すでに派遣社員の名称も一般化して、その昔、寿退社を求められた既婚女性たちの再就職の道として取り入れられてきた雇用形態であったが、最近は男性もリストラされる場合が増えて、契約社員の常態化で、正社員として収入を得るのがやさしくない時代です。いよいよ11日、成立の派遣法改正によって格差社会が助長されるのではと危惧する向きも多い。
そうした背景を鑑みると、「徴兵制を敷く必要ありません。志願者は集めやすくなり、つまり経済的徴兵制で集められるのですから」との、ジャーナリストの堤未果さんの話は現実味を帯びて来やしないか。どういうことなか。新聞記事から、下記に概要です。
米国社会に詳しい堤美禾さんの話では、家庭の援助が得られない若者は貧困から抜け出し、満足できる生活をするために、そこらじゅうに張り出されるポスターに感化されて軍隊に入隊する。そんな実態を、米国では「経済的徴兵制」あるいは「経済的な徴兵」と呼ぶ。堤さんは著書「ルポ 貧困大国アメリカ」で、経済的徴兵制に追い込まれた若者の例を紹介している。
イリノイ州のある若者は「この国で高卒では未来がない」と、無理をして大学を卒業したが職がなかった。残ったのは奨学金約5万ドル(約620万円)の返済と、在学中の生活費に消えたクレジットカードの借金約2万ドル(約250万円)。アルバイトを掛け持ちして返済に追われたが、そんな生活にきりをつけたいと2005年に軍に入隊した。
入隊した理由は、国防総省が奨学金返済を肩代わりする制度があるためだ。米軍には他にも、除隊後の大学進学費用を支給する高卒者向けの制度もある。「若い入隊者の多くは、こういった学資援助の制度のつり広告に引かれて志願しますが、入隊期間などの支給条件が厳しく、奨学金や進学資金を満額受給できるのはごく一部」(堤さん)。ちなみに、イリノイ州の彼は入隊直後、イラクに約1年派遣されたが、帰還兵特有の心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い、働けなくなった。
世界の兵役拒否制度を調べている京都女子大の市川ひろみ教授(国際関係論・平和研究)によると、米国が徴兵制から志願制に切り替えたのはベトナム戦争から米軍が撤退した1973年。その後、フランスも90年代半ばに、イタリア、ドイツは00年以降、相次ぎ志願制になったという。
「徴兵制の廃止や停止は世界的傾向です。無人機の登場に象徴されるように、大勢の兵士が総力戦にかり出された第二次世界大戦期などとは、戦争のあり方が激変したのです」と説明する。だが、いくらハイテク兵器が発達しようが、敵地を占領するには地上戦は欠かせない。だから、軍隊は特に若い兵士を一定数確保する必要がある。米国の場合、ここで女性も対象にして「経済的徴兵制」が機能する。
堤さんが解説する。「社会保障費や教育費の削減とともに、経済的困窮者の入隊が増えたのです。特に08年のリーマン・ショック以降、軍は入隊の年齢制限を緩め、若者だけでは足りずに中年の兵士も受け入れています」。
日本でも「格差」が問題になって久しい。3・11以降は大学生の半数は何らかの奨学金を受給し、低賃金や失業による返済滞納も増えているし、一方で裕福な家庭の子弟が多かった次第でも卒業生の奨学金累計額が激減してきている。働いていても生活が苦しい「ワーキングプア」がさらに増えるなら、米国のような経済的徴兵制の社会に移行していく可能性がある。徴兵制を敷かずとも、ある層の若者たちは軍隊に吸収されざるを得ない機構になっているのだ。教育予算も、今年度に明らかに人文系学系への捻出をしぼる政策に出てきたことからも、日本もご多分にもれず、徴兵という名でない若者狩りがおきそうだ。急激な少子化傾向であるから、安保法制で日本の自衛隊の出動が頻繁になるなら、具体的に今以上に兵力は必要となるのは必然だ。民主党の「徴兵制」の傾斜はないのかとの指摘は既にこのような形で織り込まれているということだろう。
労働問題に詳しい熊沢誠・甲南大名誉教授は「生活苦の学生を狙った『ブラックバイト』が問題化していることも考えると、露骨な優遇策をとれば、少子化であっても自衛隊志願者はこれまでの数程度の確保はできるのではないか」とする。
実際に貧困と自衛隊を結びつけて考えざるを得ない出来事も起きている。
今月、インターネット上にある写真が投稿され話題になった。「苦学生求む!」というキャッチコピーの防衛医科大学校の学校案内ちらしだ。「医師、看護師になりたいけど…お金はない!(中略)こんな人を捜しています」との言葉もある。作製したのは、自衛隊の募集窓口となる神奈川地方協力本部の川崎出張所。川崎市内の高校生らに自衛隊の募集案内などとともに送付したものだ。
幹部候補を養成する防衛大学校と同じく防衛医大は学費は無料、入学後から公務員となり給与も出る。ただし卒業後9年間は自衛隊に勤務する義務があり、その間に退職する場合は勤務期間に応じて学費返還(最高で約4600万円)を求められる。ネット上では、この背景を踏まえ「経済的徴兵制そのもの」「恐ろしい」など批判が渦巻いた。
同出張所は「経済的理由で医師や看護師の夢を諦めている若者に『こんな道もあるよ』と伝えたいと思い、独自に考えた」と説明する。とはいえ、卒業生は医官などとして、紛争地域の最前線に派遣される可能性は当然あるが、そこは入学後の成果情勢次第だ。だからか、ネット上の批判について、担当者は「考え方の違いでしょう」と話した。
一方、昨年5月には文部科学省の有識者会議で奨学金返済の滞納が議題に上った際、委員を務めていた経済同友会のある副代表幹事(当時)が無職の滞納者について「警察や消防、自衛隊などでインターンをしてもらったらどうか」と発言し、一部の識者らから「経済的な徴兵に結びつく」との声が出た。
実際にそのような検討はされていないが、既に自衛隊には、医歯理工系学部の大学3、4年生と大学院生に年間約65万円を貸与し、一定期間任官すれば返済を免除する「貸費学生」制度がある。熊沢さんはこう話す。「若者の学ぶ機会を広げる奨学金はそもそも無償化すべきだ。それなのに国に都合がよいとをすれば返済を免除するという手法は、不当な便益供与で好ましくありません」
自衛隊の定員は陸、海、空合計で約24万7000人だが、実際の人員は2万人以上少ない約22万6000人(14年度末)。既に、少子化の影響であり、人材不足は常に課題だった。特に、手足となって働くような若手が担う下位階級の2士、1士、士長は定員の74%しか確保できていない。
注目すべきは、防衛大学校では、集団的自衛権を巡って憲法解釈が変更された昨年度、任官拒否者が前年の10人から25人に急増していた。
堤さんは「経済的な徴兵の素地は、着々と整えられています」と力を込める。
医療や社会保障などが改正されて、それにつづく見ざる制度改正が静かに潜航しているようだ。「安保法制に目を奪われている間に、派遣法改正議論や介護報酬切り下げ、各地を企業天国にする国家戦略特区など米国型株主至上主義政策が次々に進められています。特に心配なのが、日本にとって最後の防波堤である国民皆保険制度の切り崩し。
近著『沈みゆく大国アメリカ』にも書きましたが、国内法改正、国家戦略特区、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の3方向から日本の医療は狙われている。戦争できる国への準備は国内からじわじわと始まるのです」
市川さんは、米国で対テロ戦争の帰還兵に聞き取り調査した経験からこう話す。
「犠牲者が出ても、志願制ゆえに一般の人は『自己責任』と考える。派遣された兵士が百数十万人といっても、人口比での犠牲者とは1%未満です。しかも、多くの人は帰還兵の心の病の問題には無関心です」。経済的徴兵で傷ついた人たちは、軍の医療制度でカバーされるかもしれないが、実社会から置き去りにされるのは米国社会が証明していると警鐘を鳴らす。
一方、政府が強調する集団的自衛権行使の「具体例」について、参院平和安全法制特別委員会での審議で「具体例」は大きく揺らいだ。中谷元(げん)防衛相が「邦人が米艦に乗っているかは判断の要素の一つではあるが、絶対的なものではない」と答弁したからだ。安倍首相の説明の前提は崩れ、日本人が乗っているかどうかは関係なかったのだ。しかも、原油の輸出を増やしたいイランからは、海峡の機雷封鎖について「イランを想定しているなら、全く根拠のないこと」(ナザルアハリ駐日大使)と否定されてしまった。
政府は、中東・ホルムズ海峡での機雷掃海も集団的自衛権行使の具体例とする。安倍首相は「日本に輸入される原油の8割がホルムズ海峡を通過し、海峡が機雷で封鎖されて燃料が不足すれば、人的・物的被害が出る」として機雷掃海の必要性を訴えてきた。ホルムズ海峡の封鎖は、集団的自衛権を行使できる要件の一つ、日本の存立が脅かされ国民の権利が根底から覆される明白な危険がある「存立危機事態」に該当するというのだが、「無理な説明」と否定的な声は根強い。
その一人が、倉持麟太郎弁護士。衆院安保特別委で野党側参考人になった倉持氏は「海峡が封鎖されても、日本には150日分の石油備蓄がある。また、備蓄がなくなる前に他国が機雷を掃海し、日本の存立を脅かす武力が排除される可能性は強い」と述べ、政府の説明を覆す。
「具体例」が揺らいだせいか、安倍首相は、南シナ海で停戦前の機雷掃海についての答弁を軌道修正した。衆院審議では「南シナ海は迂回(うかい)路がある」と集団的自衛権の行使を否定していたが、参院審議では「迂回ルートがあるので想定しにくいが、(武力行使の)新3要件に当てはまれば対応していく」と答弁を変えた。政府の対応に倉持氏は「押し切ろうとするから、法案に書いていないことを言わざるを得ない。答弁と法案に食い違いが生じる」と批判する。
自衛官や国民のリスクが高まるのか、否かという問題も解決していない。政府は「リスクが高まることはない」と繰り返すが、憲法学者の水島朝穂早稲田大教授は真っ向から批判する。「集団的自衛権の本質は相手の報復を引き出してしまうことに。仮に北朝鮮が米艦船を攻撃し、日本は攻撃を受けていないのに北朝鮮を集団的自衛権の行使で攻撃したら、北朝鮮の日本への報復は倍返しになるでしょう。国民や自衛官のリスクは圧倒的に高まります」
参照:毎日新聞 7月25日