2016年07月31日

巨大化する組織の規則硬直化がみえる都知事選を打ち破るのは誰か

  人口1361万はポルトガル、ギリシャ、スウェーデンよりも上。東京都の国内総生産(GDP)94兆円はインドネシア1国をしのぎ、韓国やメキシコとほぼ肩を並べている。

 だが、規模は巨大でも自治体は自治体。派手な知事外交や五輪などのイベント本位ではなく、あくまで住民の利便優先で営まれる組織のはずである。

 東京都政の基本的な特徴の一つは、旧東京市(1943年廃止)から引き継いだ上下水道や消防関連業務を、23の特別区で都が担っている点にある。

 つまり、道府県なら市が所管する地域密着業務を都が直接、さばく。

 それに見合って都庁は巨大(職員17万人)。チェック機関の都議会も巨大(定数127)。都民は住民参加による制御を実感する機会がない。為政者は遠い存在であり、都知事選が政策不問の人気投票に傾く理由もそこにある。

 候補者の一人に数えられたが、結局、出馬しなかった片山善博・慶応大法学部教授(64)=元総務相、前鳥取県知事=に聞くと、「性根がすわっているかどうか、でしょう」 とそう答えが返ってきた。東京とは何か。都知事とは、自治とは何か。政党はどう関わるべきか。 「出馬の動機と施策の関係をただせばいい。討論すれば見抜ける」と指摘するが、たしかに政策論争はさして見えないでここまできた。

自民党都連が統制を取ろうとしてきたが、政党の関わり方も市民には釈然としない。組織推薦候補必勝の規律はあるが、しかし、その組織で何を実現するかという政策的な検討がなされた形跡は見えない。

 自民党都連が、同党議員を対象に「親族が非推薦候補を応援しても除名」と通知した(11日)。

 たまたま、小泉純一郎元首相(74)と話した際、元首相が反応した。

 「あれ、なんだよ。オレが小池(百合子)さん応援したら、進次郎を除名するの? 驚くね。自由も、民主もないよ」

 都連があてにした桜井パパの後、野党の勝ち馬探しの迷走、政策論争がない。絶えざる世論調査、政党の勝ち馬探し、すると有力候補にまつわる週刊誌の暴露となって無知蒙昧だ。

 政党は、かつては理念や経済的利害を共有する支持組織を背景に成り立っていた。いまは、選挙に勝って力を見せること自体が目的化して、本末転倒をみせている。


参照:毎日新聞2016年7月25日 東京朝刊
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2016年07月30日

女性が政治的意思決定の場に登場する

 29日、民主党全国大会で、初の女性大統領候補として指名を受けるTV中継を観た。大統領候補指名争いの対立候補だったサンダース氏は、これまで掲げてきた気候変動への対策や医療制度の改革、最低賃金の引き上げといった政策が草案に盛り込まれることで、ヒラリー・クリントンを支持とになった。

 今回の大統領選挙は、初の女性大統領が誕生するかどうか、グラス・シーリングと言われた女性にはだかる見えない壁、そのもっとも分厚い壁を打ち破れるかだ。そして、元大統領クリントンがFirst first-husband になるか、興味津津。
挑戦することを諦めないヒラリーの根幹をつくたのは、ヒラリーの母親の言葉だった、そして今のヒラリーは娘にも期待されているのだと、分かった。

 後半、ヒラリー・クリントンは核をボタンをトランプ候補ににぎらせる事は危険だと主張した。テロや暴力とはきちんと闘う。それは、持つべきでない対象に銃や武力をもつことを許さないのだと明言した。

 日本は首都・東京で知事選の結果が間もなく決定する。
何か、変る潮目にいるのかもしれません。

我孫子にムーブメントを起すにはどうしたらいいか、
まだまだ、これからの進展を楽しみにしたい。

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2016年07月29日

夕張、財政破たんの街から10年

10年前に夕張市が破たんしたとのショッキングなニュースが報道されました。今年は、夕張メロンの初セリで、史上最高の2玉300万円で落札されたと景気のいい話で、メロン農家は頑張っているのが聞こえてきています。しかし、人口が1万人3000人ほど、それが、2016年5月末、9000人を割り込んだ。つまり、我孫子市の5年間に減少した4000人と同じ人数が街から減ったという事です。赤字を15年間もごまかして放置してきた市側、議会の無責任体質はどんなに厳しく責められても免罪できるものではありませんが、市長はなくなり、議員は変わり・・・。そして、市民にしわ寄せがきているところに、新人市長が誕生して、借金返済に頑張っているという訳です。

地方自治体の財政状況を示す指標の一つに経常収支比率があります。人件費や公債費などの義務的経費が地方税や国からの交付税といった財源に占める割合で、比率が高いほど財政が硬直化していると判断されます。夕張の経常収支比率は116・3%で全国で最悪だそうですが、ココ一年でも経常収支比率がさらに悪化していたことが昨年の読売新聞関西版の記事と比較すれば一目瞭然でした。

平成15年度時点で、全国をみると、比率100を上回る市が、23にのぼったと報告されています。うち11は大阪府内の市で、放漫財政になったのは、逢坂人気質というのがあるという事でしょうか。財政赤字に陥っている自治体を見ても、27年度は都道府県で唯一、大阪府が入っているのをはじめ、4つの市が含まれるので、おおさか維新の会が人気になったのもそんなところからでした。

破綻法制は、これまでの再建制度にはない「早期是正措置」の発動を可能にするのが特徴、都道府県や、新たに設置する第三者機関が、市町村の財政状況を常に監視し、危ないと判断した場合、事前指導を行い、二の舞にならないように勧告することになっています。予算の緊縮を求め、状況の改善に努める、それでもダメな状況に陥っていた時は破綻を認定し、国が再建を主導するものの市民にとっては公共サービスが激減、公共料金があがり厳しいことになります。

自治体が破綻した場合、大企業が返済免除を受けるのと違って、現状では借金や地方債について、返済免除を受けることは不可能です。そんなことは、企業は生産主体であったり、多数の従業員との雇用関係があり、破綻措置なんかでは、家族が路頭に迷うでしょう、という訳で緩和措置なんだろうと理解するけど、なんだか、いいような悪いような、どうしようもない対処です。

地方債を購入したり、資金を融資したりする金融機関は、自治体の財務に対する厳しいチェックがされることになり、資金調達が思うようにできないことも起こりそうです。日本全体で国と地方を考えれば、地方自治体の借金よりもっと重い借金を抱えています。国の財政事情は、地方より悪いけれど、国民の預貯金からするとその借財は、カバーできるから、国際的信用力は維持できているのだという理屈がまことしやかに言われます。これからは、健全な財政運営を市民もしっかりみていくこと、それこそ選挙の機会に街、地方、国が何を目指しているか、チェックする大事に時だと認識するようなってほしい。学校教育では、政治に係ることを避けるけれど、組織、党派に寄らず指導することはやり方次第であるはずだと思うところですが、どうなのだろうか。まずは、参議院選に続く、都知事選の結果にも注目したいです。



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2016年07月28日

東京の政治が変わる節目に

 タレントの石原良純が、17日に鳥越俊太郎東京都知事候補について好意的な発言をしたとして、自民党東京都連が所属する国会議員や地方議員に配布した「都知事選挙における党紀の保持について」と題された文書の禁止事項にあたるのではないかとネット上で話題になっている。

 同文書は、都連会長の石原伸晃経済再生担当相、幹事長の内田茂都議らの連名で、党が推薦していない候補者を応援した場合、「除名などの処分対象になる」とし、議員本人だけでなく親族による応援も禁じる内容。「都知事選は東京五輪・パラリンピックを控えた都政のかじ取り役を決める極めて重要な戦い」とし、@党公認・推薦候補者以外の者の応援、A党公認・推薦候補者を不利に陥れる行為、B反対党の候補者の応援−を禁じている。

 石原は13日生放送のフジテレビ系「バイキング」に出演。鳥越氏が出馬会見の際に、憲法改正問題は東京都も無関係ではないとし、「自分なりに流れを少し、元に戻す力になれれば」と、出馬を決めた理由のひとつとしてあげたことについて、「東京から国を変えるって最初に言い出したのは石原(慎太郎)都知事かな。最初は、『 何をこの人(鳥越さん)は言ってるんだ。何を急に言い始めたんだろう』って思ったけど、でも東京っていうのは、それだけ世界に発信できる力があるんで、その中で鳥越さんはそう思われた。それに違和感を持つ方もいるけども、僕は東京の力ってそういうのがあるし、その中で『物申したい』って出られたんだろうな、と」と理解を示し、「鳥越さんの今までのことを見てきた方は、信頼感を持たれる方も多いんじゃないですかね」と発言していた。

 26日、石原慎太郎元都知事(83)が立候補している小池百合子氏(64)について「厚化粧で大年増の女に任せるわけにはいかない」などと、女性蔑視と受け取られる発言をした。都知事選で、党の除名覚悟で小池氏の応援を続ける自民党の若狭勝衆院議員(59)は、都内の街頭演説で、悔し涙を流した。若狭氏は、JR十条駅前での演説中、「政策ではない内容で、ああいうことを言われるのは残念だ。ぜひ、みなさんの力で小池さんを(知事に)押し上げてほしい」と、呼び掛けた。

 マイクを変った小池氏は、「若狭さんが男泣きした。男を泣かせてしまい、申し訳ない」と述べた上で、「いまだにああだこうだ言っている人がいるが、私は自分の意思で立候補した。女は聞き分けがいい、使い勝手がいいと思わせないためにも、1票を投じてほしい」などと訴えた。

 若狭氏は、26日、報道陣の取材に、慎太郎氏の発言について「日本が今後、女性を活躍させながらどう進めていくのか、という話を、真っ向から否定する話。『大年増の厚化粧の女には任せられない』と、こんなことを言われて、黙っていられない」と反発した。確かに、海のむこうで奮闘するヒラリー・クリントンに対しても、「女に任せられない」と言ったも同じだ。そう言えば、トランプ候補の発想に近いと考えれば当たらずと言えども、遠からずの石原元知事だ。

 鳥越俊太郎氏(76)が27日、東京・新宿での個人演説会後、囲み取材を開いた中で、石原元都知事が26日に、自身を“売国奴呼ばわり”したことについて聞かれ、意に介さない姿勢を見せた。

 報道陣から、「(石原売国奴という表現を使ったが、どう思うか?」と言われると、「石原さんの言葉ですからね。何が出てきても驚きません。私は売国ではありません。日本人ですから、日本人のプライドがある。そんなことは言われても驚くことはないですね。他の方に言われたんだったら、えっ、あなたが? と思うでしょうけど、石原さんでしょ? 何を言っても驚かないですよ」と答えた。

 「クローズ(内部)の場所ではなく、大勢の人がいる所で、ああいう言葉を言うというのは、伸晃氏はいただけない発想を同様にしそうな方だと思える。「今まで、(慎太郎氏が)女性蔑視をしてきたことの、典型的な表現なのではないか。僕は公平な社会をつくりたいと思う。揚げ足を取るつもりはないが、あの発言はよろしくないと思う」とも述べた。一方で、「批判はしていない。表現の自由があり、言うことは構わない。ただ、寂しい」とポツリ。若狭氏は、増田氏以外を応援した場合、親族を含めて除名処分の可能性もあるとした自民党東京都連の方針に反し、告示前から小池氏を応援している。「石原慎太郎さんを敵に回せば、(自民党の)除名にどんどん近づいている」と、あらためて覚悟を示した。

 翌日、町田市の遊説で、「私、今日は薄化粧で来ましたよ」と聴衆に呼び掛け、26日の自民党会合で自身を批判した石原元都知事に、「うそつき」呼ばわりされたことにも事実関係が異なるとして、強く反論した。

 「厚化粧」とか、かつては「ばばあ」発言まで、女性の容姿に何だかんだ言うのは、セクハラだってことも知らない時代おくれ。そんな石原氏に対して、激さずクールに「(旧い)男性はわがままで、言いたいことを言う。それは、懐を深く受け止めておきたい」と、大人の対応で応じた

 一方で、石原氏が「私があの人に選挙に出たらいいなんて言ったと(小池氏は)言うが、そんなこと毛頭ありませんから。私はあの人はウソつきだと思いますよ」とした発言について、小池氏は経緯をきちんと説明した。「私は前回(14年)、石原さんに『東京都知事選に出ないかね』といわれた。そのひと言で、本気になったです」と、舛添要一氏が初当選した前回から、都知事選出馬が念頭にあったことをあらためて明かした。

 その上で「(石原氏は)そう言いながら、田母神(俊雄)さんのところに(支援に)行ってしまいました。そのことを、ご本人は認知しようとしないのか、私のことを嘘つきと言っている。私は(石原氏に)頼まれたから、真剣に考えた」と反論した。

 また、石原氏が「(小池氏は)都連の会合に1度も出ない」と指摘したことについても「嘘をついた方がいる。それは違う」と否定。「私は、そもそも都連の会合に招かれなかった。以前、会議で『それはおかしい』と意見を述べると、次から招かれなくなり、除外された。うるさいのは、出て行け、みたいな話だった」と主張した。さすがに都議のボスとの関係がちらつく・・・。

 選挙戦に入って、ツイッター上で殺害予告を受けたこともあり、「暴言や暴力には負けない。むしろ、暴言に闘志がわいてくる」と、強気な構えを示した小池氏。「都政の意思決定が、どう行われているかはなはだ疑問だ。ひとにぎりのボスが決めていることが、ままある」と、かねて批判してきた自民党東京都連の意思決定過程に疑問を投げかけ、「知事は政党や、一部のボスが決めるのではない。議会組織に都合のいい人が欲しいと言って、決めまってしまうのではいけない」と指摘した。

 また、「これまで、片隅に置かれ、アリバイづくりのように政策に記載されてきた女性政策を本気でやる。意思決定のトップにさせてもらえれば、すぐにやる。これまで見たことない都政にする」とも訴えた。

 

参照:2016年7月26日日刊スポーツ
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2016年07月27日

インターナショナル・キンダーガーデン

スマイルキッズというインタナショナル幼稚園、実はオーナーも、指導者も我孫子に住んでいるとの情報を得て、訪ねてきました。国際化の「いろは」ともいうべき、幼児教育の施設がどんなふうなのかなと関心をもっておりました。

我孫子市は小中一貫教育を進めていく方針を打ち出しているのですが、今後は待機児童ゼロを一歩進めて、幼保一元化のインタナショナルな幼児教育も考えなくてはならないのではないか、そんなことをかんがえさせられました。都内のインターナショナルスクールには、有名人が子供を通わせて人気校になっていますが、なにぶん園児数の少ない私立であるため、保育料、そして通園も大変です。我孫子市が国際特区などして、新たな公共、国際化を推進する幼児教育機関を誘致する、そんな取り組みを考えてみたらどうだろうか。

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2016年07月26日

我孫子から美しきエトワールが

市内のバレエ教室で、パリに本拠地をおくバレエ教師のクリスチャン・ポジョリ先生にレッスンをという、滅多にない情報を得て、並木にある大森バレエアカデミーのお教室をお訪ねしてきました。これも本格的な国際芸術交流です。なにぶん、教室の生徒さんの中にはフランスのバレエ団にて夏期レッスンを受けて帰国したばかりというプロのバレリーナを目指す、絵から抜け出てきたようなスタイルの良い生徒さんもおられて、こちらも姿勢をただして見学していました。

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このところ、運動することがなくてうつむき加減でしたから、大変にいい刺激になりました。
美しい人たちは、努力と研鑽のたまものなのですね、一日にしてならずです!

10月16日(日)には市の文化祭に参加して、クリスチャン先生振付の作品が上演されるとのこと、是非、見に行きたいものです。

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2016年07月25日

女性が挑戦して新たな時代へと動く

「たまには」女性を都知事にしたらいいんじゃないのと訴えた小池氏が知事選を一歩リード。歴代の都知事は8人全員が男性で、小池氏が当選すれば初の女性都知事となる。小池氏は「日本が抱えている様々な課題は男性目線のものが多い」と話し、子育てや介護などの問題解決に女性の発想力が必要と訴える。「先出ジャンケン」、度胸は、一番あるとは太鼓判だ。一転二転してまで変える選挙で、女性が選出されたら「日本が変わった」となる選挙の意味があるが、このまま穏便に都政を続行するような事になれば何を刷新できたのか、元都民として見つめている人は多いのではないか。チェンジ、イエス・ウイ・キャンと世界の時流に乗って、新しい東京の姿をオリンピックに向けて期待をさせて、魅せて欲しいと願う。

 世界の首都では女性初の首長が誕生している。6月にはイタリア・ローマ市長に弁護士出身のビルジニア・ラッジ氏、フランス・パリでも14年に市の助役を13年務めたアンヌ・イダルゴ氏が当選した。日本では2000年に太田房江氏が大阪府知事に、2001年に堂本暁子氏が千葉県知事になったのを皮切りに女性知事はこれまでに6人のみ。(現職は北海道の高橋はるみ知事、山形県の吉村美栄子知事の2人)

 小池百合子氏と同期の野田聖子氏は(7月、早稲田大での講演で)、「小池さんはすばらしい女性だ。私にはない強さがある。彼女はどんどん突っ走っていくタイプ。そういった意味で、一国一城に向いている。国会は法律をつくるのに20人くらい仲間がいないと出せないので根回しが必要。彼女には資質はあると思う。」という。確かに、東京はどんどん人と富が集中している。地方の知事からすると、東京からどれだけ人、モノ、カネをとれるかを考える。東京都知事は何を考えるのか。国政にいつつ東京にいた女性が、東京都民が望むことを熟知して、かつ地方、国勢にも広い目線を配していけるのかなと思う。

 朝日新聞18日で、民間主催の「国際女性ビジネス会議」の企画において、稲田、野田両氏と作家の幸田真音氏が議論した記事が掲載された。テーマは「日本に女性総理はいつ誕生するか」。将来の首相候補と呼ばれる両氏だが、稲田氏は「いつでも女性総理が誕生することは可能だ」。野田氏も「女性総理の誕生は夢のような話ではなくて、そういう時代が近づいてきたと断言したい」と語り、互いに秘めた闘志を見せた。

 日本初の女性首相がいつ誕生するかについて、稲田氏は「いつでも女性総理が誕生することは可能だ。女性だから不利ということはなく、有利ということもない。みんなで切磋琢磨していくということではないかな」と述べた。昨年の自民党総裁選で、推薦人が集まらずに立候補を断念した野田氏は、英国首相にテリーザ・メイ氏が就任したことを挙げ、「どん詰まった時に女性が出てくる」。日本ではアベノミクスが失敗した時などに女性首相が誕生する可能性に言及した。「大臣なら財務大臣、党でいうなら幹事長。これらを女性がしっかりできて、はじめて総理に就くノダ」とも語った。

 これに対し、稲田氏は「やっぱり(首相の座は)勝ち取らないとね。(安倍晋三)総理が1回目の時よりも2回目の方がすごく力強いのは、勝つはずがないと言われていた総裁選で勝負して、勝利を勝ち取ったから」と指摘した。

 今朝の「とと姉ちゃん」は、恩師・東堂が戦後の仮住まいをする納屋を訪ねると、これからは女性も挑戦するべきだとの話が展開された・・・・。

 今年は、女性参政権を得て70年目の年となる、アジアの中でも後手後手の女性の社会進出。阻むものがあっても、前へ進もうとする人たちのいる事が大事な活力だ。女性じゃ、ダメと言われた時代、そう言っていた半分に女性がいたのだから、それこそが変わる年、そういう都市として東京都知事が誕生して、新たな民主主義を進めて欲しい!美しくしなやかに、男性も後方支援に余念がないとなれば、日本はユリに金棒だろう!?





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2016年07月24日

気分はおしゃれでコントロールできる。

 精神科医・斎藤茂太氏の 『モタさんの落ちこみやすい人の“大丈夫!”な考え方』(PHP出版)で、気分はお洒落でコントロールできるという。そのお洒落の効能について面白いことが書いてあった。

 ビジネスで大切な取引先に会う時、とっておきのスーツを着れば気合が入るし、休日に遊び心のあるカジュアルな服を着れば、気持ちがウキウキしてくるもの。服装や小物のオシャレして楽しむことは、気持ちの切り替えになるのは、精神科医に言われるまでもなく、間違いない。

特に女性は、気分に合わせてさまざまなアクセントをつけ、楽しむのは当たり前に多い。かつて、ドブネズミ色といわれるような皆同じがお決まりだった。今は、もはや死語となった感だが、バンカラがはやった時代も長かった男性たちが、最近は色々なおしゃれを楽しんでいる人が増えている。これからの夏休み本番に、男女共同参画だと思い切って、着たことのないデザインや夏らしい色彩のカジュアルウエア、オーデコロン、サングラス、帽子を選ぶなどは、紫外線(白内障、シミ、皺)、熱中症予防にもつながる。男性も社会を明るくするミッションだと、ちょっぴり今までしなかったことにチャレンジして、自分のオシャレの枠を広げてみて頂きたい。

 ファッションに気を配ると、着ていくためのシチュエーションを思いめぐらせたりして、アイテムの組み合わせを考えるようになる。そして次第に、自分に似合う色、引き立てる色やデザインなどを探して、着こなしてみようとする冒険心がわいてくる。服装に気を遣うことはTPO、斉藤茂太氏は適応力も高まるという。ファッションセンスに磨きがかかるということは、ふだん使わなかった感性や、選択する際の決断力などが刺激され、気分転換にもなるもの。

「いまの季節ならこの素材を着よう」「この天気なら、下に着るものは半袖にしよう」など、考えるとなると臨機応変さが求められる日本の気候なのだから、日本はオシャレがもっとも身につく国民のはず。確かに、羽織、袴の武士の世界でも着物の模様で「鮫小紋」のドット(点)に工夫を凝らして、知恵をしぼってお洒落をしていたという。しかも、四季の変化に合わせてきた為、世界中でも日本人の色彩判別能力はダントツに高いという研究結果があるそうで、「もえ黄色」「鶯色」「茜色」などなど着物の色合いなどの名称の複雑さがそれを示している。
鮫小紋.jpg 

 ところで、どんなに高価な洋服を着ていても、姿勢や歩き方がボテッとしてたら、エレガントではない。 内面が立ち姿、服装に出てくるので注意。オシャレな人をイメージして、背中を丸めず、ポケットに手をつっこまず、暑い日でも涼し顔をして、颯爽と歩く。暑い夏は粋(クール)にありたい。

 
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2016年07月23日

あなたがいれば

 脳出血からの記憶障害を患い「再起不能」とまで言われた内藤やす子。夫の介護を受けて懸命なリハビリを続け、今年2月には10年ぶりに歌手活動再開、新曲が完成。「徹子の部屋」で歌声を披露した際には、感極まり、内藤が声を震わせると、黒柳も感極まったとか。

 倒れたのはディナーショーの最中だった。気がついた時にはベッドの上だったという内藤。「自分のことは職業も、何もかも分からなかった。見舞いに駆けつけてくれた関係者の顔も名前も分からなかった」と語り、唯一21歳年下のオーストラリア人の夫のことだけは覚えていて「my husband」と声をかけたという。

 すぐに救急搬送され、命は取り留めたものの、失語症や右半身のまひ、状況を理解できずに徘徊する認識障害、記憶障害などの後遺症が残った。年の差婚で話題になったオーストラリア出身の英会話教師の夫(44)の介護のもと、懸命のリハビリを続けた。搬送されてから数年間の記憶は今も思い出せない。「亭主のことしか覚えてなかった。私が誰かもわからない…」。5年ほど前に町で声をかけられ、ようやく歌手だったことを思い出した。

 昨年5月に所属事務所社長の提案でボイストレーニングを始めた。「みんなと交ざって仕事がしたいと思いました」。徐々にうまく話せるようになり、カラオケボックスで歌う感覚を取り戻した。3月4日には「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」で復帰への道のりが特集され、「さしすせそ」の発音が不明瞭なものの、スタジオで「六本木ララバイ」など3曲を歌い、回復した姿がTVにも放映された。

それこそ、人生万事塞翁馬、多くの人に勇気を与える歌声、家族の支え、年の差婚、国際結婚もありだなと思える、手をつなぐ微笑ましい映像もなかなかいい。



http://www.uta-net.com/movie/210359/

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2016年07月22日

自由民主党の歴史研究

 自民党の金権選挙は、行き着くところがないほどだった。そこで田中角栄が首相だった1974年7月7日に実施された参院選は、選挙前から「金権選挙」「企業ぐるみ選挙」などの強い批判がでるようになった。田中が全力投球で臨んだものの、旧体然の自民党では議席数は伸びず、保革伯仲となった。そしてオイル・ショックによる狂乱物価が国民の不満を高め、さらに、選挙戦の最中から田中首相の金にモノを言わせての「金権政治」を公然と批判していた三木武夫副総理と福田赳夫蔵相が、同月12日と16日に相次いで辞表を提出した。このころになるとメディアも、怖いものがなくなったように首相を批判するようになった。

 そして、10月9日発売の「文藝春秋」11月号に掲載された立花隆「田中角栄研究」によって、田中の政治資金に関する疑惑の詳細があかるみに出た。国民の批判を背景として田中辞任の流れが党内で固まり、11月26日に首相辞任を表明せざるを得なくなった。

 副総裁の椎名悦三郎の裁定で三木武夫が後継首相になったのだが、それは、福田を指名すれば田中が反発し、大平に決めれば「田中亜流」の謗りを免れないなかで、懸命に配慮した人事であった。三木自身、「青天の霹靂」だと驚いて見せたが、どの派閥からも不満は出なかった。これら、党内うちわだけで時の首相が決まる時代だった。

 三木首相は、田中の金権政治に対して「クリーン」が売り物で、経済成長に対しては「分配の公正」を標榜し、総裁公選規程改正、政治資金規正法改正、公職選挙法改正などを打ち出した。これには、自民党内の抵抗が強く、さっそくに反三木の動きが広がった。そんな三木を活気づかせたのがロッキード事件である。

 1976年2月4日、米上院外交委員会多国籍企業小委員会で、ロッキード社側から同社の裏金が日本政府高官に渡ったとの情報が公開された。これを受けて、ただちに三木首相は、真相究明まであとへ引かないという決意を明らかにした。フォード米大統領に親書を送り、米側に資料提供を要請した。

 このロッキード事件が田中角栄の政治生命を完全に奪った。ところが三木首相が「田中」を標的にしたロッキード事件の真相究明に躍起になると、党内の「三木おろし」が強まりだした。結局76年12月5日の総選挙で自民党が敗北したことにより三木首相は辞任した。

 そして福田赳夫首相が誕生した。福田は安定成長論者で池田勇人とは肌が合わなかったため、同じ大蔵省出身ではあったが池田派には入らず、憲法改正、小選挙区制などの政治理念は岸信介の後継者と言えた。

 大平が幹事長時代に、歴代首脳に対する挑戦状のような報告書を書いた香山健一、佐藤誠三郎、公文俊平たちと勉強会を持つことになった。

 社会工学研究所を主宰する牛尾治朗が次のように語っている。「一九七七年の暮れ頃だったろうか、幹事長としての大平さんと、佐藤誠三郎さんや香山健一さん等、社会工学研究所に集まる学者とで議論をしたことがある。学問に対して謙虚な態度を持つ大平さんに、若い学者達がとても感激をして、これからもこういう議論を続けたい、これからも喜んで協力をしたいという雰囲気になった。(中略)一九七七(正しくは一九七八)年の五月頃から六か月にわたる勉強会を始めた」

 そして、この勉強会によって作成されたのが、総裁予備選挙に際しての大平の政見「政治に複合力を」であった。

 「『自由民主党の活力の源泉は、党内に自由で多様な見解がつねに活き活きと息づいており、それが無数のパイプを通して日本社会のあらゆる階層、職能、地域と結びついていることである』。この結語の一文は、ブレーンとなった香山らの日本型多元主義を明らかに反映している。

79年6月の東京サミットを自分の手でやるのだ、と強く思い、またメディアも福田が圧倒的に強いと報じていた。ところが、田中派の全面的支援を得て、大平が予想を覆して勝利したのである。

 福田は「天の声も、たまには変な声がある。敗軍の将、兵を語らず」と名言を残して、本選挙を辞退した。

 首相に就任した大平は79年1月25日の国会での施政方針演説で「経済中心の時代から文化重視の時代に至った」と打ち上げ、岸、福田、そして中曽根のような国家主義的色彩のない、戦後民主主義と平和感覚を正面からとらえた政治姿勢を鮮明にした。そして香山、佐藤、公文たちを中軸に200人以上の学者、文化人が参加した9つの政策研究会を設けた。


野党は政権政党を激しく、意地悪く批判し、矛盾を厳しく指摘するが、この国を、そして国民の生活をどうするかという具体的な対案はほとんど示していないことがわかり、対案を示して激しく攻め合っているのは、実は自民党内の主流派と反主流派、非主流派であり、自民党の少なからぬ派閥が、それこそ多様な意見を自由に述べ、闊達に論議する、いわゆる日本型多元主義によって政治のあり方がつくられているのだと認識するようになった。

 それに対して小選挙区制だと、執行部の統制力は強まるが、多様な意見を自由に述べ合い、闊達な論議をする柔構造、多重構造はなくなってしまうのではないかと危惧せざるを得なかった。そして、日本型多元主義の大平政権に少なからぬ期待感を抱いた。大平が改憲論議を嫌っていたことも知っていた。


1979年4月8日には統一地方選挙が実施され、前年の京都府と沖縄県に続いて、東京都と大阪府で革新自治体が崩壊した。自民党が東京で12年ぶり、大阪府でも8年ぶりに知事の座を奪還したことは、いわゆる保守復調を広く印象付けた。

 だが、大平首相が一般消費税導入に正面から取り組んだことが裏目に出て、79年10月の総選挙で、自民党は248議席と過半数割れの敗北に終わった。

 そして、福田、中曽根、三木派との抗争が激化して、いわゆる「四〇日抗争」となり、首班指名投票では何とか大平が勝ったものの、翌年5月に社会党が提出した内閣不信任案が福田、三木派の欠席によって可決された。そこで大平は解散に踏み切ったのだが、選挙期間中に大平は急死してしまった。

 そして大平の急死が有権者たちの同情を買い、自民党は衆参院のいずれも圧勝し、暫定というかたちで各派が妥協して大平派の鈴木善幸が首相になった。鈴木政権の政調会長を務めていた田中六助が、ハト派の田中、そして右ではなく左へ振れるべきだとする香山健一たちとの結びつきが右派だった中曽根を穏健化させた。

 この後、中曽根と旧大平ブレーンが直接結びつく上で主導的な役割を果たしたのが、劇団四季の主宰者の浅利慶太だった。香山たちは、大平が設けた9つの政策研究会の報告書を鈴木首相に継承し、実行に移してほしいと考えが、受け入れられなかった。ところが浅利氏を通して、中曽根が報告書を詳細に読み込んでいることを知って、香山健一らは積極的に協力することになったのだ。

 中曽根は、筋金入りの改憲論者であり、「憲法改正の歌」までつくっているのだが、首相に就任すると「憲法は日程にのぼらせない」と言い切っている。

 中曽根は「戦後政治の総決算」をスローガンに、国鉄、電電公社、専売公社の民営化を実現したが、これは「戦後政治の総決算」の主張は大平の言い出したことで、中曽根はブレーンとともに、大平のスローガンと政策まで受け継いだのである。

 1986年7月6日、中曽根首相は衆参ダブル選挙で歴史的な大勝を収めた。衆議院は300議席、参議院は72議席だった。

 そしてこのとき、香山健一は「安定多数を確保した自民党はむしろ自由民主主義と右翼全体主義の違いを今後明確にしていくべき」と主張し、次のように踏み込んで書いている。

 「左翼が強く、我が国にも社会主義政権が成立する危険が現実に存在し、また周辺の国際環境も冷戦とアジア共産主義の勃興、浸透が進んでいた一時期に、我が国の政権党であった自由民主党が戦前保守と戦後保守の大連合、リベラルと右翼的諸勢力の連合という形で辛うじて多数派を形成しなければならない時期があったことは政治の現実ではありますが、衆参同日選挙に示された民意は自由民主党が左右両翼を切って新たな健全な国民的多数派を形成しつつあることを明確に示しております。労働組合のなかの自民党支持率も急上昇しつつあります。

 このようなことを考慮に入れると、我が国社会の一部に存在する右翼的勢力――それは第一に戦争と侵略への深い反省がなく、第二に日本の国体、精神文化の伝統について全く誤った、ゆがんだ固定観念に凝り固まっており、第三に国際的視野も、歴史への責任感も欠いております。こうした愚かしい右翼の存在と二重写しにされることは馬鹿馬鹿しいことだと思います」(世界平和研究所編『中曽根内閣史 資料篇(続)』世界平和研究所)

 さらに香山は、靖国神社は「日本軍国主義の象徴そのもの」であると指摘し、「自民党は護憲政党である」と明確に宣言すべきだと強調した。
そして、それに応えるように、中曽根首相は、1987年8月29日に行った自民党の軽井沢セミナーの講演で、靖国問題にも触れながら、「右バネがはね上がってはならぬ、左の過激派が跳梁してはならぬ、われわれは中庸の道を行く」と語った。

改憲論者であった中曽根の豹変である。自らを「風見鶏」だと称し、ダブル選挙の大勝を「ウイング(翼)を左に伸ばした」結果だと言い切る。

 中北浩爾氏は「中曽根内閣は日本型多元主義の黄金時代であった」とまで語ったが、自民党が柔構造を失った現在から見ると、この指摘は当を得ていると言える。

Text by Tawara Soichiro 
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2016年07月21日

議会のドン、「既得権益を仕切るボス政治」

 東京都知事選は31日が投開票日、14日に告示され丁度一週間だ。立候補した自民党の小池百合子元防衛相が出馬表明時から、自民党都連・都議会の問題について、元都知事・猪瀬直樹氏が頻繁にツイッターなどで発言を続けている。「自民党都連はブラックボックス」「都連・都議会の『ドン』が都政を不透明なものにしている」――。

 石原都知事の後継指名のような形で、副知事から立候補した猪瀬氏だが、自民党都連の推薦を受けることは出来なかったとマスコミも書かなかった事実を明らかにした。つまり、その頃から何かくすぶっていたとも言えよう。猪瀬氏は副知事時代、東日本大震災の際、気仙沼市中央公民館で孤立した446人を、東京消防庁に命じて救出させた。きっかけは気仙沼市社会福祉協議会マザーズホーム園長から「火の海 ダメかも がんばる」という携帯電話からの電子メールを受け取った息子(イギリス在住)が、地上からの接近は難しいと言って空からの救出を求めることを、Twitterにてツイートをしたことから。それが猪瀬宛にメンションで届き、救助が必要と判断すると直ちに東京消防庁の防災部長を呼び出し、直接ヘリ出動を命じた。防災部長も即座に出動を決断した。地元からの出動要請がない中でのヘリ出動は極めて異例。石原氏の都知事退任後の2012年末の選挙で、433万8936票を獲得し、日本の選挙史上では個人としては最多得票記録で当選した。東京電力以外の選択肢を選べるような弾力的な市場に改革していくため電力市場の改革や電力値上げの根拠にしている燃料費増加の内訳を示さなければ値上げに応じられない、と指摘した東京電力改革を遂行していたが、政治献金問題浮上して一年余で辞職。2002年、道路関係四公団民営化推進委員会委員。2007年、地方分権改革推進委員会委員などに就任していた。鋭いジャーナリストの目線で行政批判を行う側から、石原都政を継承して「東京オリンピック誘致」を決定の間には妻の急逝、更には行政改革に挑み大ナタを振るうさなかで、涙の辞任劇があった。
 
 猪瀬氏のツイッターやネット上での発言内容を順を追って紹介しつつ、都政の闇将軍と五輪利権の「ブラックボックス」の一端を探った記事(THE PAGE 7月16日)があったのでご紹介したい。

              ◇     ◇
 「崖から飛び降りるつもりで」と小池氏が知事選出馬の意向を明らかにした6月29日、猪瀬氏はそれを受けて次のようなツイートを発した。

「小池衆議院議員が都知事選に立候補?! 僕を目の敵にした自民党都連幹事長、都議会のドン・内田茂の一挙手一投足に注目ですね」

 猪瀬氏を目の敵にしたとされ、今ではメディアの注目の的ともいえる内田茂氏(77)とは、議長経験も有する都議会自民党の最大実力者。自民党都連幹事長の座に2005年以来、10年以上にわたって居続ける。その内田氏をターゲットに猪瀬氏は7月5日、小泉元首相が小池氏の出馬を「最近は女も度胸がある」と評価した際には3回に分けてこうツイートした。

「報道ステーションとニュース23に重大な誤りがある。僕は知事選の際、自民の推薦をもらっていない。都連(内田幹事長)は選挙ポスターを突き返してきた。舛添氏は内田氏の傀儡政権だったが、僕は副知事時代に既得権益に踏み込んだので敵扱いされた」とし、「都政で何が問題だったのか。都政の最大のガンは既得権益を仕切るボス政治なのにメディアは表層的でことの本質に迫っていない」と指摘した。

そして「小泉元首相の発言の真意が伝えられていないようなので解説しておきたい。小泉氏は既得権益への斬り込みを小池氏に期待しているのだ。内田茂・自民党都連幹事長は既得権益の権化」と強調した。

「『都議会のドン』やひと握りの幹部による都政運営を改め、都民のための『東京大改革』を進めます」。正式出馬を表明した小池氏は参院選当日の10日、都連への推薦申請を取り下げた際、吹っ切れた表情で報道陣にこう語った。同氏による「都連、都議会の『ドン』」という発言はこの日以降、日を追って回数を増す。

 猪瀬氏のツイッターでの発言にも拍車がかかる。同じ日のツイートは「都知事選は自民の分裂選挙になるが、実態は都連の内田幹事長にとって無難な人物か、その既得権にメスを入れようとする人物か」。

 翌11日、自民党都連が石原伸晃会長、内田茂幹事長らの名で出した「都知事選における党紀の保持について」という文書に「各級議員(親族を含む)が非推薦の候補を応援した場合は(中略)除名等の処分対象となります」との条項を盛り込んだ際には、ツイッターで「親族を含むに苦笑。北朝鮮じゃないんだから」と揶揄した。

 さらに13日に公開されたニュースサイト「NewsPics」のインタビューで、都連幹事長の内田氏を「東京のガン」と名指し、都連幹事長が知事選の実際の公認権に加え、都選出の国会議員の公認権も握っていると指摘した。「国会議員は都議の足で選挙してもらうのだから都議が動かないと当選できない。だからこそ、幹事長の内田氏に絶大な権力が集まり、そのポストに10年以上も居座り続けることで勢力を広げています」。その強大な力の前には石原元知事でさえ気をつけて接していたという。

 インタビューの中では内田氏のいじめ、嫌がらせにあって同じ自民党の都議が11年7月に自殺したという事実も明かし、都政の正常化には「来年の都議選で内田支配をストップさせる議員を多数当選させることが大事。都議会の既得権益のボス支配をやめさせること」と訴えた。

 2020年の東京五輪問題にも言及し、関連予算が膨れ上がったり運営の不透明さが問題視されたりする背景には、組織委員会委員長の森喜朗元首相の存在があると明言する。

 インタビュー記事のネット掲載に合わせるかのように、同じ日には自らのツイッターを通して自殺した自民党都議の遺書も写真公開した。

 一方、都議の音喜多駿氏(かがやけ)はその前日の12日、「都議会のドンの先にある森喜朗氏とその利権構造とは」と題するブログを公表し、猪瀬氏の知事辞任劇と森氏の五輪組織委員長就任との関連について論考している。

つづき
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2016年07月20日

戦後レジームを見直すとは

 2010年10月に行われた平城遷都1300年記念祝典に皇后とともに出席した際にも、「平城京に在位した光仁天皇と結ばれ、次の桓武天皇の生母となった高野新笠は、続日本紀によれば百済の武寧王を始祖とする渡来人の子孫とされています。我が国には多くの国から渡来人が移住し、我が国の文化や技術の発展に大きく貢献してきました」と述べている。

 ことさらに天皇の発言だけを強調するつもりはない。でも多くの人が世界で最も歴史と伝統がある日本古来の王家と思いこんでいる皇室ですら、実は多くの渡来した人や文化で成り立っていることだけは書いておきたい。今さらだけど今上天皇はすごい。ぶれずに意思を表明し続けている。でもマスメディアはこうしたことに触れたがらない。テレビは論外。そして平城遷都1300年記念祝典における天皇の挨拶を細かく紹介しながら、桓武天皇と武寧王の関係についての発言だけを巧妙に回避した産経新聞と読売新聞もひどい。不敬だと右も左も怒るべきだ。とにかくあくまでも一つの例として挙げた。皇室だけではない。国民一人ひとりにも、多くの民族のDNAが入り込んでいる。顔立ち一つとっても、縄文系に弥生系、琉球系にアイヌ系、蝦夷に熊襲や隼人など、とてもバラエティに富んでいる。僕の先祖などは、さしづめ南の諸島から丸太舟でやってきたポリネシア系ではないかと推察している。

 こうして今の僕たちがいる。今の文化や習俗がある。要するにハイブリッド。純血に戻れない。それを恥じる事ではない、誇りに思っていい。これが日本のアイデンティティであり、何よりも(適応を重ねてきた)ハイブリッドのほうが、逞しくて優秀である場合が多いのだから。

 自民党が憲法改正を公式に主張し始めた2004年、アーミテージ米国務副長官は、「憲法9条は日米同盟関係の妨げの一つになっている」と発言した。裁判員制度導入の発端は、民事裁判の簡略化を求めるアメリカの大資本の要請だ。TPPは言わずもがな。そして今国会で(おそらく)成立する特定秘密保護法は、日本版NSC(国家安全保障会議)を作るために共有する情報漏洩を防ぎたいとするアメリカの要望だ。

 現在の政権を支持する人たちに訊ねたい。これで本当に戦後レジーム(アメリカの支配)からの脱却などと言えるのだろうか。僕にはむしろ、戦後レジームへの回帰にしか見えないのだけど。どこから見れば脱却になるのだろう。

出典:ダイヤモンド ONLINE 2013 11月
          森 達也
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2016年07月19日

天皇陛下の「生前退位」が英国でも報道される

 日本で天皇陛下の「生前退位」の可能性が報じられた13日、英メディアも速やかにこれを追った。
 英BBCとFT(英フィナンシャル・タイムズ)の報道を見てみよう。

 BBC(「日本のアキヒト天皇が『退位を望む』」)は陛下が「皇室を第2次世界大戦中の攻撃的な国粋主義と切り離したことで高い評価を受けてきた」と記す。 天皇陛下についての5つの事柄を挙げている。

 「陛下はより現代的なスタイルを採用し、皇室を国民により親しみやすいものにする努力をしている」。

 「1959年に平民とご成婚。二人の愛の物語は国民の心をとらえ、『テニスコートのロマンス』と言われている。二人がネット越しに出会ったからだ。陛下と美智子様の間には3人の子供がいる」。

 「陛下は第2次大戦の傷をいやすために努力しており、昨年、このように述べている。『ここに過去を顧み、先の大戦に対する深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い、全国民とともに、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります』」。

 2002年に韓国と共同開催したサッカー・ワールドカップの前年、恒例の記者会見で、「私自身としては、桓武天皇の生母*が百済の武寧王の子孫であると、『続日本紀』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています。武寧王は日本との関係が深く、この時以来、日本に五経博士が代々招へいされるようになりました。また、武寧王の子、聖明王は、日本に仏教を伝えたことで知られております。」との発言を行った。(海外では話題になっていたが、2001年の発言について日本のマスコミはほとんど報じていない。) この発言を受けて当時の金大中大統領が年頭記者会見で歓迎の意を表するほどだった。なお、今上天皇は平城遷都1300年記念祝典の挨拶でも、百済とのゆかりについて同様の趣旨を発言している。
   *桓武天皇の母親の高野新笠は10代前に渡来し、6代前に日本に帰化した。
    渡来した初代・純陀太子の父が武寧王[461年日本生まれ第25代百済王(在位501-523年)]だ。

 「陛下の趣味は海洋生物学で、ハゼの研究が専門だ」。

 FTの記事(「日本の公共放送がアキヒト天皇が退位を準備」)では、「近代日本では前例がない出来事」は「2−3年後に実現するかもしれない」と報じた。そうなれば「200年で初めてになる」(前回、天皇陛下が生前退位した例として、FTは江戸時代の光格天皇を挙げている)。

 昨年、82歳の誕生日から陛下が高齢のため十分に公務を全うできなくなったと発言し始めたことを指摘した後、FTは天皇陛下の歴史に対する見方を紹介する。

 陛下は「歴史を正しく記憶することの重要性を語っている。歴史の記憶は、皇室と日本の右派修正主義者たちが対立するトピックだ」。

 FTは、「戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」という陛下の発言を紹介している(注:記事にはどの発言かが示されていないが、昨年の新年のお言葉ではないかと思われる)。

 記事は最後に、陛下のこれまでの人生の経過を記している。

 第2次大戦で英国は勝利国の1つとなり、日本は敗戦国となった。戦時中の日本軍の残虐性や捕虜の扱いについての記憶は今も英国にありありと残る。しかし、現在の天皇陛下は戦時中の天皇であった父親とは一線を画す人物という認識が広がっており、陛下に何らかの責任を問う論調はもはやない。BBCもFTも国民から愛されている人物として報道しており、これが裏付けられたと言えよう。

 生前退位の規定はなく、本人の意思によって引き継ぎは可能と言われるものの、ほとんど実例はない。ただし、1936年、国王エドワード8世が米国人女性と結婚するために在位1年弱で国王を退位した一件がある。

 エリザベス女王は4月21日に満90歳の誕生日をむかえた。6月11日が「公式誕生日」となっているため、生誕を祝うさまざまな祝賀行事が開催された。在位は64年を超え、歴代国王の最長記録を更新中だ。

 父親(ジョージ5世)が急死し、25歳で女王となったエリザベスは「英国民のために自分の生涯をささげます」と誓った。生きている間に退位するのは想定外だ。任務を途中で放棄することなど、ありえない。

 ここで当惑するのが長男のチャールズ皇太子(67歳)だ。母親が現役のため、いつ国王の座に就けるのか分からない。これまでで最も高齢で国王となったのは、1830年に即位したウィリアム4世だった。ウィリアム4世は64歳で即位したが、チャールズはこれを超えている。

 2013年、オランダで在位33年のベアトリクス女王(当時74歳)が退位を表明し、長男のウィレム・アレクサンダーが国王になった。同年、ベルギーの在位20年アルベール2世(当時79歳)も長男のフィリップに国王の座を譲った。スペインでもファン・カルロス1世が退位した。いずれも高齢化が背景にあった。そして、2016年、日本の天皇陛下が生前退位を希望しているという報道が伝わってきた。

 それでも、6月の90歳の誕生祝賀行事での国民の熱狂度を見ていると、エリザベス女王の生前退位の可能性は現時点では低いと言わざるを得ない。ただ、本来なら女王がやるべきさまざまな公務をチャールズ皇太子や孫にあたるウィリアム王子夫妻(ケンブリッジ侯爵夫妻)やヘンリー王子(ウィリアム王子の弟)が代わりにやるようになっている。


出典:ニューズウィーク日本版 7月14日
小林恭子(在英ジャーナリスト)
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2016年07月18日

いいね!の街へGO

スクランブル.png

初日の放映、視察してきました渋谷の大ビジョン。もちろん、15秒って長いとは言えない、カメラを構えると終わってしまうというかんじで、何度もトライした。雑踏の中では、私の耳に聞こえたかというと、注目を引くには難しい感は否めない。我孫子を知らない人に魅力を伝えるまでに、色々な取り組みをすることが必要で、まずは、新規の試みを渋谷で公開したというところが、いいね!だと思う。我孫子の皆さんが、これを機に口コミで我孫子のPRをするってことが最大の効果だと思う。
乞うご期待!!!

下記は、YOUTUBEにて同じものをご覧いただけます。


しかし、ポケモンGOはなぜ人気なのか、理由がわかると参考になるかもしれない
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2016年07月17日

吉田沙保里の歌声で、「つ」のシティプロモが面白い!!

 参議院選が終わって、東京では桝添都知事の辞任で、東京都の18歳は知事選にも一票を投じることになる。参議院選で、18歳投票率は51.17%、19歳は39.66%だったという。女性知事は全国でもまだ少数ではあるが、首都圏初が千葉であったのは、知る人ぞ知る県知事となった堂本あき子氏がいた。その際に選対を率いた女性から当時の話をきいた事があるが、政治に近づかない女性にどう訴えられるかがキーポイントだった。今回は、さらに政治に係ってこなかった若者層をどう取り込めるか、となると親に相談したということからすれば、組織に何等か関係がある親の動向が影響するのだろうか。今回の都知事の候補者は21人は過去最多の中で女性は3人、小池百合子氏はその座をつかむことが適うだろうか。議会への切り込み鋭い感は一番あるので、招致時点の723億円が、現在、すでに約3000億円に増大しているというオリンピック予算、小池氏はこのままだと更に膨らみつづけていくと訴えており、クールビズで省エネ効果を出した手腕に期待している。

 そんな中で、Web検索ついでに、たまたま目についたシティ・プロモーションの「津市」の動画が超がつく面白さと、感動があった。世界一の頂点に就いた女性レスリングの女王の吉田沙保里選手が出演し、しかも歌声が女性らしい愛らしい澄んだ美声で、リズム感がバツグン、聞き惚れているうちに、なるほど「つ」がないとお話にならない、と納得してしまう。郷土愛に満ちたプロモーション、こんなのありなのだと目から鱗、日本って、日本語って面白いと思ったり、画像下部の「つづき」もクリックして、是非ご覧ください。



つづき
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2016年07月16日

我孫子へ誘う大ビジョン映像@渋谷スクランブル

世界で最も知られた渋谷のスクランブル交差点にて、我孫子のシティプロモートの映像が流れます。全国の市町村で初です!海の日の祝日、そして、夏休みに突入すると、首都圏、全国から渋谷を訪れる人も多くなる。そこで、我孫子市に関心を持ってもらうきっかけ作りと、認知度向上を狙っています。1時間に4回程度、1日68回、1週間に計476回、映像が流されます。(午前7時から午前8時は、映像のみ)

高さ17.3メートル、幅24.3メートル。面積420平方メートル(バスケットボールコートとほぼ同面積)。
広告用LEDビジョンとして、日本最大級の大型街頭ビジョンです。

渋谷エリアは、買い物客からビジネスマン、外国人をはじめ、多くの観光客も訪れる都内でも一年通じて賑わう人気スポットです。駅前ハチ公の像があるスクランブル交差点に面したビル屋上に設置された大ビジョンで、信号待ちの人々が我孫子が大写しになる大画面を見つめることになるでしょう。手賀沼の水面を走るヨットの白帆、自転車で颯爽とツーリングする人たちをとらえたリゾート感が満載の映像は、夏の暑い渋谷の群衆にアピールすることでしょう。我孫子の魅力を満載の映像は市民参加で制作、名付けて「あびこの魅力CM」です。

「あびこの魅力CM」は、平成27年7月に東京メトロで放映した上記のような内容の15秒CMの映像の下部テロップに「東京−我孫子最速38分!」や「都心から近い水辺のまち」などが流れます。我孫子市の強みを我孫子市マスコットキャラクター手賀沼のうなきちさんと共に表示してアピール。我孫子大好きのバイオリニスト竜馬さんが軽快に奏でるBGMに乗せて「あびこの魅力CM」を若者の街と言われる渋谷で発信します。どんな、反応が得られるか、皆さまも覗きに行ってください!?ツイートしてください!!

海津にいなは、18日に初日午前中に行ってきます。姿を見かけたら声を掛けてください〜♪ 


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2016年07月15日

千葉で集中豪雨

 関東地方では15日、上空に寒気が流れ大気が不安定となり、千葉県では局地的に大雨が降った。我孫子市では、市内我孫子北地区の計雨測所で午前11時前後に1時間に約81ミリの猛烈な雨が降ったと見られる。冠水多発地区の一か所、若松の住民より連絡を受けて、水があがっているのでいざという時の対処を急げとの警告を受けて取りあえず現場に向かった。午前の明るい時間帯であった事と比較的はやく雨あしが弱まってきたことで、住民は落ち着いた対応だった。何軒か様子を聞いて歩いたが、高齢者が多い地区でもあるため、状況を把握するために役所へいくと、市内各所でのデータを集計中だった。中でも我孫子北近隣センター 雨量計で 一時間81.5記録していたと、報告がきた。 瞬間では100ミリを超えたという事だった。 
やはり、このところ異常気象です。隧道、二か所 通行止としたと言う話であった。
CIMG1623.JPG

 その後、市では午後2時半に災害対策本部を設置、被害調査班11班体制で状況を把握し、更に午後6時45分に二回目の対策本文会議開催予定とのこと。

 気象庁は数年に1度の大雨だとして「記録的短時間大雨情報」を出した。千葉県警によると、市原市では15日午前、沿岸部を中心に約50カ所で道路が最大50センチ冠水した。
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2016年07月14日

反省すべきは誰 ーその2ー

しかし、この年の5月末、BBCラジオのある報道が大きな政治スキャンダルを発生させる。02年9月に政府は「イラクが45分以内に大量破壊兵器の実戦配備が可能」とする報告書を出していた。BBCは、この報告書が「イラクの脅威を誇張していた」と報道し、「45分の脅威」の信憑性を問題視した。記者は第1報で「嘘と知りながら、情報を入れた」とうっかり口を滑らせた(後、訂正)。ブレア首相には「嘘つきブレア」というあだ名がついた。

 政府は「誇張していたのではない」と証明するためにやっきとなり、政府とメディア(BBC)の対決となった。

 外務委員会が調査を開始し、証人として呼ばれた一人が国防省顧問のデービッド・ケリー博士だった。召喚の数日後、ケリー博士が遺体で発見された。後になって、博士が先のBBC報道の重要な情報源だったことが判明する。



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inRead invented by Teads

ハットン委員会と「ごまかし」

 博士の死をめぐる事実関係を解明するために行われたのが「ハットン調査委員会」だ。ブレア首相やほかの政治家、諜報情報組織の幹部、BBC関係者など70人が召喚され、その模様は動画中継された。

 この時、正式には博士の死をめぐる調査委員会ではあったが、多くの人がいかに侵攻までの過程が違法であったのか、いかにブレア政権が「嘘をついて」国民を戦争に連れて行ったのかが解明されると思っていた。ところが、04年1月に発表された報告書は、博士の死を自殺と結論づけたのは妥当ではあったものの、BBCの報道は誤報とし、政府が情報を誇張した事実はないとしたために、大きな衝撃となった。

 全国紙インディペンデントは1面に一言、「ホワイト・ウォッシュ(ごまかし)」と書いた。ハットン委員会が政府の嘘をごまかした――そんなメッセージだった。

 BBCの経営陣トップ、二人は引責辞任をした。トップ二人が一度に去るのは前代未聞である。「政権が諜報情報を誇張していた」とするラジオ報道を弁護し続けてきたグレッグ・ダイク会長はそのうちの一人だったが、BBC職員らが制作拠点のBBCテレビセンターの前で「ダイクを戻せ」というプラカードを持って抗議デモを行った。

バトラー委員会で検証をやり直す

 大々的な調査を行ったハットン委員会でも「ブレア氏の嘘」は証明できなかった。しかし、このときまでに開戦前にあると言われた大量破壊兵器はまだ見つかっていなかった。やはり戦前の政府の諜報情報は間違っていたのではないか?

しかし、この年の5月末、BBCラジオのある報道が大きな政治スキャンダルを発生させる。02年9月に政府は「イラクが45分以内に大量破壊兵器の実戦配備が可能」とする報告書を出していた。BBCは、この報告書が「イラクの脅威を誇張していた」と報道し、「45分の脅威」の信憑性を問題視した。記者は第1報で「嘘と知りながら、情報を入れた」とうっかり口を滑らせた(後、訂正)。ブレア首相には「嘘つきブレア」というあだ名がついた。

 政府は「誇張していたのではない」と証明するためにやっきとなり、政府とメディア(BBC)の対決となった。

 外務委員会が調査を開始し、証人として呼ばれた一人が国防省顧問のデービッド・ケリー博士だった。召喚の数日後、ケリー博士が遺体で発見された。後になって、博士が先のBBC報道の重要な情報源だったことが判明する。



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ハットン委員会と「ごまかし」

 博士の死をめぐる事実関係を解明するために行われたのが「ハットン調査委員会」だ。ブレア首相やほかの政治家、諜報情報組織の幹部、BBC関係者など70人が召喚され、その模様は動画中継された。

 この時、正式には博士の死をめぐる調査委員会ではあったが、多くの人がいかに侵攻までの過程が違法であったのか、いかにブレア政権が「嘘をついて」国民を戦争に連れて行ったのかが解明されると思っていた。ところが、04年1月に発表された報告書は、博士の死を自殺と結論づけたのは妥当ではあったものの、BBCの報道は誤報とし、政府が情報を誇張した事実はないとしたために、大きな衝撃となった。

 全国紙インディペンデントは1面に一言、「ホワイト・ウォッシュ(ごまかし)」と書いた。ハットン委員会が政府の嘘をごまかした――そんなメッセージだった。

 BBCの経営陣トップ、二人は引責辞任をした。トップ二人が一度に去るのは前代未聞である。「政権が諜報情報を誇張していた」とするラジオ報道を弁護し続けてきたグレッグ・ダイク会長はそのうちの一人だったが、BBC職員らが制作拠点のBBCテレビセンターの前で「ダイクを戻せ」というプラカードを持って抗議デモを行った。

バトラー委員会で検証をやり直す

 大々的な調査を行ったハットン委員会でも「ブレア氏の嘘」は証明できなかった。しかし、このときまでに開戦前にあると言われた大量破壊兵器はまだ見つかっていなかった。やはり戦前の政府の諜報情報は間違っていたのではないか?

09年11月から英国内外の政治家、軍事関係者、外交官などに対する公聴会が始まり、2011年2月まで続いた。約150人が証人となり、公聴会の模様はウェブサイト上で同時発信されたほか、提出された書類とともにアーカイブとして残されている。委員会は15万点に上る政府書類にも目を通した。

「戦争と平和」の4倍の長さとなる調査報告書

 来月発表される報告書は260万語もの膨大な書類となる。トルストイの「戦争と平和」の4倍の長さに相当する。

 2011年に公聴会が終了後、報告書の発表までに5年を要した理由として、集められた情報が巨大であったことや、事実関係や機密事項が不用意に公開されていないかどうかの確認、また関係者による内容の検証(報告書の批判に対し、該当者が申し立てをする機会が与えられる)があったと言われている。

期待される項目とは
報告書の最大の注目点は、今でも「違法かどうか」が問われているイラク侵攻を主導したブレア氏に対する評価だ。例えば、以下の点についての記述が同氏の評価を決めるだろう。

──どのような政治的過程を経て、同氏が侵攻に踏み切るようになったのか。

──ブッシュ大統領と侵攻についてどんな取り決めがあったのか。

──政権、司法、諜報、軍事関係者はどのような見方をしていたのか。

──国際社会はどのような態度をとり、反応をしていたのか。

──侵攻への準備、戦争中の犠牲者、被害はどれぐらいだったか。準備及び計画は十分なものであったか。

──侵攻前に、政府はイラクのその後についてどのような計画を立てていたのか。現在の泥沼状態にどれほどの責任があるのか。

本物の検証とはどういうものか

 報告書は膨大な量の情報を含んだものになるため、序文だけでも相当なページ数になる。歴史家や研究者をのぞくと、ほとんどの人が報告書の概要などを中心に閲読することになるだろう。

 しかし、全文を熟読するのはごく限られた少人数であったとしても、一つの戦争の前後を詳細に記録したことの意味は大きい。

 イラク戦争は一つの国を破滅状態にし、ISが生まれる道を作った。イラクの現在の混迷は2003年の侵攻と直接結びついている。だからこそ、戦争の全貌を明るみに出す作業に英国民は無関心ではいられない。

 一時はブッシュのプードル犬と言われたブレア元首相。米英は「特別な関係」にあるとも言われるが、果たして、国民からすれば違法とも思える形での侵攻にまで付き合う必要があったのか。世界最強の軍事力を持つ米国に「強ければ何をしてもよい」というお墨付きを与えてしまったのではないか──そんな疑問を持ち続けている。

 人の生と死にかかわる政治家の嘘を国民は覚えているものだ。今はアルカイダの代わりにISが悪役になったが、今も続く継続中の「テロの戦争」に、ブレア元首相によって「関与させられてしまった」ことへの痛みと無念さがある。

 この痛みと無念さをイラク戦争の経緯を覚えている英国民は忘れない。
          
※イラク調査委員会のウェブサイトはこちら

※当記事は朝日新聞WEBRONZA(6月23日)からの転載です。

出典:NEWSWEEK 7月1日号

[執筆者]
小林恭子(在英ジャーナリスト)
英国、欧州のメディア状況、社会・経済・政治事情を各種媒体に寄稿中。新刊『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)
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2016年07月13日

反省をするべきは誰


2006年2月、無言の帰国をした100人目の英兵士 Shane Wilkinson/MoD/Handout-REUTERS



<フセイン大統領が大量破壊兵器を持っている、という米英の誤った諜報情報から始まったイラク戦争。国民を違法な戦争に駆り出し、多くの犠牲者を出し、戦後の安定化に失敗し、ISISを生む土壌にもなったこの戦争の真実をイギリス人は今も追及し続けている。来週発表される英調査報告書で、遂に政府のウソが明らかになるかもしれない>

 7月6日、英国でイラク戦争を総括的に検証する「イラク調査委員会」(ジョン・チルコット委員長の名前から、通称「チルコット委員会」)が報告書を発表する。260万語で書かれた、膨大な書類となる見込みだ。開戦当時首相だったトニー・ブレア氏がイラクへの侵攻の決断をどこまで批判されることになるのかが注目される。英国民にとって忘れられない痛みと怒りを想起させるイラク戦争の全貌を明らかにする試みとなる。

英国民にとってどうしても忘れられない戦争

 イラク戦争開戦(2003年3月)からもう13年以上が経つ。

 シリアとイラクを根城にする過激派テロ組織ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)が生まれる前のイラク、サダム・フセイン大統領が統治していた時代のイラクはずい分と昔のようにも思える。

 しかし、英国民にとってはどうしても忘れられない戦争だ。百万人単位の反戦デモが発生した開戦前夜から現在に至るまで、その節々の時に何が起きたのかが鮮明に記憶に残る。

 なぜ忘れられないのか?

 それはジャーナリスト、ピーター・オボーンがかつて言ったように「エスタブリッシュメント(社会の支配者層)への信頼感がガラガラと崩れた」戦争だったからだ。

 戦争の全貌がようやく明らかになるチルコット委員会の報告書を、開戦当時の政権関係者は恐れを持って待ち、戦死した179人の英兵の遺族を含む国民は「今度こそ、真実が解明される」と思い注目している。

世論が真っ二つに割れる中、空爆を開始

 検証作業の原動力となったのは国民の「ブレア政権に裏切られた」、「なぜこんなことになったのかを知りたい」という強い思いだ。メディアが国民を後押しし、解明への機運を持続させてきた。

 開戦前、トニー・ブレア英首相(当時)は、ジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)とともに「イラクは大量破壊兵器を持っている」、「フセイン大統領による世界的な脅威がある」などを理由としてイラク侵攻を主張した。ブッシュ政権と「ともに戦う」姿勢を示した。

 この時、多くの知識人が「新たな国連決議がなければ、武力攻撃は違法ではないか」、「大量破壊兵器は本当にあるのか」と指摘し、メディアもブレア政権の主張を批判的に報道した。全国各地で大規模な反戦デモが何度も発生した。

 英国全体が戦争支持と反対で真っ二つに割れる中、議会で参戦決議を可決させた政府は2003年3月20日、米国とともにバグダッドへの空爆を開始する。

 英米軍を中心とした多国籍軍の圧倒的な軍事力により、フセイン政権は間もなくして倒れた。しかし、大量破壊兵器は見つからなかった。

独裁政権を倒した後に平和で民主的なイラクができる──そんな米英側の青写真は、その後の数年で見事に打ち砕かれた。イラクを占領下に置いた米国はイラク軍の解体、フセイン政権時代の与党バース党の解党を進めて党幹部に対する公職追放を実施したが、職を失い、怒り、武装したスンニ派とシーア派の内乱が発生するようになった。

 イラクはアルカイダなどのテロ組織の温床ともなった。ISISの前身「イラク・イスラーム国」がイラク中部ファルージャに生まれている。これにアルカイダ系戦闘員が合流して、現在のISになったと言われている。

 開戦から13年後のいま、バグダッドでは連日、シーア派を標的としたISIS(スンニ派)による爆弾テロが続発している。イラクは開戦前よりも治安が不安定な国になってしまった。

 2011年12月の米軍完全撤退時までに、米軍兵士は約4500人、イラクの民間人は少なく見積もっても10数万人が亡くなった──調査によって民間の死亡者は50万人から60万人規模ともいわれている。

「違法な」戦争に加担してしまったこと、多くの死者が出たこと、現在のイラクの惨状──そのどれもが英国民にとっては痛みであり、どうにも納得がいかないことである。

 英国を戦争に向かわせたブレア元首相、国会で参戦動議に賛成した議員たち、侵攻を可能にするためにイラクの脅威についての報告書を作った情報部の幹部たち、新たな国連安保理決議がなければ戦争は違法とする法的立場を途中から変えた法務長官――支配層に「裏切られた」と思うのは先のジャーナリスト、オボーンだけではなかった。

チルコット委員会までの長い道のり

 英国ではイラク戦争についての大掛かりな検証作業が数回にわたって行われてきた。

 税金を使った一連の検証作業が行われてきたのには、国民の側に「嘘の諜報情報で戦争に加担させられた」ことへの無念さと怒りが存在したことが大きい。

 しかし、チルコット委員会に至るまでの道は長かった。

 03年の下院外務委員会などによる検証では、大量破壊兵器保有についての情報が確かだったかどうか、侵攻が合法だったかどうかが問われたものの、「イラクの脅威は確かに存在した」と結論付け、国民の期待に十分に添うことができなかった。

<14日へ続く>
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2016年07月12日

ほっこり、忙中閑話

日本社会には、思いやり、お互い様など、温かい精神文化、温情主義がある。それは、世界にも通じるところがあるわけで、しかし、誤解を受けやすい日本文化が直ちに理解されるわけではない。それでも、国際的にネット社会では、反日感情が先にたって今ままでは攻撃を受ける一方だったが、最近は反日を超えて見直す動きも出てきている。

その一例が、北海道の無人駅のことだった。本来廃止する事になっていた無人駅を、その駅を利用していた、たった1人の女子高校生のために 3月の卒業までその運用を続けて廃止したという記事。これに、中国のネットで大きな反響があり、「日本は本当に学ぶところの多い国だ」、「日本人の精神を学ぶべき」、「日本に対しては好感が持てる」と言った書き込みがあった。

こんなニュースを中国語に翻訳して配信している人がいて、互いの架け橋になってくれているのは素晴らしい民間外交官だ。こう形で、言葉の壁、国境を越えて、将来の日中関係が親和してくれるといい。

さてさて、ネット社会では日本の治安の良さについて、「日本人は互いに信頼しあっているためか、まるで無防備に見える」との驚きの声がある。東京のような大都市であっても、家屋には防犯扉もなく、自転車に鍵をかけずに置いておいても盗まれないと驚愕する。喫茶店などでも携帯電話をテーブルに置いたまま席を離れても盗まれないと驚く。

確かに、日本ならばスボンのポケットから財布がはみ出ていても、盗まれることはあまりない。こうした光景は治安の良い「日本ならでは」だ。

また日本人が「信仰心が強い民族」に見えることもあるらしい。一見すると日本人は「無宗教」の人が多いと思われるが、実際には日本各地に数多くの神社やお寺が存在することを指摘し、外国人の宗教観と異なるものの、実際には「信仰心が強い」と、一神教のクリスチャンやイスラム教徒にもその日本の宗教の寛容性が良さとして考えなおされている。

そのほか、日本人の「お辞儀」の動作と「すみません」という言葉が多い点、小売店の販売スタッフの礼儀正しさ、公共交通機関の車内の静けさと居眠りをする日本人の姿なども、外国人からすれば、「鳥肌」ものだと伝えている。記事が指摘している点はいずれも、日本人からすれば何ら驚くべきことではなく、ごく日常的な光景のものばかりだが、外国人にすれば「ガラパゴス」の希少な聖地に来て観たごとく映っているらしい。

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2016年07月11日

時代は変わる

選挙前に、国勢調査の結果がでてきましたが、この指標は、一つの時代がかわることの変曲点を示すことからも重々注意でしょう。

日本の現状において、生産年齢人口の減少は言われて久しいですが、“総務省が29日公表した2015年国勢調査の抽出速報集計で、就業者全体に占める女性と65歳以上の高齢者の割合が初めて5割を超えたことが分かった。少子高齢化のあおりで労働力人口は6075万人と前回の10年調査と比べ295万人減少し、6千万人割れが目前に迫る。増加する介護・福祉分野などの人手不足を補うため女性とシニア層が働き手として存在感を高めている。”「日経新聞2016/6/29」

就業者全体に占める女性と高齢者の割合が5割を超えたとは意識しなくてはならない変曲点です。一方、 OECDの調査によると1991年に9位だった日本の賃金は、2014年には19位に後退です。しかも、1991年上位20カ国の中で、25年後に賃金が下がったのは日本だけだということです。まさにバブル以降失われた25年を自民党政権でやってきて、ついに政権交代となるも、大震災のさなかにアベノミクスを掲げて自民党が復活して、しかし、経済が好転するなどの実感を得ているのは少ないでしょう。

ところで、現在40歳で年収800万円の人が受け取る年金が月額約18万円となると分かりました。
つまり、これでは暮らしていけません。当然、シニアの就業者が増える訳で、優雅にボランティアばかりは、財布のひもが許しません。もちろん仕事があって働く事は、肉体的にも精神的にもいいことだと思いますが、後期高齢者の手前まででしょう。

2020年には日本人の平均年齢は50歳となります!
65歳以上の高齢者の中で75歳以上が半数以上となります。シニア社会への移行、これでは暮らしていけない年金!?

そして、日銀総裁が追求しているインフレ2%の話を掛け合わせると、これから増える高齢者の生活保護世帯で悪くすると、老人の自殺が増える可能性があるのではという研究者もいます。

安倍内閣は1100万人もの高齢者に一律3万円もの給付金を配り、子供1人あたり3千円の子育て給付金を打ち切る政策を行いました。明らかな参議院選挙を意識したシニアの取り込みです。今の安倍政権に対して国民が期待するのは憲法改正や安保法制ではなく、持続可能な日本社会のフレームワークを構築することでしょうが、現実を考えれば考えるほど極めて困難な課題です。国民が無関心ではないものの選挙での投票率は最低から4番目とは、やはり政治家の舵取りに委ねるしかないとの残り半分弱の意図でしょうか。


働く人、過半は女性とシニア 15年国勢調査
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS29H5B_Z20C16A6MM8000/?n_cid=NMAIL001
先進国の1991年と2014年の賃金ランキング
http://president.jp/articles/-/18338?page=3
40歳のあの人は年金を一体いくらもらえるか
http://toyokeizai.net/articles/-/121989
生活保護の高齢世帯5割、50年で6倍に
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160601-OYT1T50087.html
軽減税率導入、高齢者に給付金3万円
http://www.nippon.com/ja/genre/politics/l00145/
たった一人の女子高生のために卒後まで営業を続けた駅
http://sp.recordchina.co.jp/newsinfo.php?id=126644
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2016年07月10日

真夏の世の悪夢の検証

 本日は、参院選投票日。結果は大方わかっている。
 さて、海の向こうはEU離脱に関して欧米経済の変革が見られるが、その一方でイラク戦争の検証が厳しく進んでいる。だから、このレポートの報告をうけて、時の日本政府の判断はいかがなものだったか、追従するだけで尻拭いは無しのツブテでいいものか、聞いてみたい、否、国民は憲法改正をにらんで聞くべきだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

2003年3月、ジョージ・W・ブッシュ元米大統領とトニー・ブレア元英首相(労働党)が主導したイラク戦争の是非を検証してきた独立調査委員会(ジョン・チルコット委員長)が6日、「武装解除の外交手段が尽きる前に英国はイラク侵攻を選択した」「その時点で軍事行動は最後の手段ではなかった」とするイラク戦争検証報告書(通称チルコット報告書)を発表した。イラクだけでなく、英国が軍事介入したアフガニスタン、シリア、リビアでもイスラム過激派による混乱が広がっており、遅すぎた審判と言えるだろう。

 英国では先月23日の欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票で過半数が離脱を選択したばかり。残留に投票した人の多くが事業の見直しや雇用や投資の計画変更を迫られている。離脱派は十分な説明をしないまま移民の大量流入を招いたブレアやゴードン・ブラウン前首相のEU政策に憤っている。今回の報告書で、イラク戦争を主導した政治支配層への不信感が一層強まるのは必至だ。

「イラク政策は間違ったインテリジェンス評価に基づいて立てられた。この評価に対する議論が行われるべきだったが、実際には行われなかった」「英国の軍事行動の法的根拠が決められた状況はとても十分なものではなかった」

「イラクに派兵される3旅団が適切な準備をする時間はほとんどなかった。これが装備不足につながった」「03年から09年の間、イラクの英軍は装甲車、偵察・情報収集、ヘリコプター支援を含む主要エリアで装備不足に直面した」


「明らかな警告にもかかわらず、イラク侵攻がもたらす結果は過小評価された。フセイン政権を倒した後の計画や準備は全面的に不適切だった」「政府が立てた目標は達成されず、紛争の結果、200人以上の英国人と、09年7月までの時点で少なくとも15万人のイラク人が亡くなり、100万人以上が避難を余儀なくされた」


聖書を上回る単語数で

 北アイルランド事務所の事務次官を務めた上級官僚ジョン・チルコット氏が委員長を務める調査委は09年11月以降、ブレア、ブラウン、当時の閣僚、外交官、情報機関幹部ら証人150人以上から聴取した。調べた文書は15万点。かかった費用は1千万ポンド(約13億円)。チルコット報告書に綴られた単語数は聖書の77万5千語をはるかに上回る260万語に達した。

 英国のイラク戦争を主導したのは「ブッシュのプードル(愛玩犬)」と揶揄されたブレア1人と言っても過言ではない。かつて調査委で証言したブレアは「01年の米中枢同時テロでイラクの大量破壊兵器疑惑をめぐるリスク評価は一変した。リスクは一切許容できない。制裁を突きつけイラクに大量破壊兵器を廃棄させる国連の封じ込め政策を支持し続けるわけにはいかなくなった」と、武装解除のためのイラク侵攻の判断を正当化した。

 この日公表されたチルコット報告書はしかし、ブレアの主張を完膚なきまでに退けた。

「後に軍事行動が必要になった可能性はある。しかし03年3月の時点でイラクのフセイン大統領(当時、06年12月に処刑)は差し迫った脅威ではなかった。しばらくの間、封じ込め戦略をとり続けることは可能だった。国連安全保障理事会は査察と監視を支持していた」

「イラクの大量破壊兵器(WMD)による脅威の深刻さを判断するため、正当化されない確実性が提示された」「インテリジェンス(情報収集)が確認したことは、フセインが科学・生物兵器を製造し続けているという疑いの域を出ていない」

明らかに間違った判断がなぜ行われたかと言えば、「ブレアが米国の対イラク政策を動かす自らの能力を過大に評価していたからだ」とチルコット報告書は結論づけている。

「02年7月、ブレアはブッシュにどんなことがあってもブッシュと行動を共にするという確約を与えていた」「ブレアは書簡で、フセイン政権を確実に倒すためには米国主導の有志連合による有効な軍事行動が求められるだろうと指摘していた」

 開戦前、ブッシュとブレアの会談に同席していたブレアの外交政策担当補佐官で元駐米英国大使(03〜07年)のデービッド・マニング氏は筆者のインタビューにこう語ったことがある。

「ブレアは地上戦を望んでおらず、国連を通じた外交的解決を求めていた。(武力行使を明示的に容認する)新たな国連安保理決議が必要だとブッシュ氏を説得し続けたが、最後は万策尽き、米国と行動をともにすることを決めた」

英米の「特別な関係」を最優先

 これに対し、チルコット報告書はブレアが国連安保理決議を得て軍事行動でフセイン政権打倒を目指していたと指摘している。しかしフランスなど他の常任理事国の反対で安保理決議が難しいと見たブッシュは有志連合によるイラク侵攻を急ぐ。そして開戦1週間前にブレアは安保理決議なしでの侵攻に同意せざるを得なくなる。

 イラク侵攻の正当性より、第二次大戦以来、「特別な関係」を保つ英米の同盟関係を最優先にするブレアの高度な政治判断があった。後に中東・北アフリカを混乱に陥れるこの判断はブレア1人で行われた。ブレアは報告書の発表を受けた記者会見で、「すべてに同意できるわけではないが、チルコット報告書の批判にはすべての責任を負う」と自らの非を認めた。

チルコット報告書は密室での政治判断がいかに危険かを教えてくれる。コソボ、シエラレオネ、アフガン、イラクとブレアの人道的介入は順調に行くかに見えた。が、アフガン、イラクではイスラム原理主義勢力タリバンや過激派組織ISが勢いを増し、キャメロン現政権が介入したリビア、シリアでも治安情勢は悪化している.

出典:NEWSWEEK 7月7日

木村正人
在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002〜03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。

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2016年07月09日

参院議席、与党3分の2が確実視

 そこで表向きには話し合われないできた憲法改正に向けて、先送りされてはきたものの、いずれに想定される流れは次のようなものですから、それについてもしっかり含んで投票行動に向けるべきでしょう。

 秋の臨時国会から、衆参の憲法審査会で改憲項目を絞り込みがされる。そして、各党の合意形成がなされた後、衆参それぞれの本会議で採決がされます。そこで3分の2以上の賛成で改憲案を可決した後に、国会が憲法改正を発議となります。これは当面は公明党への配慮から早期にはされないとは推測されますが、発議がされるなら、それから60〜180日以内に国民投票を実施です。
 
 国民投票で過半数の賛成があれば、憲法改正となります。

 基本的人権を事実上、停止できる緊急事態条項の創設について、安倍総理は早くに着手したいとも過去に発言しています。ですから、勢いにのって秋の臨時国会以降、いよいよ緊急事態条項の議論がスタートする可能性はあります。

 日本のマスメディアはまた芸能レポーターほど自由にモノが言えないらしいから、こうした話題には食いつけないのでしょう。日本人が議論好きでないわけはない、ただ情報を得られなければ、ベッキーな話題でライン、ツイートするばかり、二チャンネルで炎上だったあるのだから、政治向きの話題をきちんと開示してくれているなら、本当は投票率を上げることはもっとありうる。総選挙はAKBだけのものじゃないはずです!?」

 改憲項目、秋から絞り込み=「緊急事態」や「合区解消」浮上−自民【16参院選】
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016071100090&g=pol

 市民の力が実現させた野党共闘を国会内でさらに強固なものにしながら、国会の外でも国民に真摯に向かいあうよう、しつける必要があります。ぜひ、分かりやすい言葉で、国会内の多数の原理に任せて終わりでない、本当の民主主義、改憲草案の是非を国民の一人一人の責任と国際社会への平和構築を主張できる日本の義務・立場を認識して、この選挙を通して、さらに広く周知させてほしいと願っています。

 また、ここまで市民を引っ張り、野党共闘を実現させてきたSEALDsも8月15日をもって解散が決定。都知事選には関わるものの、秋以降、本格化する改憲問題には関わらないようです。SEALDsの皆さんにはお疲れさまでした、ありがとう、と、ねぎらって、見送りたいと思います。

 今後は、国民一人ひとりがどれだけ当事者意識を持って、憲法改悪にならんように思考し、安全保障も見事に配慮して主義主張以上に専守防衛で動けるのか、考えるべきです。家の鍵を掛けずにちょっとご近所と立ち話などが当たり前であって、落し物が戻ってくる安心な地域であることを、これまで以上に注意深く維持する努力で勝ちとっていく、「できることをできるだけ」で災害や困りごとを乗り越えて、知恵を出し合って助け合って日本を護り抜きましょう!

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2016年07月08日

EU離脱の選択、まもなく女性首相が誕生

英国は、女性が主要な位置につく時、興隆するという言われがある。
国民投票が、思わぬEU離脱の結果となっているようだけれど、そこに怯まず挑む女性二人で時期首相の座を争われる事になった。

英国の保守党は7日、キャメロン首相の辞任に伴う党首選の第2回投票を実施し、欧州連合(EU)残留派のテリーザ・メイ内相(59)が199票、離脱派のアンドレア・レッドソム・エネルギー閣外相(53)が84票を獲得し、女性2候補が全党員による決選投票に進むことが決まった。

 決選投票は、約15万人の保守党員の郵便投票によって実施される。保守党は下院で単独過半数を確保しており、9月9日に選出される新党首が、次期首相を担う。女性首相は「鉄の女」と呼ばれた故マーガレット・サッチャー首相(首相在任1979〜90年)以来2人目となる。離脱派として国民投票を主導したマイケル・ゴーブ司法相(48)は、46票で及ばなかった。

 メイ氏は、キャメロン政権で歴代最長の6年間内相を務め、事実上の後継候補と目されてきた。手堅い手腕に加え、国民投票で残留を支持しながら目立った活動をしなかったことで「党内融和が図れる」として残留・離脱両派からの幅広い支持を得た。結果を受け、メイ氏は支持者を前に「投票結果は、私のリーダーシップの下で党が一体になれることを示した。最も有利なEU離脱の合意を目指す」と述べた。

 一方、レッドソム氏は離脱派の中では、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長やゴーブ氏の陰に隠れ立候補表明時点では泡沫(ほうまつ)候補との見方もあった。だが、ゴーブ氏がジョンソン氏を出し抜いて立候補したことが「盟友を裏切った」と批判を浴び、ジョンソン氏を含む離脱派票がレッドソム氏に流れ込んだ。ゴーブ氏陣営は閣僚経験の無いレッドソム氏を「経験不足」と攻撃したが、劣勢を覆せなかった。

 党員投票では、EUとの離脱交渉の進め方が最大の争点となる。メイ氏は、離脱の手続きを進める意向を示しているものの、国内で交渉姿勢や態勢を整えるのが先決として、年内の手続き開始は否定している。一方、レッドソム氏は「できるだけ早い方がいい」と主張しており、離脱派の支持を集めたい考えだ。この他、国民投票の結果を受けて停滞懸念が出ている経済の活性化策なども争点となる。

出典:毎日新聞 7月8日
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2016年07月07日

願えば、いつか叶う

 アルゼンチン生まれのルベン・ゴンザレスは米国でリュージュ選手となった人です。リュージュは氷とコンクリートでできたコースを時速100キロ以上の猛スピードで滑り降りる、過酷な競技です。ほぼ全員が少なくとも一度は骨折し、最初の数ヶ月で10人中9人がやめます。

 ルベンには夢と情熱があり、故郷にいる人々の支えがありました。20歳の時、技術を磨くためにニューヨークのオリンピック・トレーニングセンターを訪れたそうです。彼の夢を信じてくれたヒューストンの実業家クレイグの名刺が財布の中に入っていました。ルベンは初日のトレーニングを終えて部屋に戻り、クレイグに電話をして、「ここの練習はきついから、こんなのはやめる」と弱音を吐きました。するとクレイグは、「鏡の前に立って、『どんなにつらくても必ず成功する』と言え!」と言ったのです。ルベンが疑問を呈すると、クレイグは言いました。 「とにかく言うとおりにしろ」ルベンは言われるままに鏡の前に立って「どんなにつらくても必ず成功する」と言いました。

最初は違和感がありましたが、それを大きな声で5回ほど繰り返すと元気になってたと感じます。そして10回ほど繰り返すうちに真剣になって「何があっても成功してみせる。怪我はすぐに治る。僕は必ずオリンピック選手になる」と自分に言い聞かせていました。 怖いことから逃げずに正面から自分と向き合うと、自信がわいてきます。

 ルベンが教わった方法は効果抜群でした。その後、ルベン・ゴンザレスはリュージュのアメリカ代表として3度の冬季オリンピックに出場しました。

「成功の大きさは、信念の大きさによって決定される。小さな目標を信じれば、小さな業績しか期待できない。大きな目標を信じれば、大きな成功をおさめることができる」(デービッド・シュワルツ/ジョージア州立大学教授)

ジャック・キャンフィールド 『あなたの潜在能力を引き出す20の原則と54の名言』(ディスカヴァー)という本の一部分にあった話です。同書の中には患者の治療法について思い込みがどれほど、脳をポジティブにさせるか否かが書いてあった。 「数年前、テキサス州の医師団が複数の患者を対象に、膝の治療法の効果を比較しました。 具体的には、@関節を削る、A関節を洗浄する、Bとくに何もしない、の3つです。

Bの「とくに何もしない」治療の最中、医師団は患者たちに麻酔をし、膝に3か所の「手術痕」をつくりました。すると2年後、その患者たちは実際に治療を受けた患者たちと同じ効果を得たと報告したのです。 彼らの脳は、手術が膝をよくしてくれると予想し、手術を受けていないのに実際にそういう結果を得たのです」 信念や思い込みの力は偉大だ。 人間は自分が思った通りの人間になる、気持ちをポジティブにもてるか、そして挑戦するかだそうです。

できると思えばできるし、そして、できないと思えば永久にできない。(自明の理ですが)
七夕の願い事は、ポジティブな祈りなはず、とても大事な日です。毎年、雨でも、いつか、必ず会えるから、と日々の楽しみに過ごす心構えを教えてくれます・・・・
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2016年07月06日

女性が輝く、天照す東京になーれ

 七夕前日、米国ではヒラリー・クリントン氏に対してメール問題での訴追はしないとの結論が出された。ヒラリー・コールが、オバマ大統領の先導で大合唱だった日、東京では日本を変えたいとの声が、政治資金問題でまたしてもマスコミのやすりが掛けれて、小池百合子氏が会見を開いていた。実は、小池氏と同年代だと知ると、こういう前に出る女性がいて、本来、日本は天照御大神(アマテラスオオミカミ)の国なのだから、輝くのではないかと、そういう人を受け入れて進めるならチェンジはできる。Yes,We Can!にもなるのだろうと思った。がんばれ女性政治家!! あした転機になーれ!!!
・・・・・・・・・・・・


 自民党の小池百合子元防衛相(63)は6日、国会内で会見し、東京都知事選(14日告示、31日投開票)に党の推薦がないまま出馬する考えを表明した。記者とのおもな質疑応答は、以下の通り。

 ◆  ◆  ◆

 −逆境の中、小池さんは輝けるのか

 失敗するかもしれないが、リスクを取らなければもっと大きなリスクが、日本、東京にはあると思う。未熟者だが、できることは取り組みたい。

 −リスクとは

 私にはパラシュートがない。落選の可能性もある。

 −離党は

 まったくごさいません。自民党員として参院選の候補者を応援し、勝利できるようにしたい。

 −なぜ先月29日のタイミングで電撃的な(最初の出馬表明)会見をしたのか

 流れを見ていた。(桜井俊・前総務事務次官ら)いろんな名前が出ていた。そういう中で、ここは、これまでの延長線上ではなく、ダイナミックに変えるところは変えるリーダーが必要と思った。また、女性という観点は新しい切り口になる。これまで、項目には女性の項目が並ぶが、ワン・オブ・ゼム。日本には、意思決定の場に女性がいない。日本を変えるため、東京を変えることが1つの先行モデルになること、続く人がやりやすくなるのではないか。

 −党の正式な手続きを経た上で、出馬する選択肢はなかったのか

 いろいろ、おしかりは受けたが、結論として、石原都連会長のおっしゃったルールに従っていたら、今日の会見はないと思う。

 −推薦は求めるのか

 推薦依頼を取り消したわけではない

 −党が増田寛也氏に推薦を出しても、自民党のまま戦うのか

 私はあくまで自民党員という思いを持っている

 −都議会の冒頭解散は、都連への挑戦か

 挑戦ではないが、別の形で(さまざまなことを)進めていることは残念。その意思表示だ。

 −厳しい戦い。どういう戦略で臨むのか

 都民に私の考えを訴える、ごくベーシックな形になる。「アラブの春」ではないが、「東京の夏にしたい」。SNSも活用し、若い方にも考えが届くようにしたい

 −小泉純一郎元首相の応援は

 昨日(5日)、選挙には関わらないとおっしゃっていた。

 −参院選で自民党へのネガティブな印象にならないか

 本来は、参院選後まで引きずる前に、早く結論を出してほしかった。でも動きはない、10日から14日までだと、考えてもらえば分かるが、政策論争も封じられることになり、勝手ながら6日までにした。「決める自民党」としては、早期に結論を出してほしかった

 −帽子をかぶるなど、ファッションで意識していることは

 帽子は、UVカットでいい(笑い)。いい年でもあるので、細かく気を使うのはいいのではないか。イメージカラーは、ずっとグリーン。エコ、環境(の意味)だ。

 −ほかの政党の支援

 今のところ求めていない。

 −具体的に、いつ出ようと思ったのか

 舛添氏の辞任。都連に属してきた長年の思いからだ。

 −桜井俊・前総務事務次官が出ていても、出馬していたか

 仮定の話だが、出ていたかもしれない。(桜井氏は)お出にならないと思っていた。

 −政治資金収支報告書のミスを指摘されている

 各種報道は存じているが、記載漏れは修正する。公私混同という舛添氏のようなことは、私はこれまで、そのようなことはしていない。

 −週刊誌で、政治資金の記載漏れが報じられた

 きょう、選管で修正させていただいた。
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2016年07月05日

挑戦するということ

和紙作家、堀木エリ子氏は、『挑戦のススメ』(ディスカヴァー)の中で、好きで和紙の世界に入ったわけではないと明かしている。デザインや職人の仕事が向いていると言われたこともない。ご縁からこの世界に足を踏み入れることになったという。 目の前に課題があり、要望があったから、それに挑戦した。そこで天職についてこう語る。

「天職とは、好き嫌いではない。 向き不向きでもない。ただ、それに生涯をかけて取り組むと、覚悟を決めることだ」という。

 そして、安岡正篤師は 「人間は、早成する、早くものになるというほど危ないことはない。人間もなるべく晩成がよい。まあ、死ぬ頃なんとかものになるというくらいの覚悟でぼつぼつやるがよい」と、覚悟について述べている。

不退転の覚悟もあるが、柳のような覚悟もある。 柳の覚悟は、風が吹こうが嵐がこうようが、受け流すことができる。 仕事を決めるときも同じで、ぼつぼつと死ぬ頃までになんとかものにできればいいという覚悟を持てばいい。 仕事はご縁によって決まる。だからこそ、好きな仕事を探すのではなく、仕事の中に好きを見つけること。

好きなだけでは絶対に続けていけない。それは結婚といっしょだ。10年、20年、ずっと好きだと思っていられるとしたら、それは素敵だろう。しかし、なかなかそうはいかない。 年月の中で、空気のような存在になったり、好きとか嫌いといった感情とは別のところで、それこそ切っても切れないご縁みたいなものだろう。

仕事もそういうところがある。 おもってもいなかった仕事に就いて、頑張ってたらなんだか、ランキングで一位になっていて、向いているとも思っていなかった仕事が天職のように見られるなんとこともよくあるのだろう。連れ合いがその典型かも・・・。

 自分には合わないという人の話を聴いていると、たいてい漠然としている。こういう仕事がしたいという場合も同じことが多い。いったいどういうところが好きなのか?どういうところが嫌なのか? 一度、しっかりアナライスしてみたらいい。すると、何かが見えてくる、どうせなら楽しくなったほうがいいに決まってる。

たぶん、挑戦することで人は伸びるのだ。待っていても、相手は変わらない。自分を変えていくしかない。いつかは誰かがしてくれるという考え違いを改めて、自分がするしかないのだと修羅場をいくつも経験しながら、気が付いたらそれなりになっていた。

 それなりになってるということが、もし自分で認められたのなら、それは遣り甲斐がある仕事に巡りあったということだ。仕事でも、友達でも、結婚相手でも、出会いがあったこと、人が与えてくれた課題=仕事に感謝して、目いっぱいやってみたほうがいい。そして、結婚も仕事も、それ以外でも、同じなのではないだろうか。チャレンジ、楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。

 挑戦する! 我孫子はいくつそういう場面がこれから、あるだろうか、ヤルところをみせるのだろうか。頑張ろう ABIKO! まずは、ディスカバー ABIKO、知恵比べと思ってやってみよう!!! 環境を大事にする観光もある、エコツアー 農業を大事にする グリーンツアー 水を大事にするブルーツアー まるで、パズルのようにできる事からつなげていけばいい いいねと言われる街に!!!!!



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2016年07月04日

自民党パンフに、女子から異議あり!

挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられる初の国政選挙とあって、若年層に投票を呼びかけるために作ったものだが、掲載した漫画が逆に「女の子をバカにしている」などの集中砲火を浴びることに…。インターネットのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などでは「女の子をバカにしている」「女子は恋しか考えていないかのようだ」といった批判の投稿が相次いだ。

 特に多かったのが、アスカと浅倉のキャラクター設定に関する批判だった。「おバカな女子とイケメンで賢い男子」と受け取られ、「自民党の女性蔑視が現れている。特に若い女性を非常に軽く見ている」「バカな女子はイケメンにつられてよく分からないけど選挙に行けという図式を想定しているのだとしたら有権者をバカにしすぎじゃないか」との反発につながった。

 確かに、アスカは授業に遅刻してクラスメートに笑われたり、浅倉に「さんいんナントカって私も行けるんだっけ!?」とたずねたり、いわゆる「ドジ」「無知」という設定だ。投票に行く動機も不純といわざるを得ない。ただ、浅倉と一緒に投票所に行く約束を取り付けてからは、スマートフォンで参院選候補者に関して政治理念などを調べて比較するなど、真面目に考えている描写もある。

 一方、浅倉はクールな性格のオレさまキャラ。「イケメンで女子にモテモテ」で、母親は地元の議員といった具合だ。当初は参院選について何も知らなかったアスカを「そんなことも知らねーの? 親にでも聞いてみろ バーカ」と突き放すが、最後はアスカと一緒に投票所に行く「ツンデレ」な側面もある。

 パンフレットのタイトル「国に届け」にも矛先が向けられている。平成22年に映画化された人気少女漫画「君に届け」にそっくりだからだ。ツイッターなどには「明らかにパクリだ」「『君に届け』の読者としては不愉快でしかない」などと不快感をあらわにする投稿がみられる。

 だが、党側は制作段階で「君に届け」を知らず、タイトルを意図的に似せて想起させるつもりは全くなかったという。

 党幹部は一連の反響について「話題になること自体はいいことだ」と強弁しているが、新たに選挙権を得た約240万人の若者たちがどう感じ、どんな投票行動に出るかは結果が出るまで分からない。党関係者は固唾をのんで見守っている。

パンフレットは党広報本部が約6万部作成し、5月から党所属議員や候補者を通じて配布。(1)7月の参院選で新たに選挙権を得る高校生たちを描いた漫画(2)「18歳選挙権」に関するQ&Aや戦後の主な出来事などをまとめた情報欄(3)小泉進次郎農林部会長ら若手国会議員と17〜20歳の学生らの座談会−の3部構成になっている。

 やり玉に挙がったのは、メインコンテンツの漫画「軽いノリじゃダメですか?」。主人公は高校3年の女子生徒の安田アスカ。同じクラスの男子生徒で、生徒会長の浅倉に思いを寄せている。アスカはもともと政治に関心がなかったが、浅倉が参院選について友達と話しているのを耳にし、「浅倉くんに近づくチャンス!?」と選挙の仕組みや各候補者の主張を学んでいく−というストーリーだ。

 木村太郎広報本部長はパンフレットを発表した5月の記者会見で、「どのようなきっかけであれ、投票に行くことの重要性を表現した」と説明したが、


(政治部 豊田真由美)
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2016年07月03日

14歳の子育て支援策!

今春の第74回全日本学生児童発明くふう展(発明協会主催、毎日新聞社など後援)で、第2位となる内閣総理大臣賞に選ばれた愛知県刈谷市立朝日中学3年、太田匠郎さん(14)の作品「ママも安心、自動ブレーキ付きベビーカー」の制御方法が特許を得た。ベビーカー事故の防止に役立ち、親たちも安心して使えるという理由だ。太田さんは商品化したい考え。

 創作のきっかけは、ブレーキを掛けていなかったベビーカーが、駅のホームから転落するケースがあると聞いたこと。ベビーカーを動かさない時は、自動的にブレーキが掛かる仕組みにすれば良いと考えた。

 電子工作キットのタッチセンサーを使い、幼少時に自分が乗ったベビーカーへ、自動ブレーキ装置を施した。ハンドル部分にアルミテープのセンサーパッドを、子どもの背もたれ部分の裏側にタッチセンサーの基盤と乾電池を、後輪二つの各1カ所にブレーキ装置を設け、それぞれをコードで結んだ。

 スイッチを「ON」にし、センサーパッドを握ると電流が流れてブレーキがはずれ、ベビーカーを動かせる。センサーパッドから手を離して3秒たつと、自動的にブレーキが掛かる仕組みだ。昨年7月下旬から作り出すと共に特許も申請、夏休みの1カ月ほどで完成させた。

 太田さんは幼稚園時代から物作りを好み、小学5年から刈谷少年少女発明クラブに所属している。特許の取得に「最高にうれしい。夢を見ているようだ。せっかく取れたので、商品化して社会に役立ちたい」と笑顔を見せた。


出典:毎日新聞7月1日
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2016年07月02日

女性が政治に夢を紡ぐ

小池氏は、1993年7月総選挙で細川護煕元首相が率いた日本新党から立候補・初当選を果たした、つまり、枝野氏とは同じ夢を見た、異床同夢「同志」なのだ。小池氏はワースト・シナリオ(=自民党除名)対策をきちんと用意していたのだ。当事者たちは絶対に認めないが、小池氏は密かに民進党の枝野幸男幹事長に同党の支持を求め、内諾を得ていたというのだ。危機管理がしっかりできている、さすが、短期間の就任とはいえ元防衛大臣経験者だ。

たとえば小池氏は細川、小泉純一郎元首相コンビの支援を受けて都知事選を戦う意思を固めていたとされる。
その場合、都政の抜本的改革だけでなく、2020年東京五輪の予算・規模の見直しから原発再稼働反対、さらにはアベノミクス批判まで公約に掲げることになる。関西も良く知る小池氏は、清水の舞台を使わず、「崖っぷちの都政」に飛び降りる覚悟をしたのだ。

小池氏が、東京五輪組織委員会会長の森喜朗元首相と折り合いが悪いこと、そして第1次安倍内閣の防衛相時代、安倍晋三首相の不興を買ったことは周知のことである。それだけではない。小池氏は、石破茂地方創生相のグループ「水月会」のメンバーでもある。ここに来て安倍官邸と自民党執行部は、小池氏に事実上の「反安倍」を前面に出して都知事選を戦われることが今後の政権運営に与えるマイナス効果を無視できなくなるという見込みだ。となると、潮目が変わりだした、一夜明けた30日なって自民党内に「小池氏出馬容認論」が出てきたのである。

どうも小池氏の作戦勝ちだ。そして同氏の次期東京都知事出馬はほぼ間違いない。
振り返ると、猪瀬元都知事の辞任劇のあと、当初は自民党は党に対する批判の強かった桝添え氏を押す気配はなかった、しかし、そういいながら最後は安倍首相との握手と応援演説で選挙戦を自民党の色を出していった。他に候補者があと数日で出てこなければ、小池氏を容認することになるので“小池の乱”を掌握できていなかったものの、候補者ぎめの時間が迫っている。確かに、小池氏がいう「16万職員がいるのだから、もう一人行政官を増やす必要はない」、となると、次の首都圏で女性が輝くなどと言うのも千葉あたりで起きるのではないか、なぜなら、千葉では既に一度堂本暁子知事が誕生している。大臣歴任の実績ある女性参議院議員が、今回の千葉でどういう票を集めるか、一票も無駄にすることなく、未来の政治の手綱を握る選挙になってしかるべきだ。
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2016年07月01日

弱者でも住みやすい日本に 

 29日、自民党の小池 百合子元防衛相(63)が、都知事選に立候補の意向を表明した。小池氏が環境相時代に、共に富士山の清掃活動を行った、アルピニストの野口 健氏は「歴代の環境大臣に、それまで何度もお会いして、『富士山のごみの現場に来てください』と、どなたにも言ったけど、どなたもいらっしゃらなかったんですね。小池さんが環境大臣になって、『富士山に1回、現場に来てほしい』と言ったら、その場で『私、行きます』と言ってくださって。本人が、自分でやるべきだと感じたことを、すぐに動くタイプで、時間をそこにはかけないですね」と話した。

 こうした証言から、小池氏は、ここぞという時には、自分の判断で、一気に勝負に出るタイプだということがわかる。都知事選出馬の思いを、「崖から飛び降りる覚悟で挑戦したい」と語った小池氏。 小池氏は「いつも都知事選というのは、最後の後出しじゃんけんで勝つと言われているんです。私はね、そうやって後出しで勝とうとかね、そういうのをやめて、早く政策論争を都民の前でやった方がいいと思っているんです」と述べた。 今回、小池氏が仕掛けたのは、「先出しじゃんけん」だった。女性の活躍推進を掲げる安倍晋三首相は、小池氏を出馬させたくない森氏(オリンピック大会組織委員会会長)の意向をいかに受け取るのかが注目されている。小池氏の決断は、東京には清水の舞台は似合わないとのウイットか、崖から飛翔した。

  次の都知事は、これまでのことを刷新できる『五輪の顔』。豊富な経験と安定力は不可欠だが、世界に発信していける人物が必要だと条件をあげる。党都連関係者が最有力候補にあげるのは小池百合子元防衛相だ。前回の都知事選でも石原慎太郎元都知事らが擁立を打診し、自民党が模索した経緯がある。小池氏は「(自民党の公認・推薦なしでも出馬する?)それは仮定の話でございます。これから見極めていきたいと思っております。都連についても、説得をしてまいりたいと、お願いをしてまいりたいと、こう思っております」と述べた。表舞台の顔に女性が座るというのは、それこそ刷新ではないか。.

 一方、選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられることについて、インタビューした記事があった。
性的少数者(LGBT)支援を行うタレントのはるな愛さん(「ミス・インターナショナル・クイーン2009」で、日本人として初めて優勝)がそれに答えて、次のようなやり取りがあった。選挙だから、改めて社会を考えて声に耳を傾ける機会にもなる。
 −18歳のころは何をしていたか。政治に関心はあったか。
 性同一性障害だったが、当時はそういう言葉もなくて、戸籍の性別を変えられるような制度もなかった。私たちはもっと影の存在で、人通りの多い道を歩くと指をさされるような時代。全然今とは違う時期を過ごしていた。そのころは全然政治に関心はなく、18歳には投票権もなかったから、流される時代だった。
 −初めて投票した時の記憶は。
 やっと大人として認められた、社会に認められた、と思った。特に、こういう生き方をしているから、社会や世間からずれて生きているような気持ちが当時はあった。必要とされているのかな、社会の一員なのかなとか。不安な生き方をしていたから、選挙権をもらって投票に行った時に、やっとみんなと同じスタートラインに立っている気持ちになった。
 −LGBTの人の中には、投票所入場券の性別と外見が違うことで確認されるのが負担との声も。
 私も確認される。入場券は「男」で来ていて、見た目は女性。受付で確認される時に、そうですかで終わったらいいが、「なんや、女と思ったら男やんけ」と言われたこともある。関西なので、面白く言うのだろうが、せっかく選挙に来たのに、そういう曲がった目で見られるんだと思った。特別なエリアなんだなと思った。自分の物差しで見てしまうところが日本の特徴なのか分からないが、すごく残念だ。
 −要望はあるか。
 いろいろな人が普通にいるよというのを分かってほしい。私は女の子の戸籍を手に入れたいと思っているタイプじゃない。これは一概に言えなくて、LGBTも多様になってきた。私がバラエティーに出始めた時は、おネエ枠がいなくて、一人で男っぽい役をやったり、恋愛トークをしてみたり。それが逆に、LGBTの人たちから言わせると、女の格好をして男の声でしゃべって、私たちと一緒にしないでほしいという声もたくさん頂いた。
 −投票先はどう決めているか。その判断基準は。
 マニフェスト(政権公約)をしっかり見る。インターネットでも調べられる。一から見て、本当に社会を変えてくれそうな人を選ぶ。いろいろな人が一緒に日本で生きているんだと、きちんと理解している人を選びたい。そういう人は弱みも分かるし、痛みも分かってくれるから。
 −政治の世界でもLGBTをめぐる問題の解決に向けた意識は高まっているが。
 今でもマンションを借りられないとか、いまだに差別は根強くあって、理解できない年齢の人には、本当にできないことなのかもしれない。口先だけでLGBTのことを認めているような議員さんが増えるのは本当に困る。あそこ(の党)がやっているから、うち(の党)もやろうというようなやり方で票を集めるのは残念。差別的な発言をするなど残念なニュースはいっぱいある。
 今の日本は形ばかりで、米国で同性婚が認められたから追い付かなければという勢いだけで賛成と言ってみたり。逆に、LGBTのことを勉強もしないで、反対と言ってみたり。世界の基準に追い付こうとしても、全然まだまだだ。(2020年に東京で)五輪もある中で、真にグローバル化しているのか、国際社会から見抜かれると思う。
 −選挙権を持つ若者にメッセージを。
 LGBT、障害者、やりたいことができない若者。そういう弱者にとっても住みやすい日本に変えていこう。これからの日本を生き抜くみんなこそがリアルに考えないといけない世の中になってきている。今は自分の考えをしっかり持っている若者もたくさんいる。もっとみんなが声を上げていかないと、問題が増えていって、本当に住みにくい日本になるのではないか。諦めずにもっと考えていくことが大切だ。

 これまでの澱を刷新する、時代を開く選挙になってほしい。

つづき
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