2015年09月15日

認知症65歳以上の7人に1人(約462万人)の増加傾向と対策へむけて

 65歳以上の7人に1人、約462万人が認知症とされる。10年後には、5人に1人になるという。認知症の人と、その暮らしを家庭や地域で支える人。それぞれ戸惑いや悩みを抱えながら、互いに向き合っている。ところで、その高齢の認知症患者さんに「人間は誰でも、死が近くなると食べたり飲んだりすることができなくなる。しかし、現代の医療は、鼻から管を入れたり、胃に穴を開けたりして、栄養を入れることができる。そうすると数年長く生きられる。意思表示できる今のうちに、経管栄養を希望するか、しないかについて、自分の意見を言っておくほうが良いですよ」と説明すると、ごく少数の人は「わからない」と答えますが、残りの人は「そんなことをしてまで生きていたくない」と言います。認知症があっても自分の生き方について意見を言えるのです。

【特集・認知症社会】より 
  出典:朝日新聞デジタル 2015/6/7

■日記に文句「こわいやつや」
 当時の日記には長女への文句が書き連ねてあった。「こわいやつや」「それが親への態度か」……。

 京都市の中西栄子さん(67)は2010年12月、63歳でアルツハイマー型の認知症と診断された。その8年前に夫は亡くなり、一人暮らし。小学校の教員を定年退職し、1学期だけ非常勤で働いていた。

 診断前、孫らと行った焼き肉店で、「それ何回も聞いた。最近もの忘れがひどいな」と長女に言われた。テーブルをドンとたたき、「何回も同じこと言ったらあかんのか」と怒鳴って一人で出て行った。

 長女の河合雅美さん(43)は薬剤師。近くで家族と暮らし、母の家を行き来していた。焼き肉店での母は、それまでの家族思いの姿とはかけ離れていた。ただ、頼んだ買い物ができないなど、数カ月前からおかしいとは思っていた。

 認知症を疑い、「もの忘れ外来」で診てもらうことにした。車に乗せてから行き先を告げると、母は「なんで私が行かなあかんの」と嫌がった。「診てもらって大丈夫なら、それでいいじゃない」となだめても、怒って黙っていた。

 診断後、認知症の進行を抑える薬を飲み始めた。お金は、話し合って長女が管理した。すると母は「通帳見たらお金が減ってる」と自宅に文句を言いに来るようになった。説明すれば「泥棒扱いして悪かった」と謝るが、2時間後には「金返せ」とやって来た。

 火事や事故を心配し、長女は「火を使うのはやめて」「車の運転もやめて」と母に頼んだ。学校での仕事は医師と相談してしばらく続けたが、肩の骨折を機にやめてもらった。

 中西さんは散歩しかすることがなくなった。1日に2万歩に達することもあった。2人で会えばけんかになり、会話も減った。

 転機となったのは、12年10月にあった「認知症の人と家族の会」京都府支部の交流会。インターネットで調べた長女に誘われた。長女と別れて、認知症の人たちと話をした。「認知症だから、もうだめ」と言われず、気持ちをきちんと聞いてくれた。

 これが縁で、認知症ケアを考える集いで体験を語ってほしいと頼まれた。「みんなの役に立つから」と長女にも促された。話す内容を繰り返し優しく尋ねられ、思いのままを語った。

 長女は驚いた。「認知症が進んで話さなくなったんやない。私に怒ってただけなんや。まだいろんなことがわかるし、できる」。否定ばかりしていたのを改め、母のしたいことに協力すると、母はほとんど怒らなくなった。

 当日の13年2月。中西さんは1千人の聴衆を前に語った。「自分はできると思っているのに、させてもらえないことがとてもつらいです。ありがとうと言われると、またがんばろうと思います。できることなら子どもたちと関わりたいです」。原稿を読み終えると、長女と抱き合った。

 記者は12年以降、母娘を継続的に取材してきた。中西さんは毎日何かしていたいと、日曜日に認知症カフェ、週4日はデイサービス、残り2日は障害者の就労支援をする事業所に通う。

 5月、3カ月ぶりに会うと、中西さんの認知症は進んでいた。その日の行き先を何度教えられても覚えられなかった。でも、「毎日が楽しい」と笑顔を見せていた。(寺崎省子)

■早期受診、備えに重要

 早く受診をと思っても、本人が病院に足を運ぼうとしなかった。そう振り返る家族は少なくない。

 「私を認知症と決めつけてっ」。東京都の女性(41)が受診を促したとき、同居する義母(85)は強く反発した。「検査だけでも」「(かかりつけ医の)先生も言っているから」。折を見て何度も声をかけた。だが義母は受診をかたくなに拒んだ。

 異変に気づいたのは昨年3月。夫も義父も他界して2人暮らし。社交的だった義母は人が変わったようで口論が絶えなくなった。

 悩んだ末、介護で世話になっている女性ヘルパーに協力を頼んだ。ヘルパーが「おでかけしましょう」と誘うと、義母はようやく病院へ。検査も見守ってくれた。診断がついたのは、異変から5カ月後だった。

 「認知症の人と家族の会」と製薬会社・日本イーライリリーが認知症の介護家族470人に2013年に実施した調査によると、変化に気づいてから最初に受診するまでにかかった期間は、平均9・5カ月。3割の人が1年以上かかっていた。半年以上かかった人に理由を尋ねると、「本人が病院に行きたがらなかった」が39%で最多。「変化は年齢によるものだと思っていた」が34%で続いた。

 受診が遅れがちだが、認知症には早期受診が重要だ。治療や介護の計画を立てることができ、症状が進んでから起きる生活上の問題にも早めに備えられるからだ。同会東京都支部代表の大野教子さんは、家族で受診をすすめてもうまくいかない時は、本人が信頼する友人や親戚、かかりつけ医など第三者から促してもらう方法もあるとする。

 診断後の心構えとしてはまず、ショックを受けている本人の気持ちを理解し、受け止めることが必要だ。その上で、やりたいことがあればできるだけ尊重し、友人らとの社会的なかかわりを保つことが大切だという。「それが生き生きと過ごしていくための支えになります」(森本美紀、立松真文)

     ◇

 海津にいなは、多数の方たちに街づくりのご意見を伺うため、アンケートなど発送することがあるが、最近は、宛名知れずで戻ってくることが多くなった。北海道へ転居したなどということを聞いたりすると、ご年齢から考えるに、転勤はありえず、住み慣れた街を離れるというのは、たぶんお子さんの住む近くに転居ということなのではないかと思ったりする。住まい方、暮らし方、高齢化社会にも善い方向を見つけていきたいと我が母の事を思う、この頃だ。


posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ
日記(3502)
ニオュ(0)
歴史(0)
chiba(60)