2015年05月25日

諦めない、終わりなき闘いこそ「まちづくり」

 交流する仕掛けがつくりやすく、どうフォーマットしていけるかなのではないでしょうか。学生を惹き寄せる、若い女性がカフェにいる、などの仕掛けを作れる、これはやりようはあるので、かなり可能です。そして、それがあって、観光(交流人口の拡大=魅力あるまちづくりがされている)につなげていける下地ができる。

それなりの質の観光の場がそもそもあるのか、歴史的なヒストリーも蓄えてきた景観に魅せる場があるかないかは、当初に質量が決まってしまっているので、どこでも可能だというものではないのです。我孫子はこれまでに観光地だったわけではなく、せめてもウリを見つけて、磨きあげ、仕掛けもし、チャンスを探して、PRを継続的に打っていけるか、です。もともとの観光地となっているところは、まちぐるみ、企業ぐるみですから、そこはたくみにやってきていたのです。

まちづくり条例を制定した最初のまち、湯布院はそうした議論を時間をかけてやり続けて、若い旅館の後継者が育ちました。実際に、温泉地であったから旅館や観光に付随する商売もありました。ところがサラリーマンのベットタウンで年金暮らしになっている人が多くなった我孫子のような街では何が起こせるかは、プロデューサー的能力がある人物が、市民の興味を引き出して、育てて、方向付けられるかどうか、一歩ずつです。

これまで女性たちが目覚ましく教育福祉活動に躍起になった時代があり、次なる市民運動を牽引していくのは、秀逸なアイデアと纏まりが見いだせる地域活動のファシリエーターがいるかどうかだとすると、そうした人材を見つけ出して、本気で取り組んでみようと思うかどうか、です。

やり続けるのみ、諦めたら終わり、です。

posted by Nina at 00:00| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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