2017年04月22日

老舗は常識やぶる、チャレンジを続ける

 東京・日本橋には問屋などが集まっていた古くからの商業地でもあり、今も老舗が軒を連ねている。
そんな日本橋の老舗の中でも古参として名高い「にんべん」も日本橋に本店がある。お正月料理の味の決め手にもなる鰹節を究めてきた、その創業は1699年。
 老舗企業が生き延びるために必要なことを高津社長は次のように話している。
 「そもそも老舗企業だとは思っていません。お客様から認めていただけて初めて老舗なので、お客様に認めていただける存在でいたい。そういったことにチャレンジしていく、そういう姿勢でいたいと思っています」

 日本の鰹節の生産量は年間4万トンから2万7000トンへと、この10年で半分ちかく減った。そうした中にあって、にんべんは売上げを大きく落とすことなく維持してきた。
 にんべんが客を離さないもう一つの理由は、鰹節の品質にある。看板商品の「フレッシュパック」は、一般的な削り節と原材料が違う。パッケージの裏には「かつおのかれぶし」と書いてある。この枯れ節こそ、にんべんのこだわりなのだ。
 枯れ節はカツオの水揚げ量日本一の静岡県焼津市で作られている。老舗鰹節メーカー「山七」。60年以上に渡ってにんべんの鰹節を作ってきた協力メーカーだ。
 捌いたカツオを2ヶ月間、「燻しては乾燥させて」を繰り返して作るのが「荒節」と呼ばれる鰹節。スーパーなどで売られている削り節の8割にこの荒節が使われている。にんべんがこだわる枯れ節は、荒節にさらに手を加えたもの。ポイントは吹きかける「鰹節カビ」。表面についたカビが内部の水分を吸い取り、旨味を濃くしてくれる。
 「荒節で22%あった水分量を15%に落とすので、より美味しくなります」(「山七」の鈴木隆社長)
 大半の削り節は荒節から作られるが、にんべんの「フレッシュパック」はカビ付けを3回繰り返した枯れ節を使用。これが品質の差を生むのだ。さらに今では当たり前となった、小分けパックの発明をしたのもにんべんだった。鰹節は封を開けると、どうしても酸化し味や風味が落ちてしまう。そこで小分けしたパックに窒素ガスを入れ酸化を防ぐ、日本初の使い切り商品を考案したのだ。

 にんべんの枯れ節はプロの料理人にも認められている。
 東京新宿区の出汁が売りのしゃぶしゃぶ専門店「出汁しゃぶ おばんざい おかか」では、にんべんの枯れ節の中でも最高峰、本枯れ節を店で削って使っている。
 しゃぶしゃぶのベースの出汁は鰹や昆布の合わせ出汁。この店ではさらに、削りたての本枯れ節を入れてくれる。鰹出汁の濃厚な旨味を、これでもかとプラスした出汁になる。
 「にんべんさんの枯れ節は雑味が少ない。雑味があるとそれが料理の邪魔をしてしまうので、にんべんさんの枯れ節を使用させて頂いています」(統括マネージャーの齊藤康平さん)
 プロも認める品質を守る専門の職人もいる。焼津市のにんべん大井川事業所で、耳と目で鰹節を診断するのは、目利き一筋25年、原料部の塚本辰弥。塚本が太陽光に鰹節を当ててそのシルエットを観察、内側に隙間ができていると、内部が酸化して味が落ちてしまうと言う。隙間ができる鰹節は全体の2割ほど。目利きして弾く、番人の役割は大きい。「美味しくなかったら問題外。出すわけにはいかないですね」(塚本)
圧倒的な手間と時間、そしてプロの仕事で、にんべんは信頼の品質を守ってきた。
一方でにんべんは、家庭ではほとんど使われなくなった一本物の鰹節を紹介し、その魅力を伝えようと、小学校を回る活動も行なっている。13代当主、津克幸は、「昔のように鰹節を毎日、家で削ることが少なくなっているので、鰹節を使う機会や食べていただく機会そのものを作り出さないと厳しいと思います」と、現状に強い危機感を持っていた。新しい時代には新しい食べ方を。あらゆる可能性を探り、鰹節を守ろうとしている。

 300年以上の歴史を持つ超老舗企業が、常識にとらわれず新しい挑戦の連続だった。
 にんべんの創業者は伊勢出身の初代・津伊兵衛。江戸中期の元禄時代、日本橋で始めた鰹節を中心とした乾物屋がにんべんの始まりだ。  店の名前は、伊勢出身の伊兵衛ということで「伊勢屋伊兵衛」に。店の印は伊勢の「伊」、伊兵衛の「伊」から「にんべん」を採用。その印を見た江戸町民が「にんべんさん」と呼ぶようになり、やがて今の社名となった。
 にんべんは初代の頃から新しいことをやっていた。その証が店舗の壁に残っている。書かれていた文字は「現金掛け値なし」。店が客を見て値段を決める時代に、どの客にも同じ値段で売る商いのやり方だ。三越の前身、越後屋が始め、伊兵衛もいち早く取り入れた。 江戸後期には、世界で初めて商品券に当たるものを発行。好きな時に鰹節が買えると、贈答用に重宝されたという。

 昭和の時代も、にんべんは常識を覆す商品を作る。それが「つゆの素」。当時業界では、鰹の天然出汁は足が早いため、麺つゆに使うのは不可能と言われていた。しかしにんべんは独自の殺菌法や調合の割合の工夫などで問題を克服。日本初となる鰹の天然出汁のつゆを作り上げた。にんべんが安定した売上げを保つ大きな理由のひとつは、この「つゆの素」という売れ続ける商品があるからだ。「麺つゆ」部門で東京では売上げシェア1位。50年以上続くロングセラーだ。

 埼玉県川口市にあるにんべん研究開発部。その菌はにんべんの自社研究所で特定された。
 かつての枯れ節作りは、建物に住み着いているカビ菌が自然に付くのを待っていた。菌は様々で、香りや味もバラバラだった。それを今から35年前、にんべんは枯れ節作りを安定させる優良な鰹節カビの菌の特定に成功したのだ。
 最適な菌を探し出したのは研究一筋40年の荻野目望。「当時、研究している人はほとんどいなかった。誰に聞くこともできないので、いろいろな本を読みながら試行錯誤して、まさに地道な作業でした」と言う。いろいろな鰹節の菌を培養し、また吹き付けて結果を見る。これを5年続け、荻野目は答えを出したのだ。
 荻野目は、当時社長だった12代当主の元に喜び勇んで報告しに行ったと言う。先代社長はその報告を喜んではくれたのだが、その後、信じられない言葉が返ってきた。
「よく頑張ってくれた。ではすぐに他の会社にも教えてあげなさい。お金は取らなくていいから」
 5年がかりの研究の成果を公表し、ライバル企業にも無料で使えるように指示したのだ。
 「正直、びっくりしました。もったいないなと思いました。ただ鰹節の場合、一社が良くても他の会社が変なものを出したら、消費者に『鰹節なんてそんなもの』と思われてしまう」(荻野目)
 この懐の深い決断から、それまで多かった枯れ節の不良品が激減。より味のいい、高品質な鰹節が業界全体を通して作られるようになっていった。

参照:カンブリア宮殿【2/9】
posted by Nina at 00:00| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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