とあります。著者は哲学的な洞察が強いので抽象的な議論もあり、少々難解ではあります。 12章に分かれ副題にあるように12の法則を解説しています。

著者の基本的な言明は「今振り返ってみると、コンピューターの時代は、それらが電話に繋がれるまで、本格的に始まっていなかったのだ。コンピューターだけあっても無力だった。コンピューターのもたらしたすべての効果は、 1980年代初頭にコンピューターが電話と結びついてお互いが融合し、強固な複合体になって初めて現れたものだ」

そして「その後30年にわたって、コンピューターの計算能力とコミュニケーション・テクノロジーの融合が広がり、速度を増し、開花し進化していった。このインターネットとウェブ 、モバイルの融合されたシステムは、グローバル化した現代社会の中心へ躍り出た」さらに「重要なのは、この大きな歴史的な流れが、いまだに健在で進化していることで、それはこのトレンドが今後数十年ずっと増大しつづけることの強い確証にもなっている 」そして「本書では、今後30年を形作ることになる12の不可避のテクノロジーについて述べることにする」です。

自分の未来の可能性を信じる人、未来を模索する人、組織の未来を託された人には必読の書です。各章でのキーワードを紹介しましょう。

1. Becoming
インターネットに関しては、まだ何も始まっていないのだ。常に動き続けるものは、もはや動きとして気付かない。今こそが、人間の歴史の中で、これほど始めるのに最高の時はない。まだ遅くはないのだ。

2. Screening
本の民とスクリーンの民の間で、文化的な衝突が起こる。
本を読書中に、心の赴くバーチャルな場「読書空間」では、頭はスクリーンで読んでいる時と違う働きをする。 ウェブで何時間読んでいても、こうした読書空間に行き着く事は決してない。
ウィキペディアは最初のネットワーク化した本だ。
スクリーンは何かをあなたに説得するより、行動を引き起こす

3. Filtering
潤沢な世界において、唯一の希少性は人間のアテンションにある。
グーグルやフェイスブックの凄さは、コモディティー化したアテンションを、フィルタリングする巨大なインフラにある。すべてのテクノロジーのコストがゼロに向かっていく中で、唯一コストが増加しているのは人間の経験だ、これはコピーできない。
自分自身の行動を反映した助言やオススメに耳を傾けることで、自分が誰であるかについて見聞するのだ。
現代の経済はその中心部分で、個別化と差異化の力が働いている、それはフィルタリング・テクノロジーによってさらに増強されるだろう。

4. Questioning 
ウィキペディアの成功は、私の想像を遥かに超えるものだった。 3,500万件以上の記事が288の言語で書かれていたのだ。共同作業が力を増幅させることは、いつの時代も明白で、それは都市や文明によって証明されている。
ウィキペディア、 リナックス 、 フェイスブック 、ウーバーといった集産主義的組織は、産業化時代の個人にはできないようなことを実現してくれる。我々はソーシャルコミュニケーションをいじくり始めたばかりだ。ハイパーリンク、 WiFi 、GPS 、このレベルのイノベーションはまだ始まったばかりなのだ。
我々は起きそうもないことが起きるのが日常になる世界に向かっている。

良い時間の浪費は、創造性を高める前提条件だと思っている。さらに重要な事は遊びと仕事を合体することだ。科学は、我々の知識より無知を増やす方法なのだ。良い質問を生み出すこと、答えを理解することの労力の間には非対称性がある。質問はもっと価値を持つという逆転現象が起きているのだ。
質問をしていくとは、答える事よりも力強いのだ。

5. Beginning
シンギュラリティは物理学の用語で、そこから先は未知のフロンティアが広がるその境界を示す言葉だ。
これからの30年は、より流れていき、よりシェアしていき、よりトラッキングし、よりアクセスし、よりインタラクションし、よりスクリーンで読み、よりリミックスし、よりフィルタリングし、よりコグニファイし、より質問し、より良くなっていく。
我々は「始まっていく」 そのとば口に入るのだ。 「始まっていく」ことは、まだ始まったばかりだ。

6. Cognifying
AI企業ディープマインド(アルファGoの開発者)はゲームの遊び方を教える事はせず、遊び方をどうやって学ぶかを教えた。2002年頃Googleのラリー・ペイジは「僕らが本当に作っているのは、 AIなんだよ」と答えた。

7. Flowing
今はコンピューター化の第3段階に移行、現在主要な単位は流れとストリーミングにある。ストリーミングが取って代わる事は不可避なのだ。インターネットは世界最大のコピーマシンだ。

8. Accessing
デジタルテクノロジーは、製品のサービスへの移行を促すことで非物質化を加速する。
名詞は動詞へと変容する。
今では、ほとんど誰もがポケットにスーパーコンピュータを入れている。
これから30年、非物質化、分散化、リアルタイム化、プラットホームの有効化、クラウド化の傾向は衰えることはないだろう。
所有するよりアクセスすることで、私はいつも柔軟で新鮮な気持ちでいられる。

9. Sharing
オンラインの大衆は驚くほどシェアに積極的だ。
この10年で商業的に最も成功した三つのクリエイティブな会社、 グーグル、 フェイスブック 、 ツイッターは正しく評価されていなかったシェアを使ってだれも考えつかなかった方法で価値を生み出している。
私は常時つながっている。私がシェアし、シェアされているものは、ひっきりなしのアップデートとバージョンアップだが、そうした着実な前進こそが、私に活力を与える。

10. Remixing
本当の持続的な経済成長は、新しい資源から生まれるのではなく、既に存在する資源を再編成することで、その価値が上がり、それで達成されるのだ。
グーグルのクラウドのAIは、視覚的知能を急速に成長させている。
リミックスする、既存の素材を再構成したり再利用したりすること。

11. Interacting
現在のVRの急速な進歩を駆り立てているものは、プレゼンスとインタラクションだ。プレゼンスこそ、現在のVRの売りだ。
第二世代のVRテクノロジーは「ライトフィールド」投影だ、マイクロソフトのホロレンズとマジックリード社だ。VR画像は半透明のバイザーに投影される。
インタラクションは手話により近いものになっていくだろう。
破壊的変化を起こす最初の技術的プラットホームがパソコンだった。モバイルがその次のプラットホームで、すべてを革命的に変えてしまった。次に破壊的変化を起こすプラットホームがVRである。

12. Tracking
デジタルトラッキングによる定量化が、全く新しい身体感覚に取り込まれたのだ。
ライフストリームとは活発なトラッキングだとも考えられる。
受け身型のトラッキングはライフログと呼ばれる、それはただシンプルに機械的に自動的にすべてのもの完璧を追跡する。
コンピューターの能力を創造的に浪費することは、多くの最も成功したデジタル製品と企業の秘訣である。
あらゆるIoT 、そのIoTが浮かぶクラウドの本質はデータの追跡だ。
2020年までには毎年540億のセンサーが製造されるようになる。そして我々を監視する。


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