2016年02月28日

物語をつくった人、オノ(レノン)ヨーコ

 米報道によると、芸術家のオノ・ヨーコ(83)がニューヨークの病院に救急搬送されたと27日報道された。ABCテレビはオノさんの広報担当者の話として「重症のインフルエンザのような症状があり、担当医が病院で診断を受けるべきだと判断したと理解している。27日にも退院できると期待しており、脳卒中ではない」と伝えた。


 オノとの不仲説をいわれたポール・マッカートニー(元ビートルズのメンバー)とは、1995年、オノが『ヒロシマ・スカイ・イズ・オールウェイズ・ブルー』をポールとその家族、ショーン(ジョンの遺児)とで共同制作した。これはヨーコの肝いりで広島原爆投下五十周年に平和を祈念する為につくった曲で、ポールらに参加を呼び掛けて実現したのだった。かつて、オノについてポールは「ジョンをたぶらかした酷い女だと思っていたけど、間違っていたよ。(中略)その正反対だった。(中略)彼女は断固として自分自身であろうとしているだけなんだ。たいていの人よりもね」と述べて、芸術家同士として認め合っている間柄だそうです。オノがいうには、ジョンの曲よりポールの曲のほうが好きとは彼女らしいスマートさです。

 2009年6 月、現代美術の世界的祭典、第53回ヴェネツィア・ビエンナーレで、生涯業績部門の金獅子賞を受賞した。金獅子賞が1974年に同祭典に導入されて以降、初の日本人受賞者となった。ビエンナーレ事務局は、オノの受賞理由について、「パフォーマンス・アートとコンセプチュアル・アートの先駆者。現代においてもっとも影響力を持つアーティストのひとり。ポップ・カルチャーと平和活動のシンボルとなるずっと前から芸術的な表現方法を開拓し、日本と欧米の双方において永続的な痕跡を残してきた」と説明しています。

平和の使徒として日本人女性としても勇気ある声を上げるオノ・ヨーコさんの快復をお祈りします。

(文中の敬称略)

つづき
posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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