2016年09月30日

柏そごう 閉店

柏そごうのカラクリ時計の下で
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柏そごうをデジカメ、写メールする人たち

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朝日新聞記事
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2016年09月29日

今議会より、決算も合わせて審議

 我孫子市議会9月議会が終了しました。世の関心は、東京都の築地市場の移転の問題に驚き呆れています。主要な建物の下に地下空間を造ったのに、盛り土があると説明し続けた都職員の対応、むろん報告書には誰が盛り土をしないことを決めたのか、書かれていないのだという。それなのに、その時の市場長は今は副知事になっていたというお粗末さです。問題発覚後に石原慎太郎元知事が報道陣に「都庁は伏魔殿」と発言ていました。小池知事が、スカイツリーから飛び降りるつもりで出馬を決めて当選することがなければ、この都庁との伏魔殿は閉ざされたままだったことでしょう。
 

 さて、しかし、我孫子の場合は「水の館」に農業拠点施設として農産物の加工所、飲食施設ができることになっており、今回はさらにその設備費が約1814万円が追加予算として計上されました。落札率59%ということも確認するなど、侃々諤々の議論がされて、賛否が問われました。こんな時だから、海津にいなは我孫子市民の複数に意見も聞いて、賛成の意を固めました。そのため、賛成討論にも立ちました。(議会動画で当日の模様を視聴できます)


つづき
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2016年09月28日

セブンに標準化する各地の消費事情、徒然なるままに

柏そごうは1973年10月に開店。地上14階、地下1階、3館体制で、売場面積は39,729u。 開店時のキャッチフレーズは「みどりのまちにお城のような百貨店」という、街のブランドイメージを作り出すことになった。
「柏島屋」、「丸井柏店」などと同年の開業であり(丸井は旧店からの移転開業)、それぞれが国鉄柏駅とダブルデッキ(ペデストリアンデッキ)で連結するという全国初の試みに挑戦して、柏市は発展した。立地もこれ以上になく好立地で、規模も申し分ない。

14階の展望レストランは市内を見渡せる、柏のシンボルだった。グループ初の回転展望レストランや複層立の連絡通路を設置し、「株式会社柏そごう」の運営で、地域貢献の姿勢を前面に打ち出し、地域の祭りにおいて百貨店が山車を出したり、地域イベントにおいて百貨店がスポンサーとなっていた。地元店舗が入居する専門店街「スカイプラザ」を併設するなど、のちのそごうの店舗づくりにも大きな影響を与えた。百貨店時代の「地域貢献」の姿勢は、地元経済との融和をもたらし、信頼関係を築くところになった。

ところが、長引く不況の上にリーマンショックなど、度重なる消費の冷え込みが続き、2005年からはスカイプラザの直営売場を削減し、大型テナントとして「ビックカメラ」が入居、「洋服の青山」、「山野楽器」、エイベックスのダンススクールなどといった多数の大型テナントも入っている、(一部床は地権者の所有とはいえ)安定した家賃収入があると思われる。百貨店はその規模や立地などから「都市の顔」とも言われることがあり、その閉店の影響は総合スーパーの比ではない。百貨店はブランドイメージを最も大切にする企業である。「そごう」と「西武百貨店」は、かつての経営再建の過程で多くの店舗を閉店した。そしてその後、多大な努力を払ってブランドイメージを立て直し、再び日本を代表する百貨店の一角を担う営業を続けた。そごう柏店は折しも店舗改革のさなかであった。

都心店並みの資金を投入してフロアやテナント構成を見直す、ファッションビル的なテナントを導入するなどといった、更なる抜本的な店舗改革を行なえば、柏そごうは十分黒字化できた店舗だったのだと思われた。しかし、セブン&Iの思惑によって、長年の柏の市民に愛されたからくり時計は、完全に時を止めることになった。ディスニーのオフィシャルスポンサーだったそごう百貨店の親会社がセブン&Iがとなってからは、TDLとの契約も解消したし、子供たちが好きなミッキー、ミニーを彷彿とさせる「イッツ・スモール・ワールド」の曲もまさかの合理化で止まった。それでも、そごう柏店は、茨城、千葉の若者の集まる渋谷「シブカシ」で、それでも手堅いビジネス努力をして、百貨店が業績不振の中でも、業績改善に向けていた。若い世代に向けてあらたな品揃えと商品提案を打ち出し、一昨年からは大手百貨店では珍しい産直野菜の売場マルシェを導入。また、地元で作られる「柏ビーズ」を使った雑貨を販売するなど、地域の実情に合わせた店舗改革をしていた。別館であるスカイプラザも2015年に改装したばかりだった。

有力テナントの導入が「アリオ・ヨーカドーのテナントと被る」という理由が見え隠れ、本社の意向が、百貨店部門の経営努力よりが優先されたということではないか。つまり、柏の一つの歴史を築いたとはいっても、イトーヨーカー堂こそが、セブンの顔としてメンツを保つべしと地域の歴史をつなぐことは二の次、致し方ない。そごうの建物は築43年が経過しており、土地と物件の持ち部の兼ね合いも複雑なので、そごうが閉鎖された後の空ビルを含め今後どのようになるのか、発表できていない。柏という大都市の一等地であるから、権利関係を整理できれば、新たな大規模な再開発を行うことも予想される。

これまで、セブン&Iは各地の百貨店を傘下に組み入れた以降は、噴水などの稼働も即座に停止、百貨店社旗の掲揚は廃止した。「ハレの日」を演出するという百貨店らしさは、スーパー店舗経営の雄、合理化戦略を前面にだして、切り捨てていく企業理念に太刀打ちできなかった。その企業努力は16号沿いにアリオ柏とい人口的な大空間を生んでセブンパークを新たな文化にしようとしている。大型バスで各駅結び、広範囲にお客をピストン輸送する。こちらも「採算が悪化すればすぐに切り捨て」とうこともあるののだろうかと頭をかすめる。

地方百貨店では、「酒田清水屋」や「トキハ別府店」のように、従来の百貨店とは大きく異なった手法で百貨店の店舗を維持しつつ、直営売場の圧縮や地域に欠落した専門店の導入などにより客層を広げ、黒字化する努力を行った店舗もある。スーパーの販売手法とは違う文化を醸してきた。売り手と買い手、近いから行く、安いから行く、そこに価値を見出すかどうかという通販システムも参入、購買力の落ちた、しかし目の肥えた消費者を相手にビジネスをどう勝ち抜くか。

車で走らせアウトレットの新規性も、そろそろ飽きられるのではないか・・・・・。次に何が、消費者をつかむか。地域経済を民主主義に置き換えて考えると「市民(消費者)ファースト」と、安全、良質というのもだろう。ともかく、愚民であっては機能しないから、主権者教育も基本のきだ。

ドメスティックなたっぷり田舎感の残る我孫子。柏と発展の度合いが大きく違う。ココだけの話も使いまわしすらしないで来た、あることも忘れられて、二周遅れの超レア物の骨董価値が出てきた雰囲気すらある。殿様のいた町ではなかったため、偉そうな格式ばったモノはないが、さりとてドエラく商売の旨い町衆もいなかったけれど、そこそこ「みんな」が、女も年よりも、それなりに食いつないでいく知恵をだしあった自治のまちだった。だから底力はあるはず。進むべきは前であって、後ろではない。しかも、今すぐに!
次なる、物語のページを市民のチカラで開きたい!!


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2016年09月27日

秋の臨時国会

26日から、秋の臨時国会が始まりました。市議会は午後も決算委員会が続く中、市民と議会棟の控室で話をして、討論原稿を書いていました。もっとも今日は、ヒラリーvsトランプの公開討論の日だったので、ライブ中継も見て、お昼に近所の蕎麦店「玄さん」で好物の胡麻うどん(海津にいなのお薦めです!)を食べ、お店のテレビで野田元首相の討論を見てから、市役所へ向かったのです。

7月10日に行われた参院選後、初の与野党論戦。補正予算が成立すれば、ただちにTPP審議、今国会でのTPP承認を目指すとされています。今、国会で注目すべきは、憲法審査会のスタートです。参院選で3分の2議席を改憲勢力で占めたことで安倍政権は、緊急事態条項や憲法9条の改正、家族条項などを盛り込んだ、自民党改憲草案の実現に向け、具体的に動き出すことになります。なかでも緊急事態条項は、災害ということを隠れ蓑に、改憲されたことによって国民の基本的人権を無期限に制限するワイマール共和国の大統領緊急令と授権法を足したような、究極の独裁条項になりかねないとの指摘すらされるのです。その場合、集団的自衛権とセットで考えたとき、いかに緊急事態条項が恐ろしいものになるかなどを虫の目で見ないとダメなわけで、安倍政権の100%善意によってつくられた法であっても、その後に変わる政権を行使する際に悪意にも利用されることがないように議論を尽くしていただかなくては困ります。

東京都議会もですが、国会も合わせてみてこそ、民主主義ってコレダ、と市民として国民として納得の答えを導かなくてはなりません。考えず責任を孫子の世代に負わせるのではなく、考えて互いに負担していく。だから、政府も都議会、地方議会も真摯に議論して、公開して、責任を持ってやっていただきたい。 




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2016年09月26日

韓国、北朝鮮への人道支援見合わせを表明

韓国政府は24日、大統領府で開いた政策点検会議で対北朝鮮政策の見直しを行った。朴槿恵(パククネ)政権は従来、対話や周辺国との協力を重視する政策を掲げてきたが事実上破綻となった。これまでは、人道支援や対話などを通じて北朝鮮との信頼醸成を図る「韓(朝鮮)半島信頼プロセス」を提唱していた。原子力安全や気候変動など協力しやすい課題から地域対話を始める「東北アジア平和協力構想」も掲げ、日中ロなどとの協力を模索してきた。

しかし、北朝鮮が1月に続き、9月にも核実験を実施、朴大統領は22日の首席秘書官会議で「北はこれ以上、核廃棄の対話に出てこない」と断じた。韓国政府は制裁を強化し、新たな軍事対応策の検討を表明するなど圧力をかける。その上で、北朝鮮で8月末から9月初めにかけて起きた東北部での大規模水害に対し、人道支援は行わない方針だ。
.
 制裁と軍事的圧力を重視する政策を打ち出して、緊張の高まりを懸念する声も上がり始めている。政策点検会議は、国政の重要政策を練り直すのが目的で、朴政権は2013年3月以来、2度目であるとしている。24日の会議には関係省庁の閣僚や次官が出席。朴大統領は冒頭、「国際社会と力を合わせ、北核問題を解決する」と訴えた。冒頭発言以外の内容は明らかになっていない。


参照:朝日新聞社(9/25)
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2016年09月25日

田園教育文化都市、市民会館閉鎖から9年

あびこ市民活動ステーション・我孫子市・我孫子市民活動ネットワークが事務局となり、開催に向けて三者が一体となったイベント「市民のチカラ」は25日3時まで、我孫子駅南口の「けやきホール」で。ブース展示や舞台での発表を中心とする「あびこ市民活動メッセ」と講演やパネルディスカッションなどの企画を行う「我孫子のこれからフォーラム」を行っています。

ひとつひとつ見て回ったら、それぞれの団体の皆さんから興味深いお話を聞けました。市民の長年の取り組みが、我孫子のチカラなになってきたのだなと興味深いものばかりでした。中でも、新聞で取り上げられた、市民会館再建連絡会の展示は目を引きました。すでに9年の月日が経って、検討ばかりで判断も進まずにいることには、今回の総務企画常任委員会の審議でも無所属の議員から強い意見が出て、執行部に反省が求められたところです。時を同じくしての新聞報道もあって、田園教育文化都市を標榜する我孫子の進むべき道を決めるべき時がきています。市幹部職員からは、市民委員会などでも意見を聞き、決めていきたいとの答弁があったのですから、この「市民のチカラ」の展示がひとつの機会に契機になって早急に対応が進むといい。

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2016年09月24日

韓国で追悼される日本人

韓国で追悼式が開かれる日本人の墓があります。寿城区庁長や釜山(プサン)の日本総領事までが慰霊祭に参加するのは、水崎林太郎のお墓です。貯水池の近くに建てられた墓は、反日感情が高まったり日韓関係が悪くなったりした時期も、地元の人たちの手によってずっと守られてきていて、毎年4月13日に慰霊祭が行われます。

 水崎は、岐阜県出身、1915年に朝鮮のテグに開拓農民として入りました。大邱で測量技師として働き、干ばつや洪水に苦しむ農民のために灌漑用の貯水池を造ろうと、総督府の支援に私財を加えて1年余りした1924年9月、現在の寿城池を築造した。1939年に72歳で亡くなるまで地元の農業の発展に尽くしました。

 亡くなる際に寿城池が見下ろせる所に埋めてほしいと遺言をのこしました。 水崎林太郎と大邱の縁は、ソ・チャンキョ(71)によって守り続けられていました。寿城池の築造当時、農地を寄付したソ・チャンキョの父が水崎林太郎の墓をずっと世話するようにと息子に依頼したからです。ソ・チャンキョは約8年前に地域の有志らと水崎林太郎の遺族らで韓日親善交流会をつくって墓を管理するようになりました。2000年からは寿城区庁に要請して4月7日に追悼式を行っています。日本人観光客らも寿城池を訪れるようになっています。 韓国の各地に、文禄・慶長の役で秀吉軍が破壊したとされる場所や植民地時代に日本が犯した過ちの痕跡が残されています。それらは歴史の事実であると受け止めるしかありませんが、両国民が歴史を「教科書」だけでなく、巡り歩いて対話しつつ、未来にむけていくことです。水崎ーソの親交が今後も多くの人に認識されるようにと願います。

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2016年09月23日

水の里の旅コンテスト

国土交通省では、水の里を訪ね、地域への理解を深め、地域とふれあい、 楽しむ旅の企画を募集します。

四季と水の彩りや地域住民とのふれあい、水にまつわる食を楽しみ、 遊ぶなどの体験を通して、水の里の大切さと魅力を感じられる旅の提案をお待ちしています。

なお、今年から新たに「学生部門」が追加されました。
大学生の方も含め、是非、ご参加ください。

<“水のめぐみ”とふれあう水の里の旅コンテスト2016の募集>

■主催:国土交通省

■協力:(一社)全国旅行業協会、(株)全旅、(公社)日本観光振興協会

■募集部門
・一般部門:個人、団体を問わずどなたでも応募できます。
・学生部門:大学以下の方なら個人、団体を問わず応募できます。

■応募企画の条件
次の1〜3にあてはまる旅の企画とします。
1. 水の里(ダム周辺など、おおむね河川の上流区域に位置する“まち”や
“むら”)を対象地域に含んでいること
2. 水の里の活性化に貢献するものであること
3. 旅行者が、自らの暮らしと水の里との関係について考えるきっかけとなること
※ 企画段階のもの、すでに催行されているものを問いません。

■応募締切:平成28年10月31日(月)

■表彰
・一般部門: @最優秀賞 A優 秀 賞 B奨 励 賞 各1点

・学生部門: @最優秀賞 A優 秀 賞 B奨 励 賞 各1点

・特別賞【観光庁観光資源課長賞】1点(一般、学生共通)
エコツーリズム、グリーンツーリズム等、地域の魅力的な観光資源を活かした観光地域づくりの取組として優れた企画に授与。

・特別賞 【絶景賞】2点程度(一般、学生共通)
そこでしか見られない素晴らしい景色や風景を紹介した企画に授与。
「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」プロデューサー 詩歩(Shiho)さんによる選考。

水の里の旅コンテストの応募方法や応募対象、過去の受賞企画等については、 水の里の旅コンテスト2016応募要領をご覧ください。

応募に当たっては、エントリーシートに必要事項を記入し、
その他の必要書類を添付の上、国土交通省あてに応募してください。

http://www.mlit.go.jp/report/press/water03_hh_000038.html
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2016年09月22日

Eight Days a Week が公開

ザ・ビートルズのドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years』が9月22日(木)より全国公開。1963年から1966年のツアーの様子などバンドのキャリアの第一期をベースとしている。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、そしてリンゴ・スターがどのように集まり、“ザ・ビートルズ”になっていったかを探る映像だ。

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2016年09月21日

市民のチカラ:市民会館再建への願い

海津にいなも市民会館の再建について、本議会の登壇で質疑を続けているが、21日付けの朝日新聞に再建問題について取り上げた記事が掲載されていた。しかも、昨日は無所属の議員の一人も20日の教育福祉常任委員会で、同様に質問した。「いつまでも市民要望の強い施策であるのに、9年にもになる。13万人超の自治体で文化会館がないのでは、田園文化都市と銘打つにはお粗末だ。決まらず時間がかかりすぎだ」と、意見がシンクロした。

確かに大震災があったから事情が変わった。とはいえ、それを理由にしたら、すべて先に進まない。しかし、県からの委譲(助成金もついたので)ということで、水の館に農業拠点施設が開設、直販場の移転・加工施設/カフェレストランの話が先行することになって改修工事の予算が決定となった。

今、我孫子の小中学生の発表活動などは周辺市のホールを借りて、その場しのぎにならざるを得ない。市民のスポーツ施設、運動場も近隣の施設を借りして凌いでいる。我孫子の公共施設は他市と比べると少ない分、他市の施設老朽化問題や市民一人当たりの借金が少ないなどと慰められるが・・・・。しかし、子供の教育費を削る親がいないのと同様に、街の将来を考えると、何を削って何を残すべきか、当然答えは出ようというものだ。

当初、海津にいなは、一人無所属だったが、それから半年、無所属が3人になり、控室の面積が一気に3倍と広くなった。つらつら話をすることも増えて、ところどころ以心伝心というような事もおきた。つまり、会派に所属することが先にありきではなく、市民ファースト=無所属である!? 

クリックすると、画像拡大
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2016年09月20日

美味しさが伝わる、絵になる日本料理

9月議会も中盤になってきた。先週の総務企画常任委員会で、海津にいなは多言語に取り組みについて質疑、提案した。実態として、我孫子は近隣他市に半歩遅れてしまったが、これからキャッチアップして進めてもらい、成果があげるところにおいてはトップランナーになってもらいたいと思う。

中国のSNSに日本の日常生活の写真をアップして、いちばん「いいね!」数が多いのは料理の写真だ。日本の飲食業がいま注目されているのは、「民は食を以て天と為す(人民は食事をいちばん大切にする)」と思う中国人には美味しい食事が欠くことができないし、「日本で日料を食べたい!」と思う中国若者は数えきれないほど多いからだ。

現在中国の「小清新」「文青」(「文芸青年」の意味。詳細はこちら)のおしゃれ食事と言えば、玉子焼き、唐揚げ、たこ型のウィンナー焼き、お茶漬け、ポテトサラダ、とんかつ……と、言うまでもなく、ごく普通の日本の居酒屋料理だ。寿司、天ぷら、ラーメンなどの定番はもちろん、このようなもっと「日常的な」「普通の」食べ物の存在感が高まっている。 「なぜそんなに詳しいのか、なぜ食べたくなったのか?」と聞くと、大体が「ドラマ/映画を見たから」だ。『深夜食堂』『孤独のグルメ』『パンとスープとネコ日和』『かもめ食堂』『ごちそうさん』……日本のグルメドラマや映画は中国の若者に強い影響を与えている。

投稿に対して、「美味しそう〜ちょうど再来週に行くので、お店の情報を教えてください!」「やはり本場の日本料理は違うだろう」「とりあえずメモに保存しておきます」のようなコメントがつく。中国の各種SNSやブログサイトを見ても、日本料理に関連する投稿が、定番の人気コンテンツだ。

料理するという仕事の「匠精神」は、日本のドラマで初めて知ったといっても過言ではない。

 古くてもアットホームな場所で、清潔感のある料理人が目の前にいる。おしゃべりしたり、玉子焼きやサンドイッチのようなシンプルなメニューでも工夫をして作ってくれることは、今までにない食体験となる。そして、一人でも座って平気で食べられるし(中国では一人で食べるのは珍しい! )、むしろそれは自分に向き合う体験にすらなる。

新鮮なのは料理を作ることに「丁寧さ」「職人感」ということ、食事というのも、単なる空腹を満たすことでも見栄を張ることでもなく、丁寧な料理や料理人との「対話」になる。この「対話」を通して、お腹だけでなくココロまで満足する。そう考えると、ドラマで見るだけでは飽き足りなくなり、自分も日本に行って体験したくなる。

今の中国の若者は、親世代のように、大勢の人とわいわい言いながら、高い食材を使った見栄を張った料理を食べるのがよし、という考えをしなくなった。日本の若者に近づいているのではないかと思う。彼らは中国でも日本料理を好むし、日本に行くチャンスがあったら、欠かせない体験として居酒屋に行き、ドラマの物語と重なる、だからバターライスを食べることになるであろう。

SNSで情報共有の際、文字より写真、写真より動画の若者世界では、美人モードで加工されていない自撮り写真、フィルターをかけて調整する前のお料理写真の掲載は極めて少ない。そして、きれいになった写真・動画をアップし、高級料理でも居酒屋料理でも、自分の暮らしを圏子(チェンズ、詳細はこちら)内で共有するのは一般的である(ちなみに著者の日本カルチャー・ショックの一つは、日本人の知り合いのFacebookへの投稿の少なさである)。 したがって、中国のSNSを開くと、本人より顔値が高い写真や、すごく美味しそうな写真があふれている。「いいね!」を求めるだけではなく、美味しいものを食べたらみんなと共有し、友達と新たなコミュニケーションができることも楽しいからだ。

日本料理は、見る料理と言われ、高い「顔値」を持っている。食器の多さと盛り付けの精緻さに感服した外国人観光客が少なくない。季節に合わせる食器、鮮やかな食材、つまり料理が写真映えするのだ。日本のドラマを見たことがない人も、きれいで美味しそうな写真を見ると自然に「いいね!」と押したり、本当の日料を食べた、その写真を掲載し褒めてもらいたいと思う。つまり、日本料理は美味しさの「見える化」ができるので、中国のSNS情報拡散に適している。思わぬチャンスがある。

若者が求めている価値観と一致した文化体験ができ、SNSの情報拡散に適した高い顔値を持つ日本料理は多くの中国の若者を魅了している。一時的なブームではなく、長期的に日本経済や日本社会に影響を与える現象であるインバウンドで、飲食業は不可欠で、今後の対応もますます重要になっていく。特に訪日中国人の若者に対しては、英語メニューの設置や中国語での紹介だけでは、プラスアルファのチャンスを逃すことになる。

 
日本での体験を良くさせる、「おもてなし」精神をもっとも具体化できるのは、食事だ。こちらから積極的に文化の情報発信、外国のクレジットカード習慣に合わせた予約・決済サービスの検討、もっと言うと、上述のような、なぜ中国人は日本料理が好きなのか、なぜ写真をたくさん撮っているかなどの異文化への理解を進化させれば、きっとすばらしいビジネスチャンスになる時期にきている。

つづき
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2016年09月19日

フランスは来春、大統領選

 フランスは来春の大統領選を控えて、選挙がらみの報道が多くなっている。日本とは違い、フランスでは若者からお年寄りまで政治に関心が高い。特に経済の低迷、移民の問題やテロの問題等、今の政党では解決が出来ない問題に直面しており、学生の間でも政治談義は日常茶飯事で、デモ参加も当然の成り行きだ。とはいっても、フランスはどの党もあまり期待されていない。そこで若い政治家が国を変えるのも良いのではないかという考えが多くなってきた。

フランスの大統領選では、思わぬ展開が珍しくない。
1995年の大統領選で右派政党「共和国連合」からジャック・シラク党首が出馬したとき、エデュアール・バラデュール首相(当時)が30年来の友人であるシラクを裏切って立候補した(選挙ではシラク氏が勝利した)。この時、バラデュールを支持したのがサルコジ予算相(当時)だった。シラクはサルコジを息子のように可愛がっていので、サルコジの裏切りに怒った。それ以来、シラクとサルコジの確執が続いている。

サルコジは2017年の大統領選に出馬する予定だ。しかし、2007〜2012年のサルコジ政権下で5年間首相を務めたフランソワ・フィヨンや、閣僚を務めたナタリー・コシュクソモリゼら数人も、大統領選予備選への出馬を表明している。シラクを裏切ったサルコジが今度は「裏切り」に遭っているというわけだ。フランスの政界は、今や左派も右派も義理立てばかりはしていられない。

2012年5月、フランソワ・オランドが大統領に就任したとき、エマニュエル・マクロンはエリゼ宮(仏大統領府)の事務局次長に任命された。そのときマクロンは一般的にはまったく無名の人物だった。社会党内からは、「なぜ、金持ちの代名詞のようなロッシルドの人間を左派政権に迎えるのか!?」と批判の声が上がった。

その才能を買われ、2014年夏の内閣改造で、マクロンは初めて入閣した。このときは政府内からも「政治家として経験ゼロの人間に主要大臣が務まるのか」と非難の声が渦巻いた。 しかし、2015年には通称「マクロン法」(注)を制定させるなど、大統領とマニュエル・ヴァルス首相のサポートを得ながら、政治家としての実績を積み上げていった。国民からの人気も高くなり、今や世論調査では「左派で大統領にしたい人」のトップの座を首相と争うほどである。

マクロンは、エリート育成の高級官僚養成所・国立行政院(ENA)を出て財務監察官を務めた後、ロッシルド(英語読みは「ロスチャイルド」)銀行に入行し、大企業の合併などで活躍。同行のナンバー2にまで上り詰めた。弱冠38歳のイケメン、フランス語教師で高校時代に教わった女性と29歳で結婚するまでには紆余曲折。ナポレオンの妻ジョセフィーヌも年上だったとはいえ、妻・ブリジットさんは25歳年上で、離婚を経験し、3人の子供までも。自分たちの子どもはいないものの、前夫との子供とは仲良しだとか、あれやこれや始終話題にのぼる。この夏は週刊誌「パリ・マッチ」の表紙を、若々しい水着姿の夫人とのツーショットで飾り、常に注目を集めていた。そして、バカンス明けのパリのニュースは、「エマニュエル・マクロン経済・産業・デジタル大臣の辞任」だった。さらに8月30日に経済相を辞任した。大統領選に出馬するための辞任ではとみられている。

2016年4月に「左派右派のあらゆる良き意思を結集」し「左派でも右派でもない政治」を目指すと宣言し、政治グループ「進行!」(EN Marche!)を結成した。議員経験はないが、すでに1万3000人がマクロンの呼びかけに答えて参集し、「会員」増員のために、目下、草の根運動を展開中だ。大臣を辞任した理由について、フランスの景気低迷や社会的な格差拡大に対し独自の解決策を打ち出せるようにするためだと説明した。以前より大統領選への出馬が噂されてきたが、辞任に当たって苦境に陥った同国に「変革」をもたらすという決意を述べたものの、取り沙汰されていた次期大統領選への出馬を表明するには至らなかった。経済界からも厚い支持を集める左派閣僚として注目されており、大統領選出馬を見据えた動きとみられている。



 (注)「経済の成長と活性のための法律案」(通称・マクロン法)多種多様な規制緩和策、2015年2月、成立を急いだマニュエル・ヴァルス首相は年に一度しか行使できないフランス共和国憲法49条3項に訴え、国民議会の表決を経る事なく採択させた。同年8月7日、憲法評議会での審議を終え、発効。デパートや有名ブティック店などの「日曜開店」の日数を年5回から12回に増やす、長距離バス路線の自由化などが提案され、それまでタブー視されてきた労働法の一部が改定された。


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2016年09月18日

奈良から韓国が見える!?

聖徳太子は「十七条憲法」・「冠位十二階」を制定し、日本の律令政治の基礎を築いた、一万円札に肖像画が残される。遣隋使を派遣して、大陸の文化を日本へ広く移入した事でも知られる。推古天皇の甥で、摂政であった聖徳太子が、当時政治の中心地であった飛鳥の地を離れ、601年に斑鳩宮(現在の法隆寺東院)を造営した。当時に、はるか大陸の彼方からの文化が、シルクロードを通って行き着いた終着点が奈良であった。その文化の反映は、法隆寺を中心とする仏教伝来の頃の数々の史跡に残されている。

同時に、仏教の布教に努め、自らも三経義疏(さんぎょうぎしょ。勝鬘、維摩、法華の三経典の解説書)を説いた。仏教を政治の中心に据えた斑鳩の地は、日本の政治と文化の中心に。奈良は、今ものどかな田園風景の中に太子ゆかりの古刹をはじめ、数多くの史跡が点在している。近年豪華な副葬品を伴った未盗掘の「藤ノ木古墳」が発見され、古代史の謎解きの上でも大きくクローズアップされた。

1993年、「法隆寺地域の仏教建造物」が世界遺産に登録された。その後、1995年に韓国の「石窟庵と仏国寺」が世界遺産(文化遺産)に登録された。石窟庵から約4キロメートルほど離れたところに仏国寺があり、遠くたどると斑鳩の里で歴史がつながるが、つまり、朝鮮半島から仏教がもたらされたと考えられる。

「日本の中のコリアを歩く」という市民活動があって、こうした歴史の痕跡を探して歩いて、再確認していこうというものだ。温故知新、文化のルーツをたどり、過去の事象を丁寧に見てみると豊かなイマジネーションを広げることができる。真摯に学びの秋にしたいと敬老の日を前に思う。
http://www.geocities.jp/seijin5050/sub8.html
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2016年09月17日

温故知新:有田焼の祖

 韓日友情年記念事業として、物語の舞台である佐賀県有田町で「百婆」のミュージカル上映がされたことがあった。内容は朝鮮半島から連行された朝鮮陶工の妻が、夫の葬式を「クニのやり方」で行おうとすることから生じる騒動を描いた舞台で、2つの文化が織りなす人間模様が描かれる。

 「百婆」とは、有田焼400年の歴史に有田の母とて名をのこした「百婆仙」のことである。豊臣秀吉の朝鮮侵略で連行された多くの渡来陶工から尊敬され慕われた百婆仙は、1656年に96歳で亡くなり、その墓は今も報恩寺境内の「蔓了妙泰道婆之塔」に祀られている。韓国ドラマ『火の女神、ジョンイ』のモデルでもある。また、村田喜代子著『龍秘御天歌(りゅうひぎょてんか)』(文藝春秋社刊)に出てくる「百婆仙」のもモデルだ。

 時代は遡って、文禄・慶長の役で、連れてこられた朝鮮人陶工の頭領の妻の話だ。龍窯当主で、名字帯刀をゆるされた辛島十兵衛こと張成徹が亡くなると、苦労して日本で初めての登り窯「龍窯」を築いて、藩主が将軍家に献上できるような立派な陶器を焼き上げるまでにした夫の葬儀に際し、妻の百婆(朴貞玉)は故国式の葬儀を執り行って土葬にしようと望む。

 母親の強い願いに、長男の十蔵も麻の服を着て朝鮮式の葬式をと考えるが、藩主から名字帯刀を許された「辛島十兵衛」の葬式であり、代官所からは「特別に白装束の着用を許す」との達しが来ている事情を考慮して、「代官所の機嫌を損ねてはならない」と、母親の願いに反し火葬で行うことを決意する。

 こうして日本式で葬儀を行おうとする長男・一族郎党と、百婆の知恵比べが展開される。

 有田町の有田文化体育館で行われた公演には、3日間で約2000人が集まった。有田町の人口の約17%が観劇したことになる。

 公演後、地元の陶芸家という50代の日本の女性は、「不況で焼物の先行きが見えない状況のため、夢を無くしかけていた。しかし、きょうの芝居を見て、先人達の労苦があっていまの有田があることを知り、とても勇気付けられた」と語った。また福岡から来たという男性は、「韓日関係はいまぎくしゃくしているが、この芝居を通して韓日史を知ることが、友好の一助になると思う」との感想を寄せてくれた。

 大有田焼振興協同組合の岩永浩美理事長は、「有田焼の礎を築き、有田焼創業の頃の重要な指導者の一人であった百婆仙を主人公としたミュージカルが、有田で開催されることは、有田焼に携わるもののひとりとして大変うれしい。先人陶工たちのこれまでの労苦を偲び、またその功績に感謝したい」と話した。

 公演は九州各地、東北、愛知、神奈川などを経て来年2月、東京・新宿で行われる。詳細はрO187・44・3316(わらび座)。
 
 ◆姉妹作「百年佳約」も・原作の村田喜代子さん◆

87年『鍋の中』で芥川賞を受賞。その後、『蟹女』で紫式部文学賞、『望潮』で川端康成文学賞、『龍秘御天歌』で芸術選奨文部大臣賞を受賞している。『龍秘御天歌』の姉妹作として、『百年佳約(百年かやく)』(講談社)も発表している。現在福岡県中間市に在住、梅光学院大学客員教授の傍ら、執筆活動を行っている。1945年、八幡(北九州市)生まれ。
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2016年09月16日

我孫子市議会、北朝鮮への抗議文

市議会、総務企画常任委員会は午前10時より。傍聴は前もって、簡単な許可申請をして頂きます。
今回は、当市および議会で抗議文を北朝鮮に宛てて出しています。しかし、どのように受け付けられているのでしょうか、気になります。

kougibunH28.9.pdf
抗議文.png

今月8日から参議・アントニオ猪木(73歳)が、スポーツ交流を目的に、訪朝し、9日の核実験について意見交換した可能性があるとも言われますが、内容は公表されるともわかりません。猪木氏は、子供のころに家族でブラジルに渡り、現地の砲丸投げの大会で優勝したのが、たまたまブラジル遠征中の力道山の目に留まり、日本に戻って弟子入りし、デビューしたというのがプロレスラーへの道のはじまりだそうです。力道山が北朝鮮出身の在日であったことから、その弟子である猪木氏は北朝鮮から親近感をもたれています。金正日時代の招待で平壌での「平和の祭典」が開催された1995年4月28日と29日に、プロレス興行をしました。日本との交流を求めていた時期で、これをきっかけに日本との関係改善を進める意図があったという事です。その際に猪木氏は力道山の家族や知人とも深い関係を築きました。その後30回にも渡って北朝鮮を訪問し、北朝鮮との太いパイプがあると豪語して規制破りの渡航もして問題行動だと指摘されることもありましたが、特異なパイプ役を果たしています。

他方、民進党の代表が蓮舫氏にキマリました。
憲法9条を護るとの意思表示をされて、今後の世界平和にも侮られない、毅然とした一家言残し、日本の主張を明快に展開する国際派政治家として活躍して頂きたい。これまでで最もおしゃれで若い党代表は、マスコミ手腕があるので小池都知事同様に新たな期待が集まります。ともかく、政治に無関心な層を惹きつけていくことは、議会を蚊帳の外にさせない大事な使命です。

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2016年09月15日

女性が政治に大手をかける時代

今日は民進党代表選です。今のところNHKなどでは、蓮舫代表代行が国会議員、国政選挙の公認候補予定者、地方議員、党員・サポーターのいずれでも優勢で、全体のポイントの過半数をうかがう情勢だと報じられています。

※民進党代表選 蓮舫氏が過半数うかがう情勢(NHK)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160913/k10010682951000.html

 蓮舫氏の「二重国籍問題」なる謎の個人攻撃が、展開されてきました。正式帰化して、前歴をとやかくいっていたら、今の時代に日本は時代遅れでしょう。オリンピックで、柔道で陸上での活躍に賞賛の声があがるのと同じです。女性が前にでると「他にいないのか」訝しがられた時代、刺身のツマであった時代を経て、女性だから変えられると期待されるところまできたのだなと、小池氏、蓮舫氏を通して思います。

※国籍法では総理大臣でも「二重国籍」は禁じられていない!? 法務省・総務省・内閣官房にIWJが連続取材!〜民進党・蓮舫代表代行への執拗な報道 2016.9.9(IWJ)
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/330593

 他方で、蓮舫氏は、辺野古新基地計画について、「結論は基本として守るべきだ。どんなに米国と話をしても選択肢は限られてくる。基軸はぶれるものではない。それが外交の基本戦術だ」との持論を展開。辺野古新基地計画を堅持する立場をハッキリさせています。

 蓮舫氏は「公正・公平・透明なルールのもと、多様な価値観や生き方、人権が尊重される自由な社会」の実現を目指すとしていますが、沖縄は選挙のたびに「米軍基地はいらない」という民意を示しています。野党はバラバラになるばかりで、一強多弱では政治のバランスを欠きます。蓮舫氏はそうした政治を子育て世代の代表はとして立て直していこうと考えているのでしょう。

 それでも前を向いて進もうとするのは、戦後の焼け野原で立ち上がった女性たちの姿にダブります。諦めない、前に進む、そういう底力をもっているDNAをもつなら、帰化の日付云々より日本人政治家としての資格は十分です。

 柔道のベイカー茉秋選手、陸上のケンブリッジ・飛鳥選手が、リオ・オリンピックで活躍して、金、銀のメダルの笑顔に湧きました。良き方へと頑張る人が日本の未来を創るということです。


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2016年09月14日

「もんじゅ」廃炉への表明

ニュースで、13日に稲田防衛相は、運転停止が続き、存続が危ぶまれている高速増殖炉「もんじゅ」について 廃炉検討を表明したことが分かった。
高速増殖炉「もんじゅ」がある福井県選出の稲田防衛相は、「国民・県民の理解、信頼を回復するというところまでは至っていないと思っているので、ここは、しっかり検討していただきたい」と会見で述べた。これまでに度重なる事故や点検漏れが起きていたことを挙げ、初めて廃炉に前向きな考えを表明した。 他方、福井県の敦賀市長は、これまで30年間にわたって政府に協力してきたことから、地域経済への影響が大きいため廃炉にしないよう訴えたばかり。「もんじゅ」を巡っては、これまで事故やトラブルが相次ぎ、巨額の資金が投入されながら運転停止が続いていた。原子力規制委員会は去年、日本原子力研究開発機構から別の運営主体にするよう文科省に勧告していたため、敦賀市長は文部科学大臣に対して新しい運営主体を早期に決め、存続させるよう要望していた。
 稲田防衛相は、「国の原子力政策にのっとり、日本で最も多くの原子炉を抱えて貢献してきた」と、福井県の役割を評価したうえで、「国は、地元経済の活性化を考えるべきだ」と述べ、廃炉による経済への影響に配慮すべきとの考えを表明した。

 我孫子市議会では、本日、下記の順番で質疑が行われた。


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2016年09月13日

過疎の離島(海士町)で、「役所は住民総合サービス会社」が驀進中

かつては夕張市か海士町かと言われたほど日本で最も財政事情が悪い町の1つだった。しかし、その町がいまや日本の地方自治体の模範生のように言われるまでになった。その理由は2002年に町長に就任した山内道雄さんの決死の覚悟が実現させたものだと言っても決して大げさではない。

 過疎、少子高齢化に苦しめられている日本の地方の中で、隠岐郡海士町のように輝きを放っている市町村にはいくつかの共通点がある。その中で特に重要な3つの点を挙げるとすれば、1つは、リーダーの強い意志と行動力、2つ目は妥協のない財政削減、そして3つ目が苦しい中でも未来のために投資を怠らないことだ。この3つの条件とも、海士町は兼ね備えている。

 しかし、海士町がほかの市町村と大きく違うのは4番目の理由においてである。よそ者を快く受け入れること――。新しい血が入ってこない限り、組織の発展も変革も難しい。しかし、できないわけでもない。日本の伝統文化の権化とも言うべき京都は、古くて革新的だ。京都という町が伝統を重んじる一方で、進取の気性に富んだ人々を受け入れる文化をまた一方の伝統として育んで、歴史をつむいできた。

 過疎・離島のまち海士町で、その先頭にいるのが山内道雄町長だ。 山内町長は2002年に就任され現在は3期目、その前は町議会議員を6年務め、2期目の途中で町長選に。地元の商工会会長で、建設会社の社長に出馬を勧められたそうだ。いわばIターンのはしりで、島には親戚もおらず、最初の議員選では14議席のうち下から3番目で当選したところから始まったと言う。

 海の恵みや山の恵み、数え切れない『郷土の恵み』をPRして、「ないものはない」と逆手にでた。コンビニエンスストアがない。ショッピングモールもない。本土から船で2、3時間かかる離島の暮らしは都市に比べ、確かに便利ではない。それにも関わらず、人口約2400人のうち、島外から移住してきた人は1割に及び、その多くが20代から40代の働き盛り。少子化で統廃合寸前だった高校にも、全国から生徒が入学し、2012年度から異例の学級増となっている。

 離島の異変はそれだけではない。魚介の鮮度を保ったまま都市に出荷できる「CASシステム」を第三セクターに導入、豊富な海の幸を商品化して全国で人気に。「ふるさと海士」を立ち上げ、細胞組織を壊すことなく冷凍、鮮度を保ったまま魚介を出荷できる「CASシステム」という最新技術を導入した。海士町で一貫生産に成功したブランド「いわがき・春香」や、特産の「しろイカ」などを直接、都市の消費者に届けることがねらいだ。システムそのものは1億円しなかったが、建物まで含めて5億円が必要だった。「県議会はなんでそんなにお金がかかるのか、絶対に黒字にならないと批判されましたが、あれが海士町のものづくりの一大革命だった」と山内町長は振りかえる。

 島で育てた隠岐牛やブランド化した「いわがき・春香」なども都市の市場で高い評価を得ている。現在、全国から視察が絶えない自治体となっているが、10年前は財政破綻や過疎化の危機にひんし、「島が消える」寸前だった。その窮状をどのように脱したのか。役場を「住民総合サービス株式会社」と位置づけ、大胆な行財政改革と産業創出に取り組んできた山内道雄町長に、“ないものはない離島にあるもの”について、次のような点を挙げた。

 島民は、地域の人々とのあたたかい触れ合いを感じながら、シンプルながらも心豊かな暮らしに憧れる若者を受け入れ、手厚い政策を打ち出す。産業振興にも挑戦し続け、島外との交流も盛んな海士町へは、全国からの移住者も多数、Uターンを含む地元住民とIターン者とが協力し合って、地域活性化に取り組んでいるのだという。

 山内町長は、「島の中だけで経済をまわしてもだめ。島の外からいかにお金を持ってくるか、それが大事です」と話す。「それまでは予算ありきで、国から補助金が下りて終わり。自ら役場が企画しなかった。これからの行政は、特に我々のように小さいところは、営業もやらないと」と、人口2400人のまちを合併ではなく、会社経営のごとく捉えて、次々に挑戦し、若者と共に明るい未来の次なる目標に向けて。離島のもう一つのウリが、島民の笑顔であると気づかせてくれる。出来そうもないことをやってしまえる力はどうやって培われたのだろうか。リーダーシップだけではあるまいと思う。

 
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2016年09月12日

9月議会はじまる

今議会から、議長席背面に国旗と市旗が掲示されました。
これまで、さまざまな意見がありましたが、某市民から「オリンピックという、国旗掲揚の気分が高まっているいい時期に掲示できた、さすが我孫子議会だ」とのお褒めの言葉も寄せられたとか。「いや、市役所前に掲げてあるうえに国への忠誠よりは市民ファーストだろう」とのお声もあったりでしたが、議運のアウンの合意で決まりました。今議会傍聴の方は、それも合わせてご覧ください。因みに、両旗の制作は議会費からでており、つまり皆様からの税金です。国、県も関係する機関ですが、市の運営はまずは市民ありきです。ご理解、ご協力が得られなくては進みません。

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さて、お昼のお弁当をイエローハートに注文したら410円で、会派室まで持ってきてくれました。イエローハートでは障がい者の就労支援を進めているお店です。湖北にあり、どなたでも便利に利用できて良心的なお値段と、手づくりの美味しさが評判です。お弁当の梅干しが、日の丸のように鮮やかです!
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2016年09月11日

秋の運動会

久寺家中学校からお手紙を頂いたので、議会質問の準備の合間を縫って、10日の運動会に来賓参観しました。
昨年のクラスまでは大人数でしたけれど、東日本大震災のあとは児童数がへった影響もあり、生徒の席が少なくなったのを感じましたが、短い練習期間で各種クラス対抗戦など等、若いパワー全開でガンバッテいました。
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帰りに生鮮食品館の前を通ったら、駐車場わきの空き地に建てウリ住宅の建設がいよいよ始まっていました。
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2016年09月10日

日本全土が北朝鮮の核ミサイルに脅威

北朝鮮は5回目の核実験をおこない、「核弾頭の爆発実験に成功した」と発表。9日午後、オバマ米大統領と電話で会談し、核実験を強行した北朝鮮に対して、国連安全保障理事会で新たな制裁を含めた措置が必要との認識で一致した。

 安倍首相は会談で「北朝鮮の核・ミサイル開発の進展は日本の安全への直接的、重大な脅威で、地域、国際社会の平和と安全を著しく損なう。断じて容認できない。国際社会に対する真っ向からの挑戦だ」と強調。その上で「国際社会が北朝鮮の行動を断固非難し、いかなる挑発行動も容認しない強いメッセージを送ることが必要だ」として、安保理緊急会合を速やかに開催し、新たな制裁決議の採択を含めた対応が必要不可欠と訴えた。日本が射程に入る核弾頭搭載弾道ミサイルの実戦配備への脅威が高まっている。北朝鮮がミサイル技術を向上させているのは明らかで、日本は防衛体制の課題に直面している。

 オバマ氏は、安倍首相の考えに完全に同意した上で「日米同盟は盤石で、拡大抑止を含め、日本の安全保障に対するコミットメントは揺るぎない」と述べ、日本の防衛に協力する考えを示した。

 オバマ氏は東アジアサミット(EAS)などが開かれたラオス・ビエンチャンから米国に帰国中で、大統領専用機が高度を下げ着陸態勢に入ったため10分間の会談となった。オバマ氏は最後に「(米国の)ホワイトハウスに戻り次第、自分のチームにすぐに指示をする。日本側も関係各所が連携を取り、日米での話し合いを進めてほしい」と伝えた。

 仮に核の小型化に成功していれば、日本が射程に入る弾道ミサイルへの搭載に道を開くことになり、日本全土が核ミサイルの脅威にさらされることになりかねない。日本の弾道ミサイル防衛は、イージス艦に搭載する迎撃ミサイルSM3が大気圏外で迎撃し、失敗すれば、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)で地上から撃ち落とすという二段構えだ。 防衛省は北朝鮮の相次ぐミサイル発射を受け、防衛システムの強化を進めており、SM3は能力向上型を配備。PAC3も迎撃範囲を拡大する方向だ。 


参照 産経新聞 9/9
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2016年09月09日

都知事選の内幕

コラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、今だから明かす都知事選の内幕とは?

* * *

あの選挙をどう評価するのか? 東京都知事選から1ヵ月近くが経つが、多くの人からいまだこんな問いかけを受ける。私は民進党都連の正式要請を受け、野党の統一知事候補になりかけた。今回は今だから話せる都知事選の内幕をお伝えしたい。

私が民進都連会長の松原仁(じん)衆議院議員から、野党統一候補として出馬要請を受けたのは告示日3日前の7月11日夕方だった。それからわずか数時間後の同日夜、民進の江田憲司代表代行から「岡田(克也)代表が会いたがっている」との連絡が入った。

用件は察していた。私に「降りろ」と言いたいのだ。ある市民連合の幹部によれば、枝野幸男民進党幹事長は私の擁立に一貫して反対していた。そこでほかの候補を探したがうまくいかず、松原氏の説得にイヤイヤ応じたのだ。

しかし、都連の要請直前にジャーナリストの鳥越俊太郎氏が出馬の意向を民進党に伝えた。その情報は私にもほぼ同時に入った。鳥越氏は超有名人だ。旧民主時代から民進に批判的な私の擁立を避けたい民進党本部は、都連の私への要請と同時に鳥越氏擁立を裏で進めたのである。

岡田氏との会談が始まった。だが、彼は一向に“そのこと”を切り出そうとしない。党として出馬を要請したのに、数時間でそれを覆すとはさすがに口にしにくかったのだろう。

仕方なく、こちらから「鳥越さんでいくなら私は降ります」と伝えた。告示直前で候補擁立をめぐってゴタつけば、野党陣営に勝ち目はない。それだけは避けたかった。私の言葉を聞くと、岡田氏は安堵したような表情を浮かべた。

メンツを潰されたのは民進都連だ。特に松原氏は憤懣やるかたない。彼は私の擁立のため、民進の都議会幹部たちの同意を無理して取りつけた。岡田氏との会談後、電話をかけると「オレはみんな(都議会幹部)になんて説明すればいいんだ」と途方に暮れた声。私を推したある議員も「(党本部には)怒りしかない。あまりに古賀さんに失礼だ」とのメールを送ってきた。

投票日の前日、世論調査で「鳥越不利」の観測が出ると、岡田氏は9月の民進党代表選への不出馬を表明。都連の間でさらに党本部への批判が高まった。なかには裏で小池氏を支援する議員もいたらしい。

開票日は自宅で過ごした。小池氏の圧勝は「当然だろうな」と思った。なんの哲学もなく、知名度優先で候補者をクルクルと差し替える民進が野党第1党なのだ。たとえ統一候補の擁立に成功したとしても、一体感も戦略もないままでは、したたかに無党派層の支持を集める小池百合子新都知事には勝てるはずもなかった。

もし鳥越氏の出馬がなければ、私はそのまま立候補していたと思う。そして、鳥越氏が出演を断ったネットやテレビの政策討論会に出て、小池氏にはない公務員改革や都議会改革の“具体策”を訴えた。

もちろん、出馬を取り下げた弁護士の宇都宮健児氏とキッチリ政策協議をした上でのことだ。それでも、今から考えれば勝てたとは思えない。バックの民進の情けなさを、改めて目の当たりにしたからだ。

野党は惨敗を喫したことへの反省、検証を本気でしているのだろうか。今のところその動きは見えない。民進党代表選も蓮舫代表代行が「人気がある」というだけで勝利しそうだ。このままだと次の衆院選も同じ失敗を繰り返すだろう。


出典:http://wpb.shueisha.co.jp/2016/08/29/70993/2/
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2016年09月08日

我孫子市(千葉)で、漱石の手紙が発見

来月8日から、我孫子市の杉村楚人冠記念館で夏目漱石が杉村宛に出した書簡を初公開することになりました。漱石は朝日新聞社への入社を機に杉村と出会い、親交を深めました。
 
 杉村は、終戦直前まで我孫子に在住、この地に没しました。大活躍したジャーナリストで、漱石とは英語の文法に及ぶ大議論をするほか、後に民俗学者として知られる柳田国男とも野鳥についての交流があるほど、各界の人々と付き合いが広い人物でした。当時には珍しい英語に堪能な杉村を朝日新聞社がスカウトしたという逸材でした。国際派ジャーナリストとして際立っての仕事ぶりは、日本初の世界一周ツアーを企画してそれに同行記者して関わり、大人気となる連載記事を書き綴ったことです。

 杉村は我孫子に所有していた別荘がお気に入りで、ゴルフ場をつくることを進言したり、地域おこしにも一役買っていました。関東大震災(1923年)で都内の自宅が崩れ、我孫子に転入する際には自宅として住まうため、耐震設計に詳しい、神戸の旧トーアホテルの設計者であった下田菊太郎に依頼しました。地元の青年にも俳句を教える活動もして、地域の人との交流もつつがなくされました。

 発見された書簡は、いずれも半紙に書かれている。1通目は1910年1月19日、漱石が楚人冠の長女麗子(うらこ)の死去を聞いたその日に送ったもの。楚人冠宛ての書簡ではこれまで、同月21日に出された麗子死去へのお悔やみが最も古いと考えられていた。

 2通目は1912年12月24日、電話を引いたばかりの漱石がかけ方を聞くために送った書簡。電話番号の書き直しや、出社しないことを心配した杉村に「社へ出ぬ事は無精にて怒つてるにあらず(社へ出社しないことは怒っているのではありません)」などと心情を伝える心遣いが毛筆で書かれています。

 2通とも市が楚人冠関連資料の調査を進める中で、杉村の遺族の一人から借用した資料から見つかりました。「漱石全集」には掲載の書簡に記録されたされたものとは別のものだと判明。楚人冠宛ての書簡を分類したファイルに長年保存されていたことなどから、真筆と判断された。

 10月8日〜来年1月9日、同記念館で開かれる企画展「楚人冠と漱石〜新聞と文学と」で未公開書簡2通を初公開されます。夏目漱石没後100年を記念し、二人の交流を他の書簡や書幅などからわかって貴重なものです。
 
 秋の行楽の予定に組み入れて、我孫子市杉村楚人冠記念館も巡っていただければと思います。

参照 千葉日報 8月29日
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2016年09月07日

女性の働きやすさ、子育て支援策は、地球サイズに重要課題

2014年の都知事選挙は、女性立候補者がゼロ。そして、その時までフランスの首都パリでも、パリ市長となった女性はいませんでした。子育てと女性の就労が政治の一大課題となる大都会の政治に、女性の姿が残念ながら見られませんでした。ところが、同年のフランス統一地方選挙では、パリの政治史上初の女性市長では、アンヌ・イダルゴ氏(当時57歳/与党・社会党/画像左)とナタリー・コシウスコモリゼ氏(当時40歳/保守系野党/画像右)の、女性候補者同士の一騎打ちに。結果、投票率58.4%の選挙でイダルゴ氏が当選しました。スペインから移住してきて、14歳でフランス国籍を取得、30歳で政界入りと言う経歴も注目を浴びていました。立候補する際に、子育て関連の施策を早急に対処することを挙げました。パリでは出生率が高く、働く女性が多いため、5,000箇所の保育施設の増設を挙げていました。また一方で、パリで深刻化する大気汚染への対策として、2007年に導入された「Vélib」(街の各所に自転車を自由に借りて返却できるサービス)に続き、電動スクーターの貸し出しスポットを設ける「Scoolib'」のアイデアを後押していました。どちらも女性だからこそ気づきから政策が編み出された、大切な点といえそうです。

 イギリスでも、EU離脱の責任をとって首相交代の選挙が7月にありましたが、女性候補二人の闘いとなって、EU残留派に属していたテリーザ・メイが当選、英国で二人目の女性首相です。小池都知事の当選は、女性が政治のガラスシーリングを突破できると示してみせ、世界中の女性と伍して日本の女性たちをも奮い立たせる雰囲気になってきました。むしろ先進国といわれる政治の世界で、これまでは立候補する時点で女性にはチャンスが巡ってこなかったからこそ、今回は小池の乱といわれるように、打って出る立候補となったのだと、小池氏自らが告白していました。突然の辞任劇にも、以前の都知事選出馬の想いが小池氏の出馬への伏線にあり、自民党の候補者選びの体制が整う前にとマスコミに発表、その小池の乱を追いかけるマスコミ陣、大政党組織の掟をはねのけて立候補したことへの締め付け、都議会の自民党都連のドンという構図が明るみに出て、都民の関心をひきつけ、291万票を味方につけることができたという、専門家の分析でした。

 すでに時代の趨勢である、女性リーダーが、大都市パリ、ローマに、そして英国首相に、女性のリーダーを選んだのです。しかし、東京よりも先に女性知事を誕生させた千葉は、千葉県で最初に女性市長誕生ですらも瓦解、県議も市議も女性は増えるなどもなく、停滞という感じでしたから、やはり東京の動きはカンフル剤です。TVコメンテターの中には、パリ市長から大統領が誕生するなどもある、いずれは知事から首相も狙うのではなどと怪気炎の話も飛び出していました。




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2016年09月06日

日露、日中首脳会談で思うこと

 9月は外交シーズンで、安倍首相は9月2日にウラジオストクでプーチン露大統領と会談しました。各種メデイアが報じているように日露首脳会談は、3時間にも及びかつ相当雰囲気は良かったそうで、安倍首相が手応えを感じているというのは、その通り受け取って良さそうです。
 そして、延期されてきたプーチン大統領の訪日が年末12月15日に決まりました。しかも日露首脳会談は安倍首相の地元長門市で行うと首相自ら表明されています。プーチン氏は柔道を好んで行う日本通ですが、温泉もお好きなようで、会談場所は湯本温泉の老舗の温泉旅館、かなり山がちな場所だそうです。警備は大変だろうと言われているようですが、良き「おもてなし」が功を奏して、北方領土返還を含む日露平和条約交渉の進展につなげてほしいと思います。
 その後中国の杭州で開かれたG20首脳会議に出席した首相は、9月5日、今度は中国の習近平国家主席と日中首脳会談を行いました。しかし、こちらはわずか30分、これが何を物語っているかというと・・・。尖閣問題を抱える中、日露と比べると熱は入りにくく、海空連絡メカニズムの協議加速、不測の事態防止ということの連絡調整で、良しとするという感じですね。
 Brexit(英EU離脱)もそうですが、地球の様々な国、地域で起きる出来事が、ちょっとした情報の早遅で影響しあう時代です。改めて、歴史、経済、政治を含め、常に勉強しておくことが不可欠になってきたと思う、秋です。
 
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2016年09月05日

9月我孫子市議会の傍聴へのお誘い

9月議会初日、そして議会質問の提出の日でした。登壇の順番は「くじ引き」で決まります。今回、来週14日に海津にいなの登壇がきまり、午後1時開始の2番目で2時前後の登壇の予定です。
質問はリオ・オリンピックを終えて、ここぞと質問しておきたい内容に特化しました。

2020年へ観光策

@TVドラマ化への誘致活動
 「オリンピックの父」とも言われる嘉納治五郎、そして「民藝の祖」と言われる甥の柳宗悦、その妻・兼子は「日本の声楽の母」と言われる。このところ自治体では、NHKドラマなどにも賑わい創出効果を期待して売り込みをかける時代だ。我孫子市は、いくつもの物語が詰まっている。歴史文化も大事にしているだけでなく、それをウリに世につたえて行ってみたい、住みたい街に知らせることもできる。今後は、ご当地カレーだけ、切手だけでなく、TVドラマ化などにアプローチをしていく時期到来と考えるが、市としての取り組みはどうか。

A手賀沼の我孫子
 これまで、手賀沼花火が二市一町で行われた時代に手賀沼との隣接面は我孫子が一番広かったの。手賀沼公園の入り口もこのため我孫子市にある。今、そのバランスはどの程度に変化してきたと捉えるのか。昨今は水辺の外来種にも積極的に対処するが、我孫子市はどうか。

B白樺文学館・鳥の博物館
 白樺文学館は2009年に市に委譲されて来年は民間時代と同じ年数となる。鳥の博物館は1990年に設立、活動が分かりやすくHPを利用して紹介している。入館者の増加努力はどう成果をあげてしてきたか。三館共通券の成果、入館料割引・免除申請の状況はどうか。
  
 
2020年へ国際化推進


@教育に関わる施設での対応
人口が減少している中で、当市への外国人の転入が増加している。卒入学の来賓として出席しても、数年の変化を身近に感じるところだ。公共施設で図書館はもっとも利用される場であり、このような変化に対して、蔵書、新聞にどのような配慮がされてきたか。また、学校図書館での取り組みどうか。

A外国語でも我孫子を紹介
Living in Abiko は生活上の基本を説明として活用されてきた。今後は、暮らしやすい、楽しめるまちのアピールも必要で、例えば Enjoy Abiko というような観光案内も必要だ。そのまちに来て、楽しんで、住みたいといわせるような案内を近隣都市同様に多言語で対応していく時だ。近隣市が数年前から取り組んでいる状況から、当市も早期に紹介できるようしていかなければならない。 

B結婚への対応
 結婚の自由がある反面、離婚もある。国際結婚カップルは、市内でもふつうに目にする光景になっている。今回のオリンピックでもアスリート、コーチには名前が外国名だと分かるようなことは当然のことになってきていた。市では、結婚相談も対応していて現代の仲人さんとして頼られてきているが、外国人にはどのように対応することをされるか。また、どのような問題点があるのか。


 つづき
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2016年09月04日

JBF(ジャパンバートフェスティバル)ボランティアさん募集!

今年も今年もジャパン・バード・フェスティバル(JBF)が11月5日(土)と6日(日)の2日間に渡って開催されます。

ボランティアを募集中です。二種類あり、一つは、我孫子駅前、アビスタ、親水広場の各案内所での会場案内、もう一つは、我孫子駅と鳥博広場に設けられたJBFシャトルバス停留所でのバスの運行補助(チケットの販売や昇降の安全確保など)です。今年は、水の館が工事中で若干変則的な会場設定になりますが、関係者一同、例年のように成功を願っています。


 詳細は次のURLをご覧ください。
http://www.city.abiko.chiba.jp/bird-mus/gyoji/event/jbf2016volunteer.html


上のURLのページからも申込み用紙をダウンロードできます。

9月30日が締め切りです。




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2016年09月03日

我孙子的秋天,旅游信息 

欢迎进入我孙子(中国語)
它已成为更容易超越的热量。将邀请你布拉里尽量走来指导你的朋友和熟人的城市。

❤旅游信息,在这里❤
http://www.city.abiko.chiba.jp/event/kanko/index.html
当你说你要阻止外国朋友来我孙子的旅店,也有一个地方,比如:
我孙子市的日式旅馆日本旅馆的
◆富萨靠近车站客栈(含接机)
商务旅馆富萨孙子富萨22801
(富萨站大约从东出口有10分钟的步行路程)电话:04-7189-2196
每晚(不包括餐费)4300日元 - 信用卡不被接受
http://www.hotel-fusa.com/ryoukin.html布佐.JPG

◆客栈靠近我孙子站商务大酒店 Buisness Inn
烹饪酒店总行我孙子町3丁目7俊树15
电话(从南口站我孙子步行约5分钟):04-7182-1335
夜11880日元(税和服务费,与上午晚餐)
kadomatsu.JPG

◎城市的住宿,这也是除了↓
http://www.city.abiko.chiba.jp/event/kanko/shuhenshisetsu.html
酒店标志14个一我孙子孙子Shibasakidai1丁目9
电话(大约1分钟从Tennoudai站北行):04-7186-1717

财富的19桝旅博物馆孙子寿2丁目22
(关于从南口我孙子站有20分钟的步行路程)电话:04-7182-2003

つづき
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2016年09月02日

台風一過、さらに次々に

 昨日9月1日は、1923年に発生した関東大震災の記憶を忘れまいと制定された「防災の日」でした。台風10号が各地で甚大な被害をもたらしました。東京や千葉、埼玉などの都市部では側溝や下水道の水が道路にあふれ、上陸した東北地方では川が氾濫、家屋の浸水も相次ぎ、宮城県の被害額は14.2億円とも言われるほどの被害が報告されています。

 1日時点で、さらに沖縄の南で発生した台風12号は、2日、南大東島の西の海上を北東に進んできているということで、安心できません。このところ我孫子も、雨水管のパイプ基準値を見直そうと適宜取り替えて、その上の雨量によって、住宅床上浸水が起きています。水害後の感染症を防ぐために市の職員が聞き取りをしながら消毒作業に向かう手はずがされています。
 
 そして、関東大震災には、忘れてはいけない「悲劇」があります。それが、震災発生直後に起こった、「朝鮮人大虐殺」です。

 これは当時、行政機関や新聞、民衆を通して「混乱に乗じて朝鮮人が井戸に毒を入れたり、放火して暴れまわったり、凶悪犯罪や暴動を起こしている」という「デマ」が広がり、多くの朝鮮人や中国人、かばった日本人までも、方言を話す日本人や、耳の不自由な日本人までが、「自警団」によって殺傷された事件です。

 当時は「警察のみならず国家の全力をあげて、治安を維持」するためとして「戒厳令」が発布されており、混乱に乗じて自由主義者や社会主義者、労働運動の指導者を暗殺する「甘粕事件」や「亀戸事件」も発生してということです。のちに、事件の収拾のため、殺傷に及んだ容疑者が割り出されて、逮捕、裁判で有罪になったという記録が我孫子の図書館にも残っていました。

 あれから90年、第二次大戦を経て平和国家となったはずの日本ですが、ヘイトスピーチで街宣活動するの排外主義者も、堂々と、在日外国人やマイノリティーに対する偏見、差別発言を繰り返して問題になっています。こうした、シュービニズム(排外主義)が広がる中で、低賃金の外国人労働者を迎え入れるようとの政策も進められています。

 身近に外国人が増えてゆく時代、税金も納めて、日本人の伴侶がいたり、子育て世代であったりというこの頃です。人々が災害時に外国人を阻害するようなことがなくなるよう、朝鮮人虐殺の苦い記憶を「教訓」として、未来を築いていくことだと思うのです。
posted by Nina at 10:12| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

自治体も多言語対応が標準装備に

議会が9月に開催まじかなのでいろいろと調査を進めている。そこで、オリンピックもあったことで、改めて気になるのが、国際化の推進だ。柏市、松戸市、鎌ヶ谷市、白井市、そして印西市、取手市もみたがとっくのとうにHPを多言語対応にしていた。昨年の議会でも指摘してきしたけれど、我孫子は英語でLiving in Abikoとして掲載するのみだ。

このところ、我孫子から転居した人から、「我孫子は今は昔」遅れてるのじゃない、ガンバッテと言われたのも、頷ける。これは予算の問題ではないと思える。役所のページを電子的に連携して、ほぼ完訳(誤謬、誤訳はあれど)してしまえ仕組みで、取手などは健康スマートシティーと銘を打って、どの国籍の人(伴侶)が住まおうが困らないで対応するよう、言語ツールにシステム連携している。お値段もかからないということで、ほぼ標準的に普及しているのだ。なぜこれくらいのことを情報収集せずに、我孫子市のみ後回しにしてきたのか、(-_-)/~~~ピシー!ピシー! 市民なり、議員なりではないよな〜 

ネット上の翻訳サイトで、試してみたら、次のような長文が1分程で韓国語に翻訳完了(正確な訳ではないけれど)でした。

つづき
posted by Nina at 13:21| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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