2016年05月24日

物語のある街、を探して

広島出身の知人は、作曲までも手がける、まちの音楽家でもあった。彼女曰く、上野の奏楽堂の記念室には「柳兼子」の写真が飾られて顕彰している。当時は上野の音楽学校と言われたけれど、その卒業生として、大変にすばらしい名を残す声楽家として認められていたということだ、と話を聞いて見学にいったことがある。

上野 旧音楽学校 奏楽堂.JPG by Sougakudou

今でいう東京芸術大学は、上野公園の博物館のさらに先にあるが、その博物館の近くに明治の西洋音楽の殿堂ともいうべき、奏楽堂が移築されたのは昭和62年。音楽会もできるように修復され、一室が記念館になっていた。厳かな雰囲気のホール、そしてかつては音楽の教室に使われていたのだろう木造校舎の廊下の先に、著名な音楽家の名前・写真が並び、確かに柳兼子(旧姓・中島)があったので、感動したのを覚えている。

音楽室の内部の写真撮影はできないと言われ、兼子さんの写真が撮れずに残念な思いもしたが、しかし、思ってる以上にこうした場所において、写真が掲げられているのを見るというのは意味深い。

明治23年に創建され、日本最古の木造の洋式音楽ホールとして国重要文化財に指定、2階のホールには、昭和3年に徳川頼貞候から寄贈を受けたパイプオルガンがある。一般にもコンサートとして利用されていたが、保存修復工事でH30年まで工事で閉鎖。
posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ
日記(3502)
ニオュ(0)
歴史(0)
chiba(60)