2015年07月30日

31日@Kantei前:スマホをもって、うちわ(主張ビラ貼)をもって、アピールするのがスマートです

衆院の安保審議が大詰めを迎えて、行動しないと気持ちがおさまらないとするのは、今では女子学生の素直な気持ちのようだ。

そこで、ヘイトスピーチをする側は、若者たちが読むであろうツイートに「母や祖母に、昔はデモに参加したため、いい大学に入ったのに、いい会社に就職できなくなった人もいたのよ、と注意された」との話から、「就職や結婚に響く可能性」などという大学生のデモ参加をめぐる抗ツイートが次々と投稿されるようになった。

「国民の権利」を18歳からも自ら考えるよう促している時代となった。時代も変わった。昔は女性が学問を身に着けると「嫁に行き遅れる」、「男より学があると嫌われる」などとされて、知恵がつく前、男性と交際する機会もないような20代そこそこで見合い話がやってきた。結婚まで”処女でないとダメ”だとか、離婚したら”出戻り”だとか白眼視されたからだ。

そこで、良い大学を出ていい会社に就職した青年を、親たちは青田買いしようとした。なぜなら殆どの企業が終身雇用だったからで、転職などはあり得なかった。しかし、一流企業と言えども、いまやいつ社員をクビにするか分からない時代で、「社畜といわれたりもする転職なしの経歴」なども執着したくても、「正社員」でない場合が増えて「契約社員」がフツーなっている。一流企業の突然解雇の経験が出た「リーマンショック」から、自殺者の急増=鉄道の人身事故が増え⇒メトロのホームにも暫時扉が設置されるようになったほどだ。クビになる妻子を養うなどという発想の根底にあったのは、男性が彼女に働くことを求めるのが「恥」であったからだった。いまや「マイ包丁」のイクメンほどモテルる。彼女に気に入られる眉のことも気にするし、年上の彼女を射止めることも、実家に憚ることもない。男性の「恥」の概念がかわり、麻雀やたばこ、夜っぴいての付き合いで「過労死」「成人病で早死」を避けることくらいは、先輩にもNO!を言える。この点、欧米国型社会になっている。「世間体」とか「義理」とかで、大人がごまかしてきたことに、理路整然と反証する。

女性側も男性と同様に大学卒が増えて「自己責任」くらいの甲斐性を身に着けて、働くことを良しとしている。夫の財布のひもを握る人質「夫の両親」が居なくなったからだろうか、それとも、子供ひとりの三人家族がぐっと多くなり、教育費も助成されて以前のように夫の方に掛る者ががぜん減ったからだろうか。今時の若者は、叔父さん叔母さんと言うべき親類がすくないから、相続する不動産もあちこちから舞い込むようなケースも増えてきた。いずれは当てにできる親の物件が選び放題などというのがアルアルなのだ。これほど、将来に対して経済的、人的しがらみがなくなって、些細なツイートの脅し文句で、賢くなった女子学生と彼女を囲む男子たちが、学問を授かった上で、自らの価値判断をできないなどということがあるだろうか。

大学や企業側も、当然ながら今の時代と若者の風潮を察知して、次のようなコメントをしている。

「デモに行くなどの政治的表現の自由は、憲法が保障する権利の中でも価値が高いもの」と一橋大大学院の阪口正二郎教授(憲法学)は話す。

一方、企業は近年「社会問題への感度の高さを評価する傾向にある。国会前に足を運ぶのは、デモでヘイトスピーチを叫ぶのとはわけが違う。むしろ肯定的に受け取る可能性は十分ある」と感じる。

 実際に採用する最前線の担当者はどう感じるのか。大手化学メーカーで採用を担当する幹部は「デモが就職に不利なんて、いつの時代の話ですか。学生がデモに参加したかどうかなんて調べるヒマもリソースもありませんよ」と一刀両断。「うちの会社には学生運動出身の役員も何人もいますし、私もキャンパスの学長室で座り込みをしていて写真を撮られました。もう30年以上も前かなあ」と笑う。

(雇用問題に詳しい成蹊大の原昌登教授(労働法)は「労働法学界では、職務内容や能力と関連がないにもかかわらず、思想信条を理由に採用拒否するような行為は公序良俗に反し不法行為になるという考えが多数派だ」と説明する。また、思想を理由に内定を取り消された場合は、労働基準法違反で無効になる。

これだけ、国民の権利、基本的権利を主張できること、自ら考えて行動する事由が明らかにされて、たじろくような若者しかいなくなっているなら、それこそ日本の未来はないが、東大だけがエリートじゃない、笑わせるセンス(ユーモア)、独創性(オリジナリティ)を発揮できる人が好まれる時代になって、お祖母ちゃんやママに言われて家をでていけないようなら、引きこもっているしかないが彼女たちはスマホ片手に、英語も翻訳して日本人の恥ずかしくないスマートぶりを書き綴って、発信していく。

多くの戦禍を経験してDNAに「平和の尊さ」を刻み込まれた日本人の子女が、いまさら「大人」ずらして政府が脅しをかけても、反論する原理原則を立ちどころに探し出してくる。戦前、女性が「知」を身に着けることが許されなかった、参政権もない、よって市民として税金も払うことも結婚の意思決定も出来なかった時代の縛りはない。戦前の女性たち、味噌、醤油をつくり、水を汲み、野菜を畑から取ってきて10人もの子供のオムツを縫い、着物を縫い、洗い張りして、無駄を出さずに家計をやりくりしなくてはならなかった。70前とは違う時代になって、就職や結婚を楯に彼女たちはどう判断するか。男女平等が戦後の憲法に刻まれて、戦前の時代の残り香、女子の美徳などに美しい日本の未来を感じるだろうか。

女子たち、男子たちは、スマホを持って、明日(7月31日)、国会前に行こう!
国会議事堂前駅にたどり着ければ、行けばわかる!!

3.11では、ママたちがベビーカーを押して、その母親世代がアジサイの花を手に、激寒の冬まで頑張った。
その後は、文化人たちが五月雨的に集会を呼びかけて多数が集まるなど、報道はされないが続いてきた。
18歳になる、またはならないか、そしてそれ以上のお年の皆さんも、70周年の戦後を迎えるこの夏を自らのアピールを持って、国会前に行こう!!!

戦争には銃がいる、しかし、平和を訴えることは、そんなことになる前に、知恵と勇気と人類愛を世界に示すことなのだ。私たちには、安倍さんが作ろうとする”憲法のオカシナおまけ”ではなくて、若き命を犠牲にして託された「平和憲法」を機能させて、誇りうる美しい国・日本を継承していけると世界に示そう、自信を持って「War was Over! 」のメッセージを掲げよう。

                        by Nina(*^^)v
posted by Nina at 08:09| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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