2016年09月28日

セブンに標準化する各地の消費事情、徒然なるままに

柏そごうは1973年10月に開店。地上14階、地下1階、3館体制で、売場面積は39,729u。 開店時のキャッチフレーズは「みどりのまちにお城のような百貨店」という、街のブランドイメージを作り出すことになった。
「柏島屋」、「丸井柏店」などと同年の開業であり(丸井は旧店からの移転開業)、それぞれが国鉄柏駅とダブルデッキ(ペデストリアンデッキ)で連結するという全国初の試みに挑戦して、柏市は発展した。立地もこれ以上になく好立地で、規模も申し分ない。

14階の展望レストランは市内を見渡せる、柏のシンボルだった。グループ初の回転展望レストランや複層立の連絡通路を設置し、「株式会社柏そごう」の運営で、地域貢献の姿勢を前面に打ち出し、地域の祭りにおいて百貨店が山車を出したり、地域イベントにおいて百貨店がスポンサーとなっていた。地元店舗が入居する専門店街「スカイプラザ」を併設するなど、のちのそごうの店舗づくりにも大きな影響を与えた。百貨店時代の「地域貢献」の姿勢は、地元経済との融和をもたらし、信頼関係を築くところになった。

ところが、長引く不況の上にリーマンショックなど、度重なる消費の冷え込みが続き、2005年からはスカイプラザの直営売場を削減し、大型テナントとして「ビックカメラ」が入居、「洋服の青山」、「山野楽器」、エイベックスのダンススクールなどといった多数の大型テナントも入っている、(一部床は地権者の所有とはいえ)安定した家賃収入があると思われる。百貨店はその規模や立地などから「都市の顔」とも言われることがあり、その閉店の影響は総合スーパーの比ではない。百貨店はブランドイメージを最も大切にする企業である。「そごう」と「西武百貨店」は、かつての経営再建の過程で多くの店舗を閉店した。そしてその後、多大な努力を払ってブランドイメージを立て直し、再び日本を代表する百貨店の一角を担う営業を続けた。そごう柏店は折しも店舗改革のさなかであった。

都心店並みの資金を投入してフロアやテナント構成を見直す、ファッションビル的なテナントを導入するなどといった、更なる抜本的な店舗改革を行なえば、柏そごうは十分黒字化できた店舗だったのだと思われた。しかし、セブン&Iの思惑によって、長年の柏の市民に愛されたからくり時計は、完全に時を止めることになった。ディスニーのオフィシャルスポンサーだったそごう百貨店の親会社がセブン&Iがとなってからは、TDLとの契約も解消したし、子供たちが好きなミッキー、ミニーを彷彿とさせる「イッツ・スモール・ワールド」の曲もまさかの合理化で止まった。それでも、そごう柏店は、茨城、千葉の若者の集まる渋谷「シブカシ」で、それでも手堅いビジネス努力をして、百貨店が業績不振の中でも、業績改善に向けていた。若い世代に向けてあらたな品揃えと商品提案を打ち出し、一昨年からは大手百貨店では珍しい産直野菜の売場マルシェを導入。また、地元で作られる「柏ビーズ」を使った雑貨を販売するなど、地域の実情に合わせた店舗改革をしていた。別館であるスカイプラザも2015年に改装したばかりだった。

有力テナントの導入が「アリオ・ヨーカドーのテナントと被る」という理由が見え隠れ、本社の意向が、百貨店部門の経営努力よりが優先されたということではないか。つまり、柏の一つの歴史を築いたとはいっても、イトーヨーカー堂こそが、セブンの顔としてメンツを保つべしと地域の歴史をつなぐことは二の次、致し方ない。そごうの建物は築43年が経過しており、土地と物件の持ち部の兼ね合いも複雑なので、そごうが閉鎖された後の空ビルを含め今後どのようになるのか、発表できていない。柏という大都市の一等地であるから、権利関係を整理できれば、新たな大規模な再開発を行うことも予想される。

これまで、セブン&Iは各地の百貨店を傘下に組み入れた以降は、噴水などの稼働も即座に停止、百貨店社旗の掲揚は廃止した。「ハレの日」を演出するという百貨店らしさは、スーパー店舗経営の雄、合理化戦略を前面にだして、切り捨てていく企業理念に太刀打ちできなかった。その企業努力は16号沿いにアリオ柏とい人口的な大空間を生んでセブンパークを新たな文化にしようとしている。大型バスで各駅結び、広範囲にお客をピストン輸送する。こちらも「採算が悪化すればすぐに切り捨て」とうこともあるののだろうかと頭をかすめる。

地方百貨店では、「酒田清水屋」や「トキハ別府店」のように、従来の百貨店とは大きく異なった手法で百貨店の店舗を維持しつつ、直営売場の圧縮や地域に欠落した専門店の導入などにより客層を広げ、黒字化する努力を行った店舗もある。スーパーの販売手法とは違う文化を醸してきた。売り手と買い手、近いから行く、安いから行く、そこに価値を見出すかどうかという通販システムも参入、購買力の落ちた、しかし目の肥えた消費者を相手にビジネスをどう勝ち抜くか。

車で走らせアウトレットの新規性も、そろそろ飽きられるのではないか・・・・・。次に何が、消費者をつかむか。地域経済を民主主義に置き換えて考えると「市民(消費者)ファースト」と、安全、良質というのもだろう。ともかく、愚民であっては機能しないから、主権者教育も基本のきだ。

ドメスティックなたっぷり田舎感の残る我孫子。柏と発展の度合いが大きく違う。ココだけの話も使いまわしすらしないで来た、あることも忘れられて、二周遅れの超レア物の骨董価値が出てきた雰囲気すらある。殿様のいた町ではなかったため、偉そうな格式ばったモノはないが、さりとてドエラく商売の旨い町衆もいなかったけれど、そこそこ「みんな」が、女も年よりも、それなりに食いつないでいく知恵をだしあった自治のまちだった。だから底力はあるはず。進むべきは前であって、後ろではない。しかも、今すぐに!
次なる、物語のページを市民のチカラで開きたい!!


posted by Nina at 20:27| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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