『ロウソクの科学』(原題: The Chemical History of a Candle、1861年に出版)は、イギリスの科学者マイケル・ファラデーが、1860年のクリスマス・レクチャーとして英国王立研究所で連続講演した6回分の内容を編集したもの。ノーベル医学賞の大隅教授が、子供のころに読んで影響を受けたという話が伝わって、書店では手に入りにくいという事情だという。
少年の日のファラデーは、18世紀末のロンドンの下町の、そのまた場末の鍛冶屋の伜だった。早くから家事を手伝い、小学校に通うころには製本屋の小僧っ子にもなった。極貧の日々ではあったが、ただし、その製本屋の主人が少年ファラデーをおもしろがって、製本途中の書物の片隅にすばやく好奇の目を光らせる少年に、その書物を読ませる時間をくれた。ちょっとフランクリンに似たスタートだ。主人は製本屋の屋根裏部屋に仲間が集まって、自然界や科学界や技術というものがどういうものかを、ときに夜っぴいて語ることさえ、許した。
ある日、少年ファラデーはお使いの途中の街角で、一枚のポスターを見る。テータムという人物が毎週一回の講演会を自宅で開いているというポスターだ。ファラデーは兄に銀貨をねだって手に握ると、この講演に駆けつけた。科学の夜明けがそこにあった。
ある日また、少年ファラデーは製本屋を訪れた客の一人から、かのハンフリー・デービーが王立研究所で公開で特別講演をすることを聞きつけた。デービーは当時、イギリス第一の化学者である。またまた銀貨をせびったファラデーはデービーの講演を研究所の講堂の片隅で固唾をのんで聞いた。ファラデーはこれで科学者になることを決めた。この二つの講演は、ファラデーの記憶につねにまざまざと残った。
そして、1861年のクリスマス講演は、科学者として名を成した晩年に行った彼の足跡を語った記念すべきものだった。それまでの鮮やかな忘れがたい感動に対する返礼だったにちがいない。もちろん、業績を考えてもテータムやデービーよりもファラデーの講演のほうが数百倍すばらしかったろう。
その講演で、ファラデーは何本ものロウソクを持参して、話をはじめている。1本目は木綿糸をぐるぐる巻にして牛脂に浸した「ひたしロウソク」だ。これでロウソクというものがどのようにできているかを説明する。2本目は沈没した軍艦ロイヤル・ジョージ号が引き揚げられたときに見つかったロウソクで、これはたっぷり塩水に犯されたにもかかわらず、火をつけると燃える。スエットが燃えるためであるが、ファラデーはそのスエットの話からステアリン酸を製造してみせたゲイ=リュサックの功績を紹介して、その実験過程を丹念に詳しく案内しながら、化学者というものがいかにロウソクの本質にかかわってきたかを語る。
3本目のロウソクは、マッコウクジラの油を精製してつくられた「鯨油ロウソク」だ。4本目は黄色の蜜蝋のロウソク、5本目は精製した蜜蝋のロウソクで、このロウソクからはパラフィンという不思議な物質の謎を暗示した。6本目は遠い日本から取り寄せた和ロウソクで、おそらくはハゼの実の脂肪を利用したものだったろう。ファラデーは和ロウソクを手に、東洋の神秘を伝えた。日本のロウソクが登場するのは大変興味深い。
6回の内容は次のようなものであった、ご参考まで。
第一講 一本のロウソク──その炎・原料・構造・運動・明るさ
第ニ講 一本のロウソク──その炎の明るさ・燃焼に必要な空気・水の生成
第三講 生成物──燃焼からの水・水の性質・化合物・水素
第四講 ロウソクのなかの水素──燃えて水になる・水のもう一つの成分・酸素
第五講 空気中に存在する酸素・大気の性質・その特性・ロウソクのそのほかに
生成物・二酸化炭素・その特性
第六講 炭素すなわち木炭・石炭ガス・呼吸および呼吸とロウソクの燃焼との類似