2015年07月28日

イラクを体験した元防衛官僚はなぜ安保法制に反対するのか

柳宗悦の評伝を書いた鶴見俊輔さんが、23日、93歳で亡くなった。1922年、東京生まれ。父は政治家だった鶴見祐輔。母方の祖父は政治家の後藤新平。38年に渡米し、翌年にハーバード大哲学科に入学。日米開戦後の42年3月、無政府主義者の容疑で逮捕されたが、戦時交換船で帰国した。43年、海軍軍属に志願してインドネシアに赴任。 戦後の46年、雑誌「思想の科学」を都留重人、丸山真男らと創刊。

米国のプラグマティズム(実用主義)を紹介するとともに、共同研究の成果をまとめた「共同研究 転向」は戦前・戦後の思想の明暗を新しい視角からとらえた。60年5月、岸内閣の新日米安全保障条約強行採決に抗議して教授職を辞職、「思想・良心の自由」の信念から、ベトナム戦争からの脱走米兵援助や国外退去処分になった韓国人らを本国送還するまでの期間拘禁した大村収容所の廃止運動、さらに、投獄されていた韓国の反体制詩人・金芝河(キムジハ)氏への支援などに努めた。

近年も、9・11米同時多発テロ後のアフガン戦争やイラク戦争、自衛隊の海外派遣に反対し、2004年には平和憲法擁護を訴える「九条の会」設立の呼びかけ人となるなど、活発に発言を続けていた。我孫子にも何度か講演に来てくださった。

鶴見さんを悼みつつ、その反骨精神にも通じるような談話を発表された元防衛官僚・柳沢さんの発言をが注目されていたので、次に紹介する。

    *    *    *

元内閣官房副長官補の柳澤協二さんは、官邸で自衛隊のイラク派遣の実務責任者を務めた元防衛官僚だ。3月21日付の朝日新聞で〈航空自衛隊は輸送任務でバグダッド空港まで行きました〉と振り返りながら安保法制の問題点をこう指摘していた。

〈(新法では)そこから先の戦闘部隊がいる場所まで輸送できるようになる。それは非常に緊急性の高い輸送です。政府案は戦闘が起きたら輸送を中断する仕組みになっていますが、戦闘を行っている部隊の指揮下に入ることになれば、輸送を中断するわけにはいかないでしょう〉

〈自衛隊派遣の前提だった「非戦闘地域」という概念は(略)自衛隊を戦闘部隊の指揮下に入れず、直接の戦闘に巻き込ませないという意味があった。この概念を廃止して活動範囲を広げれば、今までより確実にリスクは高まります。イラクでは何とか戦死者を出さずに済みましたが、あれ以上のことをやれば必ず戦死者が出ると思います〉

安保政策の裏も表も知り尽くした人の言葉だから説得力がある。

共産党の志位和夫委員長はこの発言をもとに5月末の衆院安保特別委で「自衛隊員に戦死者が出るのは避けがたいのではないか」と安倍首相を追及した。

これに対し首相は「柳澤さんは重大な間違いを犯している。自衛隊が輸送して届ける先の部隊の指揮下に入ることはない。柳澤さんは何でこんな初歩的なことをわからず、べらべらしゃべっているのか」と不快感をむき出しにして反論した。

私は軍事の素人だから指揮権のことはよくわからない。が、〈あれ以上のことをやれば必ず戦死者が出る〉という柳澤発言に疑問を差し挟む余地はない。

サマワの宿営地周辺にはたびたび砲弾が撃ち込まれた。空自の輸送機も携帯ミサイルに狙われていることを示す赤ランプが点灯し、警報が鳴る事態が頻発した。「非戦闘地域」ですら戦場に限りなく近かった。戦死者がなかったのは僥倖だった。

柳澤さんはそうした実情を熟知しているからこそ安保法制の危険性を訴えている。
彼はいまの安倍政権にとって最も目障りな存在、柳澤さんは危ない橋を渡っている。権力は裏切り者を許さない。どこに落とし穴があるかわからない。それは十分承知のはずだ。にもかかわらず彼が腹を括った理由は何か?

それは三九年にわたる防衛官僚としての人生の集大成〉となった「イラク」体験(柳澤協二氏の著書『亡国の安保政策』)である。

9・11同時多発テロの翌年夏、柳澤さんは防衛庁(当時)官房長から防衛研究所の所長に転出した。米国がイラク戦争へと向かうなか、彼の問題意識はブッシュ大統領の「先制攻撃」論をいかに正当化することができるかだったそうだ。

当時の柳澤さんはイラクによる大量破壊兵器の「隠蔽」を確信していた。そのうえ米国の圧倒的な軍事力を見せつけることが〈大量破壊兵器の拡散問題を事実上解決する〉と期待していたのだという。

防衛研内部には反対論もあった。主任研究官は(1)米国が軍事力で勝利すれば、目標とされる国はかえって核兵器を持とうとして世界が不安定化する(2)米国の力を背景に維持されている国際システムの信頼性が低下する、などの理由で異を唱えた。

結果、主任研究官が懸念した通りになった。「先制攻撃」の最大根拠だった大量破壊兵器も存在しなかった。

'04年4月、柳澤さんは内閣官房副長官補に任命された。すでにイラクでは自衛隊の部隊がサマワで復興支援活動を本格化させていた。同年11月、ロケット砲弾が宿営地のコンテナを貫通した。イラク全土の治安は最悪の時期を迎えていた。

柳澤さんが最も悩んだのは犠牲者の問題だ。自衛隊は〈日本が国家として達成しなければならない目標〉を持たず、米国との「お付き合い」で派遣されていた。そのために隊員が犠牲になるわけにいかない

もし戦死者が出たら、首相に進言する立場の自分も道義的責任を免れない。'08年末、自衛隊員の撤収が完了するまでの4年半は、柳澤さんにとって緊張と不安の連続だったらしい。

幸運にも自衛隊は一人の戦死者も出さず、一発の銃弾も撃たずに済んだけれど、〈イラクへの自衛隊派遣は、自衛隊と日本社会、憲法解釈の限界であるとともに、人間として私自身が受け入れられる限界でもありました〉と真情を吐露している。


自衛隊員は命令を受ければ黙って任務を遂行する。しかし彼らには家族もある。命令を下す者には「本当に必要なことか」という悩みやためらいがあってしかるべきだが〈今の政府では「血を流すことが必要だ」と、自ら血を流す立場にない人間が軽々に主張しており、元防衛官僚として、そのことに怒りを禁じ〉得ないと柳澤さんは言う。

さらに問題なのは、安倍政権が何をしたいのか意味不明なことだ。今回の集団的自衛権の話は日本から持ち出していて、米国から日本に何を求めるのかという具体的な話がない。首相個人の願望だけが先走りする。

政府が挙げる集団的自衛権行使の事例も矛盾だらけだ。首相が会見で説明した邦人避難民を乗せた米艦の防護も、避難民は自衛隊機が救出することになっているのであり得ない。万一あっても邦人を守るのだから個別的自衛権で対処できる。

そもそも集団的自衛権とは、自国が攻撃されていない場合に他国を守るための根拠だから〈これを行使しなければ日本を守れないという「具体例」を考えだすこと自体に無理がある〉と柳澤さんは喝破している。

根本的な矛盾を抱えたまま数の力で作られた政策はやがて破綻する。民意を否定する政権は民意によって否定される。柳澤さんはそれを信じて政権批判をつづけるという。〈自衛隊が実際の戦場で最初の弾を撃つまで、我々に残された時間はあるのですから〉と呟きながら。


*参考:いずれも柳澤協二著『検証官邸のイラク戦争―元防衛官僚による批判と自省』、『亡国の安保政策―安倍政権と「積極的平和主義」の罠』(ともに岩波書店刊)、『亡国の集団的自衛権』(集英社新書)

出典:『週刊現代』魚住 昭 2015年6月20日号より

posted by Nina at 00:00| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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