戦後50年の「村山談話」が発表された直後の1995年8月、談話が政府の公式見解かどうかをめぐり複数の国から疑問が出ていたことが、朝日新聞が外務省への情報公開請求で得た文書や外交記録でわかった。日本政府は閣議決定した談話であり、政府の公式な見解だと強調。各国に理解を求めていた。安倍晋三首相が近く出す戦後70年の談話(安倍談話)でも、その内容に加えて閣議決定の有無が焦点となっている。
当時の文書によると、8月15日の村山談話の発表を受けて、外務省は各国政府の反応をまとめた。同省総合外交政策局は翌16日、各国首脳らの発言などから「総じていえば、過去の植民地支配と侵略に対し、深い反省とおわびの気持ちが率直に述べられたことを評価した」と分析した。
ただ、一部の国には異なる反応もあった。
豪州では、21日に当時の長谷川和年駐豪大使がエバンス外相と面会。外相は「おわびが総理個人としての気持ちか内閣全体としてなのかについては、若干の微妙な問題がある」と指摘した。大使は内閣として決定した点を念押ししたが、外相は「内閣は総理個人の発言として承認したのではないか」と返した。
インドネシアでは24日、日本大使館職員と接触した大統領補佐官が「首相が一人称で語っていることから政府の立場ではないとの見方がある」と言及。職員は「談話は閣議決定を経て初めて発表されたものであり、政府の見解だ。一人称なのは政府を代表して総理が述べたからであり、通常のこと」と説明した。野坂浩賢官房長官も23日、中国共産党機関紙の人民日報のインタビューに対し、「村山談話は内閣の決定を経ている」と強調した。
村山談話が閣議決定された背景には、当時の自社さ連立政権内での歴史認識の隔たりがある。6月の戦後50年国会決議が自民党慎重派の欠席などで不調に終わり、社会党出身の村山富市首相は談話作成を決意。閣議決定で政府の公式見解とすることにこだわった。
安倍首相は戦後70年の安倍談話について、いったん閣議決定を見送る方向で調整していた。村山談話の表現に縛られず、連立を組む公明党との事前調整を避ける狙いだったが、首相周辺には最近になって村山談話より格が下がる「個人の見解」となることに異論も出て、閣議決定案が再浮上。萩生田光一・自民党総裁特別補佐は2日の民放番組で「(閣議決定を)した方がいい」と語った。
一方、中国と韓国が注目するのは、安倍首相が村山談話をどこまで引き継ぐかだ。中国の国営新華社通信は2日、「安倍談話が普遍的なものになるためには、侵略の歴史を徹底的に反省することが重要だ」とする記事を配信。韓国の朴槿恵(パククネ)大統領は3日、民主党の岡田克也代表と会談し、安倍談話が「歴代談話の歴史認識を再確認する」内容になるよう期待を示した。
《村山談話》 自社さ連立政権の村山富市首相が戦後50年を機に発表した。歴史認識について「国策を誤り」「植民地支配と侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」を明記したほか、歴史研究の支援や各国との交流拡大などをうたった。その後の政権も踏襲し、日本政府の基本路線になっている。
出典:朝日新聞(冨名腰隆)8月5日