年々、被爆者の会の方の参加は減少していきますが、我孫子の場合、被爆地への派遣中学生が多くの学びを継承して、しっかりと未来への語り伝えを担っているのが印象深いです。
なぜ、千葉県でも被爆者が多くいらしたのか、被爆者の会の方から教えていただくまで、1000人余の方が被爆者としていらしゃるという過去に気づきませんでした。我孫子市職員組合では、そうしたことを被爆者の会から『聞き書き ヒロシマ・メモリー−千葉県我孫子に生きる被爆者』という本を刊行していたことも教えられました。自治労我孫子市職員組合の女性2人と男性一人との3人で、市内の被爆者の方にヒヤリングしたほか、県内の被爆者数のデータなども添えて、1982年に発表し、労働組合が地域史づくりに参加した成果として評価され、版を重ねていました。
海津にいなも「60周年平和記念文集」に、我孫子市の被爆者の事情を文献などから調査し、会員の方にヒアリングしたことを纏め、寄稿しています。図書館には文集および「ヒロシマメモリー」も蔵書されているので、是非ご覧ください。