2015年10月03日

しなやかな強さをもって、前に進む

最近では、特に「困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力」「逆境をはね返す力」が求められる。昨日は、官邸前でのデモが白昼した9月が終わっての初めての金曜日だこともある、ある方からは、「あしたのための声明書」の案内がメールされてきた。法案成立から更に先を見据えて考えていこう、行動していこうとの呼び掛け(京大有志)だ。


ところで、延べ1万5000人以上のカウンセリングを通じて調査をまとめた報告を目にした。 実は、家柄、能力、容姿などによっても、結果うんぬんにそんなに差はない。また、その人に降るかかる困難や逆境も時期は違えど同等だとも感じている。名を成した人たちをまじかにして感じた実体験としての話であった。

では、両者の間の違いはどのようなところにあるのか。
実は、たった一つ、決定的に違うことがある。それは、「困難や失敗の捉え方」だというのである。

前者は「困難」や「失敗」を成長の糧として解釈し、能力として蓄積していきながら、行動を起こし続け、さらなる『失敗』や『逆境』を求めて、その過程をどこかで楽しんでいる。 後者は、「失敗」や「変化」を恐れる。 変化していくことを極力避け、傷つくことなく、できれば平穏に生きたいという気持ちが強い方が多い。

ただ、現実的な話をすると、環境は絶えず変化しているのに、自らが変化しないというのは初めから無理な話なのだ。 結果、皮肉なことに、変化を避ける姿勢そのものが困難や逆境を招き寄せることになる。変化しないことが常套になると、そうしたストレスに慣れていないので、その困難や逆境がとてつもなく障害に感じてしまうようだ。

ただ、「『困難や失敗の捉え方』を変えるといっても、困難や失敗が起こってしまったときに感じてしまう『絶望感』はどうしようもないじゃないか」と思う方もいるかもしれない。しかし、実は社会的に活躍している人もそうした「絶望感」は私たちと同じように感じているのだ。でも、そこからが違う。 彼、彼女らは絶望している自分を客観視して俯瞰で見ることができる。いや、できるようにした、と言ってもいい。

「風疎竹(かぜそちく)に来る 風過ぎて竹に声を留めず」という菜根譚(さいこんたん)の中の言葉がある。 竹林に一陣の風が吹くと、竹がザワザワと音をたてる。しかし、その風が過ぎてしまえば、竹林は何事もなかったように静まりかえる。 一流の人間は、何か事が起きたとき、一時は心が動くが、それが終わってしまえば、何事もなかったように穏やかに過ごすことができる。いつまでもこだわらない、気にしすぎないで淡々と過ごす、ということ。自分を客観視して俯瞰して見ることができる人だ。

「その人に降りかかる困難や逆境も時期は違えど、すべての人が平等」
変化をどう捉えるかで、その対応は変わってくる。

変化を避けて逃げまくるのか、変化に対しそれを楽しみ、しなやかに、柳に風と受け流すのか。
しかし、変化は避けて逃げれば逃げるほど、追いかけてくる。
「しなやかさ」とは、「柳に風」のように、風に逆らわず、さらりと受け流すことができること。

『凹んだ数だけ強くなれる29の法則』【SOGO HOREI)


posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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